第十話:通学列車で出会った彼女
仲村廣樹の高校生時代の話です。
――朝の仙台駅――
朝の仙台駅は色々な列車の始発駅という事もあり、会社や学校に向かう人間で賑わっていた。
「……知らない婆さんに、仙山線のホーム聞かれたせいで一本遅れちまったな……人助けをしたんだし、ま、いいか。京子も純也も、もう学校に着いてるかな?」
廣樹はブツブツと独り言を言いながら仙石線の列車ホームで自分が乗る電車の到着を待っていた。
「……廣樹、おはような」海江田が眠そうな声であいさつしてきた。
「あ、おはよう。……なんだ、海江田……元気ないな?」
「……最近、ちょっと寝不足でさ……」
海江田が大きな欠伸をしながら口を押さえる。
「……寝不足ね。そう言えばさ、京子の後輩達とはどうなったの? ……上手くいったのか?」廣樹が子犬のように目を輝かせて訊いた。
「……あぁ……俺は駄目だったよ。でもさ、廣樹には感謝してるんだぜ? 俺達のケツ叩いてくれたし、嫌がらせばっかりしてたのに……まさか女まで紹介してくれてさ」
「――気にすんなって! これも委員長のバイトみたいなモノだからさ。どうせなら彼女がいる高校生活の方が楽しい青春だろ? 日本には約六千万人以上の女子がいるんだから、きっと……良い彼女が出来るって!」と、廣樹は屈託の無い笑顔で言った。
「……いやさ、六千万人の女子ってさ、昨日生まれた赤子から明日死ぬようなババアまで……漏れなく含まれてるじゃねぇかよ……」海江田が目を細めて言った。
「アハハ……中々、鋭いツッコミで……」廣樹が頭を掻きながら誤魔化した。
「……本当、廣樹はいつも悪気は無いにしても、適当だし、人喰ったようなヤツだな。ま、そこが良いところでもあるんだろうけどさ……」海江田が軽い溜息をついた。
その時だった。
「――おいっ! お前らこっちに来いよ! 今日はこんなところに居やがった。 ――コイツだろ? この前、杏奈達と合コンして一人だけフラれたっていうダサいヤツ!」
他校のガラの悪い生徒が数人が馬鹿にするように海江田を指さしながら絡んできた。
「……杏奈? 誰それ?」廣樹が海江田に訊いた。
「……この前、廣樹が紹介してくれた三人の一人」海江田がボソっと言った。
「あぁ、あの御転婆ギャルズか」廣樹が納得したように言った。
「――そうだよ! コイツ、俺の元カノ達にフラれてやんの!」
リーダー格らしい男が話に混ざって海江田を小馬鹿にしてきた。
「……へぇ、そうなんだ。お前さ、俺のクラスメイトに中々面白いこと言ってくれるな? でもさ……お前も結局はフラれてんじゃん? ……しかも、未だに未練タラタラって。アハハ……だっせーの!」廣樹は馬鹿にするように挑発的な態度で言った。
「……ふ、ふ、フザケタことぬかしてんなよ! 誰がフラれたって?」
顔を真っ赤にして廣樹の胸倉を掴んできた。
「お、やるか? 来いよ、便所で白黒つけようぜ?」廣樹は更に挑発した。
他校の生徒は『逃げるなよ』と言って先にトイレに向かい歩き出した。
「……おい、廣樹やめとけって!」海江田が心配そうに言った。
廣樹は海江田を見るとウインクして『一緒に来いよ』と人差し指を顔の前でクイクイっとした。
他校の生徒がトイレに入った瞬間、廣樹は後ろから一番後ろにいた生徒の股間を蹴り上げ、二番目にいた生徒の背中を思い切り後ろから蹴飛ばした。その勢いで一緒に転んだリーダー格の生徒の鳩尾と転んだ二人の太腿を踵で思い切り踏みつけた。三人とも痛さのあまり悶絶している。
「なんだ? お前ら喧嘩の素人か? 喧嘩相手の前をノコノコと歩くなんて真面な喧嘩したことないだろ?」廣樹はケラケラと笑いながら言い放った。
「……ひ、ひでえ……俺はこんな奴に喧嘩売ってたのか……」と、海江田が引き攣った顔で言った。
廣樹は清掃用具の仕舞ってあるドアを開けるとホースが繋がってる蛇口を開いた。
「そうだな……俺の友達を馬鹿にした罰として、暫く駅を使えないように……お前らにはお仕置きしないとな……」
廣樹がニヤニヤと笑いながら蛇口を開くとホースの先から水が出てきた。その水を三人の股間に大量にかけた。
「ギャハハハ……お前らお漏らししてやんの!」廣樹が腹を抱えて大笑いした。
そのうちの一人が悶えながらも「ふざけるなよ!」と廣樹に言った。
廣樹はニヤリとすると外まで聞こえるような大きな声で言った。
「――おい! おい! お前ら高校生にもなって三人してチャック開かなくて小便漏らすとか勘弁してくれよ! 俺は知らねーからな! 先行くからパンツ乾かすまで近寄るなよ?」
それを見ていた海江田も腹を抱えて笑い出した。
「――さ、海江田、そろそろ学校に行こうぜ? 遅刻したらヤバイだろ?」
廣樹は海江田の背中を軽く叩くとトイレを後にした。
学校に向かう電車の中で横に立っている海江田が廣樹に話しかけてきた。
「……ありがとうな、廣樹のおかげで……なんだかスッキリしたよ」
「ん? 気にするなって! 俺がムカついただけだしさ」
「……でもさ、アイツ等がお礼参りとかに来たら……どうするんだよ?」
海江田が少し不安げな口調で聞いてきた。
