第七話:破天荒な彼女
仲村廣樹の高校生時代の話です。ちょくちょく誤字脱字直します。
朝のホームルーム前の何処となく清々しい時間帯、生徒が次々に登校してクラスに人が増えていく。
「――おっはよう! みんな今日も元気か?」
奈那のいつにも増した明るい声がクラスに響いた。その声に反応してクラスにいた生徒のほぼ全員が入口へと視線を向けた。笑顔で立つ奈那を見てクラスの男子生徒の一人が驚いた。
「――あの遅刻魔の奈那が? ……こんな時間にクラスにいるなんて……あり得ないだろ!」
クラスに登校してきた奈那を見るなり誰かが叫んだ。
「……奈那……どうしたの? こんな時間に学校に来るなんて珍しいくない? 何か早く来なきゃ行けない理由でもあった? また……何かやらかしたの?」一人の女子生徒が席につき、机に教科書を移動させている奈那に質問を投げかけてきた。
「……別に……約束とかしている訳ではないんだけどさ。彼氏が出来たから……早く会いたいなって思っただけ……みたいな?」奈那は笑顔でそう答えた。
「……へえ、そうなんだ。彼氏が出来たんだ……良かった……ね? ――え? ……彼氏? 今さ……奈那……彼氏が出来たって……確かに……そう……言ったよ……ね?」女子生徒は挙動不審な反応で奈那にそう聞き返した。
「――うん、言ったよ!」と、奈那が明るい笑顔で返す。
「――な、な、奈那に彼氏が出来たって! ――みんな、奈那に彼氏が出来たって!」
女子生徒の声がクラスに響き渡り、その直後にクラスがどよめいた。丁度、その時に廊下を歩く純也を見つけた奈那が口を開いた。
「――あ、ダーリンだ。まだホームルームまで時間あるし……クラスに遊びに行っちゃおうっと!」
教室の出入り口に軽快に向かう奈那、その瞬間、クラスにいた生徒全員が奈那の視線の先を注視した。
「――か、彼氏って……じゅ、純也くんのこと!? 嘘でしょ? いや、違うよね? いや、ないない! それは絶対にあり得ないでしょ!」
一人の女子生徒が驚いて自問自答しながら首を振る。
「……いや、あの純也に限って奈那は……絶対に……純也が選ばないって! アイツなら奈那より良い女がすぐに出来るだろうし……」と、男子生徒もそれに答えるように言った。
そして一人の男子生徒が何かを閃いたように口を開いた。
「――あ! 奈那がまたくだらないドッキリしてる……とかじゃね?」
その言葉に『それだ!』クラス全員がまるで熱湯に入れた氷のように謎が解けたという顔になる。その直後、何も無かったようにクラスにいつもの賑やかな時間が戻った。
自分のクラスに着くと純也は辺りを見回した。
「まだ……アイツ等二人とも来てないか……」誰に言うでもなく独り言のように呟いた。
純也は自分の席に座ると隣の女子をチラリ、チラリと時折見ていた。典型的な女子高生とはこの子だと言えるくらいに平均的な身長、微妙に茶色いセミロング、少し崩れた制服の着こなし、机に置かれた学校指定ではないカバン、耳たぶにあるピアスホール、決してクラスで目立ちはしないが顔も中の上で美形な部類、正に絵に描いたように平均的な女子高生だろう。
純也は何かを思いついたような表情になると思い切って話しかけた。
「……おはよう片桐さん、あのさ……ちょっとだけ変な質問しても良い……かな?」
突然声をかけられた片桐が少し強張った表情になった。
「――え? ……う、うん。どんな……お話かな?」
「……あ、あのさ……女の子って、デートするならどんな所が良いの?」少し照れ気味になる。
その質問を聞いて驚いた片桐はこんなことを思っていた。『ええ! それって……もしかしないでも私とデートしたいってこと? 純也が私の事を誘ってる? え、嘘でしょ? まあ、顔もそこそこ良いし、勉強だって出来るし、何かあれば絶対に守ってくれるだろうし……純也は優良株ではあるよね……そして何より、私も本当に彼氏が欲しい!』これは私にも恋のチャンス到来かな? 自然とニヤけた表情になる。
