第八話:彼女はオシャレな美術部員
仲村廣樹の高校生時代の話です。
土曜日の昼下がり、片桐綾子と渡辺慎一は近道をして、仙台駅西側の裏通りを二人で仲良く歩いていた。
「――慎一ってさ、ディズニーランドとか好き? 私は大好きなんだ」不意に綾子が訊いてきた。
「どう……かな? 俺は子供の頃に家族で行ったきりだし、どっちかと言えば嫌いではないけれど……なんか、そういうテーマパークって……恋人同士で行くイメージがあるからさ……今まで自分に無縁過ぎて、考えたことも無かったかな?」慎一は答えに困り曖昧な答え方をした。
「――そっか……でも、私達はもう恋人同士だよ?」綾子は顔を寄せ、慎一の顔を覗き込みながら言った。
不意な綾子の台詞にドキっとし、慎一は自分でも心臓の鼓動を感じる程に照れてしまった。
「私はね。いつか……慎一と二人でディズニーランドに行けるように願ってる!」そう言ってから慎一の頬に軽くキスをした。
慎一は予想していなかった綾子の行動に反射的にビクッとなったが笑顔で答えた。
「……そうだね。行けたら良いね?」
「――うん!」
一人の男がいい雰囲気の二人に水を差すよう、静かに音も立てずに二人にそっと近寄ると慎一の耳元でぼそっと囁いた。
「旦那……来月のディズニーはハロウィンイベントですよ?」
その台詞に驚いて慎一と綾子が振り返えると廣樹と京子が笑顔で立っていた。
「いやいや、付き合ってたった半月で随分と仲が良いことで……」京子が揶揄うように言った。
「――二人ともいつから見てたの?」慎一が驚くように訊いた。
「――いや、だいぶ前から後ろを歩いていたんだ。で、声かけようとしたら、京子が『気づくまで邪魔するな』って止めるからさ。それにしてもほっぺのキスって女子からするもんなんだな? 俺も初めてのデートで京子からされ――痛っ!」
「――ば、馬鹿じゃないの! しれっと訳のわからないこと言ってんじゃないわよ!」
京子が真っ赤な顔で勢いよく廣樹の脛を蹴った。それを見てクスクスと慎一達が笑った。
「京子ちゃんは、廣樹くんとこれから何処かに行くの?」と、綾子が訊いた。
「えっと、なんて言えば良いんだろう……後輩の悩み相談? ウチと違う高校通ってる中学の後輩達三人なんだけど……奈那先輩と廣樹に大切な相談があるんだってさ。どうしても二人を連れてきて欲しいみたいでさ、これから純也達と合流してファミレスに行くんだ」
「へえ、そうなんだ。京子ちゃんって……後輩想いなんだね?」綾子が笑顔で言った。
「――え? そんなことない……と思うけどな……」少し照れて俯いた。
廣樹が京子の肩を軽く叩くと腕時計を見せて急かす。
「じゃあ、私達待ち合わせの時間があるからまたね!」
廣樹と京子は手を振りながら慎一達と別れた。
「やっぱり廣樹くん達って仲良いね。なんか……憧れちゃう」
「うん、廣樹達は本当に仲が良いよね? 俺も綾子ちゃんと、あれくらい仲が良い関係になりたいもんだ」しみじみという慎一。
「――きっとなれるよ! だって、私達だもん!」
綾子は慎一の手を握ると、行こうと歩き出した。
九月の残暑から歩き疲れて喉が渇いた二人は喫茶店に入ると名前を書いて順番を待っていた。
「綾子ちゃんは何を頼むの?」
「――慎一ってば気が速いよ。まだ席にもついてないじゃん? メニュー見ないと決められないってば……」笑いながら言った。
「……それもそうだね……アハハ」慎一は頭を掻きながら言った。
しばらくして順番を呼ばれ、店員に続くようにハイカラな内装の店内を歩き席へと向かった。慎一は綾子をソファー側の席に座らせると椅子を引いて自分も座った。
「なんか、オシャレな内装の喫茶店だね? 慎一って良いお店を知ってるんだね? ……それとも……誰か違う女の子と来たことがあるのかな?」綾子は慎一を揶揄うように笑顔で訊いた。
