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blue world  作者: 遠藤御園
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Episode 0-01 私と沢良宜七見

 結局、私が一時限目に間に合うことはなかった。

 道路に飛び出した同じ学校に通う男子生徒を気に掛けることがなければ、別に私が遅刻する理由はなかったんだけれど、それでも、私には彼を無視することは出来なかった。彼は彼で、あれから私の顔を見ようとすらしなかったが、いっそ清々しい無関心ぶりだと私は感嘆するのだった。彼からすれば私は同じ学校に通う女子生徒だとはいえ、知らない人間であることに違いないし、お互い様であるし、彼が私に気を遣う義理なんてないことは明白だった。

 だから二人揃って、無言で交番を後にした。

 事故は、有耶無耶になったというか、当事者の一人である彼を危うく轢きそうになった運転手が有耶無耶にしていったというか、これは悪い意味ではなく、限りなくいい意味でなのだが、取り敢えず粘着質に示談やら治療費やら慰謝料やらの話にならずに済んだ。当初、運転手は己に非がないことを全面に押し出しつつも、交番から掛けてきた警官にはかなり協力的であり、最終的には男子生徒に名刺を差し出して、何かあれば連絡して欲しいと謝るほどだった。加えて、治療費を出し惜しみするつもりはない、まあ君も僕も大した怪我をしていないけれどね、と軽口を言えるくらいには精神的に回復しているようだった。スケジュールが押しているらしく、彼は忙しく車に乗り込んで去っていった。

 それから三○分。通常一五分かかる道のりを、およそ二倍の時間をかけて学校へと向かった。彼の腕の中にはタオルケットで包まれた、もう動くことのない子猫が抱かれている。彼が助けようとして、助けられなかった結果の、亡骸が。

「墓を作ってやろうと思うんだ」

「え?」

 急に話し掛けられたので、反応が一瞬遅れることとなった。背が高くて背中が広い彼は私の一歩先を歩きながら、独り言のように、でもそれにしてはボリュームが少々大きいくらいの声で続ける。

「こいつが何処でどんな風に生きてきたかは分からない。それほど長くは生きてないだろうけど、だとしても誰でも故郷と呼べる場所は持っている。たとえそれが自身の生まれた土地ではなかったとしてもだ。こいつのそれが何処かは残念ながら俺には分からない。だから適当に学校の裏庭にでも埋めてやろうと思うんだ。どうだろう」

「はぁ」

 と、そこまでいって、やっと彼に気を遣われているのだということに気がついた。何か返さなければ、何を返せばいい、誠意か? それとも冗談か?

「いいんじゃないかしら。きっと恩返しに化けて出るわよ。『猫耳メイド、お兄ちゃんにご奉仕するニャン』とかいって」

 ここで迷わず冗談をチョイスする辺り、全然いい女に徹することが出来てなかった。

 そして遠慮なく蔑みの視線で私を見る彼は圧倒的に正しいのだろう。

「随分と変わり者の女子が通ってたんだな、この学校は」

「随分と付き合いの悪い男子も通ってるわよ、この学校は」

 ふと彼と目があって、彼が苦虫を噛み潰したような表情をするから、私は一人で吹き出した。



 / 私と沢良宜 七見



 たかが学生の身で重役出勤とは贅沢なヤツだ、と沢良宜 七見(さわらぎ ななみ)は左手でペンを回しながら溜息を吐いた。この女、低血圧で朝に弱く、たまに登校後までその機嫌の悪さを持ってくる暴君のような駄目人間なのである。なので遅くに学校へ着いた私が相当羨ましいだろうことは想像に難くなかった。想像も何も見たまんまだし。

 黒髪のショートボブがさらりと流れる、眉目秀麗のメガネっ娘、ついた仇名は学年二位。

 私より家が近い癖に、と非難する気満々の目つきなので、こちらは利口に避難しようとするものの、もうすぐ二時限目が始まってしまうからそういう訳にもいかず、仕方ないので指定席である七見の後ろの席に腰を下ろした。革鞄は机の脇に掛けず、無造作に床に落とす。

「バスに電車に、乗り継ぎを何度すれば高校まで辿り着けるのよ。中学時代は本当、学校近くて幸せだった……辺鄙な地方都市なんぞ非核大戦が勃発して滅びればいいのに。アンタみたいな社会不適合者Mk−IIは前線に放り出されればいいんだわ」

「私は汎用試作型モビルスーツだったのか……?」

「ごめんごめん。Mk−IIじゃなくてSK2だった」

「ああ、化粧品の方ね」

 それじゃあ戦えないじゃない。

「それはともかく、アンタ一体何してたワケ。ゲームの発売日だったとか抜かしたら大外刈りかシャイニングウィザードのどちらか選ばせてあげる」

 ゲームの発売日でない場合は巴投げかブーメランローリングクラッチホールドのどちらかを選ばせて貰えるとのこと。というか後者の場合はトップロープの代わりにどこへ飛び乗るつもりだこのスタンガン娘め。

「別に。朝っぱらから嫌なもの見ちゃっただけよ」

「そう」

 やはりそれほど興味がなかったのだろう。それとも私の心情を読み取ってくれたのか、それ以上詳しく聞きだそうとはしなかった。七見はまた左手でペンを回し始め、一呼吸置いてから、

「アンタと一緒に登校したあの男は誰」

 全然興味を持っていた。

 というか二人きりの恥ずかしい登校風景を見られていただと……!?