「……あ、あの……片桐さん?」
純也はいきなり変な話をしてしまったかもしれないと、少しだけ後悔の念を抱いていた。
「あ……ごめん、ごめん。デートかぁ……やっぱり、街でお互いの服を選んだり、お茶したり、ゲームセンターで競ったりが良いかな? 私ね、今週末なら空いてるよ?」笑顔を首を傾けて返す。
「――え? あ、いや……その……なんていうか……」純也は片桐の勘違いを悟り、返す言葉に悩んでいた。
その時だった。後ろから聞き覚えのある声でいきなり怒鳴られる。
「――おい純也! オマエいきなりふざけんなよ!」正面に来ると両手で勢いよく机を叩いた。
「私という立派な彼女がいながら、他の女とデートの話なんてしてるんじゃねえぞ! 純也は……もう、私の彼氏だろうが!」
その瞬間、クラス中が騒めいた。『――ええ! 純也の彼女って奈那なの?』『純也って……奈那に何か弱みでも握られたんじゃねえの?』『俺、結構奈那先輩タイプだったのに……』『純也君に彼女出来ちゃったの……ちょっとショック!』などとクラスメイトの自分勝手な会話が飛び交っている。
「……いや、奈那とデートするなら、どんな所が良いのかなって……そう思ったから、聞いただけなんだけど……俺って今まで彼女いなかったからさ、そうゆう経験……あんまり無くてさ……ごめんな……」
その言葉を聞いた瞬間、奈那の顔からは怒りが消え、一気に明るくなる。
「――え? なんだ、それなら最初から言ってくれたら良いのにぃ……別に純也とデートするなら……私は何処だって良いのにさ……」
なんだこのツンデレ女、流石はあの菅原京子が慕う先輩だけある。ツンデレ具合が京子にそっくりだ。『類は類を呼ぶ』とはよく言ったものだとクラスの殆どが納得してしまった。
その時、タイミング良く廣樹と京子が登校してきた。
「――お、純也くん、朝から仲がいいねぇ」廣樹が揶揄うように言った。
「――先輩、朝からアツアツですねぇ! 私と廣樹の仲も霞んじゃいそうですよ?」京子も揶揄うように言った。
その時、タイミングよく校内にチャイムが鳴り響いた。
「――じゃあ、またね。昼休みにまた来るから!」
奈那は純也に手を振りながら、自分のクラスへと戻っていった。
「――ね、言ったでしょ? 女の子は友情より愛情が大事だって!」京子が隣の廣樹の脇腹を小突きながら言った。
「……本当だな、まさか奈那があんな風になるなんて思わなかった」廣樹もお道化ながら返した。
――昼休みの教室――
生徒がクラスを自由に歩き回っている。
「――純也、一緒にご飯食べようよ!」奈那が明るい顔で教室に入ってきた。
「――おい! 奈那、お前はウチのクラスじゃねぇだろ!」
海江田が奈那に向かって怒声を吐く、北村、倉井もそうだそうだと言わんばかりに頷いている。
「――ったく、お前らはちっちぇえ男だな……本当に女にモテないだろ?」奈那が呆れた口調で言った。
「――なんだと! いくら女だからって調子にのってると……」
京子が三人の会話を遮るように言った。
「……はいはい、海江田さぁ……奈那先輩の彼氏が誰か忘れてない? っていうか、男がそんな小さな事で女に手をあげようとして……男として恥ずかしくないわけ?」
その時、廣樹がクラスメイトの渡辺慎一と共に売店から戻ってきた。
「……へえ、そうなんだ。慎一ってすげーな、自分でマフラー交換とかも出来るんだ」
「うん、実家が車屋だからね。親の手伝いしているうちに覚えちゃった感じ?」
二人は車の話で盛り上がっていた。
「あれ? 純也は?」京子が廣樹に声をかけた。