「お礼参り? あんなヤツ等にそんな度胸なんて無いって! それに最悪は俺はいつも純也といるから大丈夫だろ?」廣樹は海江田の肩をポンポンと叩きながら言った。
「……いや、純也って……廣樹ってたまに悪魔的な残酷さを見せるよな?」
「そうかな? 俺さ、苛めとか大嫌いなんだよ、特にさっきみたいな人の気持ちに塩塗るようなヤツとか弱い者虐めすヤツとかさ……」
「……そう……だな」
海江田は今まで自分が慎一にしてきたこと、それを今になって後悔した。自分達はフザケ半分でやっていた。だが、慎一はいったいどんな気持ちだったのだろう? 自分が同じことを他人にされて気付いた。そんな事を今更になって言ったとしても、普通の人間ならば許してはくれないだろう。だが、慎一は立場が逆転しても、まるで何も無かったように恨みもせず、普通にクラスメイトとして接してくれている。そんな優しい慎一を片桐が好きになるは必然だと思った。如何に自分がちっぽけな人間だったか、そんな感傷に浸っていた。
ふと、廣樹が海江田の脇腹を軽く小突いた。
「なぁ……アレ……」
廣樹にそう言われ、顎をくいくいっとした視線の先を見ると、同じ高校の女子生徒がサラリーマンらしき男に不自然に近寄られていた。
「――痴漢! 廣樹、あれって痴漢じゃないのか!」と、海江田が慌てて廣樹の耳元で言った。
「……ああ、多分な。海江田さ、ヒーローになって助けてやれよ? そこから新しい出会いが始まるかもしれないじゃん?」廣樹が半分ふざけたような口調で言った。
「――馬鹿! そんな呑気なことを言ってる場合じゃないだろ!」
海江田は慌てて女子高生の元へと近づき男の腕を掴んだ。
「――おい! おっさん! 何やってるんだよ? これって痴漢じゃねぇのか!」
海江田がそう言ったと同時くらいに電車が停まり、ドアが音をたてながら開いた。その瞬間、男は慌てて飛び出し、逃げるように走り去った。
「……あの……ありがとうございました」
女子生徒が海江田に会釈しながらお礼を言ってきた。
「いや……俺は別に……そんなつもりで助けた訳じゃないし……」
海江田はこんな時、なんて答えたら良いのか分からず、女子生徒に対する答えを必死に探していた。
「――海江田、どうしたの?」廣樹が何も知らないような口調で近づいてきた。
「――え? ええっ!」海江田は驚きのあまり変な声で反応してしまった。
「……あ、この人が私が痴漢に遭ってたところを助けてくれたんです。最近、毎日ではないんですが……体を押し付けてくる人がいて……」
「――そうなんだ、女子も大変だね。あ……そうだ、海江田さ、しばらくはこの子と一緒に行きと帰りに電車で通学してあげたら?」
「――はいっ? お前、いきなり何を言って……」
海江田の言葉を遮るように廣樹は口を開いた。
「――だってさ、俺には京子っていうヤキモチ妬きな彼女がいるからさ、お互いに勘違いされても困るじゃん? 海江田は彼女とかがいないから……別に大丈夫だろ?」と、海江田の肩を叩きながら言った。
「――イヤイヤイヤ! この子の気持ちとかもあんだろ! 廣樹が決める事じゃないからな!」
「……あの……偶然会った時だけでも良いので……もし、そうして頂けるなら……私は本当に助かります……」
女子高生は申訳無さそうに軽く会釈しながら言った。
「いや……俺は全然構わないんだけどさ……」
「私……萩原恵理って言います。あの……お名前は……」
「あ、ごめん。俺は海江田京一郎って言うんだ」
「ちなみに俺は仲村っていうの!」廣樹がお道化ながら言った。
「……なんで、オマエは苗字しか言わねえんだよ?」
「いやいや、だって……助けたの京ちゃんだしさ……じゃ、俺は行くから。あとよろしく!」
廣樹はそう言って隣の車輌へと軽快に歩いて行った。
『――きょ、京ちゃん? そんな呼び方、誰もしてねぇだろ!』心の中で海江田が廣樹の背中に叫んだ。
「なんか……仲村さんって面白い人ですね?」恵理が海江田を見ながらクスッと笑いながら言った。
「まあ……あれで、一応……俺らのクラスの学級委員長なんだけどね……」
海江田は廣樹の背中を見ながら言った。
「え? あの人……京一郎さんのクラスの委員長なんですね……へえ、そうは見えないな……」
「――だろ? あいつ、ああ見えてさ――」
そこから二人は学校近くの駅に着くまでお互いの身の上話をして過ごした。
――数日後、自習時間――
「……最近さ、海江田って昼休みになると、いつも居なくなるけどさ……俺らを避けてるの?」倉井が海江田を見ながら不満気に言った。
「……いや、そうゆう訳じゃないんだけどさ……お前らさ、彼女が出来てから昼休みになると速攻でポケベル打ちに行くし、お前らの彼女はお互いに同じ学校だから話とか合うけどさ、俺は……なんか話に混ざれないしさ……だから、一人で学食で飯食ってるだけだよ」
海江田が北村達に事情を話した。
「でも……仕方ないだろ? 俺達の彼女は他校だから、学校では会えないんだしさ。海江田も他校に彼女が出来れば気持ちがわかるって! なあ、倉井?」
北村が倉井に同意を求めるように言った。
「……はいはい、良いですね!」海江田が適当な返事を返す。
