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カノジョに恋した理由  作者: 仲村 廣樹
10/15

第九話:三馬鹿トリオと御転婆な彼女たち

仲村廣樹(ナカムラヒロキ)の高校生時代の話です。


 ――柊奈那の部屋――

 二十時、奈那は左手のブレスレットを見つめながら、こんな夜は純也に会いたいなと思っていた。そんな恋煩いをしながらも、京子との約束を守る為、携帯に電話をかけた。

『……もしもし、明日の打ち合わせしたいからこれから会いたいんだけど……今から遊びに行って良い? 夕方に京子の家に行ったら、京子のお母さんに今は留守にしてるって言われてさ……』

『……あ……今、家に居ないんですよね……あはは』京子がバツが悪そうな口調で話す。

『そっか……何時頃に帰るんだ?』奈那が訊いた。

『……今日は家には帰らない……みたいな?』

『――はあ! 家には帰らないってどうゆうことだよ! 明日の約束どうするんだよ? 明日、北村達に後輩を紹介する約束だろ? それに帰らないって……廣樹はそのこと知ってるのか?』奈那は少し強い口調でイラつき気味に言った。

『……いや、その……今日は廣樹の家に、このまま泊まるんで……』と、京子は恥ずかしさから少し照れながら話す。

『――ひ、廣樹の家に泊まるだと! じょ、女子高生が彼氏の家に泊まるって……もう良いから、早く廣樹に電話を変われ!』

 奈那は可愛い後輩の京子からの予想外の回答に平常心を保てないでいた。

「……廣樹、奈那先輩が電話を変わって欲しいっていってるんだけど……」

 京子から携帯電話を受け取ると面倒くさそうに話を始めた。

『――はい。もしもし?』

 が、変わった瞬間に電話は切れた。

「――え? なんか……出た瞬間、切れたんだけど……」

 自分の携帯電話を取ると奈那の携帯電話にかけなおす、繋がった瞬間に罵声が飛んだ。

『――廣樹、お前な! 京子は高校生だぞ! いくら親が留守だからって、彼女を泊りで連れ込むのはやり過ぎだろ!』奈那は興奮して声が大きくなった。

『……ちょっと、何言ってるかわからないんだけど? そもそも出る前に電話を切るなよ! 京子がウチに泊まるのはどっちの両親も公認なんですけど。なんだったら俺んちから登校したのだって、京子の家から俺が登校したことだってあるんだけど……』

『――お、お前ら高校生だろ! いったいどんな男女交際してんだよ!』と、奈那が叫んだ。

『……うるせえな……そんなの奈那には関係ないだろ? いくら京子が奈那の妹分でも、実の姉って訳じゃあるまいし……電話代が勿体ないからウチに来たら? 奈那が大好きな純也も呼んでやるからさ――』

 受話器にしばらく沈黙が流れる。

『……純也も呼ぶっていうなら……まあ……純也に悪いし、廣樹がどうしても来いっていうから行ってやるよ。親に家まで送ってもらうからお前の住所を教えてくれ!』

 

 電話を切ると奈那はシャワーを浴びる為にお風呂場へ向かって走り出す。

「――ママ、シャワー浴びたら、後で友達の家まで送ってね?」

「別に……良いけど……どうしたの?」

「ちょっと、シャワー浴びるからそれまでに準備だけしておいて」

「わかった、準備ておくわね……奈那ったら嬉しそうな声でどうしたのかしら?」


『……あ、もしもし純也? 今から俺んちに来てくれない?』

『――はい? なんで今から廣樹んちに行かないといけないわけ? ふざけるなよ、日中は京子が来るから遊べないとか言っていたじゃんか?』

『……いや、それがさ……かくかくしかじかで奈那が来ることになってさ、純也も呼ぶって言っちゃったんだよね?』と、廣樹は申し訳なさそうに話した。

『……あのさ、『かくかくしかじか』じゃ全然説明になってないんだけど。どうゆう流れで奈那が廣樹んちに来ることになって……更に俺が行く状況になるわけ?』

『話した明日の打ち合わせで奈那から京子に電話来たんだけど、京子はうちに泊まるから京子の家は駄目じゃん? で、どうせなら俺んちで話したらって流れになったんだけどさ、物ぐさな奈那を呼ぶなら彼氏の純也をエサにした方が早いかなって思ってさ。……というわけで今から来てくれ!』