「あぁ、今日こそは焼きそばパンを買うんだってさ、まだ調理パンの列に並んでるじゃないかな? 俺と慎一は並ぶのが嫌いだからさ、こっちしたけどな。はい、京子に頼まれていたサンドイッチ」廣樹は日替わり弁当を軽く見せながら京子にサンドイッチを渡した。
「……そうなんだ。せっかく、奈那先輩が純也とランチしたいって来てるのに……」
「――あれ? 海江田そんな怖い顔してどうしたの?」慎一が誰かを睨むような目つきをしている海江田に訊いた。
それと同時に海江田がいきなり慎一を蹴り飛ばし、蹴られた慎一はバランスを崩しクラスメイトの片桐が座っている机とぶつかった。
「――慎一、オマエさ……前から思っていたけどよ! おまえ、誰の事を呼び捨てにしてるんだよ? おまえは俺達より格下だろうが!」
廣樹から先ほどまでの陽気な笑顔が消え、冷めた目つきで海江田と慎一を黙って見守っていた。
「……ごめんね、片桐さん。俺が踏ん張れなかったからぶつかっちゃって……ケガとか無かった? 大丈夫?」よろけながら立ち上がった慎一は片桐に謝った。
「……うん、大丈夫だよ。渡辺くんこそ大丈夫? 結構な勢いでぶつかったけど……」片桐が心配そうに慎一を見た。
「アハハ、ありがとうね。大丈夫、大丈夫。これでも一応……男だしさ。そんなことよりも片桐さんがケガした方が大変だから……」慎一は無理に笑顔を作って答えた。
「――カッコ、つけてんじゃ……ねーよ!」
海江田はそういうと再び慎一に蹴りを入れたが、慎一がそれを反射的に避けてしまい、机に座っていた片桐に当たった。
「――痛い! ――なんで? 酷いよ!」
片桐は机に蹲ると泣き出してしまい、それを見て慎一は俯くと拳をグッと強く握った。
「お、オマエがそんなところに座ってるから悪いん……」
海江田が全てをいう前に、慎一が慣れない拳で海江田の頬を力任せに思いきり殴った。海江田がよろけて席と席の間の通路に転んだ。
「――女に手をあげて、その言い訳はなんなんだよ! お前が先に彼女に謝るべきだろ!」
予想外の出来事と、予想外に鍛えられていた慎一の腕力で殴られた痛みに海江田は驚き、固まっていた。だが、すぐに正気に戻り、立ち上がりながら慎一に向かって叫んだ。
「――て、てめえ、誰にむかって手をあげたと思ってんだ!」怒りが込み上げてきた。「――おい! 北村、倉井、コイツのことやっちまうぞ!」
奈那がいきなり海江田の後ろに立つと、後ろから金的を思い切り蹴り上げ、海江田は鈍い声をあげ蹲った。
「……オマエは本当に男か? どう考えても、今のは全部オマエが悪いだろうが! お前は殴れて当たり前だ。もし、コイツが殴っていなかったら、私がもっと殴っていたぞ?」
「――な、奈那……てめえ……」
倉井と北村が奈那を捕まえようとした瞬間、廣樹は倉井を蹴り飛ばし、北村を殴り飛ばした。
「お前らさ……今、女相手に何する気だったわけ? 毎度毎度、男が一対三とか恥ずかしくないの? しかも、今のはどう考えたってお前等が悪いんだから、殴られても文句なんか言えない立場だろ?」
その時だった純也が教室に戻ってきた。
「――ん? 廣樹……何があったの?」
海江田達三人は純也を見てギョッとし、とっさに視線を反らした。
京子は純也の横に来ると事の経緯を大まかに説明した。
「……ふうん……お前ら本当に男のカスだな……」
奈那が勢いよく純也に抱きついてきた。
「――そうなの! こいつ等クズなの! すごく怖かったの!」
廣樹達を除いたクラス全員が『え? どこが? イヤイヤイヤ! ツンデレにも程があるだろう!』とツッコミたくなる表情で奈那を見ていた。
海江田達は聞き取れない程の小さな声で何かを言いながら教室を去って行った。
「……片桐さん、大丈夫?」慎一は片桐の肩をそっと優しく数回叩きながら訊いた。
片桐は顔をあげると、チラリと慎一の顔を見た。
