8.酒呑童子は新潟出身なんですよ
振り向くと、そこには短髪で丸いフレームの眼鏡をかけた女の子がいた。
涼太がうなずくと、彼女は教壇のほうをちらりと見て言った。
「唐突ですけど、抜け出したりしちゃいませんか?」
涼太は再びうなずき、二人は静かに大講堂を出た。
「私、渡邊の香奈子といいます。すみません、突然声をかけてしまって」
と廊下を歩きながら香奈子が言った。
「ワタナベノカナコさん?」
「渡邊香奈子です。すみません、変な言い方して」
「長谷部涼太。いや、それはいいけど、でもどうして? キミも鬼に興味があるの?」
「そうなんです。学食の喫茶ルームでもいいですか?」
と香奈子はうなずきながら行き先を示す。
二人は学生食堂の喫茶コーナーに腰を落ち着け、改めて自己紹介をした。互いの学部、専攻、出身地、京都のどこに住んでいるか、といったことだ。
「えー、京都に家があるんですか。いいなあ」
涼太が自分の住んでいる家のことを話すと、香奈子は羨ましそうな顔をした。
「うちにはそんな気の利いたお爺ちゃん、いないもんなあ」
その香奈子は文学部の史学科国史学を専攻、出身は新潟市で、この春から進学で京都に来て、いまは京阪墨染駅の近くのワンルームマンションに住んでいるとのことだった。
「それがいまどき過保護な話で気恥ずかしいんですけど、女子専用マンションなんです」
「女子専用?」
「親の一方的な決定で」
「なるほど。きっと心配なのかも知れない」
「京都に行くことがそもそも反対だったんです、うちの親」
「どうして?」
「遠いからです」
「遠いかな」
「遠いんです。心理的に。新潟にとって関西は」
「どうして?」
「東京に目が向いているからです」
「ふーん」
涼太にはよく分からないことだった。
香奈子もそれ以上は説明せず、話題を変えた。鬼の話だ。
「さっきノートに鬼の話を書いていたでしょ? あれはどうしてなんですか?」
「ちょっと鬼のことを調べていて」
「大江山の鬼のこと書いていましたよね」
「うん」
「大江山の鬼って、酒呑童子ですよね? 酒呑童子は新潟出身なんですよ」
香奈子は少し得意そうに言った。
「酒天童子? 聞いたことがある、かな」
と涼太が心許ない口調で言うと、香奈子は呆れたような声を出した。
「え、知らないんですか? 鬼のこと調べているのに?」
「まだ始めたばかりだから」と涼太は肩をすくめて苦笑する。
「申し訳ないけど」
「あ、すみません。そんなつもりじゃなかったんです。前言撤回。忘れてください」
と香奈子は両手をあたふたと振る。
涼太が才次郎の見た鬼のことを調べてみようと思ったのは、琴美と梅小路で飲んだ夜だった。
「8月17日の鬼」
が才次郎の体験談だったということを知って興味を持った。
さらにあの夜、家に帰ったあとで才次郎の小さな書棚から一冊の本を見つけたこともきっかけとなった。
さっき涼太が講義中に開いていた『妖怪の話』が、それだ。