「海江田……ヤキモチかぁ? もうすぐ昼休みだし、今日は俺らも付き合うからよ、久々に学食行って三人で食おうぜ?」倉井が海江田の肩を叩きながら言った。
「……別に無理に付き合わなくても良いよ。最近は廣樹達と飯を食う時もあるしさ……」
その時、チャイムが鳴りクラスの生徒が各々に自由に動き出した。
「――廣樹、学食行くのか? だったら、一緒に行かね?」海江田が離れた席の廣樹に声をかけた。
「あ、俺、今日は京子が弁当作ってくれたから毒見――いてっ、何するんだよ京子!」
「――はぁ? 毒見って何よ! それがお弁当を作ってもらった男の台詞?」
京子が明らかに怒った表情で廣樹を見ていた。
「……だってさ、前にナポリタン食べたときなんか……本当にヤバかったじゃん! 普通さ、あんなに辛いタバスコとか……かけないだろ? ……純也がツマミ食いしてくれたおかげで……俺は助かったけどさ」
「……それは……廣樹が辛いの好きだから……つい、一番辛いの買っちゃったんだもん!」
不貞腐れた態度で京子が言った。
「そっか……ありがとうな、とりあえず飲み物を買いに行こうぜ?」廣樹は京子の頭を撫でながら言った。「海江田も学食に行くんだろ? 良かったら一緒に行こうぜ?」
教室から学食に向かう階段を下りながら京子が海江田に訊いた。
「海江田さ、最近は北村達と昼食を取ったりしないの? ……もしかして……喧嘩でもした?」
「――いや、アイツ等に彼女が出来てから……なんか……少しだけど……見えない溝があってさ」
「……ああ、ごめんね。私の後輩達でしょ?」
「いや、菅原が気にすること無いって……仲良くなった子がレディースで、俺が北村や倉井みたいについていけなかっただけだからさ……」
「……そっか……ありがとうね」
二人の会話を聞いていた廣樹は、あんなステッカーを原チャに貼るくらいだから、薄々気付いてはいたが『……やっぱりレディースだったんだ』と心の中で思った。
「ま、俺に魅力が無かっただけじゃね?」海江田は笑いながら言った。
「ふうん、なんか……海江田変わったね? 本当……あの子達も見る目ないなぁ……絶対に北村とか倉井より海江田の方が良い彼氏になりそうなのに……」
「……ありがとな、菅原の今の一言で少なくても……北村にだけは勝てた気がするよ」海江田が京子を見ると笑いながら言った。
「……確かに」京子が笑いながら言った。
飲み物を買う為、三人で売店に並んでいると後ろから声をかけられた。
「――京一郎くん!」
振り返ると恵理がこっちに向かって歩いてきた。
「――えっ! きょ、京一郎くんって海江田のこと? だって、あの子って……」京子が驚いた顔で廣樹を見ながら言った。
「あ、仲村さんも一緒にいたんですね」
「萩原さん、久しぶりだね。あれからは大丈夫? この子が前に話していた彼女の菅原京子ちゃん」廣樹が笑顔で京子の頭を撫でながら萩原に話しかけ、京子を紹介した。
「――はい! 京一郎くんがいるおかげであれからは一度もありません」
「それなら良かった」
「初めまして、萩原恵理っていいます」と、恵理は笑顔で話しかけ、京子に握手を求めてきた。
「は、はじめまして……菅原京子です」戸惑いながらも手を差し出した。
「ねえ、京一郎くん。私も一緒にご飯食べても良い?」
「廣樹達が良いなら……俺は勿論……構わないけど……」京一郎は廣樹達を見ながら訊いた。
「……あ、それなら大丈夫。俺達は弁当だから、学食に飲み物を買いに来ただけだし……」
「――じゃあ、俺達は教室に戻るから後でな!」
飲み物を買うのを済ませた廣樹達は、そう言って京一郎達と別れた。
教室に戻る階段で京子が話しかけてきた。
「――ちょっと! さっきの萩原さんって特別進学コースの子でしょ! なんで廣樹と海江田が知り合いなわけ? 廣樹なら生徒会でワンチャンあっても、海江田が知り合いになる機会なんて一ミリも無いでしょ! ……あ、もしかして廣樹……」京子は何かを疑うような目で廣樹を見た。
「――ち、ちげーから! 電車の中で萩原さんが痴漢に遭っていたのを海江田が助けて、それで偶然仲良くなっただけだから!」
廣樹は京子から変な疑いをかけられまいと、知り合った経緯を事細かに説明した。
「へぇ……なるほどね……そりゃあ、あんなお嬢様と知り合いになったんだから……海江田も変わるわけだわ……なるほどね……道理で最近はネクタイもちゃんとつけてくるわけだ」京子は腕を組みながらウンウンと頷いていた。
「……そうだよな」と、廣樹が頷く。
「ぶっちゃけ……廣樹はああゆうタイプの子……苦手でしょ? 京子が腕を絡めると揶揄うように言った。
「……よくご存じで」
「だって、廣樹は敬語で話す子が苦手だもんね?」ニヤニヤしながら言った。
「僕には何でも話せる愛しの京子ちゃんがいますから」京子の頭を撫でながら言った。
教室に戻ると机に座った純也と奈那が手を振ってきた。慎一と綾子は隣で雑誌を見ながら何かを話していた。
「――あれ? 廣樹と京子は海江田と一緒に売店に行ったんじゃなかったの?」純也が訊いてきた。
「……それがさ……」
京子は昼食を食べらながら、皆に事の経緯を皆に話した。
「――海江田くんやるねぇ!」綾子が慎一の脇腹を小突きながら言った。
