第十三話:彼女は夢の国のプリンセス
仲村廣樹ナカムラヒロキの高校生時代の話です。ちょくちょく誤字脱字直します。
まだ途中ですがそろそろ一度、完結するかもしれません。
――喫煙所――
アドベンチャーランドエリア、ジャングルクルーズ近くの喫煙所内は、カオスという表現がぴったりと思えるくらいに夢の国とはかけ離れた雰囲気を漂わせていた。
「……それにしてもさ、喫煙所って隠しダンジョンみたいな場所にあるんだな?」廣樹が言った。
「……いや、それはそうでしょ! 夢の国で皆から見える場所での喫煙なんかは運営側が絶対に許さないでしょ?」慎一が呆れ気味に言った。
「……それよりもさ……俺は廣樹がワールドバザールでいきなり『煙草ありますか?』ってスタッフに聞いた方が驚きだったよ! 売っていたのは……もっと、ビックリだったけどさ……」純也が呆れた口調で言った。
「――確かに! 売っていたのは本当に驚いた。それも棚に陳列はされていなくて、キャストに伝えると取り扱っている商品を教えてもらえる形式っていうのが、なんか夢の国らしいなって思った……」慎一が続けて言った。
「……本当に廣樹は相変わらず持ってるよな……最初に聞いた場所で買おうと思えば買えた訳だし、普通は煙草が売ってるとか思わないもんな……」純也がまじまじと廣樹を見ながら言った。
「――でもさ、なんで聞いたのに煙草を買わなかったの?」慎一が廣樹に不思議そうに訊いた。
「――いや、だってさ! ……買うときに身分証とか言われても困るしさ……あるのかな? って思っただけだし、それに開封してない煙草はもってる訳だからさ、別にリスクしょってまで要らないもん!」
「……それなのに聞くあたりが廣樹だな?」純也が廣樹を見ながら言った。
「まあね」廣樹が自慢げに言った。
「――別に何も褒めてねえから!」純也が軽く廣樹を小突いた。
慎一は喫煙所の灰皿前で煙草を吸う一人の女子を見ていた。それに気づいて廣樹と純也も同じ女子を見た。
「……ん? あぁ、今はハロウィンだもんな……そういえば仮装してる人も確かに多かったしなぁ……」純也が独り言を呟くように言った。
「……でも、ほら、その子の隣で煙草を吸ってる子は私服な訳だし、友達が仮装しているからといって、皆が皆仮装してるわけじゃないだよなぁ……」
仮装している女子の横で、つまらなそうにしている女子と廣樹の目が偶然合った。すると、廣樹に向かって足早に近づいてきた。
「――ねえ、煙草くれない? 自分の切らしちゃってさ……」澄んだハスキーボイスで廣樹に話しかけてきた。
廣樹はその女子を少し見つめると首を軽く振って言った。
「良いよ……俺もあと一箱しかないからこの箱の分だけな? まだ半分くらいは残ってるからさ! やっぱり煙草が吸えないと辛いだろう? だから、これで勘弁してくれな……」そういうと笑顔で手に持っていた煙草の箱を差し出した。
「……あ……ありがとう……」彼女は驚きながらも廣樹から煙草の箱を受け取った。
それを見ていた彼女のツレもこっちに向かって歩いて来た。
「――ちょっと、アンタ! 逆ナンするなんて、意外にやるじゃない!」笑顔でそう言った。
「――え? 違うってば! そうゆうのじゃないから! ――いいよ、もう行こう! ナンパとかそういうのじゃないから! 煙草、ありがとうね!」
そう言うと彼女は仮装した友達の手を強引に引いて喫煙所を後にした。
「てっきり……逆ナンかと思ったよ……」慎一が呟いた。
「あぁ……俺もそう思った……」純也も続けて言った。
それを聞いて、廣樹が深い溜め息を吐いた。
「……あのさ、お前らさ、俺達は彼女と来てるんだからさ、こんなトコで逆ナンされてもさ、何も嬉しくねえだろ? お前達はそんなに修羅場を味わいたいのか?」
「……いや、そうゆう訳じゃないんだけどさ、なんか……廣樹を見て真っすぐに来たからさ……てっきり、そうなのかなって……」純也が廣樹を見て言った。
「いや、俺が吸ってる煙草の銘柄を見てだろ?」廣樹が言った。
「……あぁ、なるどね……そっちね……」慎一が呟いた。
「でもさ、今の仮装していた子、結構可愛かったな?」純也が慎一を見ながら言った。
「……うん、俺も綾子ちゃんのプリンセスに仮装した姿……見てみたいなぁ……」慎一が独り言のように呟いた。
廣樹が思いついたように口を開く。
「――あ、そうだ! ラブホで借り――いてっ、何するんだよ純也!」
廣樹は勢いよく殴られた肩を擦りながら純也を睨んだ。
「――おまえさぁ、人の彼女をまるで性の捌け口みたいに言うの止めろや!」
「……あれ? なんか……どっかで聞いたようなセリフだな……」廣樹が思い出すように言った。
「そういえばさ、慎一って綾子ちゃんと……昨晩はどうだったの? 頑張って自分から誘ったの?」純也がニヤニヤしながら訊いた。
「――え? まぁ……廣樹達と同じ……かな?」慎一が照れながら答えた。
