第1章 第2話 ルール説明
「おにーちゃん、起きてー!」
魔女との会遇の翌日、四月一日。つまり、高校生として最初の一日。
「んー……あと10分……」
「もう十時だよっ! 11時から入学式でしょっ!」
「……歩いて3分だし……」
「初日にギリギリはだめでしょっ!」
「あと……5分だけ……」
「だからだめだって……!」
雰囲気で燕が毛布を引っぺがそうとしていることがわかる。この時間を過ごせないことがどれだけ効率が悪いか知ってんのか燕は。黙ってあと15分だけ寝かせてくれればいいのに……。
でもそんなささやかな願いは決して叶わないことを俺は知っている。
そして、今の俺ならそれが叶えられるということも。
俺は左腕だけを毛布から出し、マゼンタ色の竜頭を押し込んだ。その瞬間、
「――――」
世界は静止した。
燕は悪戯な顔で毛布に手をかけたまま動かないし、窓の外から見える烏も翼を広げたままその場に留まっている。昨日数度試したけどまだ全然慣れないな。
何はともあれこれで寝起きのしんどいタイムを誰にも邪魔されず過ごすことができる。はぁ、幸せだー……。
そしてぴったり20分後。15分の追加睡眠と5分のうだうだタイムをきっちりこなすと、燕の脇を抜けてベッドから下りる。そして少しサイズの合っていないブレザーへと着替え、顔を洗った。これでだいたい25分か。後35分。まぁ何とでもなるだろう。
さて、世界で最も重要な時間を奪おうとした罪は重いぞ、燕。俺はぴくりとも動かない燕の軽い身体を抱え、さっきまで俺が横になっていたベッドに潜り込ませた。これでベッドの魔力を思い知るといい。
そして再びマゼンタの竜頭を押し込むと、時は動き出す。
「言ってるでしょうがー……って、あれ?」
兄を起こそうとしたのになぜか自分がベッドにいることに驚いてきょろきょろと顔を振り回す燕。
「っ、ぅ、う……」
そして抱えるために持った腋を抑え、少し声を漏らした。やっぱこれは厄介だな……。まぁこの程度ならいいか。
「おーい、朝飯食うぞ」
「えっ!? おに、きが、えっ!?」
当然何も理解できない燕をその場に置き、俺は朝食を食べるために一階に下りる。まだ時間は10時ちょうど。優雅に食後の紅茶を飲んでもお釣りがくる。ほんとこの力は最高だなー。
「いってらっしゃい、おにいちゃん」
「おー」
朝食を摂り、10時30分。俺は燕に見送られて家を出る。ここから学校までは歩いて3分。少し効率は悪いが十分すぎるほどに余裕を持って出発することができた。……と思ったけど、
「スマホ忘れた」
家と学校の中間地点でそのことに気づいた。普通に取りに帰ってもいいけどめんどくさいっちゃめんどくさい。ここはあれを使うか。
俺はイエローの竜頭を引いて捻り、イエローの時針を10時31分から30分に戻すと、竜頭を押し込む。
「いってらっしゃい、おにいちゃん」
すると目の前に広がる景色が通学路から玄関へと変わり、後ろから燕の声が届いた。
「スマホスマホ」
「もー、しっかりしてよね」
そしてスマホを回収して、10時31分。今からまた歩くのも面倒だな……。
「どうしたの? 立ち止まって」
「んー。楽しようと思って」
燕が腕時計を見続ける俺に不審な視線を向けるが、これが必要なことなんだ。よし、10時32分になった。
「じゃあいってきます」
「え? なんで廊下で……」
シアンの竜頭をさっきのように弄り、シアンの時針を10時35分へと進める。その瞬間俺の身体は学校の前に移動していた。
「すげーな……」
改めてそう思う。
これがこの腕時計の。いや、腕時謀の力か。
黄昏屋で魔女からこの時謀の能力を聞いた時、俺は驚愕を隠せなかった。到底信じることができない。でも実際に魔女の言う通り操作してみるとその通りになったのだからもう信じるしかない。
腕時謀の時を司る力には三つの種類がある。
一つは『時間停止』。時謀を着けている人間を除き、全ての生物、無機物、概念を止める力だ。
マゼンタの竜頭を押すと、12の所にあった一本の時針が長針と同じタイミングで動き出す。これが時間停止の有効時間だ。
簡単に言うと、俺は60分間だけ時間停止をすることができる。
そして短針と長針の二つを持つイエローとシアンの力。
イエローの方が秘める力は『時間逆行』。つまり、過去に戻ることができる。
これの使い方はイエローの竜頭を引いて捻り、任意の時間で押すだけ。たったそれだけで俺は嫌なことや辛いことがあった時にやり直すことができる。
そして三つ目、シアンの力は『時間跳躍』。現在、過去への干渉ときて、最後は未来への移動だ。
イエローと同じように時間を設定するとその時間に移動することができる。
さっきの俺の行動はこの三つの能力を駆使したもの。『時間停止』で25分間の睡眠時間を得て、『時間逆行』で家を出る前に戻り、『時間跳躍』で退屈な登校時間を飛ばしたのだ。
ただこの力は無敵すぎるほどに無敵だが、いくつか弱点が存在する。
まず時に干渉できるのは盤面の上だけ。つまり時計の一周、12時間が限度であり、今から昨日に戻ったり午後に行くことはできないということだ。また、0時と12時で一度全ての制約はリセットされる。
そして時を騙せるのは一度だけ。さっきのように10時31分から10時30分に戻った場合、それ以前の時間に戻ることはできないし、この1分間の間に『時間停止』や『時間跳躍』をすることはできない。この時間には既に一度干渉したからだ。
他にも『時間停止』中に物体に触るとそのダメージが蓄積するという効果もある。たとえばこんにゃくで殴っても痛みはないが、一瞬でこんにゃく数百個分のパンチを食らったらノーダメージとはいかない。数秒燕を持っただけなのに若干痛みが残ったのがいい例だ。生物に触るのは危険と言うしかない。
あと『時間逆行』を使ったら他者と記憶が合わなくなったり、『時間跳躍』中に起こった出来事を知ることができないというのも大きなデメリットだ。
だがそれを差し引いても、この三つの能力は神と同等の力を得たと言っても過言ではないほどに恐ろしい力であることに変わりはない。悪用しようと思えばどこまでもできる。強盗、殺人、性犯罪。どれも一つも証拠を残さず実行できる自信がある。
もちろんそんなことをする気はない。カンニングなんかもできるが、一度でも間違えてしまえば俺は罪に慣れてしまうだろう。自分がそれくらい弱い人間だということは自分が一番よくわかっている。
じゃあ何をするかというと、何もしない。ただモットーに則るだけだ。
効率。効率よく生きてやる。
改めて魔女には感謝するしかない。こんな素晴らしい力を与えてくれて。
『時間停止』、『時間逆行』、『時間跳躍』。俺はこの力を使い、最高に効率のいい学園生活を送ってみせる。




