火のなかの氷をさわるような8
「解ったよ、悪かったって、もう黙って出掛けない本当信じて、心配掛けて悪かったよ」
二人に詰められる形で部屋に入るなり叱られたのだが、二人とも本当に心配していたのだろうし、何処かに出掛けてはもどってを繰り返していたようだった、そんな様子が部屋の様から見て取れる。
「まさかあなたがまた居なくなったなんてカミーユに知られたら、どうなるか」
はは、どうなるかって逆さ吊りにでもするかな?と頭の中でカミーユを思い描く。遣りかねない。しかも目の前のアンバーも同じ事をしそうだと腹を括り、ベゼルがアンバーを見上げた。
怒っているようには見て取れない表情から意を決して口を開いた。
「あ、のさ…羽をどうにかできそうなんだ…手を貸してくれないか?」
ベッドの上で正座していたベゼルの頭上に二人の顔が表情を失って見下ろしている。
「ライナス、でしたっけ?」
「会ってたのか?!」
わーお、浮気した時ってこんな風にきっと詰められるんだね、いい経験だ、俺、絶対に浮気はしない。と心に決めてからベゼルは小さく頷いた。とはいえ、教えてくれたのは父親?なのだがとは更に言えない。
「いや、あ、はい、すみません。あの、よく知っている事がおおそうだったので…」
「それで?」
一生体験することは無いと思っていたシチュエーションを体験しながら、背中に今までにかいたことの無い汗がどっと噴き出てきた。
「さ、捜したい人物が、その、フェルナンドっていうらしいんだけど」
はぁー、と長い息の後に頭をかき揚げる音が続く。
「どこに居るんですか?」
「さ、さぁ?」
へ、へへと笑ってみるとアンバーの顔から表情が取り除かれ、凄い圧力で見下ろしてくる。正座のままの足がピリピリとしびれてくるのが自分の体重のせいか、はたまた、この圧力のせいか悩む所だ。
「…じゃあ見た目とかの情報は?」
ごくりと唾を飲む音が響く。サルバトスが今度は圧力をかけてくる番のようで、ベゼルは渇いた笑いを浮かべるもので精一杯だ。
「ご、ごめん…その…迷惑だろうから一人で捜すわ、カミーユには俺は…行けないって」
「馬鹿おっしゃい、あなた一人で人捜し出来るわけ無いでしょう、何のための商会だと思ってるんですか」
使える物は全て使うんですよ!
と言い放ったアンバーの宣言通り、僅か2週間足らずでだいたいの情報がアルセール商会の一室へと集まってきた。
「多種多様な方々ですね」
職業地域勿論年齢に至るまでもが全てバラバラなものが何万と集まり、ここから虱潰しにと考えたところで、一人で捜してたら何年掛かってたことやらとベゼルは呆然と資料を眺めていた。
「地域毎の支部に全員当たるように言いつけてある、暫く待てばもう少し絞れるだろう」
なんて言われて待てるわけもなく、手近な所の数枚を手にした。
「これ結構近いから、俺行ってみようかな」
近いとはいえ数日はかかる距離だな、野営の準備が必要だなと頭の中で計算しながらアンバーに近いよとアピールしてみた。
どうせ止めても聞かないと括られ、3人で連れ立って行くこととなり、町までの短くは無い道すがらベゼルは整合性の取れない西大陸と東大陸の話しの矛盾点を探すためにあれこれと二人へ質問をし続けた。
東大陸には魔獣は居るのか等など。
尽きぬ質問にアンバーがウンザリし始めた頃、漸く町のシンボルのような塔が見えてきた。
「突端が閃光してる」
「はは、まさか捕まってたりして」
縁起でも無いと3人で顔を見合わせてから頭を振り、揃って出た言葉が『(魔王)父親?がまた来たりして』だった。
流石に笑えない。荷物を宿に置いてから夜なるのをじっと待つ。言葉少なに食事をし量が少なかったとだけ零して塔の見える部屋から外を見る。
依然として発光し続けている。夜の闇に浮かぶ明けの明星のように輝く様は美しいシンボルのようだ。
部屋に頼んでいた軽食を運んできた女将が外の光を眺めているベゼル達を微笑ましそうに見て、こう言った。
