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 緊張した横顔というよりも疲れ切った表情を浮かべている覇気の無いようなその背後から勢いよく背中を叩いた。

 叩かれた男は面食らった様子で振り返り相手を確認しては沈んだようにも見える表情を浮かべていた。

「祝いの席だってのに、しけた面だな」

「カミーユ、よく来た」

 歳を重ねて重みを持ち合わせた顔付きのアルゴットが正装したまま、その時を待っている。

 お互い特に話すことはなく、少し雑談した後、カミーユは本題を切り出した。

「今しか聞けないから聞く事がある、もし、お前の中に居る人物が生きているとしたら、お前はどうする?」

 望んだ答えを、告げてくれるだろうか。目の前の男は目を細めて笑った、その顔を見て早くこの呪縛から解いてやろうと。

「もし生きていたら、今度は一人では行かせないよ」

 何処へとも聞けなかったが、一人向かう先の聖堂にある王冠に忌々しいと言う顔を向けてから後にした。

 何がそんな顔をさせるのか、時間まで待ちに取ったホテルの一室に戻り考えた、答えはもう、恐らく目の前にある。

「ベゼル、アルゴットの事…あれは」

「解ってる、そういう契約だったんだろ」

 ベッドの上でゴロゴロとして本を眺めているベゼルが戻ってきてから椅子に座ってベゼルを見ていたカミーユへと返事をする。

「俺の話は前にしただろ、塔でアルゴットが先生として来てた。それだけだ、それで最後、どうしてもその生活が嫌になって増水した川に堕ちた、俺はあんたらに拾われて良かったと思ってるよ」

 鼻唄でも歌うかのように足をパタパタと動かしながら寝そべりつつ見ていた本を持って急に起き上がった。

 キラキラとした表情で本のページを開きカミーユへと見せている。ここを見ろとでも言いたいかのような行動にカミーユが本を引く。

「これ!食べに行く時間あるかな?」

 食に貪欲。拾って目が覚めて商隊の料理人が作った料理を今のように目を輝かせて何人分平らげたか。ご飯楽しい。そんな一言に驚きつつ旅先に名物があれば食べさせてやったりしていた結果がなす物だとしたら、緊張感の無いかのようなこの振る舞いに何か助けられる物がある。

「ここの名物じゃねーか、晩餐会で出るぞこれ」

「いーや、町の方が絶対美味いに決まってる、明日昼、これ喰おう!」

 キラキラキラキラ。目を輝かせて本をめくる。この姿をずっと傍で見続けていたら惹かれる物があるのだろうなとカミーユが何とも無しにベゼルの頭を撫で、ハンガーに吊されてた正装を投げた。

「時間だ、用意しろ」


 三日三晩開かれる晩餐会と舞踏会。新しい王のお披露目を含め行われる。出席の返事を出した所、アルゴットから宿泊先を城にしないかと打診があったが、ベゼルを連れて行く手前もありそれは丁重に断りを入れた。

 そうして暫くぶりにやって来た城の入り口では大層な従者が誰が来たのかを読み上げていく。

 アルセール商会代表、アルセール・カミーユ・ルヴァンと供のベゼルと。

 女達の顔付きが、下級貴族とは違う反応をし、やって来た二人へと注がれる。

「アルセール商会の代表は隊の銀狼を連れてきてるみたいだ」

 初めて見た。本当に銀色の髪なのね。綺麗な方。そんな声なんて聞こえていないのか、きょろきょろと辺りを見回すベゼルは相当この場からは浮ききっていた。

「陛下、噂をすればアルセールの者達が来たようですよ」

 階段の下、ホールで高い天井を見上げるベゼルを背後からカミーユが声を掛けて何かを説明している様子が見て取れる。

 何処か懐かしい人を思い出させる顔を見ながら顔を知るだろう大臣へと尋ねた。

「隣の銀髪の者が、ベゼル?」

 名前も同じかと面白そうに階段を下りる。ざわつくホールに目もくれず壁画を説明していく。その姿を見て懐かしく思う。

「ベゼル」

 声の主が直ぐ後ろの背後からでは無く、少し離れた所からで、誰が呼んだのかと二人できょろきょろと見渡す。周りの人間が傅く相手なんて一人しか居ない。彼が近寄りカミーユも礼儀に倣って頭を下げるのと同時、カミーユの大きな手がベゼルの頭も下げさせた。