「……でもなぁ……京子とか奈那と違って……綾子ちゃんは性欲とかは低そうだもんな……よく慎一とヤろうと思ったよな? ……かなり、愛されてますね旦那……」廣樹が揶揄うように言った。
慎一が頭を掻きながら話し出した。
「……いや、低くは……ないんじゃないかな? ……うん、低くはない……はず……」独り言のように呟いた。
「――え? ……そうなんだ……意外だな……」純也と廣樹が少し驚いた声で言った。
「――もう! ……二人とも揶揄うのはやめてよ!」
そう言って慎一が二人を軽く叩くと、廣樹と純也は驚いた顔で慎一を見た。
「――え? あ、ごめん。思わず叩いちゃった……本当にごめんね……」
「――いやいや! 違う違う! そんな謝るなって! 全然殴ってもらって構わないんだけどさ、慎一がやったから少しだけ驚いただけ……」廣樹は慌てて弁明した。
「――そうそう! 俺らは全然気にしてないからさ。慎一は暴力嫌いそうだからさ、ちょっと驚いただけ。これからは友達なんだし、気にしないで今みたいゴンってしてもらって構わないからさ?」純也が慎一の肩に手を当てながら言った。
「……ありがとう……本当にありがとうね……」慎一が二人を嬉しそうに見て言った。
「廣樹、純也、慎一の友情のレベルが大幅に上がった……みたいな?」廣樹がお道化ながらロールプレイングゲームのような口調で言った。
それから三人は声をあげてケラケラと声をあげて笑った。
三人は喫煙所の隅にいる同じ女子二人を見ていた。
「……でもさ……あれはナシだよな……」廣樹が小声で二人に言った。
「……確かにな……」純也が頷きながら言った。
「うん……夢が木っ端微塵になるよね……」慎一が同意を求めるように小声で言った。
三人の視線の先には、傍から見れば美人な部類に入るだろうシンデレラと白雪姫に仮装した女子二人がいた。普通に笑顔で立っていたならば、男にとって目の保養だっただろう。でも、問題はポーズと大きな声で話す話の内容だった。
女子二人は和式トイレのようにしゃがみ込んで『オタクってチョロいよね? こんな服着て写真を撮らせるだけでさ、私達のディズニーで使う金とバイト代くれるんだもん』『本当にそう、彼氏に買っていくプレセント代まで出してくれるんだもんね』などと言って、さっきからケラケラと大声で笑っているのだ。
「……ああゆう女子には……罰が当たればいいのに……」小声で慎一が言った。
「……身も心も弄ばれちまえば良いのに……」小声で廣樹も言った。
「……本当……天罰覿面になれば良いのにな……」純也が小声で呟いた。
その時だった。片方の女子の携帯電話から流行りの曲の電子音が鳴る。
『――あ、すみません……そろそろ戻りますね……あ、はい……わかりました……はい……向かいます!」
先程と別人のような口調と声で話すと女子二人は足早に喫煙所を後にした。
「……廣樹……今のアレ……どう思う?」純也が訊いた。
「……なんかさ……感じがさ、香菜さんっぽくなかった?」廣樹が純也に訊いた。
「……そうだよな……きっと、飲み屋とかお水系の女なんだろうな……」純也が言った。
「あのさ……カナさんって誰?」慎一が二人に訊いた。
純也と廣樹はお互いを見てコクンと頷くと香菜のことを慎一に正直に話した。
「……へえ……国分町のねえ……先輩とか京子ちゃんにバレたら……たぶん、二人とも殺されるね……」慎一が二人を見ながらしみじみとした声で言った。
「――だから! 絶対に京子とかには言うなよ? 慎一は親友だから信用して話したんだからな?」廣樹は真面目な口調で念を押すように釘を刺す。
「――そうだぞ! 俺の大切な金だってかかってるんだからな! 口が裂けても、酩酊状態になっても、奈那とか京子はもちろんのこと、綾子ちゃんにだって絶対に言ったら駄目だからな? 慎一は親友だから、俺達の秘密を共有したんだからな?」純也が鬼気迫る表情で念を押した。
慎一は数回頷くと言った。
「――ありがとう、なんか嬉しい。じゃあ、俺も二人には隠し事は出来ないな……煙草、一本頂戴。出来たら廣樹のメンソールが良いな……実はさ、俺も煙草たまに吸ってるんだよね? って、言っても本当にたまにだから全然吸わなくても我慢は出来るんだけどね?」
それを聞いた廣樹と純也はお互いの顔を見て笑った。
「アハハ……慎一も喫煙者か、なんだ言ってくれたら良いのに……」廣樹が嬉しそうにいった。
「……慎一、お主も意外にワルよのう……」純也が笑顔で揶揄うような口調で言った。
純也の携帯電話が、タイミングよく電子音を奏でたのは、丁度その時だった。
『――もしもし? え? 奈那達はもうすぐ着く? 了解、じゃあ……三人でそこに向かうよ!』
電話を切った純也に慎一が話しかけた。
「今の先輩でしょ? 待ち合わせ場所は何処?」
「……それがさ、シンデレラ城の正面だってさ……」純也が言った。