『……い、言いたいことはごまんとあるが、他ならぬ親友の頼みだし、しょうがないから行ってやるよ』

『――ありがとう。純也くんは優しいな、きっとそういうところに奈那も惚れてるんだろうな……』

『……いや、そうゆうの良いから。じゃ、電話切ったら向かうわ』

 

 先に廣樹の家に着いたのは奈那ではなく純也だった。

「早かったな? 親にでも送ってもらったの? あ、ついにバイク買ったとか?」いつもより早い純也の到着に廣樹が不思議そうに訊いた。

「ああ、ちょうど親父が街場に飲みに行くって言うからさ、近くまで一緒にタクシーで送ってもらったんだよ」

 純也の家から街中なら、廣樹の実家は確かに途中ではある。

「……ところでさ、京子は廣樹に何してるの?」

「ん? ハグしてるだけだけど……」

 京子はベッドに寝そべって床に座る廣樹に後ろからハグしていた。

「……いや、そんなのは見ればわかるから。俺がいるのになんでそんなに廣樹とイチャイチャしてるわけ? 京子さんには人前では自粛する常識とかないの?」呆れた口調で溜息を吐いた。

「え……私、ちゃんと自粛しているから。だから学校では廣樹とキスしたりしてないじゃん! ……たまに隠れてしちゃうこともあるけどさ」両手の人差し指をツンツンしながらバツが悪そうに俯いて話す。

「……校内でキスって……あのな、京子……俺らって高校生だからな? わかる? 高校生は普通、そうゆうことを校内でしたりしないんだからな……いや、ごめん。俺が悪かった、お前ら二人には言っても無駄だった」そう言った後、深い溜息と同時に肩を落とした。

「――む、無駄ってなんだよ?」廣樹が不満そうに口を挟んだ。

「……廣樹くん? キミ……全く自覚してないでしょ? 廣樹をクラスの男子が妬む一番の理由が京子とのと仲が良過ぎるってことに……」

「――え! 俺ってそんなことで妬まれるの? みんなに愛される学級委員長を目指してるこの俺が? 京子と仲が良過ぎるなんて理由だけで? 可笑しくない?」

「……でもさ、私って美人だしさ。廣樹のことを愛してるから、廣樹にしかこんな態度も話し方もしないしさ。……やっぱりクラスの男子がヤキモチ妬くんじゃない?」

 女子のプラス思考って凄いな、女心と秋の空って言うけれど、捉え方一つで女子って同じ内容でもこんなにも変わるもんだなと廣樹と純也は思った。

 その時、玄関のチャイムが響いた。

「――あ、奈那かな? 俺ちょっと玄関まで行ってくるよ」

 廣樹は二人にそう告げると優しく京子の腕を解き、立ち上がると玄関へと向かった。玄関に着くと既に母が対応していた。

「廣樹、こちらのお嬢さんは?」母親が廣樹にチラリと見ながら訊いてきた。

 母親の顔にはまるで『あんたには京子ちゃんがいるでしょ? この子は誰なの?』と書いてあるみたいだった。

「あ、この人は純也の彼女、奈那先輩だよ」

「あらあら、年上のこんな美人さんが彼女さんなんて……純也くんもクールそうに見えて意外にやるわね」母親の口元が一気にニヤける。

「え……そんなお母様……こんな綺麗なお母様から……美人なんて言われたら……少し恥ずかしいです。廣樹くんにこんな綺麗なお母様がいるなんて知らなかったです。もっと自慢すれば良いのに……」奈那がさらっとお世辞を言った。

「――もう、美人な上に口が上手いんだから! さ、あがってちょうだい」

「はい、お邪魔します」

 母親にスリッパを出されると、奈那は自分の靴を綺麗に揃えてスリッパに履き替え、母親に軽く会釈すると廣樹に続いて二階へと静かに上っていった。その仕草は学校の奈那とはまるで別人のように思えた。


