第六話:彼女との距離は何センチ?
仲村廣樹の高校生時代の話です。ちょくちょく誤字脱字直します。
純也達二人は渋谷の街を一時間ほど歩き、そろそろ歩き疲れたし、何処かカラオケボックスにでも入ろうとカラオケボックスを数か所程回ったが、どの店も満室ばかりで中々朝まで過ごせる場所が見つからないでいた。
純也は先程から必死にカラオケボックスの看板を探していたが、ふと、奈那の事を思った。
『――流石に疲れたな……奈那って、そう言えばサンダルだよな? 大丈夫かな……』
純也が奈那を心配しチラ見し、目が合った時、奈那が口を開いた。
「――純也……私、歩き疲れちゃった! ここで良いから少し休んで行こうよぉ……」
純也がそう言われ、看板をチラリと見ると『ツインハート』と小洒落たネオンの看板があり、そこは誰が何処からどう見ても、ラブホテルにしか見えなかった。
「――! いやいやいや! 流石にここはヤバイって!」純也は激しく首を振った「奈那、確かにさ、流石に俺もちょっとは休みたいけどさ……ここは冗談抜きでヤバイって!」と、思わず声を大にして言う。
「――大丈夫だって。カラオケも出来るし、最悪ここならベッドもあるから寝れるじゃん? シャワーも浴びられるから……猶更良くない?」
「……いや……ちょっとそれは……」
純也のはっきりしない態度に奈那が痺れを切らした。
「――は? 男がビビってんじゃねぇぞ!」
そう言うと、奈那は純也の手を半ば強引に引っ張り、如何わしい入口をくぐった。それは傍から見れば、肉食女子に連れ込まれた草食男子にしか見えなかった。
二人はお互いに初めての経験で機械操作を試行錯誤したが、なんとか部屋を選び入ることは出来た。
部屋に着いた純也はソファーに腰かけると煙草をテーブルに置いた。一本咥え置かれたホテル名が書かれた使い捨てライターで火を点けた。純也は紫煙を吐くと手に持ったライターを見つめていた。
少し距離を置いてソファーに腰かけた奈那がプシュっと炭酸音を鳴らした。
「純也も……飲む?」奈那が開封していないビールを差し出してきた。
純也が少し驚いた表情で奈那の顔を見ると口を開いた。
「へぇ……奈那が酒飲んだりするなんて……意外。別に未成年は酒飲むなみたいな綺麗ごと、さらさら言う気は無いけどさ、根拠は無いけど……奈那は酒なんか飲まないと思ってた」そう言って笑いながらビールを受け取った。
「別に……私が酒を飲んでも可笑しくはないだろ? 純也だって廣樹と飲んだりするんだろ?」
「ま、たまにね。ワルイ事してます感が……また楽しくてさ」
笑いながらそんな事を言うと、乾いた喉を潤すように一気にビールを流し込んだ。
「――ところでさ、さっきからなんでライターをチラチラと見てるんだよ?」
純也が持っているホテルのライターを見ながら訊いた。
「あぁ……コレね。いやさ、なんでホテルの名前なんて入ってるんだろう? って、思ったからさ。如何にもホテルでヤッてきましたみたいで疚しいヤツは持って帰らないだろうし、持ってるライターの数が落とした女の数、男の勲章みたいに思ってるヤツは別としてさ、あんまり持って帰るヤツっていないんじゃないかなって思って……意外に宣伝効果を考えると単価効率がすごく悪いんじゃないかなって思ったからさ」
「……純也は相変わらず面白いヤツだな? 普通はココでそんなことは気にしないだろ? 逆なんじゃない? 持って帰る奴がいないから逆に消費しない。だからコストが掛からないみたいな? 最低限のコンドームは使うから必要経費だけどさ、それ以上の数が必要なら金出せってってことで、ビールみたいにそこの自動販売機で売ってるんだろ?」
奈那はテレビ下に設置された販売機を指差しながら言った。
「……なるほどね。逆転の発想か……確かに、理にかなった発想だ」と、純也が笑いながら言った。
奈那は純也に褒められたみたいで満足した顔になると、カラオケのリモコンをいじり始めた。
「奈那がカラオケするなら、俺は汗をかいたし風呂に入ってくるよ。気にしないで良いからゆっくり歌っていて良いよ」
そう言うと純也はバスルームへと消えていった。
純也は奈那の歌声を聴きながら湯船に浸かり、考え事をしていた。