「うん、海江田も隅に置けないなぁ……」慎一が頷きながら言った。
その時、海江田が何食わぬ顔で教室に戻ってきた。
「海江田は彼女とか作んねぇの?」と、北村が訊いてきた。
「……別に。俺は友達とかそこそこいるしさ、無理にガツガツしなくても良いかなって……」海江田が少し冷めた口調で答えた。
「最近、ネクタイとかしてるけどさ……今更、真面目なフリしたって彼女なんてできねぇぞ?」と、倉井が言ってきた。
「……別にそうゆう理由で着けてるわけじゃねえから……」と、海江田が顔を逸らしながら言った。
「……きっと、北村と倉井は何も知らないんだろうな……」
純也は遠い目で二人を見ていた。
「海江田ってさ、ああ見えて意外に役者なんだな」奈那がボソリと言った。
「……いや、後輩達と萩原さんじゃラベルが違い過ぎだもん……そこは余裕なんじゃないですか?」京子が奈那に言った。
「……道理で恵理ちゃん……最近なんか可愛くなったと思ったんだよねぇ」と、綾子が独り言のように言った。
それを聞いてみんなが綾子の方を見た。
「――え? 綾子ちゃんその子と知り合いなの?」慎一が訊いた。
「――うん、だって……同じ美術部だもん」
「……廣樹、世の中って意外と狭いんだな……」純也は何かを悟ったような口調で言った。
「……そうだな……狭いな」廣樹が同意するように頷きながら言った。
「ねえ、海江田と萩原さんって付き合うと思う? うち等のカップルでディズニーのお土産を一つ賭けない? ハズレたら自分の恋人にプレゼントするの!」京子が思いついたようなに言った。
「――あ、面白いなそれ! じゃあ、俺が負けたら京子にでっかいぬいぐるみでも買ってやるか!」廣樹が食いつき、話にのってきた。
「……いや、持って帰るの大変そうだし……それは要らない。どうせなら……ガラスの靴のミニチュアとかが良いな……」京子が上目遣いで廣樹を見ながら言った。
「……ちょっと高そうだけど……京子が欲しいなら良いよ! その代わり俺が勝ったらチップとデールのキーホルダーを三個買って貰おうかな?」
「え? 三個って? 廣樹、なんで同じキーホルダーを三個なの?」慎一が訊いてきた。
「あの二匹ってさ、お互いを助け合って仲良いじゃん? 俺と純也と慎一の友情がいつまでも変わらないようにって……」
それを聞いた瞬間、純也と慎一が廣樹に抱きついた。
「――よし! 俺らも勝ったらそれで!」
純也と慎一がハモるように言った。
「じゃあ、私が勝ったら純也にスワロフスキーのシンデレラ城買って貰おうかな……子供の頃に見て、いつか欲しいと思ってたんだよね」奈那が純也を見ながら言った。
「いや……お姉様? あれさ、いくらくらいするか知って言ってる? 五百万円だよ? ……高校生に買えるわけないだろ?」純也はかなり呆れた口調で言った。
それを聞いていた女子達は『……あれってそんなに高いんだ。そりゃあ……いつか好きな人に買って貰うのが女の子の夢だね。流石はシンデレラストーリーというだけの根拠はある』と、女子全員が心の中でそう思った。
「――で、二人が付き合うと思う人!」と、奈那がみんなを見ながら訊いた。
廣樹、奈那、綾子、慎一が手をすぐにあげた。
「じゃあ……って、残りはわかってるか。慎一と綾子はハズレたらお互いにプレゼントだな」奈那が笑いながら言った。
「だってさ……彼女って特別進学コースなんだろ? いや、流石に海江田とは付き合わないだろ……」純也がボソソと口を開いた。
「……だよね……現役合格の受験勉強に命賭けてる子が……恋愛するとは思えないもんね?」京子が続けて口を開いた。
「――ったく……二人とも夢が無いな。女子なんて恋したらどうなるかなんてわかんねぇだろ?」奈那が二人を見ながら言った。
「……でもさ、変わるとしたら……なんか、俺は海江田な気がする。現に今だって、今しか考えないで生きてる北村や倉井と距離を置いてる訳だし……」と、純也が海江田の方を見ながら言った。
「……確かに。そうだよね……海江田くん変わったもんね……ちょっと前だけどさ、放課後に海江田君に謝られたんだ。あの時は泣かしちゃって悪かったって、私は慎一と付き合うきっかけになったから寧ろ感謝してるよって。きっと、慎一も感謝してると思うよ? って言ったんだけどね……」綾子が慎一を見ながら言った。
「確かに……俺もその事には感謝してる……かな」と、慎一が頷きながら言った。
「海江田の恋……実ると良いな……海江田と萩原さんがお互いを好きな前提だけど……」と、廣樹が言った。
それを聞いた皆が『確かに!』という顔をした。
――放課後――
北村と倉井が何かに追われているように急いで帰宅する準備をしていた。
「……本当、お前らってさ、彼女が出来てから帰る支度が早くなったよな?」海江田が呆れた口調で二人に言った。
「――これからデートなんだから当たり前だろ! ま、彼女がいない海江田にはわからないだろうけどな!」倉井が海江田を見ると小馬鹿にした口調で言った。
「……はいはい。……それもそうですね」海江田は面倒臭そうに答えた。