「あの……奈那さ、大型のネコ科動物が家猫の皮を被っても、いつかバレる思うんだけど……俺の母親にポイント稼ぐなよ……」

 廣樹は京子達に先ほどの経緯を説明すると二人が頷いた。

「へぇ……女って怖いな、俺の前で奈那はそんな話し方しないもんな……甘えたりはするけど、そうゆう態度は無いもんな」純也が独り言のように呟いた。

「まあ、奈那は純也の彼女だし、甘えるくらいしても変では無いよな……」と、廣樹が頷いた。

「うんうん、確かに奈那先輩は純也の彼女だしね。ちょっとくらい純也に甘えても、別に何も可笑しくは無いわよね――」京子は相槌を打つように頷いた。

「……そっか……俺は奈那が初めての彼女だからちょっとだけ戸惑ってたけど、二人の時にキスしてとか、抱っこしてって言うのは彼女なら当たり前なんだな……」と、純也が納得したように呟いた。

「――な、奈那が? 奈那が京子みたいなことをせがむの?」廣樹が驚いて訊いた。

「――せ、せ、先輩が私みたいにゴロにゃんしたりするの?」京子も驚いて続いた。

「……へぇ、そうなんだ。俺らには『高校生だろ』って言っておきながらねえ……」

 京子と廣樹は冷めた目で奈那を見た。

「――べ、別に私は純也の彼女なんだから……ちょ、ちょっとくらい甘えたって良いじゃないか! ……ふ、普段は年上だから……みんなの前では甘えづらいんだし……」奈那が左右の人差し指をツンツンしながらボソボソと話す。

 純也がそんな奈那の頭を撫でながら優しい声で言った。

「――別に良いんじゃない? 俺は奈那のそうゆうところ可愛いと思うし、甘えてくれるのもやっぱり嬉しいしさ」

 奈那は純也の横に移動すると腕を絡め、そっと寄り掛かった。

「そっか……これからは京子キャラでいこうかな……」

「別にさ、奈那が好きにすれば良いんじゃね?」と、廣樹がいうと皆が頷いた。

「ねえ……純也……チューしよ?」奈那が上目使いの甘えた声で言った。

 煙草を吸っていた廣樹がゲホゲホっと咳き込み、京子が飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。

「――お、お前ら、私が純也にキスしてとか抱っことか言うのは、彼女だから当たり前なんじゃないのかよ! ……廣樹も京子も言ってることが矛盾してるぞ!」

「――いやいや、いくらなんでも声とキャラがいつもとあまりにも違い過ぎだろ!」廣樹がツッコんだ。

「――そ、そうですよ! 私だって先輩と五年間付き合って初めて聴いたような声だし、先輩がそんな甘え方するなんて予想だにしなかったですよ!」

 しばらくこの話題で盛り上がったが、ひと段落すると本題の北村達の話になった。

「――で、明日の北村達の待ち合わせ場所どうするの?」廣樹が口を開いた。

「とりあえず、場所は二時くらいにいつもの東口のファミレスで良くない? あとはウチ等で話を詰めれば良いだけだし……」と、奈那が言った。

 廣樹は、人の恋路だけに奈那らしく、かなり適当だなと思いながらも口にはしなかった。そうと決まると廣樹が北村達、奈那が後輩達に携帯からポケベルに場所と時間を連絡した。

「……先輩、そのブレスレットお洒落ですね。……なんか高そう……」京子がポケベルを打つ奈那の手元を見ながら言った。

 それを聞いていた廣樹があえて口には出さなかったが、京子も女子だけにやっぱり貴金属に目敏いなと思った。

「ん? これか? 横浜で純也に貰ったんだ。質屋の買い取りで三十万くらいだってさ」奈那が携帯を弄りながら京子を見ないでサラッと言った。

「――はいっ? 純也が奈那に買ってあげたの? 三十万以上のブレスレットを! 俺には煙草一箱さえもいつも渋る、この純也が?」廣樹は驚いて声が裏返ってしまった。

「――ウソでしょ! 横浜って……純也がまだ付き合う前の先輩にプレゼントするなんて……私には自販機で十円貸してと言えば、必ず返せよという純也が?」京子も驚いて無意識に口を押さえた。

「……お前ら人を守銭奴みたいに好き放題言いやがって……いやいや、それにあげてねえから。偽物だったら奈那にあげるからとは言ったけどさ、鑑定したら本物のプラチナだった訳だし……」