『――さて、これからどうしたものか。つい……流れで来ちゃったけど……流石に……無いよね? いや、無い無い! 流石に奈那もそんなことは一ミリも期待してないだろうし……アルコール飲んで風呂入るなってこうゆうことか。なんか……いきなり酔いが回ってきた感じがする』
純也は血行が良くなり、いきなりアルコールが回る感じを身をもって体感した。ただ、このフワフワした高揚感は思っていたほど悪くない。そそくさと湯船からあがると、バスローブを羽織って髪をドライヤーで乾かし始めた。
「――気持ち良かった。汗をかいたせいか凄くサッパリしたよ。奈那も汗流してきたら?」
そんな事を言いながら戻ってきた純也は、奈那から距離を置いてソファー腰かけ、煙草に火を点けた。
奈那は歌い終わるとテーブルにマイクを置いて口を開いた。
「……なら、私もシャワー浴びて来ようかな? サッパリした純也を見ていたら、私もシャワー浴びたくなったし……」
奈那は立ち上がるとバスルームへと消えていった。
純也は紫煙吐きながら壁にある明らかに不自然な引き戸をじっと見ていた。これはもう風呂を覗く為だけにあるとしか思えない。アレは絶対に開けてはいけないパンドラの扉だ。あの先には全裸の奈那がいる。そう思うと、自然と奈那の裸を無意識に想像してしまった。何を考えているんだよ、と左右に首を振ると、余計な何も事を考えないようにしばらく天井だけを見上げていた。
「――本当に気持ち良かった! あれ? 純也寝ちゃったの?」
その言葉に我にかえり視線を戻すと、奈那がバスタオルを巻いたままで立っていた。
「――な、なんて格好してんだ! なんで、そんな恰好で出てくるんだよ! せめて、バスローブくらい着て来いよ!」
「――あ、純也はそっちの方が好みだった?」
「……いや……そうじゃなくてさ……」
「別に……純也にその気が無いなら……私を見なければ良いだけだろ? 普段は散々、私を馬鹿にしてるんだからさ……」
奈那は純也の横に座ると飲みかけだったビールを一気に飲み干した。
純也は歯を磨いてくると言って、再びバスルームへと消えていった。純也はまるで誘惑を断ち切るように延々とそして邪念を消すように丁寧に歯を磨く。
『――いやいや! あれは流石に反則だろ! いくら何でもあれは不可侵条約モノの反則だろ! 俺だって男だぞ? ……でも、奈那って意外に胸が……って違うだろ!』頭の中でそう思ったが『平常心、平常心……』とまるで呪文を詠唱するように頭の中で連呼した。
しばらくして、純也は気持ちを落ち着かして部屋に戻ると、奈那の前に置かれたビールが三本に増えていた。純也は奈那の横に座ると口を開いた。
「……おいおい、大丈夫か? ビールって意外と……」
純也が全てを言い終わる前に、奈那は純也を見て笑顔になると急に抱きついてきた。
「純也ってさ……意外とシャイで紳士なんだな?」
突然の事に戸惑い、焦って純也が起き上がろうとした時、奈那のバスタオルが肌蹴た。奈那の上半身が露わになり、純也は反射的に奈那の形の良い胸と美しい突起物に視線がいってしまった。あまりの衝撃に思考が止まり身体が強張る。
「――ダーメ! 動くなってっば!」奈那が純也を押し戻す「それに……純也の身体は嫌がってないぞ?」
「――こ、こ、これは仕方ないだろ! 男の生理現象は自分の意志でどうにか出来るような便利なモノじゃねえんだからさ!」純也が慌てて弁明するが説得力に欠ける。
「――純也、男だろ? はい、据え膳食わぬは男の?」
「……恥?」
奈那が首に腕を絡め抱きついてきた。
「――良くできました! 女にここまで言わせたんだから、ちゃんと責任取れよ! 私がこんなにも好きになっちゃったんだから、もう仕方ないだろ!」
「いや……俺にも……俺にも選ぶ権利ってモノが……あるって!」
純也は小声で呟いた。その瞬間、奈那は起きあがると全裸でベッドに走り、枕に顔を埋めると声を出して大声で泣き出した。
「いや、だから……なんていうか……奈那は……」
奈那の泣き声が更に大きくなる。見かねた純也は視線に気を付けながら奈那にバスタオルをかけると、ベッドに腰かけて宥めるように言った。
「……確かに……奈那は可愛いしさ……」