机に座ったまま倉井と北村を見送ると、机の横に掛けてある鞄から一冊の書籍を取り出し机の上に置いた。萩原の部活終わるまでの時間を図書室で潰す為に最近買った書籍だった。最初は漫画を読んでいたが、見つかる度に『ここは漫画を読む場所ではない』と教師に叱られた為、ドラマの小説なら飽きないだろうと、最初は一度見たドラマの中古小説を買った。読んでみるとカットされた部分や登場人物の心情や描写が面白くて一気に読んでしまった。それで今はリアルタイムでテレビと小説の差異を感じたくなり、今放映されているドラマの小説を買ったのだ。
海江田は教室で少しだけ読むと、しおりの代わりに使用済みのテレフォンカードを挟み、鞄に仕舞うと立ち上がり、教室を出て生徒が足早に下る階段をゆっくりと歩いていた。殆どの生徒が下駄箱がある一階に向かうが、北村は図書室がある商業科の校舎二階に向かう為、商業科の職員室前を通過し更に歩く、商業科の生徒が放課後に校舎に残っている筈もなく、生徒が誰もいない廊下は静まり返っていた。
海江田はそんな誰もいない廊下を図書室に向かって歩く時間、それが何気に好きだった。まるで自分が小説の主人公になったみたいに静かな空間を歩いているからだ。
図書室に着くと数人の生徒が疎らに座っているだけだった。勉強する者、読書をする者、それぞれお互いに距離を取り、綺麗な程に離れて座っていた。
海江田は入口のロッカーに小説を出した鞄を入れ、近くの机に腰かけると小説をそっと置いて天井を見上げた。ふと、廣樹の言葉が浮かんだ。『どうせなら、彼女がいる高校生活の方が楽しい青春だろ?』そして少し前に小説を自宅に忘れた日、何気ない気持ちで図書室で選んだ本の作者オスカー・ワイルドの台詞を思い出した。『人生には選ばなければならない瞬間がある。自分自身の人生を充分に、完全に、徹底的に生きるか、社会が偽善から要求する偽の、浅薄な、堕落した人生をだらだらと続けるかの、どちらかを』そして思った。『……俺は今までの時間、いったい何をしていたんだろう? 別に倉井や北村が悪い訳じゃないけれど、三人で何も考えないでただズルズルとした時間を過ごした日々。若さと青春は限られたモノで、誰もが平等に与えられていたはずなのに……。廣樹はこんな自分にも、楽しい青春を過ごして欲しいと思ってくれているんだな……』
天井を見上げた横顔から一筋の涙が流れた。
「――海江田くん、今……ちょっと時間あるかな?」
海江田は後ろから、不意に名前を呼ばれ、慌てて涙を隠した。振り返ると呼んだのは教師の木下だった。
「……はい、大丈夫ですけど……」
「――良かった。図書室じゃあんまり声を出して話せないからさ、一階の自販機に行こう? 先生がご馳走するからさ!」
一階の自販機前の階段に二人は少し距離を空けて座っていた。
「……海江田くん、最近……変わったよね? 授業中も騒いだりしなくなったし、ネクタイもちゃんとするようになったし、毎日のように図書室で読書もしてる。……いつも迎えに来る特別進学コースの女の子の影響……かな?」茶化すような口調で言った。
「……ううん、どうなんでしょうね? どっちかって言えば……廣樹のおかげかも……彼女に知り合ったのも廣樹のおかげだし……ま、確かにネクタイは彼女が特別進学コースだから、俺の見た目で迷惑かけないようにってのもあるけれど……」
「……そうだったんだね。私も……仲村くんみたいな学級院長がいるクラスで青春したかったな……」木下が小さな声で言った。
「――え?」海江田が驚いて木下を見た。
「仲村くんって葉山くんと二人でヤンチャして教師を困らせる問題児だけどさ、いつもクラスの友達に真っすぐじゃない?」
「……はい、そう……ですね」
「私はね、勉強ばっかりして教師になって、この母校に戻ってきたんだ。特別進学コースだったから周りは受験勉強一筋で恋愛なんてご法度だったし、他の科の生徒とは進学コースってだけで、見えない壁があって近寄らないから……男の子と知り合う機会もあまり無かったしね。先生も高校時代に人並みに恋愛してみたかった。そしたら……もっと勉強も頑張れたかもしれないな……」
「……そんなモノ……ですかね?」海江田は木下を見ながらゆっくりと言った。
「――うん! 女の子はね、恋すると凄い力が生まれるんだよ? 勉強だったり、スポーツだったり、キモチだったりね。いつも来る子、きっと海江田くんともっと仲良くなりたいと思うよ? だって、私の高校時代にそっくりだもん。当時、私が好きになった人は不良の同級生だった。でも……海江田くんよりカッコよかったけどね?」木下は海江田を見てウインクした。「先輩からの余計なお世話はここまで。先生は先に図書室に戻っているから、その缶珈琲を飲んだら戻ってきなさい」
木下はそういうと立ち上がり、階段をゆっくりと上り図書室へと戻っていった。
海江田は手に持った缶珈琲をぼんやりと見つめていた。
「……俺は……本当は萩原さんに彼女になってもらいたくて……でも、特別進学コースの彼女は……どうせ自分なんてきっと相手にしないって俺の中で勝手に決めて……でも、少しでも自分を見てもらいたくて真面目な恰好してみたり……手の届かない彼女なら……最初から諦めた方が自分が傷つかない……ただ、諦める理由が欲しかっただけ……今だって、こんなにも会えるのを楽しみにしている俺がいて……だけど、ズルズルと過ごしている……だけだ……」
