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微笑みの雫  作者: 村上隼人
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プロローグ1

 六畳ほどある部屋の中にある、新しい机の上には新品の教科書が整理整頓されている。備え付けのクローゼットには、これもまた真新しい制服が掛けられている。

 この部屋の主人の笠原乙葉(かさはらおとは)は、勉強机と一緒に買ってもらった椅子に座り、それらを見つめながら、ハァ、とため息をつく。

 乙葉はこの春、中学校に進学した。普通の公立中学で、同級生も小学校の時とほとんど変わらない。だが、乙葉はそれが何より嫌だった。なぜなら、乙葉は小学校時代にほとんど友達がいなかったのだ。

いじめられていたわけではないのだが、人と話すのが苦手で気付いたら教室でひとりぼっち、とそんな具合に小学校六年間は終わってしまったのだ。

 小学校の間に形成されたグループは、もちろん中学校に入っても継続される。そしてそのグループの中に新しく、それも一人で入って行くのはとてつもない勇気が必要になるのだ。

 もちろん乙葉にそんな勇気はない。

 学校が始まって一週間が過ぎたが、最初にクラスで行われた自己紹介以外では何も話していない気がする。無論、話す相手がいないからだ。

 中学生活、開始一週間にして乙葉は、高校まで我慢かなぁ、などと思うようになってしまった。

 椅子に座ったまま、机の上にある教科書を手に取り、通学カバンにそれを詰め始める。月曜日の授業の準備だ。

「明日は数学に、国語に、体育に...あ、明日仮入部があるじゃん」

 乙葉は自分しかいない部屋で、独り言を喋りながら仮入部の一回目が、翌日である事に気がついた。

 乙葉は密かに部活動に期待していた。

 部活動ならば、同じ部の人と自然に話す事が出来るし、友達も増えるのではないかと考えていた。

「仮入部かぁ、特にやりたい部活はないんだよなー」

 乙葉は部活には入ろうと考えているが、どの部活に入るべきかを考えると結局答えが出なくなる。

「運動は苦手だから運動部は無理かな。でも文化部って、吹奏楽部以外に何があるか知らない...」

 一人の部屋でわざわざ自分の考えを口に出すのは、学校で喋らない分をここで喋っているのかもしれない、と最近は考えるようになってきた。

 授業の用意を済ませ、椅子に座ってじっと考え込む。そのまま五分ほど経ったが、やはり答えは出なかった。

 そんなに悩む事でもないかな、と思い直し椅子から立ち上がる。

「明日、とりあえずどこかの部を除いてみよっかな」

 そう言って部屋のドアに向かう。

 ドアノブに手をかけようとした時だった。ガタガタッと部屋の窓が音を立てた。今までは気にしていなかったが、今日は風が強いらしい。日曜日なのに外に出ていないから、気にする必要もないのだ。

「明日、雨降らないといいけど...」

 自宅から学校まで徒歩で三十分ほどかかるので、乙葉はその距離を傘をさして歩きたくはないのだ。

 乙葉はそのままドアノブを掴み、ドアを引いた。

 部屋の外の廊下には、今日の夕飯であろうカレーの匂いが漂ってきていた。

 リビングに入ると、より一層カレーのいい匂いが乙葉の鼻腔をくすぐる。

 リビングのテレビにはニュース番組が流れている。乙葉の父親である、正隆(まさたか)が見ているようだ。

 テレビの内容は乙葉にはよく分からない、政治の問題のようだった。

「乙葉」

 不意に後ろから声をかけられる。振り返ると母親の澄香(すみか)がキッチンから顔を覗かせていた。

 澄香が続けて言葉を発する。

「テーブルの上にカレー皿出しといてくれない?」

「はぁい」

 乙葉は気の抜けた返事を返し、食器棚へと近づいていく。

 カレー皿を三枚取り出し、食卓の上に並べていく。ついでにスプーンも並べておいた。

 ふと父親の方を見るといつの間にか、テレビのチャンネルを変えている。医療系の番組らしい。白血病についての事を、専門家が説明している。乙葉はその説明の半分も理解できない。

 こんな番組を見て何が面白いのだろうか、と疑問に思ってしまう。

 歳をとると、健康に気を使うようになって、それでこんな番組を見るのかな、と乙葉は勝手に解釈した。

「はい、もうカレー食べられるよ」

 澄香がそう言うと、正隆がソファから立ち上がる。乙葉も食卓に向かい椅子に座る。

 全員が椅子に座り、三人同時に、いただきます、と手を合わせる。

 母親の作るカレーは少し辛口だったが、とても美味しかった。

 乙葉はなんとなく、家族全員で美味しいご飯を食べられるって幸せだな、と思った。

 夕食を食べ終えると、乙葉は自分の部屋に戻った。風呂にも入ったし、時間割りもした。あとは寝るまで時間を潰すだけだ。スマートフォンを触ったり、漫画を読んでいたりすると、いつの間にか時計の針は十一時を指し示していた。

 乙葉は漫画を本棚に戻し、ベッドに潜り込む。一日家にいたので、特に疲れることもなくすぐに眠りに落ちる事はなかった。

 だが、時間が経つにつれ段々と意識が薄くなっていく。

 日付が変わろうかという時刻には、乙葉は中学生の女の子らしい可愛い寝息を立てていた。

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