純也がそう言った瞬間、奈那は再び純也に飛びかかると純也を押し倒した。
「――ははん! かかったなバーカ! ウソ泣きに決まってるだろ!」
「――き、きたねえぞ!」
「……抱いてよ。私がここまで好きになって……女が無理してるんだから……お願い!」真面目な口調で言った。
純也はぎこちなく奈那を抱きしめ、慣れない仕草でゆっくりと長く綺麗な髪を優しく撫でた。奈那はそれに応えるように寄り添い身を任せた。
純也はトランクス一枚でベッドに寝たまま独り言のように呟いた。
「……あ、あのさ、奈那は本当にこれで良かったのか? 自分の事をどれくらい好きかもわからない男と……成り行きでこんな関係……持っちゃって……さ……」
「――は? 純也は大して好きでも無い女を二回も求めたのか? あんな人生初の痛みを与えた直後、更にもう一度求めて!」
「あ……いや、好きか嫌いなら……それは……もちろん好きだけどさ……」純也が小声で言った。
二人の間に少しの間、沈黙が流れた。
「……ウソだよ……私はこれで良かったの! 私は純也の事がすごく大好きだから……やっぱり一番最初は好きな純也が良かった。きっと、このことは一生後悔しないと思う。今、自分が一番好きな純也と持った関係だからさ!」
「……奈那……イイ女だな、俺はまだまだガキなんだって……自分が嫌になる程に実感した……」
「――だろ? 私はイイ女だからな! 純也が私の初めて奪った責任を感じたにしろ、私に惚れたにしろ、どうしても付き合いたいって言うなら、私は喜んで彼女になってやるぞ?」奈那は布団に包まりながら純也を見て笑顔で茶化すように言った。
純也は首だけを傾け奈那を見つめた。
「奈那が……俺の彼女……ねえ……」と、独り言のように呟いた。
「……なんかさ、心ここにあらずって感じな? 私と関係を持った事……後悔してる?」
「いや、それは無いよ。後悔は微塵もしてないし、言い訳もしない……ただ……ね」
「ん? ……ただ?」奈那が純也に問いかけた。
「……童貞を捨てたってコトなんだけどさ、自分が想像していたよりも……なんか普通で……何も変わらないものだなって……初めての感触と溶けるような快楽を知った以外は……本当……童貞の頃と何も変わらないんだなって……」
「――おお! 純也の初めての女は私か! 私も痛い思いした甲斐があったな!」笑いながら奈那が言った。
「……あのさ、人生で一回しかない事をまるで初めてピアス開けたみたいに言うの……やめてくれない?」純也は呆れ気味に言った。
「ん? 純也ってピアス開けてないの? ピアスって病院で開ければ思っている程は痛くないんだよ?」奈那が不思議そうに訊いた。
「――開けてねぇよ! そもそも校則で禁止だろ? それに俺は……廣樹みたいにピアスとかに興味無いし……」少し不貞腐れたような口調で言った。
「――アハハ、廣樹はピアスに興味あるんだな。アイツあれでも学級委員長だろ? 意外だな?」奈那がクスっと笑いながら言った。
「――ああ、廣樹はピアス開けたいってよく言ってるよ。だけど、みんなのお手本にならないといけない自分が開ける訳にはいかないってさ。アイツって無邪気で融通無碍なクセに、変なところで責任感が強かったり、正義感があったりしてさ、あれで意外と真面目だったりするんだよ……だけど、そんなところが皆に信用されたり、一部のヤツからはそれなりの尊敬をされてるんだろうな……俺もそんな廣樹が好きだしさ……」純也は独り言のように呟いた。
おもむろに起き上がるとソファに向かい、テーブルから煙草を取り、火を点けると深く吸い込んだ。そして紫煙をゆっくりと吐き出すと、微笑みながらゆっくりとソファに腰かけると独り言を呟いた。
「……確かに……美味いな……」
「――ん? 純也? どういうこと?」
純也の言葉を理解できない奈那が不思議そうに訊いてきた。
「……ああ、オンナと寝た後の一服は……確かに美味いなって。昔さ、何かの漫画で見た煙草の美味い三つの瞬間ってヤツだよ。寝起きの一服、食後の一服。エッチ後の一服って……」
「――ふうん、そんなのあるんだ。で、どれが一番だった?」奈那が笑顔で訊いてきた。