髪の毛をクシャクシャと掻いた。そして、閃いたように顔を上げた。
「……そっか、俺は萩原さんにフラれて、この時間に終わりが来るのが怖かったんだ。……このモヤモヤした気持ちの正体……ただ、そんな単純なモノだったんだな……」
手串で髪を直すと図書室に戻り、黙々と読書に耽っていた。
「――京一郎君、今日も一緒に帰ろう?」
恵理は図書室という事もあり、周囲に気を使い小さな声で話しかけた。
「あぁ……良いよ」京一郎が何処かぎこちない返事を返した。
駅へと向かう道の二人はいつもと違い口数が少なかった。
駅のホームに並んで立っている二人の沈黙を破ったのは恵理だった。
「……あの……ね、……京一郎くんって……好きな子とか……いるの?」
驚いた顔で恵理を見たが、すぐに顔を伏せ視線を反らした。
「……萩原さん、どうして?」
「京一郎くんって優しいから……いつも登下校に付き合ってもらってさ、悪いなって……好きな人いたら……なんか悪いな……って、思ったからさ……」
「……そっか」
二人の間に沈黙が流れる。こんな日に限って電車待ちのホームには他に生徒がいない為、余計に重い空気が流れる。
先に口を開いたのは京一郎だった。
「……大丈夫、そんな事は気にしないで良いよ」と、京一郎が無理に笑顔を作ったが元気はなかった。
「……だって、今日の京一郎くん……私とあんまり話さない!」
「……そんなこと……無いよ……」
「……あるよ」
再び二人の間に重い沈黙が流れる。
京一郎がチラリと横を見ると、今にも泣き出しそうな顔で恵理が俯いていた。焦って何かを話そうにも、すぐに言葉が出てこない。悔しいほど語彙力の乏しい自分を心底恨んだ。
「……私ね……毎日、京一郎くんと一緒に登下校するのが、すごく楽しくて……ずっとずっと……続いて欲しくて……なんか……今日が最後みたいで……私、京一郎くんのことが――」
「――ストップ! 萩原さん、ちょっと待って!」
京一郎が大きな声で恵理の言葉を遮った。十中八九、この恋は上手くいく、自分が望んだ答えを聞ける気がした。だが、京一郎の中にある男のちっぽけなプライドで、男なら自分から告白したいという願望から考えるより先に言葉が出ていた。
「……俺さ、確かに好きな人はいるんだ」と、小さな声で言った。
「……うん」鼻声で恵理が返事をした。
京一郎の心臓は破裂しそうな勢いで鼓動を打っていた。『もうどうにでもなれ!』と思い行動に移した。恵理の方を見ると両手で抱き寄せた。
「――俺が好きなのは……萩原さん! 特別進学コースのこんな可愛い子が、どうせ俺なんて相手にしないだろうって! 最初から手の届かない女の子なら、諦めた方が傷つかないってずっと思ってたの! ただ勇気が無くて言えなかったの!」
全てを伝えてスッキリした京一郎を恵理が優しくそっと抱き返した。
「……もっと早く言ってよ……私が今までどんな気持ちだったかなんて……京一郎くんにはわかんないんだ」
「……ごめんね、萩原さん」
「……恵理って……今からは恵理って呼んでくれたら許してあげる」
恵理のその言葉を聞いた京一郎は、自分に対する劣等感なんて何も生まないし、自分を過小評価しているだけの要らないモノなんだな、と心の奥底から思った。
――次の日――
朝のホームルーム前の生徒が教室に増えていく時間、登校してきた京一郎が黒板に書かれた『一限目自習』という文字を見ると独り言のように口を開いた。
「一限目は自習か……ってことは、彼女は俺にとってやっぱり幸運の女神なのかな?」
「――ん? 何か言った?」
目の前に座っていたクラスメイトが訊いてきた。
「……いや、何でもないよ。只の独り言」
自習時間という事もあり、教室は隣のクラスに迷惑にならない程度に賑わっていた。
「――海江田、聞いてよ。昨日、彼女がさ……」北村が京一郎にいつもの彼女の自慢話を始めた。
「――そっか、それは良かったな」京一郎は遮るように相槌を打った。
「海江田、俺なんてさ――」倉井も続くように京一郎に自慢話を始めた。
それを近くで聞いていた廣樹と純也がアイツ等よくやるよと呆れた表情で見ていた。
「……知らぬが仏って、このことだよね……」と、廣樹が言った。
「――本当にそれ……知らぬが仏、知るが煩悩ってヤツだな」純也が相槌を打つ。
「――ねえねえ、ディズニー行ったら何処から回ろうか? 慎一は何から乗りたい?」
綾子がそう言いながらディズニーの雑誌を持って慎一と近くの席に来た。
「俺は……綾子ちゃんとなら、ぶっちゃけ何でも良いんだけどさ、ワガママ言って良いならやっぱり……」
「――彼女いなくて悔しいからってよ! 海江田、あんまりフカシてんなよ! ――アハハ!」北村が大きな声で慎一の会話を遮った。
「ん? なんだなんだ?」廣樹達が食いついた。
「……いや、本当。俺、彼女いるもん!」と、京一郎が北村達に平然とした顔で言った。
「――じゃあ、証拠を見せて見せろよ!」倉井が京一郎の肩を軽く叩きながらいった。
「……えぇ、嫌だよ……恥ずかしいし……」と、京一郎が少し照れながら言った。