「――うん、あるよ!」慎一が頷いた。
「――えっ?」綾子の顔が焦りに変わった。
それを見た慎一が焦って口を開く。
「えっ……いや、違う違う! 女の子って彼女とかじゃなくて……純也と奈那先輩と偶然会った時にお茶しようって誘われて、前にここに来ただけ。そう言えば……奈那先輩はここのクリームソーダが好きみたいで……」
焦る慎一を見て綾子がクスッと笑った。
「……そうゆう事ね。なんだ……ちょっとジェラシー感じちゃった。……でも、本当に?」疑うような眼差しを向けた。
「――ほ、本当だってば! お、俺は綾子ちゃんが初めての彼女だから。女の子とのデートも手を繋いだのも……さっきみたいな事も……みんな綾子ちゃんが……初めてだからさ……」最後の方は照れから自然と声が小さくなった。
「……そっか、それなら許す……許してあげる!」綾子が嬉しそうに言った。
よく『男は女の最初の男になりたがり、女は男の最後の女になりたがる』と言うが、実際は女も意外と男の最初になりたがる部分が多いのかもしれない。慎一は、ふとそんなくだらないことを思った。それを聞いて安心した慎一はメニューを取ると綾子が見やすいように広げて見せた。
「……本当に女の子と付き合うの……初めて? 慎一なんか……手慣れてない?」綾子は目を細めて少し口を尖らせた。
「いや、だから……前に純也達と来た時に純也がメニューを自分の前に広げて見たんだけど、奈那先輩が普通デート中はレディーファーストが基本で『メニューは女の前に見やすく広げるのがマナーだろ!』って……言っていたからさ」
「アハハ、言いそう! 奈那先輩なら本当に言いそう!」綾子がケラケラと声をあげて笑った。「成程ね、確かに先輩なら普通に言いそうだね。で、慎一くんはそれを見て学んだ訳と……」
慎一は無言でコクリと頷いた。
「そっか、そっか、じゃあ……私はアイスティー、銘柄は……」
「……ダージリン?」慎一がぽそりと言った。
「――えっ? な、なんでわかったの?」綾子は予期せぬ言葉に驚いた顔で訊いた。
「……いや、前に純也がアイスティーはダージリンの夏と秋に摘んだ茶葉が美味しいって……言っていたから……さ」慎一は自信無さそうに言った。
「――そっか……確かに純也君ってさ……変なウンチクとか豆知識が豊富だし、博識なところがあるもんね……」
「……それってさ、純也の事を褒めてるの? 貶してるの?」慎一が笑いながら訊いた。
「ん? もちろん褒めてるわよ? それをちゃんと覚えていた慎一の事もね!」綾子は首を傾けるとウインクして言った。
それから二人は学校の話題から始めり、そう言えば最近と……しばらくの間、楽しく会話に華を咲かせていた。
「別に割り勘で良かったのに……なんか、いつも悪いよ……」綾子が申訳なさそうに言った。
「別に良いよ? これくらいは、全然大丈夫だから。会計だって千円ちょっとだったんだし……家の手伝いしてるから、同級生よりはお小遣いが多い方だしさ……それにやっぱり彼女にはカッコつけたいじゃん?」慎一が笑いながら言った。
「……あ、ありがとうね」綾子は照れて俯いてしまった。
「どういたしまして。それよりこれからどうしようか? 何処か行きたい所とかある?」
慎一は裏路地からアーケードの方を見ながら訊いた。
「行きたい所か……あっ! アクセサリーを見たいかも!」と、綾子が思いついたように言った。
「アクセサリー? うん、いいよ。じゃあ、行こうか」
慎一が歩き出そうとすると綾子が腕を絡めてきた。驚く慎一に綾子が言った。
「――別に良いじゃん! 恋人なんだしさ……それとも嫌?」綾子が訊いてきた。