「――マジで! ジャングルクルーズからだとそこそこあるじゃん! どうせなら、さっきみたいにネズミ像の前にしてくれたら良かったのにな……」廣樹がブツブツと文句を言う。
慎一が笑いながら廣樹の肩を軽く叩いてから笑顔で言った。
「――アハハ……大して変わらないじゃん! 若いんだからさ、速足で歩いてたら直ぐだよ!」
「――そうそう! 奈那達を待たしても悪いしさ、さっさと行こうぜ?」
純也が二人の尻を叩きながら言った。
三人は喫煙所を後にするとスイスファミリー・ツリーハウス方面へと人を避けながら少し速足で歩きだした。
「ハロウィンだけあって、本当に仮装してる人が多いな……」純也が呟いた。
「……確かに多いよな……なんか癒されて胸がときめくような仮装女子を見たいなよな……」廣樹が言った。
「――ったく、本当に廣樹は浮気者なんだから……京子ちゃんに蹴られても知らないよ?」慎一が笑いながら廣樹を小突いた。
スイスファミリー・ツリーハウス前の橋を渡るとシンデレラ城前の庭園が見えた。三人は庭園に向かい足早に歩き出す。
「慎一の言ったとおりだな! もうシンデレラ城も見えるし、本当にすぐだったな――」廣樹が笑いながら言った。
「――でしょ?」笑顔で慎一が答えた。
――シンデレラ城前――
「あのさ……京子達……居なくないですか?」廣樹が周囲を見渡しながら言った。
「確かに……いない……みたいだね?」慎一が相槌を打った。
「あれ……おかしいな? じゃあ、電話してみるか……」純也が携帯をポケットから出しながら言う。
手慣れた仕草で操作し、電話をかけると上にあるシンデレラ城入口付近で電話が鳴った。三人は一斉に電話が鳴った上を見上げた。
「――三人とも遅いよ!」上から綾子の声がした。
見上げると京子達が上から手を振っていた。
「――! えええ! ウソでしょ?」
廣樹達三人は自分の目を擦りながら叫んだ。見上げた先にはディズニープリンセスに仮装してる笑顔の京子と奈那と綾子が居たのだ。それを見た廣樹達三人はシンデレラ城の入り口に向かって一斉に走り出した。
「――奈那どうしたの! その衣装って……」純也が奈那に訊いた。
「――アリエルのピンクのドレス可愛いだろ! 惚れ直したか?」奈那が笑顔で答える。
「――京子のシンデレラすごい似合ってる!」廣樹が声のトーンをあげて言った。
「――でしょ? 私は美人だからね。どう嬉しい? ねぇ、嬉しい?」京子がウインクしながら言った。
「――めちゃくちゃ嬉しい!」廣樹が何度も頷きながら締まりの無い顔で言った。
「……慎一……どうかな? 似合って……るかな?」綾子が照れながら訊いてきた。
「――可愛いに決まってるじゃん! 本物のベルかと思ったよ!」
慎一はそう言うと綾子の前で片膝をついて綾子の手にキスして言った。
「綾子ちゃん、僕とその素敵なドレスでデートを続けてくれませんか?」
「……はい。喜んで……」綾子が照れながら答えた。
それを見て京子と奈那が口を押えて黄色い声をあげる。
京子はチラリと廣樹を見ると、すうっと手を廣樹の前に出してきた。それを見た廣樹はクスっと笑うと、慎一と同じように京子の前で片膝をついて手の甲にキスして言った。
「プリンセス京子、その素敵なドレスで、俺とデートしていただけませんか?」
京子は廣樹の腕を勢いよく引っ張ると立ち上がらせ、抱きついてから言った。
「――もちろん!」
それを見た純也もクスっと笑ってから、奈那の前に来ると片膝をついて手にキスして言った。
「奈那、もう一度惚れ直して良いならば、その素敵なドレスでデートしてくれませんか? 奈那こそが僕のずっと探し求めていたプリンセスだ!」
「――知ってる! 私もそうだから……喜んで!」
若さというノリがあってこそ出来る事だった。
「……でもさ、そのドレス……高かったんじゃないの?」純也が三人を順番に見ながら訊いた。
「あ……それね……うん……」綾子が含みのある言い方で話す。
「まあ……一人分で四万近くはするドレスだからな……」奈那がくるっと回り、ドレスをひらりとしながら言った。
「――よ、四万円! まさか、俺達の為に……」廣樹が京子達を見ながら心配そうな顔で訊いた。
京子は廣樹を見ながらゆっくりと口を開いた。
「……それがさ、三人で街でディズニーに行く買い物してる時に、偶然なんだけど廣樹のパパさんに会ってね。クリス通りの喫茶店でお茶をご馳走になったんだけどさ、その時にね、今日のハロウィンの話をしたんだ。そしたらね、知り合いが貸し衣装店を経営してるから『どうせなら、気分だけでもどうだい?』って、連れてってくれてさ、この衣装を着させてくれたの。でね、私達が嬉しくてさ……廣樹のパパさんに『ありがとうございます!』って三人でハグ……しちゃったんだよね……そしたらさ、パパさんが『お金は自分が出してあげるから心配しなくて良いから』って……私は『娘みたいなモノだし、三人ともこれを着て思いっきり楽しんできなさい』って……『飲み代に比べたら……こんな可愛い姿見れたんだし、安いもんだって』……って言ってくれてさ……一人一万円のお小遣いまでくれてさ……」