 首がもげる。一瞬の衝撃にベゼルが苦痛に上からは見えないだろう目元で痛みを訴えるが、カミーユも何かを待っているようになかなか上げない。

「あ、すまない、みんな談笑の邪魔をしてしまったね、顔を上げてくれないか?」 

 その一言を待ってから再びホールが、彼の周りが賑やかになる。

「流石、オウサマだな」

 皮肉を込めたカミーユの言葉を鼻で笑い、未だにカミーユに押さえ付けられているベゼルの頭から手をどけさせた。

「銀狼…一度見てみたかったんだ、彼はなかなかこの国には来ないからね」

 顔を上げて良い物か、逡巡したがカミーユも何も言わないあたり上げた方が良さそうだと判断しゆっくりと顔を上げた。

 彼を少し見上げる位置に目元が来る。

「…」

 息を飲んだのはベゼルではない。


 時間が止まったかのように少し開いた口元が何かを呟いた。聞き取れるのは、なんで、だろうか。

「あの、アルゴット…その…」

「ベゼル、『陛下』だ、名前は呼ぶな」

 小声でカミーユがベゼルに聞こえる程度の大きさで告げてから、呆然としている彼を二人で見守った。

「陛下」

 三人で立ち竦んでいた所に従者が来て彼の様子が違うことに気が付き肩に手を触れる。漸くはっと我に返ったように従者に取り繕ったように笑いかけた。

「すまない、少し休みたい…彼等も案内してくれ」

 そう言われ控え室に進むと控えていた従者が何事かと駆け寄るのを手で制した。

「下がってくれ…それから…人払いも頼む」

 具合の悪そうな顔に全員が渋々しかも何故アルセール商会の者達だけを残してという顔をして全員が下がったのを見て彼が面倒そうに扉に鍵を掛け、窓と言う窓を総て閉め切った。

「すまない、余り周りに聞かれる訳にはいかないからね」


 それから、たっぷりと時間を掛けて彼はベゼルを頭の先から爪先までもを何往復も見返した。

「何故今まで黙っていた?」

 見終えてから恨めしそうにカミーユを上から見下ろすように見つめた、実際並べば解るが、アルゴットの方がカミーユよりも背が高い。睨まれるような目つきにカミーユは目を逸らしてからボソリと呟いた。