「……嫌じゃない……むしろ……嬉しいかも……」慎一は小声で言った。
「ウフフ。なら、良いじゃない。でもさ、慎一って腕組みやすいよね……フィットするっていうか自然に組めるって言うか……なんでだろう?」
慎一は生まれて初めて自分の身長が低めなことに感謝した。もちろん、背が低い慎一は高い身長には憧れる。だが、もしも自分が廣樹や純也みたいな平均的な男子の身長だったのなら、きっと大好きな綾子の声を同じ目線で、こんなにも近くで声は聴けなかっただろう。そう思うと、この身長もあながち悪くはない、そんなことを思った。
「……きっと俺の身長低いからじゃない……かな?」
「――ごめん! そんなつもりで言ったんじゃないの!」綾子は焦って謝った。
「ううん、大丈夫だよ。気にしてないからさ。それにさ、綾子ちゃんの声をこんな近くで聴けるんだから、あながちこの身長だって悪いもんでもないよ?」慎一が優しい笑顔で言った。
綾子は胸がぎゅっと締め付けられ、愛しくてじっとしていられない感情から慎一から手を解くとギュッと抱きついた。
「……好き……慎一、大好き!」
綾子の髪を優しく撫でると、優しくハグしながら言った。
「俺も綾子ちゃんの事……大好きだから。……俺を好きになってくれてありがとう……」
それから二人は腕を再び組むと綾子の案内でアクセサリーショップへと向かった。
店内にパワーストーンやアクセサリーが無数に並んだ店内。こうゆう場所に初めてきた慎一は綾子の横で興味深々に見回していた。
「――あ、これ良いかも!」綾子がピアスを見ながら言った。
「……ピアス? 綾子ちゃんってピアスの穴を開けてるの?」
綾子は髪を手でずらすと右耳のピアスホールを見せた。
「うん。右にだけ開けてるよ……あ、そうだ! 慎一も左耳にピアス開けなよ? 丁度、このピアス二個セットだし御揃いで着けよ? チタンだから金属アレルギーも大丈夫だし……」
「……いや、ちょうどって……言われてもさ」慎一がちょっと引いた声で言った。
今まで目立たず、そこそこの優等生として生きてきた……つもりだ。そんな慎一にとって校則違反に該当するピアスホールを開ける行為は少しハードルが高い内容だった。同級生にもピアスを開けている男子は何人かいるが『自分とは違う人間なんだ』『自分はそういう人間にはなれない』『いや、なれる筈がない!』と、自分の中でずっと決めつけていた。だが、綾子という可愛い彼女も出来た今、もしかしたら、ピアスを開けたら、自分の中で何かが大きく変わるのではないかという衝動が生まれていた。
「……校則違反だし……まあ、男の子だし……やっぱり……ピアスホールを開けるのは……嫌だよね?」綾子が何処か寂し気に訊いた。
「――いや、開けるよ! せっかく、綾子ちゃんが御揃いで着けたいって言ってくれたんだし……なんとなくだけど、今までの自分から変われる気がするから……」
綾子は少し驚いた表情をした後、笑顔でウンウンとなんども頷いた。
――夕方のアーケード――
腕を組みながら二人はアーケドをゆっくりと歩いていた。
「……一ケ月くらいかぁ。一ケ月もファーストピアスって外せないんじゃ……学校でどうしようかな? 親に怒られるのは仕方ないし、自分で決めた行動で起きる事だから別に全然構わないとしても……絶対に教師にバレるよな……バレたら絶対に外せって言われるよな……」
「カットバンでも貼っておいたら? 私はそれでバレなかったよ?」
「いや……カットバンって……そもそも、綾子ちゃんとか女子は元々髪が長いから……簡単にはバレなくない?」慎一は肩を落としながら言った。
「たぶん、大丈夫じゃない? きっと、先生だってそこまでは生徒を見てないよ。もし、誰かに聞かれたら、私とお揃いでピアス着けたいから空けたんだって言えば良いだけだし。廣樹くんとか純也くんなら……きっと、わかってくれると思うよ?」根拠の無い自信で綾子が言った。