「いや、これは立派な偽物だろ? だってさ、ブランド物じゃないんだから……ようはどっかのブランドのコピーデザインじゃん!」

「奈那……それはコピーデザインじゃなくてオートクチュールって言うんだよ。別にすぐすぐ返せとは言わないから……まだしばらく預けておく、その代わり絶対に失くすなよ?」

「ま……取りあえずはそれで手を打っておくか」奈那が少し不満そうに言った。

 それを横で聞いていた廣樹と京子は、奈那は十中八九の確率で二度と返さないだろうと思った。

「いいなぁ……私も彼氏からブレスレット貰いたいな……」京子が廣樹の手首を見ながら言った。

「これ? いや……これはまだ買ったばかりで……」廣樹が手首を隠しながら話す。

「――良いじゃん! 私は廣樹のたった一人の彼女でしょ! それとも何? 他にもっと大切な女でもいるわけ?」京子が口を尖らせると睨みながら言った。

「いったい……どうやったらそういう発想になるんだ? どこをどう引っ叩いたら他の女って言葉が出てくるんだよ?」と、廣樹が目を細めて京子に尋ねた。

「……廣樹の携帯電話を引っ叩いたら、出てくるんじゃないの?」と、純也が小声で言った。

 その言葉に眉がピクっと反応して廣樹は純也を睨んだ。

「し、仕方ないな……京子、試しにこのブレスレット着けてみる?」

 そして京子は廣樹の純也に言われた時に見せた廣樹のかすかな反応を見逃さなかった。

「……携帯見せて……」と、京子が廣樹の前に広げた手を伸ばしてきた。

「――は、はい?」突然の事に驚いた廣樹が思わず変な声で返した。

 京子は眉がピクっとすると廣樹を睨んだ。

「……やってんな……この男。……私が知らない女のアドレス入ってるでしょ?」

「――は、入ってないから! ……うん、入ってない……はず……」

「――そう、入ってないんだ。じゃあ、携帯を見せてよ!」

 廣樹はしぶしぶ携帯電話を渡した。京子は廣樹から携帯電話を受け取ると手慣れた操作で弄り始めた。しばらく弄った後に廣樹に尋ねる。

「ねえ、廣樹? この田澤と羽根田って女……誰?」

「――ん! そんなの入ってた? 女? 女とは限らないんじゃ……」廣樹が目を反らして言った。

「うん、シークレットで入ってた。廣樹さ、私とお揃いの携帯なんだからさ、シークレットの見方だってわかるから。しかも、パスワードが2580とかベタ過ぎなんだけど!」

「――な、なんでパスワードまで知ってるんだよ!」

物臭(ものぐさ)な廣樹なんて真ん中の数字を縦に上からか下からかのどっちかに決まってるじゃん!」

「……す、すげえ、京子って廣樹の性格と行動パターンまで熟知してるんだ」純也が感心した口調で呟いた。

 京子がニコリとすると口を開いた。

「ねえ、廣樹? かけてみても良い? もちろん良いよね?」

「あ、いや、その……」

 廣樹が声にならない返事をしてる間に京子は電話をかけていた。必死に止めようとする廣樹を笑いながら純也が押さえつけた。

「あ、オマっ! 純也、お前はどっちの味方なんだよ!」

「うーん、今は京子かなぁ? なんか、面白そうだし!」

『――もしもし? あ、廣樹くん?』

 京子の耳に受話器から知らない女の声が聞こえてくる。

『――違うけど! 私、廣樹の彼女なんだけど、アンタ誰?』

『……あ、一応はまだお友達かなぁ? ……廣樹くんがアルバイトでパソコン届けてくれた時に知り合ったみたいな?』

『ああ、なるほど。そうなんですね、わかりました。私、すっごくヤキモチ妬くんで……もう、一生この番号に間違ってもかけないよう、今すぐに消しておいてくださいね! ――じゃ、失礼します!』

 電話を切ると廣樹を睨みつけた。

「この番号は私が消しておくね? はい、次……」

 京子はアドレスから携帯電話の番号を消去すると再び電話をかける。

『――もしもし、廣樹くん? ひっさしぶり、なんでアルバイト辞めちゃったの? お姉さん寂しいな……廣樹くんと部屋でお茶するの楽しかったからさ。だから、パソコンとかプリンターとか色々買ったのにな……』