「……三番目かな? これは確かに美味しい……格別かも……」
「――ねぇ? 私がさ、仙台駅で会った時にいったこと覚えてる?」奈那が微笑みながら訊いてきた。
「……えっと……待っていました、合格ライン……って言葉?」と、自信無さそうに純也が言った。
「――そう。アレって続きあるんだよ? 今日会う人と結ばれる、今週も来週も再来週もずっと……って」奈那が布団に包まりながら言った。「ねえ……純也、赤ちゃん出来たら責任……取ってね?」
奈那のその台詞を聞いた瞬間、純也が激しく咳き込んだ。
「――で、出来るわけないだろ! ちゃんと付けるモノ付けてヤったんだから!」心から焦った口調で言った。
「……知ってる、ちょっとだけ……言ってみたかったかっただけ。でも、一番最初に入れた時は生だったじゃない? だから、絶対に妊娠しないとは言い切れないでしょ?」奈那が意地悪な口調で話しかけた。
「……ま、まあね。……なんかさ、奈那……雰囲気が変わったな。なんていうか、女らしくなった……気がする……」純也は少し照れながら言った。
「――そりゃあ……今しがた……誰かさんにオンナにされましたから……」揶揄うような口調で言った。
「……そっか……」
純也は妙に納得したような口調で頷くと優しい顔で奈那を見た。煙草を消すと奈那がいるベッドへと戻った。ベッドにいる奈那の隣に腰かけると、何かを考えているような表情で長い髪を優しく撫でた。
「……あのさ、こんな関係になってから言うのは……クズみたいな男ってことは十二分に解かっているつもりなんだけどさ、このことは廣樹達には内緒にしてもらって、奈那と付き合うか、どうかは少しだけでも良いから……考えさせてくれないかな?」
「……うん、良いよ。私、九月いっぱいまでは待ってる。……でも、出来たら嬉しい答え……聞けたら嬉しいかな……」屈託ない笑顔で純也を見ていた。
男はいつまで経ってもガキ、女はいつでも大人というが、それは本当だなと、今の純也は心から思えた。自分がまだ理解出来てない気持ちと、責任感の狭間でこんなに悩んでいるのに、奈那は悩みもせずに即答した。奈那と自分はたった一歳しか変わらない年齢なのに、その差が今の純也にはマリアナ海溝のように深く、その優しさと器量が太平洋のように広く感じられた。
「……ありがとうな……」
奈那は純也を抱き寄せると優しく髪を撫でてあげた。気付くと純也は奈那の横で穏やかな寝息を奏でていた。
「……本当、オマエは可愛いな。自分に正直で、その気持ちに嘘がつけないんだな……純也を好きになって良かったよ……アイシテルよ……ダーリン……」
眠りについた純也を起さないよう、唇に軽くキスをすると、横に寄り添うように寝て、この時が悠久になるよう願いながら奈那も心地好い眠りについた。
翌朝、純也は奈那の声で目が覚めた。
「――おはよう。よく眠れた?」
布団に入ったまま、横を見ると奈那が純也を見ていた。
「……おはよう」
しばらくの間、見つめあう二人に沈黙が流れた。先に口を開いたのは奈那の方だった。
「純也の寝起きの頭、初めて見た」
「……そう……でしょうね」
「――ねえ、キスしようか?」奈那が笑顔で言ってきた。
「――しません!」純也はキッパリと答えた。
「……ケチ。ま、寝てる時に沢山したから良いけどさ……」
「――はい? 俺が寝てる時って……」
「……じゃあさ、もう一回エッチしようか?」
「――え! いや……し、しないに決まってんだろ!」
純也が急いで体を起こし、布団を捲って出ようとした。何気なく奈那を見ると、奈那は生まれたままの状態でこちらを見ていた。男の性というべきか、眩しいばかりに白く細い綺麗なシルエットをした身体に視線が釘付けになる。純也も健全な男子だ。今まで本や映像では何人ものセクシー女優の裸は見てきた。だが、奈那の裸はその全てが色褪せてしまう程のインパクトがあった。
「……で、どうする?」
奈那が色気を感じる声で話かけてきた。
――渋谷のセンター街――
夜とは違う雰囲気の渋谷を二人はゆっくりと歩いていた。
「――純也ってさ、普段はどことなくクールで大人っぽいけど、やっぱり男子高校生なんだなって思った!」奈那が少し照れた口調で、軽く手を繋いでいる純也に言った。