本当に照れているらしく視線まで反らしていた。
「……なんかさ、面白そうな展開じゃね?」
京一郎の会話を聞いた廣樹が純也達を見ながら言った。純也、慎一、綾子がウンウンと頷いた。京子も楽しそうな予感がしたのか、歩み寄ってきて廣樹の膝の上に座り、それを見た綾子が『私もする』という顔をすると慎一の膝の上に座った。京子と綾子を見ていた純也が軽い溜息を吐いた。
「――証拠もねぇのに信じられっかよ!」北村が強い口調で言った。
「……別に信じてもらわなくても俺は良いんだけどさ、……わかったよ……見せれば良いんだろ? 見せれば!」
京一郎がポケットから生徒手帳を出すと、表紙カバーに挟んだ手帳より少しだけ小さいプリクラを北村達に見せた。
「――はぁ? なんだこれ! ふざけんなよ! なんで海江田が、こんな可愛い特別進学コースの女に後ろからハグされてんだよ! 合コンで海江田だけフラれたじゃねぇかよ!」北村がクラスに響くような大きな声で京一郎に言った。
「いや……それは、ただ単に杏奈が男を見る目が無かっただけな気がする……」京子が独り言のようにボソリと言った。
「――北村、お前達こそふざけんなよ! そんなでっけぇ声で叫びやがって! 教師が来たらどうするんだよ!」と、廣樹が海江田を助けるように語気を強めて言った。
「海江田、俺達にも彼女のプリクラを見せてよ」
純也が手を伸ばしながら京一郎に言った。海江田から生徒手帳を受け取るとみんなで覗き込んだ。
「――うわ! 恵理ちゃんやるぅ!」と、綾子が言った。
「へぇ……この子なんだ。綾子ちゃんとは違うタイプだけど同じくらい可愛いね。なんか、お嬢様って感じ? 俺はちょっと苦手かな……アハハ」
慎一がそういった瞬間、綾子が首に手を回し頬を寄せた。
「――知ってる! 慎一大好き!」
自分から見ても、かなり可愛いと思う恵理と同じくらいに自分が可愛いと言われたことが嬉しかった。
「――ウソ! 海江田と萩原さん本当にくっついちゃったの? お土産の賭け、私と純也の負けじゃん!」と、京子が悔しそうに言った。
「――そこかよ! 京子も二人を祝福してやれよな……」廣樹が呆れ気味に言った。
「……だって……ガラスの靴の置物……欲しかったんだもん!」京子が口を尖らせて言った。
「……まぁ……そう……そうね……」廣樹が歯切れの悪い相槌を打つ。
廣樹はここで下手な事を言うと、純也に事前に聞いておいた高額な置物を京子に買う流れになるので慎重だった。
「海江田に落とせる子なら……俺達だって余裕だったんじゃね? なんだよ、面白くねえな!」北村が海江田を見ながら言った。
それを聞いた京子と綾子が真面目な顔をして首を左右に振った。まるで顔に『それは絶対に無い! あんた等じゃ絶対に無理!』と書いてあるようだった。
一限目の事件のせいで、それから北村と倉井はずっと不機嫌だった。四限目の授業終了のチャイムが鳴ると、昼休みが始まり教室が再び賑やかになった。
「……ねぇ廣樹、海江田と北村達どうなると思う?」京子が訊いてきた。
「そうね……見えない溝がマリアナ海溝くらいに成長したかもな……」
「学級員長の廣樹が上手い事いってんじゃねぇよ!」
後ろから純也が廣樹の頭をチョップするように軽く叩いた。
「――え? そんなに上手かった?」廣樹が嬉しそうに訊いた。
「あぁ、今のは座布団三枚くらいだった!」純也が笑いながら言った。
「――京ちゃん! 一緒にご飯食べようよ!」
聞き覚えの無い声と呼び方に、クラスの生徒が皆振り返ると声の主は恵理だった。
「……京……ちゃん?」廣樹が京一郎を見ながら言った。
「……いや……廣樹が初めて会った時さ、恵理の前でそう呼んだからその流れで……」
そう言われた廣樹は、心当たりが有りすぎて口を開けて驚いた。
北村と倉井がどこからともなく現れると話に混ざってきた。
「海江田、友達だろ? 俺らも一緒に食べて恵理ちゃんと仲良くなりたいな……」
そう言われて恵理は京一郎の後ろに隠れ、京一郎のワイシャツをギュッと掴んだ。
純也がいきなり後ろから北村と倉井の尾骶骨に続けてつま先でキックをした。痛さのあまり二人は尻を擦りながらしゃがみ込んだ。
「悪役がいきなり出てくるから恵理が怖がってるだろ! ベルの愛で魔法から解き放たれ、野獣が王子様になった美女と野獣のストーリー知らねえのか!」
「――純也くん上手い! その例え、本当に最高!」
ディズニーが大好きな綾子はその表現に喜んでいた。
「……確かに。不良だった海江田が良いヤツになったんだから当たってるかも……」慎一が腕を組んで納得したように頷いていた。
「……北村も倉井もさ、お前らには京子と奈那に紹介してもらった彼女がいるんだからさ、浮気なことしてんなよな?」と、廣樹が呆れ気味に言った。
「……本当、あんた等って信じられない。北村も倉井もさ、あの子達は多分……男を知らないんだから大切にしてあげてよ?」京子が二人を交互に見ながら意味深な台詞を言った。
「――え、マジで! わかった!」
二人はそう言って軽快に教室をあとにした。それを見て京子が独り言のように口を開いた。
「……ダメ男って……なんで……ああも単純なんだろう?」