「お客さん、塔の光を初めて見るの」
「いや、何度か見たことはあるが、ここのは格別だと思ってね」
ベゼルが人当たりの良い笑みを浮かべながら返すと面白い事を教えてくれた。
要約するに、あの光は友好の証なのだとか、誰でも入れるし誰でも中の人と会話も出来る。
そんな塔は今まで無かった。道中も光っては居なかったが塔は何本かあったが昼間そこへ入ろうとすると兵士が来たり、近隣の住人に止められたり、それを考えれば不思議な塔へと吸い込まれるようにベゼル達は散歩するかのように出掛けていくと、確かに何人かが楽しそうに塔から出てきた所に遭遇した。
「おや、今日はもうご就寝だよ、明日おいで」
と、まるで友達が寝ていることを告げるかのような軽やかさでやって来たベゼル達へと告げて彼等は去って行った。
扉は、勿論押したら簡単に開いた。
「寝たらしいし、明日にしよう…変な声も聞こえないし」
あの、狂ったような声ではない。静寂。
ベゼル達は塔のらせん階段を見上げてから扉から出た。
「扉、急に閉まらなかったですね」
サルバトスが警戒して扉に石でつっかえしていたが、青く閃光する事も無く、急に閉まることも無かった。
不思議に思いながらそっと扉を閉めてまた宿へと戻る、背後、誰かが見ていたような気配にサルバトスが振り返ったが、そこにはただ、静寂だけがぽつりと佇んでいた。
朝明けの寒さに毛布を頭まで被ってから、ベゼルが宿の下の水場へと向かう。しんっと静まる宿の中にはパンの焼ける良いにおいが立ちこめている。
宿の娘がベゼルと顔を合わせて、パッと赤らめてから何処かへと焼きたてのパンと何か沢山籠に詰めて出て行った。
「朝からピクニックかな?」
そんな一言に女将が、やだわ~違うわよ塔へ持って行ったのよ。なる程、ここの塔の住人は恵まれているなとベゼルは再び塔を宿から見上げた。
来たときより変わらぬ閃光が眩しいほどだ。
「ごめんくださーい!」
ベゼルの声が塔のらせん階段を駆け上がる。上からは開いてるよ~と気の抜けるような返事が戻ってきて、3人でそろそろと登っていった。
清掃されていてよどみの無い部屋の隅にあるキッチンでお湯を沸かしていた人物が此方を振り返る。
「宿の子、アンフィーに聞いたよ、始めまして」
何を聞いているのか少し身構えたが、次の言葉に脱力した。
「銀狼ベゼルって君でしょ?!サイン欲しいってあとハグ、何か人気者だね~そんな君が何のようかな?」
良い香り、恐らく高級な茶葉をサッサッと手慣れた手つきで茶器に沈めていく。
恵まれている。ベゼルがフツフツと湧き出る苦い記憶をガツンと噛み潰して顔を上げた。
「俺、昔塔に住んでたよ…色々あって今は旅の商隊に身を寄せつつ護衛とか雑用してるんだけど」
一度言い淀んでから、顔を上げると間近に顔があった。
「うん?ど、何?」
「俺がいた…塔は…こんな自由が無かったから…なんでかなって…」
鼻先に温かい芳醇な香りが置かれ、それを手で受け取った。不釣り合いなほど古めかしい塔の内部と、芳醇な香りがマッチしてベゼルを混乱させていく。
「………」
暫く、言葉を探してから彼は忘れてたというようにお茶を口に含んだ。
「塔は危険な物ではないよ…恐らく君にとっても、後ろの二人にとっても、誰にとってもね、正しい術式を刻み直せば2、3日塔を離れていても町には被害は無いし」
「は?」
間抜けな声だな、あ、俺の声かとベゼルが口元に手を宛て塔の人物を見る。
「…君の話を要約するに、君は古いタイプの塔の住人だったみたいだね、僕らは新しい術式を組み込んだ塔によって衰退する東大陸を支えているのさ」
目の前の人物が不思議な笑みを浮かべて三人を見つめてから手を差し出してきた。
「僕はリチャード、この町の統治者だよ」
外れた、フェルナンドでは無いのか、という空気が三人をさっと包み込んだが、何を知る人物なのか、相手の出方に倣うことにした。