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8月17日の鬼 〜あだやおろそか〜  作者: 鴨下つぐむ
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2.キミ、若いのにそんな古い曲を聴くんだ

 2か月前に話は遡る。


 長谷部涼太は東京発新大阪行きの新幹線に乗っていた。

 座席はグリーン席。

「記念すべき京都行きだから」

 ということで父親の大輔が奮発してくれたのだった。


 記念、というのは他でもない。

 涼太はこの春から京都の私立大学に通うことになったのだった。

 彼は東京生まれの東京育ち。実家は武蔵野市である。

 当然、京都の大学までは通えない。

 そのため京都で一人暮らしを始めることになった。


 お誂え向きに、というよりも、むしろそれが京都の大学に進学する大きな理由になったのだが、京都には父の実家があった。

 場所は京都市南区西九条。

 九条通から猪熊通を上がったあたりだ。

 近くには弘法大師空海ゆかりの東寺があり、有名な五重塔は家の窓から眺めることができる。


 当初は、そこに住む祖父の才次郎といっしょに暮らす予定だった。

 しかし涼太の進学が決まって間もなく、才次郎は交通事故で亡くなってしまった。

 祖父のことを思うとき、涼太は十年前の夏の夜に聞かされた話を思い出す。


「8月17日の朝、子供は外で遊んではいけない」


 あの話はおさな心に強い印象をのこした。

 祖父がどういう意図でああいう話をしたのかは分からないが、京都の古い言い伝えとして涼太はとらえていた。

 涼太は車窓の田園風景を眺めながら、スマートフォンで音楽を聴いていた。

 音楽配信サービスからダウンロードしたものに加え、父のCDコレクションからも何枚かのアルバムを読み込んでいた。

 隣席に座っていた男が声をかけてきたのは、その父から借りたCDの曲名がきっかけだった。


 その男が乗り込んできたのは品川駅だった。

 座席の指定番号を確認したあと、涼太に「こんにちは」と会釈して隣に座り、そしてすぐに眠り込んだ。

 年齢は父親より少し若い感じ。

 四十代前半といったところだろうか。

 パリっとした高そうなスーツを着ている。

 会釈したときの人懐こい笑顔が涼太の印象に残った。


 新幹線が名古屋を過ぎ、次の停車駅が京都だと車内アナウンスが流れるのに合わせるかのように男は目をさまし、大きく背伸びをした。

 その際、座席のテーブルに置いていたスマホが目に入ったのだろう、顔を近づけて「ほほう」というようにうなずいた。

 スマホに表示されている再生中の曲のタイトルが男の関心を惹いたようだった。

 男が何か話したそうな顔をしたので、涼太は礼儀正しくイヤフォンを耳から外して、会話の態勢に入った。


「キミ、若いのにそんな古い曲を聴くんだ。好きなのかい?」

「これですか。これは、父のCDから借りたものです」

「ああ、お父さんの。ま、そうだろうなあ」と男は納得したようにうなずく。

「でも、どうだい? いまの若い人が聴くと、やっぱり古臭い感じがするかな?」

 涼太は少しだけ間をおいてから答えた。

「正直、古いかなと思うこともあります。でも、シンプルな曲が多いので割と気に入っているほうです」


 そのあと、ハンカチを取り出してイヤフォンを丁寧に拭った。

「よかったら、聴きますか?」

「いや、ありがとう。でも最近はずっとその人の曲を聴いているから、ちょっと食傷気味なんだ」

 と笑う。

「ファンなんですか?」

「いや、ボスなんだ」

「ボス?」

「うん。私はこの人のもとで働いているんだ」


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