 電話越しに明るい口調で楽しそうに話す。京子が持つ携帯からミシっと鈍い音がした。

『……私、廣樹の彼女なんですけど……犯罪なんで、オバサンが年甲斐もなく高校生に色気づかないでもらえます?』

『――おば、おばさん? 私、まだ二十二歳なんだけど!』

『――あのさ、二十二歳なんて高校生から見たら十二分にババアでしょ? それとも十七歳の私よりも見た目が若い自信でもあるの? オバサンにストーカーされても廣樹が可哀想だから、もう来世まで廣樹に電話かけて来ないでね!』

 京子は言いたい事を一方的に言うと電話を切って純也を冷たい目で睨みつけた。

「元凶は全部純也じゃん! アンタが変なバイトに廣樹を使うからこうなったんじゃないの!」

 元ヤンまんまの京子が純也を何度も叩きながら八つ当たりする。

「……え? 俺? 俺が悪いの? そ、それは不可抗力だろう……大体、そんなの廣樹がエ……」

 純也は『そんなの廣樹がエロケを出さなければ……』と言おうとしたがやめた。それを言ってしまったら、もっと話がややこしくなる気がしたのだ。

「エ? エの続きは何よ!」京子が問い質す。

「エ、エ……廣樹がバイト代ってエサに釣られてバイトした結果じゃね? 京子も心配し過ぎなんだよ……まったく……」

 純也は我ながら上手く誤魔化したと思っていた。

「――あっそ、私に口答えするんだ。へえ、ここに奈那先輩いるのにいい度胸してるよね?」京子が何度も頷きながら純也に言った。

「――は? 俺は京子にこれっぽっちも弱みなんて無いんだけど!」純也は煙草に火を点けながら京子と奈那を交互に見て余裕な表情で言った。

 先程から借りてきた猫のように大人しくしていた廣樹が、哀れそうな目で純也を見て首をゆっくりと首を振った。

「――な、なんだよ廣樹! 元はと言えばお前が原因だろ! なんだよ……その俺を哀れんだ顔は……」

「アルバイトは……カタ()()だろ?」廣樹がボソリと言った。

 それを聞いた瞬間、純也はその意味を全て理解し、凍り付いたように固まった。次の瞬間、純也は京子に土下座して謝り始めた。

「――あ、いや、京子ごめん! 俺が誘ったのが間違いだった。ごめん、本当にごめんなさい。もう、二度と廣樹を誘ったりしませんから……」

 純也にとって香菜の存在が奈那にバレる。それは何があっても起きてはいけない事だった。自分よりも香菜と歳が近い奈那に同じ年上の女に金を出してもらって小遣い稼ぎをやっている。しかも、それが純也の一番の資金源。その事に気づかなかった自分を心底呪った。

「……だよねぇ、純也が悪いよね……ディズニーランドのパスポート六枚で手を打ってあげる。私と廣樹と先輩と純也と慎一くんと綾子ちゃんの分……あ、言っておくけど、廣樹と純也は私から定価でそのチケットを買う条件付きだからね?」

「――はっ! ろ、六枚ってそんな殺生な……しかも、それを京子から買うなら……実質は七枚じゃんかよ!」純也は元気のない声で肩を落とした。

 先程から廣樹以上に純也の横で大人しくしていた奈那が口を開いた。

「……純也、私に何か隠し事でもあるの?」

「――え? 無い無い!」純也が焦って顔の前で手を振った。

「あーあ、先輩にバレちゃったね。純也が奈那先輩とハロウィンかクリスマスイベントのディズニーランドに行く為に必死にバイトしてたこと。ま、熱くなった私が悪いんだけどさ……」と京子はベーと舌を出しながら言った。

「京子……お、おまえバイトって……そ、それは不可侵条約だろうが……」

 純也が言葉にならない顔で京子に訴えると奈那が純也の首に手を回して抱きついた。

「――純也大好き! 私がディズニー好きなの知っていてそんなサプライズ考えててくれたんだ。本当に大好き、愛してるよ!」

 純也の頬に何度もキスをしてきた。それを見ていた京子が目を細めてニヤリとした。

「……どうした? ……稼いでるんだろ?」

 それを見て廣樹が腹を抱えて笑った。

「……廣樹? 廣樹は自分のディズニーチケットと私のホテル代を出してね? それでオイタした事はチャラにしてあげるから。……私、廣樹のママに聞いて……知ってるからね? 酔った廣樹のパパさんが飲んで帰ると私とのデート代に使えってお小遣いくれてること、それをヘソクリしてることも……ああ、飲み屋のお姉さんのことがバレたら……パパさんとママさん、さぞかし怒るだろうな……」