「……意外にアリ……かも……しれない……」ぼそりと独り言のように小声で呟いた。
「――え? 今……なんて? ……片桐さん?」慎一が警戒するように言った。
――五時限目授業中――
授業中、廣樹と純也は前の席に座る慎一の横で、さっきからちょいちょい慎一に話しかける片桐を不思議そうに見ていた。
「……純也、なんで片桐が慎一の横の席に座ってるんだ? ここは確か……転校したから誰も座ってないはずなんだが……しかも、なんで教師はそれに気づかない?」身体を反らすと後ろの席の純也に小声で話しかけた。
「……いや、それは俺が逆に聞きたいんだが……」純也がそれに対して、授業中ということもあり、小声で答えた。
廣樹と純也は京子を見ると目が合った。何かを悟った京子は鞄からメモ帳を取り出すとサササと何かを書き始め、書き終わると数回折り、隣の席の男子に渡し小声で何かをいった。受け取った男子からまるで伝言ゲームみたいに生徒伝いに二人の元へとメモが届いた。メモを受け取った廣樹が開くと『二人とも余計な事や邪魔とかしちゃ駄目だからね!』と書かれていた。
「……これさ……どういう意味だと思う?」廣樹がメモを純也に渡すと訊いた。
「さあ? 彼氏の廣樹に解らないなら……俺もわからん」純也が小声で言った。
「……ですよね」廣樹が数回頷いた。
京子が二人の動向を見守っていると、廣樹が純也に何かを話しかけ、純也は机から三十センチ定規を出すと廣樹に渡し、廣樹がそれで慎一の肩を軽く数回程叩いた。
「――高校生にもなって、純也はなんでそんなの持ってるのよ!」京子は思わず小声で叫んでしまった。そして自分の意図が全く二人に伝わっていなかった事に深い溜息が零れる。
「慎一、慎一、なんで片桐さんがここに座ってるの?」廣樹が訊いた。
「……慎一君と……色々と話したかったから?」慎一が答える前に片桐が少し照れながら答えた。
「――そっか、じゃあ……ごゆっくり……」廣樹はそう言うと純也と小声で何かを話し出した。
それを遠目に見ていた京子は、女の直感で何かすごく嫌な予感を感じていた。
五時限目の授業が終わるなり、廣樹達は直ぐに慎一達の前へと移動した。
「なぁ慎一、片桐さんって結構可愛いよな?」廣樹が慎一に訊いた。
「……うん、片桐さんはオシャレだし、可愛いと思うよ」照れながら言った。
「――片桐さんってさ、彼氏とかいるの?」純也が片桐に訊いた。
「……ううん、今はいないよ?」片桐も少し照れながら言った。
「――そっか……じゃあさ……二人とも付き合っちゃえば?」純也と廣樹がハモるように言った。
「――はぁ! あんたら馬鹿?」京子が自分の席から思わず叫びながら近寄ってくると二人を勢いよく引っ叩いた。
「……私は……慎一君が良ければ……構わない……よ?」片桐は赤面で照れながら言った。
「――え、いや、僕と? いや、僕も構わないっていうか……嬉しいな……なんちゃって……」慎一も照れながら答えた。
「……ウソ……でしょ? ……二人とも……付き合っちゃうの?」京子が驚いて廣樹達を見ると二人はこの上無いドヤ顔で京子を見ていた。
「……何よ、二人とも、そのドヤ顔はなんなのよ!」京子は二人を睨みつけた。
「いや、俺らの勘に狂いは無かったみたいな?」廣樹が笑いながら言った。
「皆さん、慎一くんと片桐さんが付き合うことになりました! みんな祝福してあげてください!」純也がクラスメイトに聞こえるように大きな声で言った。
拍手や黄色い声がクラスに響き渡った。海江田達はケッと二人を睨むと面白く無さそうに顔を反らし、三人で何かひそひそと話を始めた。
――放課後――
廣樹と純也は六時限目の授業中に二人で話していたところを、タイミングよく廊下を歩いていた生徒指導の教師に見つかり、職員室に呼ばれ怒られていた。