それを聞いた廣樹が拳を握りながら叫んだ。
「――くそっ! ――あのエロ親父が! 道理で、オカシイと思ったんだよな……最近は街に飲みに行かないし、飲み屋の姉ちゃんから営業の電話が来ても、なんかそっけないし……終いにはしばらくは飲み屋は良いかなとか言い出す始末だし……」
「……そりゃあさ、こんなドレス着た現役女子高生三人に一斉にハグなんてされれば……飲み屋の姉ちゃんなんて……そりゃあ、霞むわな……」純也が笑いながら言った。
「……そう……だよねぇ……自分が廣樹のお父さんでも……なんか、同じことをしそうな気がする……」慎一が頷きながら言った。
「……御袋にチクったところでなぁ……京子が相手だしなぁ……『――へえ、そうなんだぁ! 良かったわね?』くらいで終わりそうな予感がするしなぁ……』廣樹が肩を落として言った。
「――別に良いじゃん! 廣樹のお父さんが、ババアにしばらくは無駄な金を使わないんだしさ!」奈那が笑いながら言った。
「……いや……いくらなんでもさ、飲み屋の姉ちゃんにババアってのは……ちょっと……」廣樹達三人は同時に呟いた。
「それにしてもさ、綾子ちゃん本当に似合ってるね? シンデレラの京子の方が可愛いけどさ!」廣樹が言った。
「――いいや! 絶対に綾子ちゃんの方が可愛いってば! だって、ベルだよ?」慎一が廣樹を軽く蹴りながら言った。
「確かに……慎一には勿体ないくらい綺麗だよな……」純也が揶揄うような口調で言った。
その直後、慎一が純也を小突きながら言った。
「――ふざけんなよ! 俺には勿体ないとか、言うな!」
その一部始終を見ていた京子、奈那、綾子がキョトンして慎一を見ていた。
「……な……なんかさ……コイツ等……短時間で男の友情がすごく深まってない?」京子が廣樹に問いかけるような口調で訊いた。
「――確かに! 慎一と……純也たちの距離が、なんだかすごく近くなってる気がする……」奈那が驚いた表情を浮かべながら言った。
「……本当に。慎一が、普通に廣樹くんと純也くんを遠慮なく叩いちゃってるし……」綾子が驚いた表情で言った。「喫煙所で、三人にいったい何があったんだろう?」
それに気づいた慎一が女子三人を見ながら訊いた。
「――ん? どうしたの? 俺に……何かついてる?」
「あ……いや……短時間で、随分と慎一と純也くん達が仲良くなってるなぁって……まるで魔法でも使ったみたいに三人の距離がグッと近くなってるから……ちょっと驚いちゃってさ……」綾子が不思議そうな顔で言った。
「あぁ、そうゆうことね……アハハ……だって、ココは夢の国だよ? 魔法が使えたって可笑しくはないじゃない? 合言葉だ、仲間には、ビビディ・バビディ・ブーってさ……」慎一が綾子に屈託ない笑顔で笑いながら言った。
それを聞いた綾子はクスっと笑うと言った。
「ウフフ……なんか、おもしろい……そっか、夢の国なら別に可笑しくない……か……そうだね!」
――夕方のファンタジーランド――
人も少ない道をゆっくりと歩く純也、横を歩く奈那も歩幅を合わせて歩いていた。
「……なんか、ちょっとだけ……エリック王子になった気分かも……」純也が呟いた。
奈那はクスっと笑うと上目づかいで言った。
「……純也が……エリック王子ねぇ……じゃあ、もうちょっと、周囲を気にせずに自分からグイっといくような男にならないとね?」奈那が目を閉じて顔を突き出す。
驚いた純也は空を見上げると、大きく息を吐いた。それから奈那を優しく抱きしめ、軽いキスをした。すると、奈那が離れようとした純也の首に手を回して深く長いキスをした。
「――純也、キスっていうのはね、こうゆうのを言うんだよ?」奈那が艶っぽい声で言った。
「……やっぱり、俺は……奈那には敵わないな……」
今度は純也が首に手を回して深く長いキスをした。周りから黄色い声が聞こえたが、どうせ知らない人だと割り切り、今の純也は気にもしなかった。
奈那が純也からゆっくりと離れると微笑みながら言った。
「……今度は合格……だよ!」
「ありがとう。もうすぐ着くけれど、スモールワールドって混んでるかな? 何気に根強い人気ありそうだしな……」
「……でも、純也がスモールワールド行きたいなんて言うと思わなかったぞ?」
「そう……かな? ……なんか……上手くは言えないんだけどさ……人種や性別、国籍、言語の違いがあってもさ、子供達は何のしがらみもなく、すぐに友達になれるしさ、もし、ケンカしても泣いて笑ってすぐに仲直りできるじゃん? これがまさしく平和な世界だよなって……それにあの歌も、いくつになって聴いても優しい気持ちになれそうでさ。いくつになっても……廣樹みたいな少年の心を持っていたいなって……」純也が語るような口調で言った。
