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8月17日の鬼 〜あだやおろそか〜  作者: 鴨下つぐむ
10/92

10.そう、イケメンではなくなったのだ

 ちょっと変わったコだな、と思いながら涼太は香奈子の話に耳を傾けている。

「予想もしないこととは何か。彼を思い焦がれる一人の女性が、恋が実らないことを嘆いて、近くの湖に身を投げたのだった。さすがに哀れに思った酒天童子が、彼女からもらった恋文を読んでみようと、例の箱を開けると!」

 香奈子が演出的な間をおき、涼太もつい身を乗り出す。


「恋文がたくさん詰まった箱からは、毒々しい真っ黒な煙がたちのぼったのだった。それは恋心に応えようとしない彼への、女性たちの怨念がこもった煙だった。その煙に包まれた酒天童子の顔はみるみるうちに醜くなり、美少年の面影はどこにも残っていなかったのである」

「イケメンじゃなくなった」

「そう、イケメンではなくなったのだ」

 と香奈子はゆっくりとうなずいたあと、口調を戻して言った。

「国上寺には酒天童子の鏡井戸というものがあります。井戸に映った自分の顔を見てショックを受けたという井戸です。イケメン転じて鬼の顔ですから、相当なショックだったと思います」

「そのショックがもとで京都で大暴れしたのかな?」

「国上寺を追い出され、各地を転々としたあと、京都の大江山に棲みついたようです。いっときは比叡山にもいたそうです」

「追い出されたっていうのも可哀想だな」

「稚児としての魅力がなくなったからではないでしょうかね」

「え、どういうこと?」

「稚児というのは、お坊さんたちの性のお相手を務めるという役割もあったんです」

「………」


 さっき香奈子が「稚児はいろんなお世話をした」と意味ありげに笑ったのは、そのことを指していたのだろう。

「ちょっと思ったんだけど」

「なんですか?」

「それって本当にあった話とは思えないけど、本当にあったことがベースになっている話のような気がする」

「さすがだ、長谷部君」

「え?」

「あ、ごめんなさい。つい……」

 と香奈子はまたあたふたと両手を揺らす。


「いや、それはいいんだけど。さすがというのはどういう?」

「いま私が話したような言い伝えには、なんらかの意味が必ずあるんです。何か事実があって、それがいろんな事情でストレートに伝えられずに、非現実的な物語に姿を変えて語り継がれていく。多くの言い伝え、あるいは昔話には本当にあったことが隠されているんです」

「例えば、桃太郎とかかぐや姫とかも?」

「桃太郎もかぐや姫も浦島太郎も、です」

「へえ」

 と涼太は感心する。

 頭のなかでは8月17日の鬼のことが浮かんでいた。あの鬼の話には、どんな「本当にあったこと」が隠されているのだろう?


「私、そういうことを考えるのが好きなんです」

「隠されている本当にあったことを考えること?」

「イエス」となぜか英語で答える。

「史学科を選んだのも、だからなんです。この大学を選んだのも、ここが仏教系だから」


 二人の通う大学は歴史のある仏教寺院が運営している。

 総合大学として経済学部や経営学部、法学部、理工学部などが設置されているが、文学部には専攻学科として仏教に関連した学科もある。

 一般教養の講義にも仏教関連のプログラムがあり、そのなかには必修科目もあった。経済学を学んでいる学生であっても、仏教の講義を取らなければならない。


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