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8月17日の鬼 〜あだやおろそか〜  作者: 鴨下つぐむ
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1.あだおろそかに、鬼を語ることなかれ

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「8月17日の朝、子供は外に出て遊んではいけない」

 とは、京都の街の片隅でささやかれていた言葉である。

「どうして?」

 という幼い声に、しわがれた声が答える。

「鬼が出るからや」

「鬼?」

「そうや。鬼や」


 鬼の全身は真っ赤にぬらぬらと濡れている。その目は憤怒に燃えている。

 そして、両手を広げてゆっくりと近づいてくる。

 背後には紅蓮の炎が渦巻き、熱風が襲いかかる。


 もし、その鬼につかまったら?

 もちろん、助かるわけがない。

 たちまちのうちに手足を引き裂かれ、内蔵をむさぼり喰われ、そして……残るのは生首一つ。

 ゆっくりと近づいてくる鬼の背後には、そんな喰い散らかされた屍がごろごろと転がっている。

 だからくれぐれも、8月17日の朝、子供は外で遊んではいけない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その生首が発見されたのは、5月26日の早朝6時のことだった。

 場所は京都市南区。

 千本通と九条通が交差する付近に位置する小さな公園のなかである。

 花園児童公園という名称を持つこの公園は、古い住宅街の一画にぽつんと位置し、遊具としては小さなすべり台と猫の額ほどの砂場だけしか備えていない。

 一見すると何の変哲もない公園である。

 しかしここには遠方からはるばる訪れる観光客が多い。その理由は公園の中央に建っている石碑を見ると、すぐに分かるだろう。

 まわりを鉄柵で囲まれたその石碑には、次の文字が刻まれている。


「羅生門遺安址」


 かつて平安京の入り口にそびえ立っていた羅生門。

 その史跡が、この花園児童公園なのだ。

 生首は、その石碑の根元に置かれていた。

 発見者は、近所に住む50代の男性である。

 いつものように愛犬の散歩をしていたときのことだ。

 公園に近づくにつれて犬が唸りだした。

 息を荒く吐きながら前に進む。首輪にかけた紐がピンとのびた。

「おい、どうした」

 と声をかけながら犬の向かおうとする方向に目をやり……そして、その異物に気づいたという。

 男性は持っていた携帯電話ですぐに警察に通報した。


 パトカーのサイレンが近づき、それにつれて近所の人たちが表に出てきた。

 あっという間に野次馬たちが集まり、狭い公園はまるで災害時の避難場所のようになった。

 現場検証はすぐにおこなわれた。

 陣頭指揮をとったのは、京都府警捜査第1課の吉岡警部補である。

 吉岡は鉄柵の前にしゃがみこみ、石碑に後頭部をあずけるようにして置かれている生首をしげしげと眺めた。

 苦悶を帯びた表情は死を迎えたときの苦しさを物語っているようであり、また激しい悔恨のようなものもうかがえた。


 吉岡は手を合わせたあと、さらに観察を続ける。

「性別は男、と。年齢は、見た感じ……ん?」

 吉岡は生首の口に紙片が押し込まれていることに気づいた。

 鑑識に命じてその紙片を取り出させた。

 注意深く紙片を広げた鑑識員が、吉岡に見せる。

 そこには、おそらくは血で書いたのだろう、赤い文字が踊っていた。


「あだおろそかに、鬼を語ることなかれ」

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