「……はい、喜んでヘソクリを使わせてもらいます」

 廣樹と純也はこの瞬間に悟った。この女だけは何があっても逆らったり敵に回してはいけないと。

 廣樹はこの状況から抜け出す為、話題を変えることにした。

「――ところでさ、明日の北村達の件なんだけど……」

「あぁ、純也のサプライズが嬉し過ぎて、どうでも良い三馬鹿トリオのことをすっかり忘れてた。でも、三バカとウチ等の後輩を会わせるだけでしょ? 最初だけいて、その後は六人を残してウチ等は退散すればいいんじゃない? その後、私は純也とデートしたいしさ!」と、奈那がまるで自分はあまり関係無い他人事のように話した。

「……せ、先輩……流石にそれはちょっと……」と、京子が焦って奈那に言った。

「――だって、仕方ないだろ? 発情期の猿三匹と発情した猫三匹のお見合いみたいなモノなんだからさ、お互いに気に入れば種を超えて付き合うって!」

「……サル」廣樹が言った。

「……猫」京子が言った。

「……な、なんて適当な……奈那らしいと言えば……奈那らしいけどさ……」純也が言った。

 時計を見ると、既に時計は十一時近くになっていた。

「さて、大体の流れは決まったし……どうしようかな? ママ呼んで迎えに来てもらうか、それともこのまま廣樹の家に泊めてもらうか……ところで純也はどうするの?」

「――俺? そうだな……まだ終電に余裕で間に合うし、どうせ親父はまだ呑んでるだろうから最悪は電話して帰りに拾ってもらうから別に時間はまだ大丈夫。でも、奈那が泊まるなら付き合うよ? 廣樹の家に泊まるからって母さんに電話するだけだしさ」