「忙しかったんだよ、西大陸の動向やらなんやら…お前の所のは比較的安定してるから、余り気を配る余裕が無かったんだ。」

「それを言われると、なんとも、北大陸との国交ルートを切り拓いて貰った礼をしていなかったな」

「スノーフィリス航路の開拓なんて十数年前の話じゃねーかよ…おっさん呆けたのか?」

「あぁ、呆けた。昔、ベゼルと言う有翼種のハーフの教師をしていたらしいが、どうやらキノセイだったようだ、改めて、始めまして銀狼ベゼル」

 何処か吹っ切れた顔のアルゴットを前にカミーユとベゼルが一度顔を見合わせた。

「知っていたのか?!何を何処まで?!言える範囲で教えてくれないか?!」

 捲し立てるように二人が正装の服を掴んで揺さぶる。一二度ガクッガクッと頭を揺らされ、いい加減にしろと一喝してから、乱された服を直しつつ二人を見直る。

「当たり前だ、素性知らずを相手に出来るか?紛いなりにも王族が直接教える相手だぞ?」

 縋るような目でこちらを見てる、その目はヤメロとアルゴットの脳内を駆ける中、追い打ちを掛けるような言葉が続いた。

「頼む知っていることで言える範囲で構わない、アンバーも俺の事知ってから里?に帰っちゃったし…俺、俺の事…知りたいんだ」

 どう映ったのか、ベゼルの頭をくしゃりと撫でた手つきは幼い頃褒めて貰ったときの優しい手つきのままで不安なる。

「遠縁の子を預かることになった、体が弱く部屋から出せないから教師として来て欲しいと連絡があった」

「ミゼル王妃からか?」

「いや、正確にはヨーシュ国王からで内々に頼みたいと」

 カミーユが国王から?と疑問に思う事を口にし、うーんと唸りながら話を続けるように促した。


 一纏めに話を聞いてから、力が抜けた。

「はは…良かった…他に俺、家族とか…居るんだ…」

 足元から崩れるかのように床に座り込みほっとした顔を二人に向けた。

「俺、探したいな…」

 何をとは聞かずアルゴットは床に座り込んだまま呟いたベゼルへと手を差し出す。一度躊躇ってからその手を掴むと急激に重力を失ったかのように引き揚げられた。

「西大陸だ」

 目の前、アルゴットが力任せに引き揚げたベゼルが少しよろけながら自分の足で立った後に、ゆっくりと手が離れた。

 この手を拒んだのは俺だったなとベゼルが離される手前で掴み直した。

「教えてくれてありがとう」

 何処かで糸が切れたように、アルゴットの目から一粒、二粒と涙が溢れて床を濡らす。一筋の流れが頬を濡らし部屋に満ちた言葉にベゼルは下を向いた。

ー何て、残酷な奴に成長したんだろうなー

 手をそっと離し、ベゼルは部屋を抜けた。しっかりと言いつけが守られているのか、通り一面の見える場所には兵士もメイドも従者の姿もなく、その場にずるずるとしゃがみ込んでも誰にも咎められない事を良いことに、へたり込んだ。

「残酷か、俺…周りの人に迷惑ばっかだな~…」

 ここは閑かだな、昔、塔の中も閑かだったよ。あの時は何とも思わなかったけど今は体より心がキツイ、きっとあの一言は、ずっと言いたかった言葉なんだろうな。残酷で身勝手、自分本位。


「カミーユ、知ってるのは全部話した…でも1つずっと引っ掛かっていたのは塔の入り口に紋章が刻まれていた事なんだ、あれは、防魔大戦の時に使われていた古い魔法だと思う」

「つまり?」

「古い有翼種の一族は何かベゼルに関することを知っているかもしれない」

 俺はここから離れられないから後は頼んだよと続き先に部屋を出るように言われた、言われたとおり部屋を出て更に先に出たはずのベゼルを探す。

 晩餐会の会場、ダンスフロア、ダンスフロアの横にカーテンによって仕切られた控え室と言う名の密会場所。

「いねぇ」

 駆ける嫌な予感にアルゴットの部屋の扉を叩き居ない事を告げて町の宿に戻ること、そこにも居なければ直ぐに捜索に出る事を話し、足早に出て行った。

 その後ろ姿をもう追えないし、追う気力も無く、アルゴットは晩餐会の会場へと足を向けた。賑わう会場に姿を現し、その外、叫ぶ男の声を掻き消した。


「荷物…あいつ…」

 宿では脱ぎ捨てられた正装の衣装がハンガーにも掛けられずベッドの上に放り出されていた。

 どれ位前に帰ってきて出て行ったのか宿の亭主に尋ねても二人は顔を見合わせた。

「変なアビリティ能力鍛えやがって!ぜってー見付ける巫山戯んなよ」

 さっさと宿の支払いを済ませ、荷物をまとめて外に、城壁の外を目指した。

 行く先は恐らく西大陸。西大陸に向かう船が出ているのはここから1週間は走り抜けねばならない港町にある。

 途中で隊を拾っていたら間に合わない事を算段し、伝令用に支店に立ち寄った。

「少人数の手勢を連れて西大陸に向かえ、一足先に行く」

 短い言葉に含まれた物を読み取る程度には鍛えられている。


 後は追い着くかどうかだ、とカミーユは馬の腹を蹴った。



 


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