「……ごめん」
「私は全然、気にしてないよ。エッチしてから始まるでも、逆告白から始まるでも私は構わない。それくらい……今は純也が好きだからさ!」奈那は優しいような皮肉なような独特の微笑で純也に言った。「もう、あと何時間かしたら仙台……純也との恋人試用期間も終わりか……なんか、寂しい……私は純也に契約更新してもらえるのかな……」
純也は横を歩く奈那を改めてよく見て思った。『……恋人の試用期間か。奈那って改めて見ると本当にイイ女だよな……スタイルだって良いし、裏表も無いし……別に奈那を抱いて情が移った訳ではないけれど、なんで俺はこんなにも奈那の事が気になっているのに……付き合うことを意固地になって、こんなにも悩んでるんだろう? 俺って自分が思ってる以上にちっぽけなプライドを持った男なのかな……告白は男からして付き合うもんだって……」
――放課後、昼下がり喫茶店――
「――おい! どうしたんだよ純也!」
廣樹に不意に強い口調で呼ばれた言葉で我に返った。
「――え、あ……ごめん。話……聞いてなかった。ちょっと……考え事してたみたい」純也はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情で答えた。
「――ちょっと! ……しっかりしてよ純也」
京子は心配そうだが、どこか呆れた口調で話しかけてきた。
「――ったく……心ここにあらずって感じだな?」廣樹も呆れ気味に言った。「ところでさ、奈那の身体ってどうだった? 奈那ってさ、服着ててもスタイルも良いし……」
次の瞬間、京子と奈那はテーブルの下で、ほぼ同時に廣樹の脛を思い切り蹴った。
「――いってっ!」言葉にならないフリーズするような痛みが両脛を激しく襲った。「――な、何するんだよ! 二人とも、今のはかなり本気で蹴ったろ! 涙出てきたぞ!」
「――廣樹こそ私という彼女の前で、下世話なこと聞いてんじゃないわよ!」と、言って耳を引っ張りながら睨み付けた。
「――ふざけんなよ廣樹! 私だって女の子なんだからな! デリカシーの欠片も無い台詞を吐きやがって! なんでお前なんかに知られないといけないんだ? そもそも、オマエには勿体ないくらいの可愛い彼女が目の前にいるだろうが! 本当……お前は女の敵だな!」と、奈那が廣樹に言い放った。
廣樹は先ほどの言葉のせいで一気に窮地に追いやられた。
「……ご、ごめんなさい。すみませんでした」廣樹は心から反省した口調で二人に謝った。
「――次、ふざけたこと言ったらそこに正座させるからね!」
自分以外の異性の身体に興味を持ったヤキモチもあり、京子はまだご立腹だった。そんな廣樹を見て、本来の主役である純也は『廣樹はきっと京子の尻に敷かれるな……たぶん、これからもずっと……』とくだらない事を考えていた。京子はまるで他人事のように廣樹を見ている純也を睨みつけると訊いた。
「――で、どうするのよ? 奈那先輩を抱いて、処女まで奪っておいて、まさか、気持ちを弄ぶようなことは言わないよね? あまりにもふざけた答えだった時は、いくら純也だって絶対に許さないからね? ……純也が先輩を無理矢理襲ったって学校中に言い触らすからね!」
「――む、無理矢理って! 事実無根の冤罪だろ!」純也が目を見開いて言った。
そんな純也と目が合った廣樹は笑顔で話しかけてきた。
「……だけどさ、純也の答えは……もうとっくに出ているんだろ? 俺はお前の親友だからさ、わかるんだよね……もう声に出して言っちゃえよ?」
「廣樹……おまえさ……いやいや、その親友に今の俺は窮地に追いやられてる気がするんだが……気のせいかな?」
「お互いの良いところを褒め合って、悪いところを言い合って、両方出来るのが親友っていうんじゃないの? 俺はそう思ってるよ?」廣樹は笑顔で答えた。「だってさ、純也も奈那の事が今はもう好きなんだろうし、もう二人とも付き合っちゃえば良いじゃん? 破天荒な奈那と頑固で律儀な純也って意外とお似合いだと思うよ? どうせ、自分の中でヤっちゃた責任感とか感じてるんだろ? 多分、そんなの本当は純也の中には無いと思うな……だって、純也は嫌いなモノは誰がなんと言おうと『嫌い』ってハッキリ言うタイプだからさ。もし、本当に嫌いだったらそこまで悩まないと思うしさ。さっきの美由貴ちゃんの事が良い例だって! 顔は好みかもしれないけれど『真面目過ぎて疲れるだろうな……』って思ったから拒絶反応が出ていたんだろう? それに……もう奈那の事を『彼女にしても良い』って思っていたから、さっきもう新い出会いなんか始まらなくても良いって思っていたから……あんな態度をしたんじゃないの?」