「――いや……廣樹の場合は少年の心っていうか……まんま思考がガキで、永遠の五歳児なだけだと思うよ……」奈那はそれは買い被りだと遠回しに言っているようだった。
「……そうかな? 廣樹ってアレで色々考えてるんだぜ? ……それにさ、奈那が海外に行くかもって言っていたじゃん? きっと、奈那なら何処に行ったって友達がすぐ出来るよって伝えたくてさ……」
「……純也……ありがとう。 でも、きっと……ううん、何でもない……」
奈那は『今がすごく楽しいから、友達との別れは想像以上に辛いと思う。純也と離れるのは身を裂かれるよりもずっと辛いと思うんだ』と、言おうとしたがやめた。
「……俺……奈那と遠距離恋愛で耐えられるかな?」お道化ながら言った。「もし、奈那の親御さんが海外転勤になったら――いっそ、直談判して奈那との交際認めてもらってさ、奈那が日本の大学に通うこと認めてもらおうかな? ……それか……俺が親父に土下座してさ、奈那がいる大学に留学を認めてもらうかな?」純也は伸びをしながら言った。
「――え! それ……本気で言ってるの?」
奈那は純也の正面に回ると真剣な顔で訊いた。
「――ん? 結構……本気かもしれない……たかが、俺一人の人生だしさ、奈那が相手なら人生を賭ける勝負をしても良いかなって……。俺が……初めてここまで人を好きになって……ただ、熱くなってるだけかもしれないけどさ、人生で一度くらい、俺だって全てを賭けてさ、何も後悔しない恋愛をしてみても良いじゃない?」
奈那は口を押さえると大粒の涙を流した。
「……奈那……いきなり泣かないでよ……俺がディズニーで女を泣かせた悪い男みたいじゃんか?」純也は奈那の頭を優しく撫でながら言った。
「――バカ! 純也は悪い男だ! 私をここまで惚れさせてさ、更にいきなりこんな事を言うなんて――絶対に悪い男だろ! 責任とれ! この気持ち、どうしてくれるんだよ!」奈那は鼻声で純也に抱きつくと大きな声で叫んだ。
「……そっか、そうだよな……ごめんな……」純也は優しい声で囁いた。
――夕方のホーンテッドマンション付近――
廣樹と京子はホーンテッドマンション近くを歩いていた。
「さっきから……何ニヤニヤしてんのよ?」京子が横を歩く廣樹に訊いた。
「――だってさ、京子があまりにも可愛いからさ! 今の俺はシンデレラみたいな彼女と歩いてるんぜ? そりゃあ、男なら自然にニヤけちゃうでしょ!」廣樹はとても嬉しそうに言った。
「……もう……そんなこと言ったって何も出ないよ?」
「――うん! だけどさ、可愛い京子は見れるから……それで充分だよ!」廣樹は優しい笑顔で言った。
「……ばか……そんなこと言われたら……照れるじゃん……」京子が照れて俯きながら小声で言った。
「可愛いよ……本当に可愛い……そしてシンデレラ姿の愛する京子を見れて、俺は嬉しい!」
「――もう! なんで廣樹はそんな歯の浮いたような浮いた台詞をしれっと言えるのよ?」
「ん? だって、京子の事が大好きだもん。それは言えるでしょ?」
「――そうじゃなくて! ――恥ずかしくないのかって意味!」
「なんで? だって、本音だもん。恥ずかしい訳ないじゃん?」廣樹が屈託ない笑顔で言った。
京子は照れてはいたが、廣樹が自分を本当に心から愛してくれていると実感が出来て嬉しかった。
廣樹が急に吹き出しそうになって口を押さえた。
「――え? 何? どうしたの?」京子は焦った表情で訊いてきた。
「――いやさ、そのシンデレラの衣装でバイクに跨ったら、きっと絵にはなるけどさ……結婚式場から逃げてきた花嫁だよなぁって思ったらさ……」廣樹が笑いを堪えながら言った。
「――もうっ! 何かと思ったじゃん! 廣樹が結婚式で、やっぱり私とは結婚しないとか言って逃げ出したら『絶対に私を返品なんかさせない!」って言って、ウエディングドレスでバイクに跨って大型バイクで追いかけてやるんだから!」廣樹の頬を抓りながら言った。
「アハハ、しないよ。そんなの勿体なくて出来ません!」廣樹が笑いながら言った。
「……本当に? ……約束だよ?」京子はしおらしい声で言ってきた。
「――そんな事を言うわけないだろ! それに結婚式で逃げ出す新郎って……最低な男だろ!」廣樹は語気を強めて言った。
「……だって、廣樹は女好きだからさ……土壇場で心変わりとか……ありそうだし……」
「……お、女好きは否定しないけどさ……流石に京子と天秤に掛けるような女子には、人生で出会わないと思うんだけど……」
「……うん、そうだと良いんだけど……初恋の子に再会とかしたら……わからないじゃん?」
廣樹はクスっと鼻で笑った。
「――いや、初恋の彼女って……ないない! だって、俺の初恋はさ、そんな再会とかまずあり得ない女の子だから……」
「……ふうん、どんな女なの?」京子は少し睨むような目つきで訊いてきた。
「……なんかさ、顔がすごく怖いんだけど……」
「――別に! 廣樹の初恋が私じゃないことに、ちょっとだけヤキモチ妬いただけだから!」