「――ったく、わかったな? 授業中にあんまり喋って木下先生に迷惑かけるんじゃないぞ? よし! 二人とも帰ってよし!」
「木下先生、すみませんでした!」二人はハモるように謝ると職員室を後にした。
教室に戻る途中の階段で廣樹が純也に愚痴る。
「――ったく、あんなのどう考えたってポイント稼ぎだろ! お前なんかがどう頑張ったって木下先生はお前みたいなオッサン教師に靡かないっての!」
「まあまあ、アイツなりにカッコつけてるんだろ? もう四十を楽に超えて独身だしさ、色々と焦ってるんだろ?」純也が宥める。
「――だからってさ、四十超えて二十代の女と付き合えるのなんて、カッコいい男だけの限定特典だろ! ましてや相手が美人なら猶更さぁ……」
二人が教室に戻ると異様にざわついていた。加藤は廣樹達と目が合うなり走り寄ってきた。
「――委員長、大変だよ! 渡辺が! 海江田くん達に付き合えよってトイレに連れて行かれて……今、菅原さん達が追うように向かって……」
それを聞いた廣樹と純也はトイレに向かい急いで走り出した。
トイレに着くと京子と奈那が入口で倉井と揉め、片桐が不安そうにそわそわしていた。
「――ちょっと! 入れなさいよ! あんた等、慎一に何する気なのよ!」京子が叫んでいる。
「――お前等、男だろ! 卑怯な事してんじゃねえぞ!」奈那が倉井の肩を掴んで叫ぶ。
「――ったく、うるせえな!」
倉井はそういって拳を握ると奈那を突き飛ばすように払った。続いて倉井が拳を握って奈那に脅しに殴りかかろうとした瞬間、純也が倉井の拳を蹴り上げた。次の瞬間、倉井の首を持つと壁に叩きつけた。
「――おいっ! 人の女に何してくれてんだ! てめえ、何回言えば女に手を上げるなって学習するんだよっ!」キレた純也は倉井に答えを言わせずに腹を殴る。倉井は嗚咽を吐きながら崩れた。
「――純也! 渡辺がトイレで――」奈那が叫んだ。
廣樹はその隙にトイレに入り込んだ。中に入ると慎一が北村に羽交い絞めされ、海江田に脇腹を何度も殴られ、見るからに苦痛な表情を浮かべていた。
「――おまえら! いったい何やってんだよ!」廣樹が叫んだ。
その声を聞いて北村が反射的に慎一を離した。廣樹は北村に飛びかかると殴り飛ばすが、北村も踏ん張ると廣樹を殴り返した。
「いつも、いつも、いつも! なんで……廣樹達ばっかり良い思いしてんだよ! 全然、面白くねえんだよ!」それは北村の心の奥から叫ぶ本音だった。
「……教えてやろうか? それはな! お前らはいつも多勢に無勢みたいな卑怯な事しかしねえからだよ! そんなの真面な女から見たらどんだけ強くたって、全然どこもカッコよくねえんだよ!」廣樹は切った唇から口に充満した血を吐き捨てながら言った。
それを聞いた北村はまるで糸が切れた人形のように拳を下ろした。
「……そっか……そうだよな、カッコよく……ないよな……男らしくないよな。……ごめんな海江田……俺、もう降りるわ。教室で待ってるからよ……ごめんな……慎一」そういうと北村は元気なくトイレを後にした。
「――おいっ! 北村!」
海江田が叫ぶが北村は振り返りはしなかった。
北村と入れ替わるように片桐が慎一に走り寄った。
「――慎一、大丈夫? 私、別に気にしてないから……私は大丈夫だったのに……私なんかの為に……馬鹿……なんだから!」そう言って壁に寄り掛かって脇腹を抑えていた慎一を強く抱きしめた。
「……アハハ、可愛い彼女にハグされるなんて……カッコつけて……俺……なんか……得しちゃったみたい……彼女を馬鹿にされて……黙っていたら駄目って……廣樹に学んだからさ。でも……ちょっと……背伸びし過ぎちゃった……みたい……ごめんね」慎一は片桐が心配しないよう、無理に笑顔を作って言った。
「……お前ら……俺を馬鹿にし――ゲホっ!」