京子は廣樹の言葉に、純也のことをよくわかっているなと驚いて聞いていた。
「……廣樹……なんか凄い……純也のこと……そこまで理解しているんだね……流石は親友……」
廣樹の言葉を聞いて純也が口を開いた。
「……そうだな……もう……悩む必要なんか……無いか……」純也は小さく頷いた。「――奈那、こんな俺で良かったら、俺の彼女になってくれないかな?」
その台詞を聞いた奈那の顔が明るくなった。純也の前に来ると正面から真顔で見つめながら言った。
「――まったく……本当に女心ってモノをわかってないな、純也で良ければじゃなくて、私は純也が良いんだよ!」
そして頬にキスをした。それを見ていきなり廣樹が拍手して口を開いた。
「――はい! ここに新しいカップルが成立! 誓いの証として熱い……」廣樹は女性二人の鋭い視線を感じた。「……ち、誓いの証として熱い珈琲か紅茶でも飲もう……か?」
その瞬間、店内に純也と京子と奈那の大きな笑い声が響いた。
――夕暮れのクリスロード――
京子は廣樹に腕を絡めながら、自分達の少し前を同じく、腕を組んで歩いている純也と奈那に話しかけた。
「でも……まさか先輩と純也がいきなりくっつくとは思わなかった。これで二人の距離はもうゼロセンチですね!」少し照れる二人を気にも留めず、振り返ると今度は廣樹に対して言った。「でもさ、二人ともずっと付き合ってる恋人みたい。全然、違和感無くカップルしてる!」
『二人は既に最後まで経験してるんだから、それはそうだろう……』と、廣樹は思ったが、また余計な事を言ってしまうと京子を怒らせそうなので、あえては口にしなかった。
「――だってよ! 聞いたか? 純也と私って、ずっと付き合ってるカップルみたいだってさ!」奈那が嬉しそうに燥いで言った。
「……純也……これでもう、俺と京子の事は揶揄えないな?」廣樹が笑いながら茶化した。
「……いや、俺は……元から揶揄ってはいないだろ?」純也が小声で呟いた。
「――あぁ! クラスのみんなが純也と先輩が付き合ったことを知った時、どんな反応するかが楽しみだな……クラスの皆が難攻不落と思っていた純也を……奈那先輩が落としたって知ったら……きっと、驚くだろうな……」京子が楽しそうに言った。
奈那は純也の横を幅を合わせて歩きながら思った。
『……私は純也が思ってるような女じゃないかもしれない。それに純也と出会うまで人と深く付き合うのが得意じゃなかった。でも、純也の声を聴いていると優しい気持ちになれるし、飾らない自分でいられるんだ。きっと……時間が経てば経つほど純也をもっと好きになる。今は純也とスタートのラインに立ったばかりだけど、少しづつで良いから私にも心を開いてね?』
「どうしたの? 考え事?」純也が奈那を見ながら訊いてきた。
「――うん、純也が横にいて、なんか幸せだなって実感してだけ……」奈那が笑顔で言った。
「……そ、そう……」純也が照れて視線を逸らした。
「……純也」奈那が言った。
「なあに奈那?」
「――アイシテルよ!」屈託ない笑顔で純也に絡めた手に力を入れて言った。
照れて黙っている純也の横に廣樹と京子が来ると言った。
「――愛してるだって! ほら、純也も言ってあげなよ!」
夕暮れのクリスロードは仙台市のメインストリートの一つという事もあり、沢山の人で溢れていた。数えきれない程のカップルが歩いてはいるが、この二つのカップルには四人だけの特別な空間があり、青春という言葉がこれ以上ないくらいに当てはまっていた。
良かったら、感想や意見よろしくお願い致します。自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。