「ん? ……なら、わかってくれる? わかってくれない人も、いるってこと?」慎一が綾子に尋ねた。
「いや……その……やっぱり……海江田くん達? なんか……あの人達ってさ、そうゆうところにネチネチしてそうじゃない?」
「……ああ、確かに」慎一はとても深いため息をついた。
あのトイレの事件以来、海江田達に暴力で虐められることは無くなった。その代わりに慎一と綾子が付き合ってからは、何かあればネチネチと慎一に対し絡んできた。女子と話しているだけで『女いると余裕だな』とか『彼女がいるヤツはいいよな』などと、何かある事に妬み事を言ってくる。正直な話、最近は海江田達に対し『人の恋路を邪魔するようなヤツは、豆腐の角に頭ぶつけて死んでくれ』と思える程に面倒臭いと思ってしまう。
「ねえ……私と付き合ったこと……後悔してる?」綾子が寂しそうな表情で慎一に訊いてきた。
「――え? 全然」慎一が首を左右に振りながら即答した。
「……それなら良かった。もし……後悔してるとか言われたらショックだったからさ」
「――いやいやいや! 無い無い! それだけは、絶対に、無い!」慎一は首を左右に大きく揺らした。
「ありがとう、素直に嬉しいよ。これからどうしようね? 帰るにはまだ早いし……と、言うよりまだ慎一と一緒に居たいな……あ、そうだ学校に行かない? 慎一に見せたいモノがあるんだ」綾子は思いついたように提案した。
「……学校? 私服で今から? 学校って休日も入れるの?」慎一は首を傾けた。
「うん、休みに部活する生徒もいるから入れるよ。平日の部活が終わる時間よりは短いけどね」
「……そうなんだ。……知らなかった……」驚いた表情で綾子を見ていた。
二人は休日の学校へと向かう為、仙台駅に向かい歩き出した。
――美術部部室――
綾子が白い布を外し、書きかけの絵を見せると慎一が口を開いた。
「これって……ここから見える街の風景だよね? でも、なんで色が殆ど入っていないの?」
綾子は口を開くと窓から見える風景を見ながら、ゆっくりと話しを始めた。
「一年生の頃、たった一度だけ見れた凄く綺麗な夕日に照らされた街並み。もしかしたら、もう卒業までに見れないかもしれない。……もしも、もう一度見れたのなら……今度はその情景を目に焼き付けてこの絵を完成させたいんだ……」
慎一は後ろから優しく抱きしめると綾子の耳元で囁いた。
「……きっと、見れるよ。この絵は未完の情景なんかじゃ終わらない。だって、絵に疎い俺にだってわかるくらいの良い絵なんだから……必ず完成するよ!」
「……慎一さ、なんか本当に変わったね? ちょっと前とはまるで別人みたい。同じクラスになったばかりの頃は、いつも自信無さそうにオドオドしていてさ、全然頼りになりそうもない男だったのに……気づいたらどんどんイイ男になって……今なら安心して頼れちゃう」自分を抱きしめる慎一の手を優しく握りながら言った。
「……そっか、じゃあ、俺は綾子ちゃんの色に染まったのかな? ……実際、綾子ちゃんがいなかったら、俺は……きっと今でもへなちょこだったと思うし。綾子ちゃんが海江田に殴られて頭に血が上って……初めて出来た彼女が馬鹿にされて許せなくて……多分……だけど……勇気ってモノが自分の中で目覚めたんだと思うんだ。だから、自分に自信もついたんだと思う。自分が思ったように行動して良いんだって……」
「――痛っ!」突然、綾子が小声で言った。
「――え? 大丈夫?」心配そうに慎一が言い、手を離そうとした。