「――は? 二人とも帰れよ! 泊まるとか勝手に決めるなよ!」廣樹が焦った口調で言った。

「――そ、そうよ! 先輩は女の子なんだし、泊まるとか駄目ですよ! 純也は私達にもっと気を使いなさいよ!」

「あ、廣樹くん……京子ちゃんとイチャイチャしたいんだろ?」純也が揶揄うように言った。

「京子も……まんざらでもないな」奈那が京子を突きながら言った。

「……そ、それは……」京子がモゴモゴと話す。

「……でもなぁ、京子をからかっておきながら私も純也ともうちょっと一緒に居たいんだよねぇ」

 廣樹が何かを閃いたような顔をすると純也に言った。

「――あ、そうだ! どうせ二人とも親に泊まるって言うならさ、純也と奈那はどっかのラブホに泊まれば良いじゃん! 朝まで一緒にいれるし、風呂も入れるしさ!」

「――ひ、廣樹! お前、ば、ば、馬鹿な事ばっかり言ってんなよ! 奈那の事をなんだと思ってるんだよ!」純也が焦った口調で言った。

「……いや、普通に純也おまえの彼女だけど……」

「……それはそうなんだけど……いや、そうじゃなくてさ……」純也が肩を落とした。

 純也はジュースに手を伸ばすと口をつけた。

「……私は……純也が行きたいなら……別に構わない……よ?」とお、奈那が照れながら俯くと小さな声で言った。

 それを聞いた純也が口に含んだモノを吹きそうになり、必死に口を押さえた。

「……ほら、純也が好きだから奈那は構わないってさ。純也の好きな諺でもあるじゃん? はい、据え膳食わぬは?」と、廣樹が純也に訊く。

「……男の恥」純也が照れながら言った。

「そうそう、まさにそれ! じゃあ、あとはお二人で仲良くね!」

 この後、純也達に調子に乗るなと怒られるはしたが、廣樹と京子は玄関で二人を見送ると部屋に戻った。

「……ほんと、先輩が泊まるとか言った時は焦ったよ。こんな下着を着けてるのバレたら……絶対にしばらく揶揄われるもん……」京子が安堵の声を漏らす。

「――え? 今日……どんな下着を着けてる……の?」廣樹が下着というワードに食いついた。

「ん? ……気になるの? じゃあ、二人とも今日は早くお風呂に入らないとね?」茶化すように京子が言った。

「……京子ってさ、こんなにエッチだったっけ?」廣樹が照れながら言った。

「誰かさんに付き合ってる内に……染められたのかもねぇ」廣樹の頬にキスをしながら言った。


 ――翌日正午過ぎ――

 廣樹と京子は二人のバイクが停めてあるガレージに向かい雑談しながら歩いていた。

「……アイツ等ちゃんと来るかな? 北村達は一時間前くらいから居そうだけど……」廣樹が言った。

「一時間前って……だって二時でしょ? 流石にラブホのチェックアウト済ませてランチしても余裕でしょ?」と、京子が笑いながら言った。

「それもそうだな。まだ時間あるし、ちょっと遠回りしてツーリングしながら向かうか?」

 人差し指に嵌めたキーリングを器用にクルクルと回しながら提案した。

「あ、それ賛成! じゃあさ、八木山経由で行こうよ?」

「――了解。じゃあ、向かいますか」

 二人はガレージに向かってどちらとも言わず駆け出した。


 予定の十五分程前に喫茶店に着いた廣樹達はバイクを停めながら会話していた。

「やっぱり京子は綺麗にワインディングロードを走るな、後ろで見とれそうになったよ」

「ありがとう。でも廣樹、私に見とれてセンターライン超えたりしないでね?」

「流石に京子がいくら可愛くても……それは俺もマジで勘弁だからさ」

 二人はお互いを見てケラケラと笑った。

「それにしても今日はバイク多いな。ゼファーにアメリカン二台と……何……この原チャ三台……」

 廣樹が停まっている原チャを見て少し顔をヒクヒクした。

夜露死苦ヨロシク仏恥義理ブッチギリは読めるけど……鬼魔愚零ってなんだ?」

「……きまぐれ」と、京子が小声で言った。

「……ああ、なるほどね。きまぐれって読むんだな。今時、随分と気合い入った原チャ小僧が来てるんだな」廣樹は笑いながら言った。

「……いや……小僧……じゃないかも……」京子はまるで心当たりがあるような口調で言った。

「――え? もしかして……ま、良いや。とりあえず入ろうぜ?」

 二人は店内へと入って行った。


「――いらっしゃいませ! 何名でしょうか?」店員がお決まりの台詞で聞いてきた。

「……えっと、最終的に十名なんですが大丈夫ですか? 無理なら六名、四名でも近ければ良いんですけど……」と、廣樹が店員に訊いた。

「では、こちらへどうぞ」

 店員に案内され通路を歩いていく、途中で木村達と目が合う。

「よう、こっちだから席を移動して」

 廣樹がそう言うと北村達は席を立ち、水をもってロールプレイングのパーティーのようについてきた。店員におそらくこの店で一番大きいと思われるテーブルに案内された。

「こちらの席でいかかがでしょうか?」

「あ、大丈夫です。ありがとうございます。あとドリンクバー十個、この三人が頼んでいたら七個で良いです。あとは他は必要になったら呼びますね」廣樹はそういうと店員に軽く会釈した。