「……いや、あのさ……十七歳まで恋してないって、人としてかなりヤバイだろ? 七歳で恋して、確かに次の恋は中学だったけどさ……初めての彼女は京子なんだからさ、それで良くない?」
「……初めての彼女は私……ま、それで手を打っておくか!」京子が笑顔になった「で、初恋の子ってどんな子だったの? 誰にも絶対に言わないから、初恋の子の事を教えてよ!」京子は興味津々な顔で訊いてきた。
「――ヤダよ! 絶対に純也とかに言いそうだし……」
京子は頬を膨らませて睨むと口を開いた。
「――ケチ! 絶対に言わないもん! そんな今の彼女として屈辱的な事を言うわけないじゃん!」
「……本当かなぁ? 俺さ、ガキの頃って神奈川に住んでいたんだよ。結構、友達も多くてさ、小学校が終わると、幼稚園の頃からツレだった親友と、小学校で仲良くなった友達とよく家の近くの公園で遊んでたんだ。その公園、産業道路っていう道路に近くてさ、色々な車を見れるから俺のお気に入りだったんだ。その公園のブランコとか、ジャングルジムにいつも一人でいる一人の女の子がいたんだ。長くて綺麗なポニーテールで、ちょっと鼻にかかるは声でさ、切れ長な目で可愛い子だった。俺が親の都合で仙台に引っ越す寸前にたった一度だけ遊んだだけなんだ。名前も知らなきゃ歳も知らないし、何よりそれっきり見てないんだ。本当は幻だったんじゃないかと思えるくらいにそれっきり……」
「へえ……廣樹も人並みに初恋してるんだね?」茶化すような口調で言った。
「……まあね」廣樹が頷きながら言った。
廣樹はそう言えば前に香菜にも話したっけと思った。自分が京子を大切に思うように、その子にも今の自分みたいにその子を大切に思う男が近くに居れば良いなと思った。
その時、先程の彼女達が廣樹達の後ろを歩いていた。
「――がさっき、喫煙所で声かけた彼氏じゃん! なんだ、可愛い彼女とデート中か、つまんない!」
それを聞いた京子が廣樹を見た。
「さっき? 喫煙所で何があったの?」京子が含みがある笑顔で廣樹に訊いてきた。
廣樹は先程、喫煙所であったことを京子に歩きながら説明した。
「――なるほどね……ほんと……その誰にでも優しい廣樹の性格……女泣かせだよね? これから先、何人の女子が勘違いして泣かされるんだろ……女子ってさ、男が優しいイコール自分に気があるって思考の生き物だからさ!」
「――へえ、俺は勘違いでもらい事故だな?」笑いながら廣樹が言った。
立ち止まると京子はクスっと笑ってから言った。
「――そうだね、それが廣樹の良いところだしね? さ、そろそろ着くし、ホーンテッドマンションに並ぼうよ!」
――日が落ちたトゥーンタウン付近――
慎一と綾子はベンチに腰掛け会話を楽しんでいた。
「今日は綾子ちゃんのお陰で本当に一日楽しめたよ!」
「ううん、私もすごく楽しかったよ。まさか、仮装してココに来れるとは思わなかったし……本当に廣樹くんのお父さんには感謝しかないよ!」
「そうだね……綾子ちゃんの仮装姿を見れたんだから感謝しかないや!」慎一が頷きながら言った。
「慎一は他に見たいアトラクションとか……ある?」
「パレードも見れたしなぁ……花火は……別に良いし……なんか、花火より綾子ちゃん見ていて、結局は花火はそこまで見ない気がするし……」慎一は笑いながら言った。
「え? なんで?」綾子がキョトンとした顔で訊いた。
「――だってさ、こんな可愛い女の子が横に仮装しているんだよ? 現にさっきから綾子ちゃんばっかり見ている訳だし……」
「――もう! 照れるじゃん! ……でも、嬉しいな……」綾子は横に座る慎一に寄りかかると言った。「……慎一を好きになって、本当に良かった。私、今……こんなにも幸せ者だよ……」
その時、慎一のポケットで電子音が鳴った。
「――もう! 良い感じだったのに……誰よ、こんな時に!」綾子が語気を強めて言った。
「……海江田……みたい。 どうする? 出るの……やめようか?」慎一が様子を伺うような口調で訊いた。
「……いや、出てあげたら? 海江田くんは私達のキューピットだし……さ……」綾子が優しい口調で言った。
慎一は頷くと電話に出た。
『――もしもし? どうしたの?』
『――あ、あのさ……片桐さんって恵理ちゃんと同じ美術部だったよな? でさ、恵理ちゃんの誕生日近いからさ……片桐さんにどんなモノが好きか訊いてもらいたいんだけど……今まで慎一を虐めてた俺がこんな事を聞くなんて都合の良い話ってことは――』
慎一は海江田の言葉を遮るように言った。
『――大丈夫。俺はもう何にも気にしてないから! そんな小さなこと気にしていたらさ、俺が綾子に嫌われちゃうよ……』慎一が笑いながら言った。
『――そっか、ありがとうな。……やっぱり、慎一は器がでけえな……片桐さんが惚れるのもわかるわ……』海江田はしみじみと気持ちが籠った声で言った。
