4.夜空にあかあかと冴えるその光景は幻想的だ
梅小路公園は涼太にとって懐かしい場所だった。
公園の一画にはかつて蒸気機関車館があり、本物の蒸気機関車が数多く展示されていた。
なかには実際に乗ることができたものもある。
甲高い汽笛を鳴らし、もくもくと煙を吐き出しながら公園内を走るのだが、涼太も一度それに乗ったことがあった。小学校にあがったころのことであり、祖父に連れてこられたと記憶している。
そのことを告げると、琴美は「ああ、お爺ちゃん」と吐息をついた。
「残念やったね。涼ちゃんといっしょに暮らすの楽しみにしてはったのに」
「あ、そうなんだ」
「うん。すごく楽しみにしてはったよ。大学卒業したら、そのまま京都の会社に入ってくれたらええなあ、とか言うてはった」
「それ、親も言ってる」
「え、そうなん?」
「特に母親」
「ああ、お母さん。京都好きやもんね」
涼太の父親である大輔は京都に生まれて京都に育ち、大学卒業後は就職で東京に出た。
そこで一人の女性と出会い、やがて結婚した。それが涼太の母親の祥子だ。
祥子は東京の人間だが、京都の街が気に入っており、ゆくゆくは移り住みたいと考えていた。
大輔にしても、いずれはふるさとに戻りたいとの意向がある。
一人息子の涼太が京都に腰を据えれば移住もしやすくなるというものだ。
京都の大学に進学することを熱心に勧めたのも、もともとは祥子だった。
そんな話をしたあと、涼太は「8月17日の鬼」に話題を転じる。
「ああ、あのときに聞かされた話やね」と、琴美は懐かしそうな目をしてうなずいた。
「すごいリアルな話やから、しばらくあれやったもん、怖くて外に出られへんかった」
「うん、けっこうリアルだった。あの話は京都では有名なのかな? 京都にはそういう話、いっぱいありそうだけど」
「は? あの話、お爺ちゃんの体験談やないの」
「体験談?」
と驚く涼太に琴美が目を丸くする。
「え、なに涼ちゃん。知らんかったの?」
「うん。というか、そんな感じの話じゃなかったと思うけど。琴美はどんな風に聞いたわけ?」
「どんな風にって、あのときいっしょやったでしょ」
「いっしょだったけど……」
10年前の8月16日。
当時、涼太は8歳で琴美は9歳だった。
いつものようにお盆休みを利用して、両親は涼太を連れて京都に帰省していた。
8月16日といえば、京都では有名な行事がある。
五山の送り火。
京都市を囲む山々に火がともされる行事で、 一般的には「大文字」という呼び名で知られている。
「大」の字が浮かび上がる山は二つある。
京都の東に位置する東山如意ケ岳と北に位置する大北山。 前者は「大文字」と呼ばれ、後者は「左大文字」と呼ばれている。このほか、 松ケ崎西山と東山では「妙」「法」の文字が、 西加茂船山では船形が、 嵯峨鳥居本曼陀羅山では鳥居形が浮かび上がる。
かつてはこれら以外の山々でも火がともされていたというが、いまではこの五つの文字・形に落ち着いている。
午後8時を過ぎたあたりから、それぞれの山に順番に火がともされ、文字や形が真っ赤に浮かび上がる。
夜空にあかあかと冴えるその光景は幻想的だ。