金井可奈〜エピソード2〜
一限目のホームルームを終えて重苦しい雰囲気漂う教室を誰よりも早く退出した俺は、中庭前通路の隅に設置してある自動販売機に向かう。手持ちの150円を片手に中央階段を降りる。華恋学園の中庭は非常に広く、屋上と同様に昼のお弁当タイムは賑わいを見せる。俺の向かう自動販売機は数も豊富で来年度にはアイスの販売機も設置される予定らしい。今頃、教室はどんな感じなんだろうな。可奈の奴め、まぁ気にするようなタイプじゃないし心配いらないか。
温かいココアでも買って飲もうと150円を投入する。大岩井牧場オリジナルのココアにするか、定番のボンハーテンのココアにするか。悩んだ挙句に…
はぁ〜これはあくまで俺の命のためだ……。(ガコンッ)
来た道を戻る。中央階段を上り教室に再び入る。なんて分かりやすいんだろう。一番前の席の可奈は黙って次の現代文の参考書を机から出し5分前にしてすでに準備を終えている。それと対象的な志乃グループは窓際に固まりスマホをいじっている。話している事も可奈の陰口だ。俺に聞こえるくらいだ、全員に聞こえるように話しているようにしか思えない。本当は馬鹿のこと言うなよって怒鳴ってやりたいが当事者の可奈自身が何も言わないのに俺が割って入るのは返って失礼だ。だから応援する、サポートする。俺は可奈の座る席まで歩き自動販売機で買ったリップトンのミルクティーをそっと差し出した。
「お節介かもしれねーけどさ、あんなの気にすんなよ。これでも飲めよ。別にお金とか返さなくていいから。」
困ってなんかいないかもしれない。だけど可奈の閉まりきった価値観の扉を開ける事が出来る人物がいるんだとしたらきっとそれは俺だ。
差し出したミルクティーを手に取り、驚いた顔をこちらに向けて可奈は話し始める。
「これは驚いた。もしかして私が悲しんでいるとでも思っているのか。心外だ、軟弱な君にそんな風に見られているとは私もまだまだ未熟なものだ。これは返って腹立たしいものだな。それにジュースなんて買って来て何のつもりだ。浮ついていて軟弱な君からの飲み物など飲めば私までその軟弱さが伝染してしまう。あと、もう授業が始まる。着席したまえ。これ以上は私の邪魔をしないでもらいたい。」
相変わらずの態度だなぁ。少しは照れたっていいと思うのに。しばらくの間立ち尽くしていたが二限目の始業のチャイムで俺は自分の席に戻り着席した。ここからの時の流れは非常に早かった。あっという間だった。気づいてみればもう六限目の科学の授業が終わろうとしている。チャイムが鳴った。六限目も終了だ。
普段であればこの後は部活に行く者、勉強をする者、遊びに行く者そして掃除をやる者に分かれるのだが今日は普段通りにはいかない。チャイムを聞いた志乃が可奈に近づき話しかける。
「おつかれ〜委員長。私達さぁ、言った通りパンケーキ食べに行くから教室の掃除頼んだからねぇ〜。いや〜それにしても超ラッキー!」
それを黙って聞いた可奈は顔色を一つ変えずに答える。
「それは良かったじゃないか。私も教室掃除がするのにより集中出来るから好都合だ。早くパンケーキを食べに行った方がいいと思うぞ」
険悪なムードが二度、いや三度、はたまたもっとか教室を包む。そんな教室から人がいなくなるのに時間はかからなかった。俺がトイレに行って帰って来る頃には教室にいるのは可奈だけになっていた。一人でクラス全員の机を運び、それからほうきで落ちているホコリをまとめる。もう我慢出来ない。
「一人でやってたら明日になっちまうぞ。二人でやった方が効率も良いし、それに俺は希望してここの掃除の担当になったんだ、文句言われる理由はないだろ。」
そう言ったが可奈からの返答は無い。二人で掃除をしたと言うよりは一人がそれぞれの掃除をしたと言った方が正しいかもしれない。掃除が終わりほうきやちりとりを片付け、机の整頓も終わった時、それまで黙っていた可奈が顔を真っ赤にして溜め込んでいたものを吐き出すように怒鳴ってきた。
「おい、一体何のつもりなんだ!私には関わらないように言ったはずだろ、私は強くあらなければならんのだ!軟弱な奴と関わる暇なんてないのだ。もういい!私は帰る。これで最後だ!二度と話しかけるな!」
そう言って可奈は走って教室を出て行った。強引に閉めた教室のドアは勢いで少し外れてしまった。教室に俺一人を残して。沈黙が流れる。
その時、突然目の前にリィーファが現れた。
「主人様、申し訳ありませんが掃除をしているお二人を見させてもらいました。どうやってって?それは私のガウンは大きさを自在に変えることが出来て、更に頭からかぶると透明化出来るんです。その力を使わせていただきました。覗き見るようですみません!そんな事よりこれでは嫌われる一方です。何か考えでもお有り何ですか?」
さすがは天使といったところだな。確かにそうかもしれない。まるで突破口が見えない。これじゃ、本当にただ嫌われていくだけだぞ。
俺が黙って考えているとリィーファは俺の気など考える事なく言葉を続ける。
「あんなに普段から冷静な可奈さんが声を荒げて怒るなんてもうダメなのかなぁ。私達の命も終わり…あぁどうすれば〜!」
うるさい。まったくこの天使め、もう少し落ち着けないのか。でも怒らせてしまったのは事実、それもあの普段から冷静な可奈が…。
待てよ、可奈があんなに感情を荒げた事なんてあったか?そんな話を聞いた事なんてあったか。もしも、あれが可奈からのSOSだとしたら。可奈自身も気付かない本音の部分だとしたら。
「おいリィーファ、そのガウンを二人でかぶって急いで可奈を追うぞ。学校以外の可奈に何か手がかりがあるはずだ。とにかく可奈の情報を集めるぞ。」
まだそう遠くには行ってないはず。リィーファのガウンを俺もかぶり可奈の後を急いで追う。見てろよ、ここからは俺のターンだ!