『――海江田さ、綾子ちゃんに直接訊いてみたら?』
『――は? ちょ、直接ってどうやって訊くんだよ?」
慎一はクスっと笑うと、電話機を綾子に差し出した。綾子は驚いた表情で人差し指を自分に向けて訊く
と慎一が数回頷いた。綾子は手を伸ばし、受話器にじっと耳をあてた。
『――慎一? 聞いてんの? 片桐さんに聞けって――』
綾子は海江田の言葉を遮るようにゆっくりと喋った。
『――海江田くん? 私、片桐だけど……』
『――え? えぇ! 片桐さん? な、な、なんで片桐さんがいるの? それに随分と賑やかな曲が聴こえるけど……二人でどこかに居るの?』
いきなり綾子の声が聞こえて海江田が少しパニックになり、挙動不審な口調になる。
『――ディズニーランで慎一とデートしてたの!』
『――そっか、邪魔してごめんなって……え? ディ、ディズニーランドって……千葉県の? あのディズニーランド?』
『――そう! そのディズニー。ところで、さっき慎一と話していた感じだと……私に何か用事があったんじゃないの?』
『――あ、いや、その……実はさ、恵理の誕生日が近いんだけどさ、何をプレゼントしたらわからなくてさ……そうだ、片桐さんお金は払うからディズニーで――』
その時、綾子が海江田の言葉を遮って叫んだ。
『――海江田くん、バカじゃないの? 女の子が彼氏じゃない人に選ばれたプレゼントを貰ってさ、本当に喜ぶと思ってるの? 恵理ちゃんの事が本当に好きなら自分で選びなよ!』
急に叫んだ綾子を見て慎一までビクっとなった。
『――ごめん。……でも、俺……恵理の事は本当に好きだけど……ここまで誰かを好きになったことなくて……でも、喜んで欲しくてさ……だけど……何をプレゼントしたら良いのか……解らなくてさ……』
綾子が初めて聞いた海江田の情けない声、綾子は少しだけ間を開けて口を開いた。
『――しょうがないな! ……じゃあ、ヒントをあげる。海江田くんが恵理ちゃんに叶えてもらいたい事の手助けになるモノをプレゼントしたら? プレゼントは値段じゃないよ? これからの人生の為に教えておいてあげるね、プレゼントの金額で男を選ぶ女なんてやめておいた方が良いよ?』
『――金額じゃない……叶えてもらいたい事か……試験の合格? あ、なんとなくわかった気がする! ありがとう片桐さん、慎一もイイ男だけど……片桐さんもイイ女だな! 本当にありがとう!』
海江田はそうお礼を言うと電話を切った。綾子は通話の終わった電話機を慎一に返した。
「……解決したのかな? 『バカじゃないの? 女の子が彼氏じゃない人に選ばれたプレゼントを貰って喜ぶと思ってるの? プレゼントは値段じゃないよ? これからの人生の為に教えておいてあげるね、プレゼントの金額で男を選ぶ女なんてやめておいた方が良いよ?』って綾子の台詞……なんか、俺の胸にもガツンときたよ。俺が惚れた女の子は、イイ女過ぎて自慢したくなっちゃった! きっと、綾子ちゃんが横に居てくれたら、迷い答えを探す時も、どんな時でも自分らしくいれると思う……」慎一は横に座る綾子が重くないよう、少しだけ寄りかかると言った。
「……そう思ってくれるなら嬉しいな……少しは慎一のプリンセスになれたのかな……」
綾子を見てクスっと笑うと慎一が言った。
「少しどころか……お釣りがきてるよ。綾子ちゃんは本当にリアルベルだね? 海江田の彼女を喜ばせるには、どうしたら良いのかなって気持ちを、そっと汲み取ってあげる優しい一面なんか、本当に美女と野獣のベルみたいだったよ?」
「……ねえ、慎一? ……京子ちゃんとか先輩達には……後でごめんなさいだけど……私を夢の国から連れ去ってよ! 私、なんか汗かいちゃったし……ホテル戻って一緒にお風呂に入ろう?」綾子が艶っぽい表情で慎一に言ってきた。
「――え? いや……そうゆうのアリなの?」慎一が驚いて綾子を見た。
「――だって! ……昔、流行った歌にもあったじゃない? ロマンティックあげるよ、本当の勇気見せてくれたらってヤツの歌詞の続きに、思ったとおりに叫ばなきゃ……願いは空まで届かない……もっとセクシーに、もっと美しく生きてごらんって! お願い、いつまでもこのトキメキ止めないで!」
慎一は立ち上がると言った。
「……綾子には敵わないや……一発くらいづつ廣樹達に殴られる覚悟くらい決めるか! 廣樹達みたいな男になりたいなら……きっと! 自分の今の気持ちに我慢ばかりじゃ、誤魔化しばかりじゃダメなんだろうな……それに、きっと、廣樹達ならこう言うんだろうな……『一つ進めたなら、それで良いじゃん?』ってさ!」慎一は座っていた綾子に手を広げると言った「おいで綾子」
綾子は笑顔になると立ち上がり、息が止まるほど、ギュッと抱きついた。慎一の胸に頬を寄せる。心臓の上に耳をつけ呟いた。
「アイシテル」
――閉園一時間前――
廣樹と純也達はシンデレラ城前にいた。
