49.昭和20年だけ送り火が行なわれていないそうなんです
荒川ハルミというそのパーソナリティーは、初老の女性だった。
少し太っていて、服装は地味めだ。
目には知的な光が宿っているが、一見したところメディアの仕事をしているようには見えなかった。
もともとは大阪のラジオ局でアナウンサーをしていたが、結婚を機にフリーランスとなったとのことだった。フリー歴は25年近くになるという。
「緊張してはる?」
と荒川がいたずらっぽい笑顔で言った。
「大丈夫です」
と涼太は答える。
二人は収録スタジオのテーブルで向い合って座っていた。
スタジオに隣接する副調整室には時田と若い女性のアシスタントディレクター、そして香奈子がいる。
スタジオと副調整室は水族館で使われるような分厚いガラスで仕切られている。
収録の前に軽い打ち合わせをして、簡単にやりとりのリハーサルもおこなった。
荒川の質問に涼太が答えるという流れだが、さすがプロというべきか、質問の順序や相づち、涼太の答に対するコメントなどが自然で、練習の1回目で話はスムーズに進んでいった。
そのやりとりをもう一度繰り返せばいいのだから、気持ちとしては楽だった。
番組の主題歌が流れ、荒川がよどみのない口調で番組タイトルや始まりの挨拶を喋る。そのあと涼太の紹介に入った。
「今日はお爺さん孝行の大学生の方をゲストにお招きしています。そのお爺さんというのは子どものころに不思議な体験をしたそうで、その謎を解き明かそうとしているのが、今朝のゲストの長谷部涼太さんです。長谷部さん、おはようございます」
「おはようございます」
と、そんな風に収録は始まった。
リハーサル通りに話は展開し、荒川はテンポよく8月17日の鬼のことをリスナーに紹介していく。
鬼を見たというのは突拍子もない話だが、荒川はことさら大仰な物言いはせず、あくまでも自然体で話題を進めていった。
「それで五山の送り火の歴史も調べたんですね?」
「はい。友達の渡邊さんに協力してもらって」と涼太は副調整室にいる香奈子を見てから答える。
「それによると、昭和20年だけ送り火が行なわれていないそうなんです。五山の送り火は昭和18年から中止になっていたそうですが、それでも昭和18年と19年は白い大文字ということで、小学生たちが人文字で大の字を描いたそうです。正確に言えば人文字だから送り火ではないんですけど、でも、昭和20年にはそれもなかった。ちょうど祖父が鬼を見たのは、その年なんです」
「ご先祖さまの霊も帰るに帰られなかったのかも知れないですね。ところで、涼太さんのお爺さんは京都出身なんですか?」
「え?」とリハーサルになかったことを問われて涼太は戸惑った。
才次郎の出身地を聞いたことがなかったからだ。
「えーと、たぶんそうだと思います。ちゃんと聞いたわけではないんですが」
「いまのやりとり、なしにしましょうか」と副調整室から時田が言った。
「そのへんは省いて編集しておきます」
おそらく祖父の出身地を知らないというのは、番組的にいいことではないのだろう。
最後の話題は、どうやら才次郎の他にも鬼を見た人がいたらしいというものになった。
涼太は父が高校生のときにラジオで聴いたエピソードを話し、それを受けて荒川がリスナーに語りかける。
「この番組をお聴きのみなさんのなかにも、そういう体験をした方がいらっしゃるかも知れませんね。あるいは、知り合いの方から聞いたことがあるとか。もし、私も鬼を見たことがある、あるいは友達が見たそうだ、という方がいらっしゃったら、ぜひ番組までお知らせください。長谷部さんの調査の手がかりになるかも知れませんからね」
と最後は涼太にうなずきかけながら言った。
「どんな手がかりでもいいので、教えていただければうれしいです」
と涼太も見えないリスナーに向けて語りかける。