「駄目! ハグ……まだやめないで……生理でちょっと胸が張ってるだけだから。……ほら、ちょっと硬いでしょ?」綾子は慎一の手を自分の胸に押し付けながら言った。
「……わ、わからないや。女の子の胸触るの……は、初めてだし……」慎一が緊張してぎこちない声で言った。
「……背中からでも慎一の鼓動がわかる。……揉んでも良いよ。慎一は私の彼氏なんだから……」慎一に寄り掛かると妖艶な口調で言った。
「――えっ?」慎一は驚きのあまり思わず強張ったが、自分の煩悩には正直でゆっくりと優しく胸を数回揉んだ。
綾子は色っぽい声を上げビクッとなる。綾子は腕の中で綺麗に振り返ると言った。
「今日はこれでおしまい。今度……この続きしようね? 私……慎一だったら良いよ。今はまだ恥ずかしいから駄目だけど、ちょっとづつお互い慣れていこうね?」慎一の頬にキスをすると離れた。
「……つづき……」慎一は放心状態のまま力なく言った。
――昼休み――
廣樹、純也、綾子、京子、奈那がオタク四天王の加藤礼二達と何やら話をしていた。
「――綾子、何を話してるの? 俺も混ぜてよ!」慎一が無邪気な笑顔で綾子に後ろから軽く抱きつくようにバグしながら言った。
「あ、慎一、今ね、ディズニーランドに行くなら、何が一番安く済むかを加藤くん達に聞いていたの」
慎一と綾子以外の七人が声にならない声を出す、それに反応したクラスの生徒が一瞬で魔法をかけられたように静まりかえり、クラスの殆どが慎一を見ていた。
「……あれ? 俺……今……何か……したっけ?」周囲をきょろきょろしながら言った。
最初に慎一に声をかけたのは加藤だった。
「……もしかして、慎一くんと片桐さんってさ……ヤッた?」
クスっと慎一が鼻で笑って言った。
「いやいや、まだヤッてないよ。加藤ってばスケベだなぁ……」
「……まだ? 今……まだって言ったか?」加藤が慎一を覗き込んで言った。
次の瞬間、オタク四天王が頭を掻きむしると叫んだ。
「――慎一くんは僕らの同士だと思っていたのに! パンドラの箱に手を出そうというのか!」
「パ……パンドラの……箱?」純也が言った。
「――そうさ、女体という健全な高校生は決して触れてはいけないパンドラの箱さ!」
廣樹が純也の肩を叩くと耳元で囁いた。
「なあなあ、パンドラの箱ってなんだ?」
純也が手を口に当てながら廣樹の耳元で囁く。
「ギリシア神話で、ゼウスがパンドラっていう豊穣の女神に渡した箱だよ。 あらゆる不幸等が封じ込めてあって、 彼女が好奇心でその箱を開けたから、地上には不幸が広がったって話だよ。まぁ……最後に希望だけが箱の底に残ったという結末なんだがな……」
「……ふうん……開けた奴はみんな女との快楽に溺れて、最後に童貞だけが残るって意味か……お前ら相変わらず、本当に上手い表現するもんだな?」と、廣樹がオタク四天王達を見ながら笑って言った。
「――い、委員長! 流石にその言い方は僕達に対して酷いよ! もっと、こう……オブラートに包んで言ってよ! 健全な僕達が、まるで可哀想な人種みたいじゃないか!」
「……そうだぞ廣樹、こいつ等は健全な高校生なんだからさ」純也が頷きながら言った。
「は? どの口が言ってんの? 純也だって奈那とヤッてるじゃん!」廣樹が横目で見ながら言った。
その言葉にオタク四天王が素早く反応して純也を指さしながら言った。
「――おいっ! ここに裏切者のユダがいるぞ!」
「――ちょっと! あんたらいつまでそんなコントみたいなくだらない会話で盛り上がってるのよ! これだから男って生き物は……」京子が呆れた口調で言った。
「……普段は着けるもの着けてるんだから……別に純也が私と寝たって問題ないだろ? なんか、まるで私達が悪い事してるみたいじゃないか!」と、奈那が小声で言った。
「ん? ……普段はってことは――いてっ!」
