青く見える
初めて超短編書きました。読んでくださいコンニャロー
深夜1時、家の扉を開けるのと同時に少しの間仕事から解放された事を実感する。
家に帰ってから風呂に入るのが15分、飯を食うのが30分、就寝して5時間後には起きて、もう電車の中だ。こんな生活が何年続いているだろうか。数えるのすら億劫になって3年経ったのは覚えている。
『人生は青のグラデーションだ』
会社に向かう電車に乗っている時俺はいつもこの言葉を思い出す。
昔誰かが言っていたこの言葉。最初は薄い青から始まり、1人でできることが増えるのと同時に、少しずつ青の輝きが増す。そして最期は黒ともいえる色で生涯を終える。
だが、どうやら俺の人生はもう黒みがかっているらしい。俺だけじゃない、この電車の中にいる俺と同じ姿をした奴ら全員が同じ色をしている。
そんな事を考えながらポケットからスマホを取り出し、イヤフォンを付け、動画サイトを開く。そしていつも観ているある男のゲーム実況を眺める。
俺は画面の向こうでゲラゲラと笑っているこの男が嫌いだ。ただゲームしているだけで、やりたいことをやっているだけで生活をして、俺に無い物を全部持っている。
なぜ俺はこの男みたいにやりたいことができないのだろうか。社会に貢献しているのは間違いなく俺だ。俺は社会という巨大なロボットの部品の一部なんだぞ。その部品が1つでも欠けたらロボットは動かなくなるんだぞ。なのになんでこんな家でゲームしているだけのこの男より俺は生きづらいのか。
しかもこの男はここ1週間動画を投稿をしていない。どうせ旅行にでも行って遊んでいるのだろう。
俺はこの男が嫌いだが、捨てられた残飯を漁る野良犬のように過去の動画を漁っている。なんでこんな矛盾したことをしているのか、自分ですらわからない。
※※※
「なぁ、昨日渡した資料まだ完成してないの?」
「あ、明日まででじゃ...」
「いやいや。普通余裕持って今日にはできてるでしょ。お前何年目だよ」
「で、でも他にも仕事が」
「は?優先順位ってもんがあるだろ。それとも仕事欲しくないの?」
「そういう訳じゃ...」
「じゃあつべこべ言わず手動かせよ!」
「はい...」
「またアイツ怒られてるよ」
「すぐ言い返せなくなるから憂さ晴らしに使われてるだけだろ。」
「まぁどうせ俺たちには関係ないことだしな。」
最近はあまり上司への嫌悪というのが湧かなくなった。というか慣れてしまい、なにも感じなくなってしまったようだ。何も感じなくなれば転職なんて面倒なことを考えなくなったし、同僚や先輩が俺のことを裏でコソコソ言ってることにさえどうでも良くなった。与えられた仕事をロボットのようにこなしていれば、何もかもどうでもよくなるのだ。
「終わった...」
今日中に片付けなければいけない仕事をこなした時にはもう11時。なんとか終電に間に合いそうだ。俺はカバンの中に荷物をしまい、6時間ほど前にみたタイムカードを横目に、会社を出る。
電車に乗ってスマホを取り出し、あの男の動画を確認する。
「また更新されてない」
あの男はまだ実況動画を出さない。俺はこんなにも社会というロボットの部品として働いているのにあの男は今もどこかで遊んでいるのだろう。
俺は電車の窓から町並みを眺めようとするが、窓に映る虚な目をした奴と終始目が合うので、窓から目を離す。
電車の天井を見上げると、ついこんなことを考えてしまった。
俺は将来、何をしているのだろうか。
彼女はできているだろうか。結婚はしているだろうか。転職はしているのか。
今のままだろうか。
突然胸にあった細い棒が、シャー芯みたく簡単に折れた。そしてみるみると涙が出てくる。
昔はもっとあの男みたく自由だったじゃないか。ぐっすり寝て、目覚めの良い朝を迎えて友達と会って、話して、遊んでいたじゃないか。どうして今はこんなに縛られているのだろうか。俺はただ、普通に生きたいだけなのに...何故か死が、恐怖が近くに感じる。
好きなように生きさせてくれ。好きな時間に寝て好きな時間に起きて好きな時間に飯を食って好きな時間に遊ばせてくれ。好きなことだけさせてくれ。
「もう嫌だ...」
気づいた時にはもう遅い。遅すぎた、なにもかも。俺はもう戻れない。
※※※
朝4時。今日は始発の電車で会社に向かう。さすがに青色をした俺は乗っておらず、座席もガラガラだ。1番端の席に座り目を擦りながらスマホをいじる。
「え...?」
その日SNSでニュースを眺めていたら、『有名ゲーム実況者、首吊り自殺か』という記事を見つけた。
あの男だった。
遺書もあったらしく、男はここ数年減少していた再生数やコメント欄の誹謗中傷。大した学歴も何もない自分を雇ってくれる会社がいないことなどで人生に嫌気が差したことなどが綴られていたらしい。
『驚いた』俺がずっと嫉妬していたあの男もずっと苦しんでいたのだ。俺はあの男の笑い声の裏側にあるものなど、一切考えた事がなかった。
俺は忙しない手つきでスマホをいじり、この記事がタチの悪いフェイクニュースであってくれと願った。
もっと俺にお前の世界を見せてくれ。俺に夢を見させてくれ、こんな世界もあるんだとワクワクさせてくれよ。
昨日まで感じてた男への嫉妬はもう無くなっていた。いや、嫉妬なんて最初からしてなかったのかもしれない。俺は俺が願っていた好きなことだけして生きていける世界を見せてくれたお前に憧れていたんだ。
なのに死んでしまうなんて、なんでお前まで世界にいるんだよ。俺に現実を突きつけないでくれよ。俺の理想郷を守ってくれよ。
他のネット記事を漁れば漁るほど、男が死んだという事実だけが現実味を帯びてくる。
俺は諦めてSNSで男にたいして追伸のメッセージを出しているアカウントを探す。あいつは俺だけでなく、色んな人たちの憧れだったのだと、そう信じたかったからだ。だが、現実は非情だった。
「死んじゃったのか」や「悲しいな」などたった数文字だけの、彼が死んだことへの感想しかなかった。もっとひどい事に「やっぱ好きなことだけじゃ無理なんだな」と俺の理想郷を完全に否定する言葉まであった。
でも確かにそこには俺の理想郷があったんだ。お前が作った世界は確かに色鮮やかなグラデーションだったんだ。少しの間だけでも好きなことだけで生きてきたお前は立派な人間だったんだ。お前は教えてくれたんだ。俺に鮮やかな世界の作り方を。
すでに失くしたと思ったいた闘志が、俺の心に顔を出す。
今度は俺が魅せるんだ、鮮やかなグラデーションを。
※※※
「...お前、今何時だと思ってんの。」
「おはようございます」
「ふざけてんのかてめぇ!」
この男はいつも怒鳴っているな。コイツも真っ黒なグラデーションだったのだろう。そう思うとなんだかかわいそうに感じてきた。
「...今日でこの会社を辞めさせていただきます」
「は?何勝手に...」
「気づいたんです。俺は社会というロボットの部品なんかじゃなく、会社というロボットの塗装でしかないことに。それでは」
「何言ってんだお前、おい!」
俺は踵を返し、あいた口が塞がらない。といった同僚や先輩を横目に、外に出る。
そらばだタイムカード。お前に会うことは二度とない。
人生はグラデーションだ。自分がどう生きるかで、何色にもなる不思議なグラデーションだ。