「――ほら! 北村達おまえらから奥に座れよ」

 廣樹に言われるままに北村達が奥に詰めていく。北村、倉井、海江田の順番に座り、廣樹が海江田の横に座ると京子が立ったまま話かけてきた。

「私、ちょっとお手洗いに行ったら、多分、もういると思うから後輩達を探して呼んでくるね」

 廣樹は京子を見て笑顔で頷くと北村に話しかけた。

「ねえ、灰皿何個か取って」

 北村は何も考えずに灰皿をテーブルの上で移動した。受け取った廣樹がみんなの前に並べるように置いた。

「い、今から来る子って……煙草を吸うのか?」

 倉井が廣樹に訊いてきた。

「いや、知らない。吸うなら置いた方が良いかなって思っただけ」

「……あ、ああ。なるほどな」

 その時、京子がタイミングよく戻ってきた。

「お待たせ、ほら、あんた達さっさと座りなさいよ!」と、京子が後輩を急かす。

 何処か不良の香りがする三人の女子が順番に奥へと詰めて座っていく。北村達はそれをニヤケながら見ていた。タイミング良く純也達も到着した。

「イテテテ」純也が腰をさすりながら廣樹の横へと座った。

「なんだよ腰が痛いのか? 仕方ねえな、場所変わって俺がドリンクバー持ってきてやるよ」

 そう言って廣樹は純也と場所を変わった。立ち上がった廣樹が男子、京子が女子のドリンクを聞くと取りに向かった。

「――奈那先輩! 今日はありがとうございます!」と、奈那の後輩はハッキリとした声で挨拶した。

「……いや、今日はお前らが主役だから私達には構わなくて良いよ」奈那が後輩たちを見ながら言った。「と、言うよりは……むしろ、純也いるから構って欲しくないし……」と、小声で言った。


 自分の前に各自のドリンクが並ぶと各々に自己紹介を始めた。

「純也、腰をそこまで痛めるって昨日はどんなプレイをしたんだ? それとも何ラウンドも頑張っちゃった? もう、お盛んなんだから……」廣樹が純也の耳元でぽそりと言った。

「――ちげえよ! 奈那が服を色々見過ぎて遅刻しそうって急いでさ、エスカレーターで躓いた奈那を支えた時に変に捻っただけだから!」

「……なんだ、つまんねぇの。でも、純也は優しいな、人に振り回されるの嫌いな純也が、ちゃんと彼女が服を見るの付き合ってさ。ちゃんと彼氏してるじゃん!」

 純也は一瞬きょとんとしたが、軽くウインクすると笑顔で言った。

「誰かさんが俺の前で彼女に優しいからさ。色々と学んだんだよ」

「――ちょっと! 廣樹達、さっきからみんなの話ちゃんと聞いてるの?」と、京子がちょっと怒り気味に言った。

「いいや、聞いてないよ。だって今日の主役はこいつ等とこの子達だろ?」廣樹が笑顔で言った。

「……そりゃあ、そうだけどさ。でも、だからって二人とも彼女をほっといて良いのか?」奈那が口を尖らせて言った。

「お二人にはもう王子様がいるだろ? プリンセスが王子様とイチャイチャしたら纏まる話も纏まらないんじゃないの?」純也が奈那にウインクして言った。

「……確かに……それもそうか……じゃあ、私達は向かいの席に移動しよう」奈那が向かいの席を指さして言った。

 

 向かいの席に移動すると廣樹と純也はポケットから煙草を取りだし、火を点けると紫煙を吐いた。それに気づいた海江田が叫ぶ。

「――おい! お前ら何を吸ってるんだよ!」

 それに対し、純也達は二人して軽い舌打ちをする。

「……うるせえな、お前ら不良だろ? たかが煙草くらいでピーピー言ってんなよ。お前らだって隠れて吸ってるだろうに……」と、純也が面倒臭そうに言った。

「――そうだよ! 目の前に可愛い子いるんだからそっちと話しとけよ!」と、廣樹が顎で京子達の後輩をクイクイっと指して言った。

 それから廣樹は何度か北村達をチラ見していたが、三人は緊張しているのか、変にカッコつけてイマイチ話が盛り上がらない。

「……俺ら邪魔になるし、そろそろ行くか」廣樹はそう言って立ち上がった。

「……それもそうだね」と、京子が廣樹に続いて立ち上がった。

 純也達がレジへと向かう。

 廣樹は京子の後輩達が座るテーブルの前に来ると笑顔で言った。

「こいつ等さ、緊張してるけどこう見えて根性あるし、彼女になったら優しくしてくれると思うよ……たぶん。……保証は出来ないけどね?」

 それを聞いて京子の後輩達がクスっと笑った。

「おまえらさ、折角、可愛い子が目の前にいるんだからさ、もっと自分の事を話せよ? 人生で三回来るチャンスの三回が目の前にいるかもしれないんだぞ? 心配するなって! よく知らないけど、奈那に比べたら三人ともきっとお姫様みたいなものだからさ……。じゃあ、また明日学校でな!」

 廣樹はそう言ってレジへと足早に歩いて行った。

『三人とも頑張れよ、俺も勇気を出して京子との関係が始まったんだ。お前らが楽しい高校生活を過ごせるように祈ってやる!』と、そんな事を思っていた。

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