廣樹が全てを言い切る前に京子が勢いよく脛を蹴った。
「廣樹も、そうゆうところを突っ込まないの!」
綾子は慎一に腕を絡ませるとケラケラと声をあげて笑った。
「――みんな面白い! 本当にこのクラスは最高! さて、慎一はいつ禁断の果実に手を伸ばすんだろうね?」慎一にウインクしながら言った。
「さ、さぁ……」恥ずかしさから俯いてしまった。
教室の隅で北村達が面白くなさそうに廣樹達を眺めていた。
「……楽しそうで良いな……俺もあんな彼女が欲しいわ……」海江田がポツリと呟いた。
「うん……俺もあんな彼女が欲しい……」倉井が続くように言った。
「――はあ? お前らさ、あんな女達の何処が良いだ?」北村がケっと吐き捨てた。
「……そうか? 確かに奈那は……口は汚ねえけど美人だしさ……」と、倉井が言った。
「――あ、わかるわかる。それに片桐は可愛いし、ノリが良いから、あんな彼女だったら毎日が楽しいだろうしさ」と、海江田が相槌を打つように言った。
「――だよな! 高橋は御転婆だったけど、廣樹と付き合ってからは……あ……」倉井がそっと北村を見た。
「……確かに……悔しいけどよ……京子は廣樹と付き合ってからは……もっとイイ女になったよ」北村が俯きながら言った。
「……ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだぜ?」倉井が北村の肩を数回撫でながら謝った。
「……お前らにそんな悪気は無いってわかってるからさ、良いって……気にするなよ」北村が無理に笑顔を作ってみせた。
「……あのさ……提案なんだけどさ……」海江田が言った。
「――ん? なんだよ?」北村と倉井が海江田を見ながら言った。
海江田が両手でおいでおいですると、三人はスクラムを組み、海江田が周囲をキョロキョロと確認してクラスの誰も聞いてないことを確認すると、ごにょごにょと小声で話し始めた。
「あ、あのさ……高橋とか奈那に女を紹介してもらうってどうよ?」
「――はぁ! オマエ、何バカなことを言ってんだよ! アイツらが俺達に女を紹介するわけねえだろ! 馬鹿も休み休み言えよ!」北村は思わず大きな声で叫んでしまった。
奈那が『ん?』って顔をすると、思いついたように両手を目の前でパチンと叩き、廣樹と純也と京子を奈那が三人を手招きして何かコソコソ話を始め、皆がうんうんと頷き、京子と奈那の二人が北村達に近寄ってきた。
「……あんた達、もしかして……私達に彼女を紹介してもらいたいの?」京子がニヤニヤしながら訊いた。
北村達は目を反らし、無言で俯いていた。
「……ったく、お前ら本当にハッキリしねえ男だな? そんなんだから、彼女の一人も出来ないんだよ!」奈那が吐き捨てるように言った。「そりゃあ、私みたいな絶世の美女な彼女は宝くじで一等当選するくらい難しいだろうけどさ。そこそこの女で良いなら……仕方ないから彼氏のクラスメイトだし、三人とも紹介してやるよ」と、奈那がこの上なく恩義背がましく言った。
「……何処が絶世の……ん? 今……なんて言った?」北村が思わず乗り出した。
「――マジで! 流石は奈那先輩!」倉井が奈那に媚びるように言った。
「――本当に紹介してくれるんですか!」海江田が子犬のような瞳で奈那を見て言った。
「ああ、紹介してやるよ。だから今からお前らは全員、私には常に敬語な!」奈那が三人の顔を順番に見ながら言った。
「――え! ……奈那先輩、常に敬語って条件……それ……本気で言ってるんですか? だって……あの子達って……」と、京子が何か引っかかるような口調で言った。