慎一が答えるように口を開いた。
「……だから、駄目な男なんじゃない?」
慎一の言葉にそこにいた全員がケラケラと笑い出した。
仲良く楽しそうに学食に向かう京一郎と恵理の後ろ姿を見ながら綾子が言った。
「……恵理ちゃん、なんかすごく幸せそう……二人がずっと上手くいくと良いな……」
「そうだね、上手くいくと良いね……」京子が連れるように言った。「ん? 廣樹? 拳なんか握ってどうしたの?」
「……いや、デジャブとかって訳ではないんだけどさ……なんか……倉井と北村を見ていたら、俺が京子の彼氏になる前日に会ったヤツを急に思い出して怒りが込み上げてきたんだ……」
「……私と付き合う……前日? ――あぁ! 私なんて記憶の片隅にも居なかったよ!」
京子がケラケラと笑いながら言った。「……えっと……名前なんだっけ? まぁ良いや、でもアイツがいなかったら、私達も付き合ってなかったかもしれないワケだしさ……」
「そっか……あのカスも、倉井や北村も、誰かが幸せになる為の必要悪ってことか……」
廣樹の顔から怒りはもう消え、穏やかな表情になっていた。
「……なんかさ、これは男の直感なんだけどさ……北村等の恋って終焉に向かってる気がするんだよな……」と、純也がボソっと言った。
「あ……それ、俺も思ったんだよね……」慎一がみんなを見ながら言った。
「……悪が栄えた試し無しってヤツ?」
廣樹がそう言うと、京子と綾子が吹きだした。
――学生食堂――
学食に着くと廣樹達は男子と女子が綺麗に分かれて向かい合って座った。
「今日の定食はアジフライか……そう言えば最近は釣りに行ってないな……」と、廣樹が呟いた。
隣の席の慎一が話しかけてきた。
「そう言えば……廣樹って釣り好きだもんね……」
「そうなんだよ……好きなんだけど、最近は京子達と遊ぶ方が楽しくてさ。で、もうすぐディズニーじゃん? またしばらくは行く時間ないかなって……」と、廣樹が言った。
「別に、廣樹の家の近くにある溜め池で出来るだろ?」と、純也が言った。
「……少し前に小学生が落ちて釣り禁止になって柵が出来た……」と、廣樹が元気なく言った。
それを聞いてみんなが言葉に詰まった。
「京ちゃんどうしたの? さっきから仲村くん達を見ながら真面目な顔してる……」と、恵理が訊いた。
「俺らのクラスって廣樹が学級委員長なんだけど、副委員長ってさ、少し前に転校したから不在でいないんだよね……」と、京一郎が言った。
「……そうなんだ。じゃあ、仲村くんって仕事が多くて大変なんだね?」と、恵理が言った。
「――そうか? 廣樹は意外と楽しんでやってると思うぞ?」と、純也が言ってきた。
「うんうん。俺は皆に助けられてるからなんとかなってるぞ? 心配してくれてありがとうな」と、廣樹が言った。
「……俺さ、廣樹と純也のことを目の敵にしていてさ、ちょっと前まで廣樹達が嫌いだったんだ。慎一に関してはやり返さないのを良いことに虐めていたし……でも、そんな俺を皆はクラスメイトと思ってくれてさ、廣樹はこんな俺にも楽しい学生生活を送って欲しいって本気で思ってくれたし、慎一は何も無かったように接してくれてる。恵理だって俺に勉強を教えてくれたりするじゃん? おかげで最近は勉強が楽しくてさ……」と、京一郎は皆を見ながら言った。
「――そんなの当たり前だよ! 京ちゃんは私の彼氏でいつも私を大切にしてくれてるじゃん!」と、恵理が言った。
「別にさ、海江田は良い方に変わったんだし、俺は良いと思うよ?」と、慎一が言った。
「……うん、俺さ……恵理が本当に好きだから立派に胸を張れる彼氏になりたいんだ。それで色々と考えたんだけど……廣樹には及ばなくても、少しでも人の為に何かしたいって思ってさ。それで……今空いている副委員長をやってみようかなって……もちろん、副委員長も投票だからさ、クラスのみんなが認めてくれないと駄目なんだけどさ……」
それを聞いた瞬間、京子と純也と綾子が吹き出しそうになった。
「――本気で言ってるの? いくらなんでも――」
京子の言葉を遮って廣樹が口を開いた。
「――わかった! 俺が応援するよ! 京一郎が本気でやりたいと思ったんだ。誰も否定したり、文句を言う権利なんてない! 大丈夫だって、好きな人の為に変わろうと思う気持ちは揺るがないって俺は知っているからさ!」と、廣樹が笑顔で言った。「次のクラス会はディズニー帰ってからだからさ、それまでに作戦練ろうぜ?」
「――廣樹、本当にありがとう! 俺、本気で頑張るよ!」と、京一郎は廣樹を見ながら言った。
「……仕方ないな……廣樹は言い出したらきかないし……じゃあ、チーム廣樹で応援してあげえるか……」と、京子が言った。
それを聞いて、廣樹、純也、慎一、綾子、奈那がうんうんと頷いた。
「――京ちゃん! 私も応援する! ……もう、充分素敵な彼氏だけど……もっとイイ男になってくれたらやっぱり嬉しいから! ――頑張ってね!」と、恵理が笑顔で言った。
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自分の小説は基本同じ時間軸の同じ登場人物になります。