海江田が全てを言う前に純也が後ろからボディーブローすると海江田は膝をついて崩れた。
「慎一はさ、これに何回も耐えたんだろ? 一発で伸びてんじゃねえよ! 慎一の方がお前なんかよりずっと強えよ。……男だろ? いい加減に……なにがダサいことなのかくらい気づけよな……」
純也は海江田の頭を軽く小突くと、慎一に肩を貸してトイレを後にした。それを追いかけるように奈那達もトイレを後にした
教室に戻ると片桐に看病されている慎一を見ながら、廣樹が京子に訊いた。
「彼女を馬鹿にされて、黙っていたら駄目って……どうゆうこと?」
「あぁ……海江田が片桐さんに、人に言われて付き合うとか随分と尻の軽い女だなって言ってきてさ、それにキレた慎一くんが片桐さんを馬鹿にするなって掴みかかって……そのまま三人にトイレに……」京子が廣樹に事の経緯を説明した。
「……なるほどね」廣樹が数回頷いた。「――ちょっと……慎一くん、カッコいいんじゃないの? 俺が女だったら惚れちゃうぞ?」廣樹は笑顔で慎一の頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。
「……そ、そんなことないよ……」
――放課後の教室――
「……にしても、慎一ってすげえな? 話を聞いた感じだと結構な時間ボディーブローされたんだろ? 流石に俺だってキツイぞ?」純也が席に座って休んでいる慎一に話かけた。
「……よ、余裕だろ?」廣樹が言った。
「……へえ……そう。じゃあ……今から試すか?」純也が拳を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべて言った。
「――え? いや、嘘です、ごめんなさい、無理です!」廣樹は素直に謝った。
「……片桐さん、心配かけちゃってごめんね?」心配そうに慎一の横に座っている片桐に言った。
「ううん、大丈夫。……あのさ、その片桐さんって呼び方……彼氏なんだし、慎一にはやめて欲しい……かな。下の名前の綾子って呼んで欲しい……」少し照れながら言った。
「……片桐さんの名前……綾子っていうんだ……知らなかった……」廣樹が驚いた様子で言った。
「――おいっ! 学級委員長だろ!」「クラスメイトの名前くらい把握しておきなよ!」
純也と京子が阿吽の呼吸で続けるように言った。
「……いや、だってさ……でも、本当に慎一って凄いなボディーブローって効くだろ?」」廣樹が誤魔化すようにとぼけ、話をすり替えた。
「……うん。実を言うとさ……普段から北村とか海江田があんまりにも不意にやるから、知らぬ間に脇腹が鍛えられて……実はあんまり効いてないんだよね……実は」と、慎一が笑いながら言った。
「……うそ……でしょ?」京子が驚いた表情で言った。
「……たぶん、純也君のでも……一発くらいなら耐えられるんじゃないかな……」と、ちょっと自信無さげに言った。
「――イヤイヤイヤ!」
そう言って、この場にいる純也と慎一以外の全員が止めた。
「……ほう、試してみるか?」純也が言った。
「いいよ、でも……お手柔らかにね?」慎一が笑顔で言った。
「……純也、本気でやるなよ? 間違っても本気でやってとどめ刺したりすんなよ! ……本当にお前は負けず嫌いなんだからさ……」と、廣樹が呆れ顔で言った。
廣樹をチラリと見た純也は、力を入れた慎一の脇腹にボディーブローを入れた。
「……アハハ、こりゃ本当に効かないわ。プロボクサーみたいな腹筋してやがるもん」
それを聞いてみんなが驚いた。
「……慎一さ、俺に一回ボディーブローやり返してくれない? ちょっと……気になってさ」
慎一は驚いた表情になったが、うんと頷くと拳を握って純也に綺麗なボディーブローをきめた。
「――ゲホっ!」
純也が膝を折り、それを見た皆は更に驚いた。