「――そんなの当たり前じゃん! 男尊女卑が服を着てるコイツ等だぞ? 年上の私が言うから間違いないけど、年上とかタメ歳の彼女はまず無理だから! で、アイツ等は年下で一年だからちょうど良いじゃん?」奈那が笑いながら言った。
「――え! マジで! 一年の女を紹介してくれるの?」倉井が明るい声で更に喜ぶ。
「……なんか……話が上手過ぎるんだけどさ……まさか……実は紹介してくれる子って、すげえ豊満醜女とかじゃなよな?」北村が疑いの眼で奈那を見ていた。
「――はあ? 私の友達とか後輩にデブとかブスはいねえから! そうだな……あ、京子をちょっとだけ御転婆にしたような感じだから安心しろ!」
奈那が失礼な事を言ってるなよと言わんばかりに北村を見た。
「――はいっ? 私を少し御転婆にした感じ? ――いやいやいや! いくら先輩でもそれは流石に酷いですよ? 私に対して失礼じゃありません? あの子達はどっちかと言えば……奈那先輩より少し御転婆って言った方が……」京子が眉をヒクヒクしながら作り笑いで奈那に言った。
「――ふ、ふざけんなよ! 誰がどう考えたって京子寄りの人種だろうがっ! 廣樹、ちょっとこっちに来てハッキリ言ってやってよ!」奈那はそう言って廣樹をジェスチャーで呼んだ。
純也と何かの話をしていた廣樹が、奈那に呼ばれて見るからに嫌そうに歩いてきた。
「……はいはい、なんですか? ちょっとだけ話が聞こえたけど……こいつらに恨まれたくないから俺は嘘はつかねえからな?」と、廣樹は奈那に釘を刺すように言った。
「なあ、この前に会った子達って京子を御転婆にした感じだよな?」と、奈那が廣樹に問いかけた。
「……いったい何処が? ちょっと……俺の可愛い彼女を奈那の上位互換みたいな女達と一緒にしないでもらえます? あの三人が京子に似てる所なんて、京子の方が美人っていうことで顔のスペックくらいでしょ?」廣樹が目を細めて奈那に言った。
それを聞いた京子が廣樹に抱きついた。
「――廣樹大好き! ……そうだよね、ルックスなら私が上位互換だよね?」上機嫌で廣樹に言った。
「……このバカップルが……はいはい、もう良いです。わかったからあっち行って二人でイチャイチャしてください!」と、奈那が呆れた口調で廣樹と京子に吐き捨て、しっしっと手で追いやった。
先程から会話を聞いていた北村達は一抹の不安を抱きながら、この奈那の話に乗るべきかを悩んでいたが、やはり素直に彼女が欲しいという願望に負け奈那の話を受けることにした。決定打になったのは、やはり廣樹の何気なく言った京子の方が美人という言葉で、紹介される女子が少なくとも美人系ということだけは間違いだろうという事からだった。
「――ところでさ、お前達ってバイク乗れるの?」と、奈那がいきなり北村達に前触れもなく訊いてきた。
「は? 廣樹とか純也と一緒にすんな! 不良やってるんだからバイクも免許も持ってるに決まってるだろ!」と、北村が奈那に言い放った。
「別に免許はどうでも良いけど……バイク乗れるなら……場所は何処でも大丈夫だな」
奈那は意味深な笑みを浮かべると、場所は後で自分から連絡すると伝えた。
その後、別れ際に純也にまた後でねのハグをし、チャイムに紛れて自分のクラスへと戻って行った。
「……なんか、奈那も変わったな? 純也色に染まったのかな……」と、廣樹が呟いた。
「そうね……女は友情より愛情って言うしね……」と、京子が呟いた。「でもさ、奈那先輩……なんか、可愛くなった気がする。あの人、人に甘えるの下手だったけど……純也にならって心を開いてるんじゃないかな?」
「……ま、純也は俺が認めるイイ男だからな!」と、廣樹が言った。
良かったら、感想や意見よろしくお願い致します。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。