「――おかしいな、慎一の電話に繋がらないや……バッテリー切れちゃったのかな? 慎一に限って、そんなこと無さそうなのになぁ……」純也が誰に言うでもなく呟いた。
「……そうだよね……廣樹なら未だしも、慎一と綾子ちゃんに関してそれはね……連絡無しってのは無いと思うんだけどね……」京子が相槌を打つように言った。
「……あの……京子ちゃん? 俺ならってどういう意味でしょうかね?」廣樹が不満そうに訊いた。
「廣樹はさ、五歳児と大して思考回路が変わらないんだからさ、無断行動は大いにあり得るだろ?」奈那が呆れた口調で言った。
「……ひ、酷くね? 純也、お前の彼女……ちょっと、俺に対して酷くないか?」
「いや、俺も廣樹なら本当にやり兼ねないからさ……おまえと京子が、もしも居なくなっても放置するかもしれない……」純也は廣樹の顔を見ないようにして言った。
「――ふ、ふざけるなよ! ちょっとは親友の事を心配しろよ!」
「じゃあさ……」純也が廣樹の耳元でごにょごにょと何かを話した。
「――行く! 絶対に行く! それなら、例え五歳児と呼ばれても、甘んじて受け入れる!」廣樹が数回頷きながら言った。
それを見て奈那と京子が不思議そうな顔をした。
「……純也? 廣樹に、なんて言ったの?」奈那が訊いた。
純也は今度は奈那の耳元でごにょごにょと何かを話した。すると奈那は照れた様子で言った。
「……ま、まあ……確かに……廣樹ならそうなる……よね?」
「――ん? 先輩、私にも教えてくださいよ……」京子が言った。
「――え? いや、京子には刺激が強いっていうか……廣樹がもらい事故っていうか……」奈那が言葉を濁すような口調で言った。
「――はい? ちょっと、意味がわからないんですけど……」京子が不満そうに言った。
「……一応……言っておくけれどさ、別に……廣樹がそうしたいと言った訳ではないからな?」すると奈那が京子の耳元でごにょごにょと話した。
「――ば、ば、馬鹿じゃないの! 先輩ってば何言ってるんですか! 本当に信じらんない!」
京子は赤面のまま奈那に向かって叫んだ。
「……だから言ったじゃん……京子には刺激が強いって……」奈那が呆れた口調で言った。
「――えっ? ちょっと待って、廣樹って……私とこのドレス着たまま……」赤面で廣樹を見た。
「ん? ――ふ、ふざけんじゃねえよ! 俺が言った台詞じゃねえだろ! でも……確かに京子が良いなら……嬉しいけど……」廣樹がみんなを見ながら言った。
「……う、嬉しいんだ……まぁ……廣樹が喜んでくれるなら……」京子はモジモジしながら小さな声で俯きながら言った。
「……廣樹、ニヤニヤしてキモイんだけど……」純也が廣樹に言った。
「――ふ、ふざけんじゃねえよ! 純也だって奈那が『私も良いよ』って言えば二つ返事で喜ぶだろうが!」廣樹が純也に向かって言い返した。
「――そっちこそ、ふざけんじゃねえよ! 奈那が『私も良いよ』って言うわけねえだろ! たらればでお前と俺を同類にしてんじゃねえよ!」純也が叫んだ。
「……あ、いや……私は純也がしたいって言うなら別に……」奈那がモジモジしながら純也を見て小さな声で言った。
それを聞いた廣樹、純也、京子が驚いた表情で奈那を見た。
「……別に純也は私の彼氏なんだし……私は彼女なんだから……望むならそれくらいしてあげても良いかなって……」奈那がモジモジしながら小声で言った。
「……あ、ありがとう」純也が照れながら奈那に言った。
「――はて? 純也くん? 僕に何かいう事あるんじゃないの?」廣樹が悪い顔で純也に訊いた。
「――な! ……ごめんなさい……」純也が廣樹に小さな声で呟いた。
その時だった。廣樹のポケベルの電子音が鳴った。廣樹はおもむろにポケットからポケベルを取り出すと画面に表示された文字を見て叫んだ。
「――ふ、ふ、ふざけんじゃねえよ! 慎一のクソヤロー! みんなを心配させておきながら、なにフライングで綾子ちゃんと美味しいことしてんだよ! 純也が変なこと言うから本当になったじゃんか! 気分的に一発くらい……ぶん殴りたいんだけど!」
叫んだ廣樹を宥めるように純也が訊いた。
「廣樹ちょっと落ち着けって! 慎一はなんて打ってきたんだよ?」
廣樹は無言のまま純也にポケベルを差し出し、純也は受け取ったポケベルの液晶画面を覗き込んだ。『みんなごめん! 綾子と先にホテルに戻るね。明日の朝には電話するから! それまで携帯電話の電源が切れていても、何も心配とかしないでね?』とカタカナで表示されていた。
純也はポケベルを奈那に無言で渡すと、京子も奈那と一緒に覗き込んだ。
「……慎一ってさ、意外とヤルときはヤル男なんだな……」奈那が呟くように言った。
「……そうですね。少し前とはまるで別人みたい……恋って人をここまで変えてしまうんですね……」京子がポケベルの画面を見ながら言った。
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