「……慎一さ、絶対に喧嘩が強いと思うんだけど……格闘技とかで鍛えてるの?」
脇腹をさすりながら純也が聞いてきた。
「ううん、鍛えてはないけど……実家の手伝いで自然に鍛えられてはいるのかも……車のパーツって意外に重いし……」
純也と廣樹はそれを聞いて心から納得した様子だった。
「……確かにエンジンとか一機で何百キロもあるし、マフラーとかタイヤも何気に重いからな……」
「そうだよな……俺も親父のタイヤ交換を手伝った時に思った。」と、純也が廣樹に同意するような口調で言った。
「俺とか純也はあくまで家の手伝いだからさ、年に数回だけどさ……慎一は家の家業だから毎日みたいなものだもんな……そりゃあ、自然と鍛えられるよな……」
「……私の為にごめんね、慎一痛かったでしょ?」綾子は廣樹達に構わず脇腹を擦る慎一を心配していた。
「綾子ちゃん、そんなに心配しないでよ。だから、大丈夫だって! 海江田のパンチなんて純也君のに比べたらデコピンみたいなモノだからさ」
どことなく嬉しそうな純也に廣樹が軽く蹴りを入れた。
「純也……何、嬉しそうな顔してんだよ! 海江田達と比べられても自慢にならないだろって……」
「……確かに言えてる」
「綾子ちゃん、でもね……実は俺さ……バカみたいに思うかもしれないけど……ちょっとだけ嬉しんだ。今までは虐められてカッコ悪かった俺がさ、好きな子の為に戦えたってことが……すごく嬉しいんだ」
「――うんん、そんな事無いよ? 本当は暴力なんて駄目だけど、私も自分の為にやってくれた慎一の行動にドキッとして嬉しかったもん……ありがとうね」
「慎一、もう純也くんじゃなくて純也で良いよ。俺達は友達なんだからさ、あんなパンチ出来るんだしさ、俺に君付けする必要なんてないって! 俺達はみんなとっくに慎一の事は認めてるからさ」
「……ありがとう。なんだろう? なんか、すごく嬉しいや」と、慎一は目を擦りながら言った。
「なんか……沢山話をしたら腹減ったな……これから親睦兼ねて六人でファミレスで飯食うか」純也がみんなを見ながら言った。
「良いね! じゃあ、言い出しっぺの純也の驕りで!」
「……良いよ別に……昨日、親戚の叔父さんからの臨時収入もあったしさ」純也が言った。
「――え! ケチな純也がマジで奢ってくれんの? ウソでしょ? マジで!」廣樹が驚いて純也を見た。
「――あ? 嫌なら廣樹だけ別会計で良いんだけど!」
「いや、ごめんなさい。ちょっと予想外な反応に驚いてしまっただけです」
六人はファミレスに着くとお互いの自己紹介をし、好きな食べ物、趣味、色などを小さな事から色々な事を話した。それから一時間くらい色々な話をして皆が同じことを思った。人間に沢山の言葉があるのはお互いをもっと知る為にあるのだと、沢山の言葉を重ねるからこそお互いを知って理解していくのだなと。そしてこんなににも分かり合える友に十代で知り合えた自分達は本当に幸せ者だとも思った。
「……廣樹、さっきから何ニヤニヤしてんだよ?」純也が廣樹に訊いた。
「ん? いやさ、俺が学級委員長に自分から立候補した時に作りたかったクラス……ちょっとづつだけどさ、出来てるなって思ったらさ、なんだか無性に嬉しくてさ」
「ハハハ……そうかもしれないな。これからも期待してるぜ、委員長さん!」そう言って純也が廣樹の背中を叩いた。
「……そう思うならさ、不在の副委員長を純也がやらない?」
「は? 絶対にやらない! 廣樹を近くで見て大変そうなの知ってるんだ。絶対にやりません!」
「――そっか、誰かやってくれないかなぁ?」廣樹が独り言のように呟いた。
廣樹がみんなを見たが全員が目を逸らした。
良かったら、感想や意見よろしくお願い致します。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。