 ……別にそれほど色めいた会話をしていた記憶はないんだけれど。

「見られていたのね。……実は――――、」



「たいへんたいへんたいへ〜んっ☆ ママったらどーして起こしてくれないのったらくれないのぉ〜!? 大遅刻決定よ〜☆ (以下エンドレス)」

 少女は一枚の食パンをくわえながら道路を駆け抜ける。セーラー服のカラーやスカートのプリーツはばっさばさ、髪を振り乱して鞄を抱える格好は十二分にはしたないものではあったが、少女の生まれ持った可憐さが何もかもを許容していた。

 急な曲がり角を右に折れる。少女の意識は遅刻した失態のみに向けられており、当然前方なんて確かに見えていなかった。そんな彼女の目の前に突然、大きな壁が現れた。

(あっ―――危ないっ!)

「きゃぁっ☆」

 どっし〜ん。

 壁に当たってはねかえる少女。尻餅をついて痛みに悶えるうちに、壁の正体にやっと気がついた。

「だ、大丈夫ですかっ!?」

「へ??」

 そこには何と、超がついてTHEもつくような、少女漫画的美男子が立っていたのだ。

 少女の心臓がきゅうん♪と高鳴る。ハートビートが激しくなっていく。

「……お怪我はありませんか?」

 手を差し伸べられた少女は無我夢中でその手を掴んで起き上がる。このままの体勢では自分のパンツが丸見えであることに気がついたからだ。少女的に訳すならば、イヤ、そんな情熱的な視線で私のパンツを見つめないで、といったところだろう。

「わわわ、私はもう行きますから! 遅刻ですから!」

 そんなテンパリ度120%の乙女チックモード全開でいい訳しながら少女漫画的美男子の情熱的にパンツを見つめる視線から逃れる少女。何だろう、これでは痴漢から命からがら逃げ出したみたいな描写になっているのは気のせいだろうか。

 彼が何かを自分に叫んでいることに気がついていたが、少女は振り返ることなく、全力疾走でこの場を去ったのだった。しかしこの後、少女が再び彼と衝撃的な出逢いを体験することなど、知る由もなかった。



「―――という経緯がありましてな!」

「……長い。三十五点」

「何故か評価されてる!? すげえ辛口だなしかし!!」

「個人的には冒頭でくわえていた食パンはどうなったのかが知りたい」

「個人的意見でダメ出しが入った……!?」

「パンツ見られたくらいで顔色を変えるとは思えないしね、アンタ」

 元も子もねえよ。

「で」

 ―――あの男は一体全体、誰だったワケ。

 全く以て誤魔化し切れていなかった。

「誰だっていいじゃない」

 と答えるのは如何にも何かありそうな物言いだし、

「親戚よ。従兄弟(いとこ)従兄弟(いとこ)

 と言えば、何で同じ学校に通っていることを今まで隠していたのかと訊かれるだろう。だったら、だったら―――あるはずだ、私だけの、たったひとつの冴えたやり方が……!!

「―――セッ○スフレンドなのよ!!」

 途方もない台詞がまろび出た感じだった。クラス中の視線を一身に浴びることがあるとすれば、きっとこんな時なんだろうなぁと他人事のように思う今日この頃だ。

「………………」

「………………ふ、誤魔化せたか」

「……………………ただの友達と言う選択肢はなかったのかしら」

「…………………………ああ。……そういう系、ね」

 丁度良かったのかキリが悪すぎたのか判断が難しいところではあるが、その時二時限目の教科担当が教室に入ってきた為、お喋りもとい暴露コーナーは中断、追求は次の休み時間へ持ち越しとなった。まず第一ラウンドはイーブンだろう。猛攻を防ぎきった功績は大きい。自尊心を満たす戦果に気が良くなって、窓から青々と広がる大空を見上げた。雄大な空。素晴らしい。前へ向き直す。数学。素晴らしい。何となく気になって、ふと後ろの国府津くん(趣味は刺繍。好きなグラビアアイドルはリア・○ィゾン)を振り返ってみると、不自然なほどあからさまに視線を避けられた。先ほどの羞恥プレイな会話が相当尾を引くのではないかと思われた。

ヒロインの名前が出ないのは仕様です。

嘘だ。どうしよう、筆が遅い。

次話はもっと早く卸せるようにしたいです。


子だくさんな夢を見た朝  遠藤御園 

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