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blue world  作者: 遠藤御園
1/3

prologue

 あをい空が遠くまで続いている。

 深く、深い、あを。

 まるで海底に沈んでしまったかのよう。

 でも魚もイソギンチャクも人食いザメもいない。

 誰もいない。

 いや、ひとりだけ、いた。

 無感動で無感慨、世界のなにもかもに興味がないとでも言いたげな瞳をして。

 気取っているのだろうか。

 気取っていると決め付けて、ドロップキックをかましてやった。

 すごい顔をされた。

 大口開けて罵詈雑言を吐かれた。

 凄まじいまでの迫力を受け、うっかり「弁論部にでも入ればいいのに」とか火に油な発言をしてしまう。

 とてもすごい顔をされた。

 ああ、楽しい。


 いつまでもこうして、二人で、笑っていられることを―――祈る。



 / blue world



 私が何をしていようと地球は周り、日本は朝を迎える。

 運悪く平日だったりすると、私のような若輩者の未熟者は学校に行く義務が発生する。

 この場合、初夏とはいえ茹だるような暑さがこもる繁華街を通り、駅に着けばわざわざラッシュ時の電車に乗り込んで、降りたら十五分以上かかる道のりをひたすら歩かなければならない。

 冬も不評だが夏も変わらず大不評の登下校ルートを誇る我が校のウリは、女子生徒向けの可愛らしい制服と、自由すぎる校風、あと強いて言えば共学であることくらいか。この地域周辺の中学生が進路として選択する理由は、単に近いから、意外ある筈もなく、ここ以外の学校を選ぶと片道二時間以上の素晴らしい学生生活三年間が約束されるという、もはや学校側の戦略なのか?と疑わせる立地条件により、受験シーズン、大半の入学希望者は怠惰な脳みそを酷使して無理くり希望理由を捻出せざるをえない状況に追い込まれるのであった。

 とうの私といえば、既にその段階を脱して一年目の夏休みを迎えようとしているところだが、もう希望理由など思い出すことができない愚か者の一人である。学校側が力を入れている教科に対し多大な興味を持っているかのように見せかけたかも知れないし、中学より継続して同じ部活に所属することを熱烈に希望し活動に励みたいとか言ったかも知れない。ちなみに私は中学時代、どの部活動にも所属せず、今も同様に所属していないのだけれど。

「次は〜、鏡ヶ丘(かがみがおか)鏡ヶ丘(かがみがおか)、JR北西(ほくせい)線はお乗換えです。お忘れ物のないよう……」

 目的の駅に到着したことを告げる車内放送で、うとうとしながらドアに寄り掛かっていることに気が付いた。

 周囲の目を気にする暇もなく電車を駆け降りる。ホームから改札に抜けるにあたって同じ学校の生徒もちらほら見つけるが、それほど同級の友達が多くない私にとってはどうでもいいことだ。それこそ、先輩なのか同じクラスの人間なのかも見分けがつかないのだから、おちおち声を掛けることもできなかった。さしあたって声を掛ける理由もないのだが。

 お気に入りの白い皮製の肩掛け鞄を掛けなおし、それら見知らぬ隣人の後に続いて、いつもと変わらぬ道を進もうとした、―――その時だ。

 私は。決定的瞬間というものを―――見て、―――しまった。

 駅前を横切る大通りの交差点。

 正面右手から左手への方向が青信号、前後の方向が赤信号の状態だった。

 片側三車線の国道。……しかし七時過ぎのこの時間帯、それほど交通量は多くない。

 だから、だったのだろうか。

 そんな場所を。

 この小さな命には、どう見えていたんだろう。


 とてもじゃないが成猫には見えない、矮躯の子猫が道路に飛び出した。


 タイミングが悪すぎた、一台の乗用車が悲鳴のようなブレーキ音を響かせる。

 より克明に状況描写をするならば、その乗用車の後続車両の存在を忘れてはいけない。

「―――馬っ鹿……!!」

 思わず飛び出た叱責。しかし飛び出たのは猫と、


 私の暴言だけでは、なく。


 子猫を追って飛び込んだ、

            一人の、男子生徒が。


「………………っ!!!」

 もう、私には見てられなかったんだと思う。

 身が竦んで、両手で顔を覆いながら、へたり込んだ。

 雑踏の喧噪が一瞬止んだように感じたのは錯覚ではない。事故を目の当たりにしたショックからか、上がった女性の悲鳴を引き金にして、途端に周囲は激動した。まず交番から二人の警官が走った。野次馬が事故現場を覆い隠すように集まってくる。懸命に救急車を呼ぼうとする人、不安げに何が起きたのか尋ねる人、好奇心でカメラ付きの携帯電話で写真を撮ろうとする人、行動は様々だ。

 ……ちょっと、待ちなさい。

 男子生徒と判断したのは勿論、彼がウチの学校の制服を着ていたからで、確かに彼は猫の後を追って道路に飛び出したが、まだ激突音は聞いていない(・・・・・・・・・・)。だからといって救急車を呼ぶ必要がないといえば否だが、今のところ完全に蚊帳の外である一女子高生にとって、状況確認が最優先事項だということは辛うじて分かった。

 疑問とともにアスファルトについた尻を跳ね上げる。人混みの中をくぐり抜けるようにして、場合によっては押し合い圧し合いしながら、どうにかやっと、何がどうなっているか確認できる位置まで、前に出て来られた。

 …………。

 ……むくっと上体のみ起こす長身に、張り詰めた空気が一気に弛緩するのを実感する。

 見慣れた制服を着た男子生徒を間一髪の瀬戸際で避けるように左側へ半回転した白い乗用車があり、その車内では運転手が――頭でも打ったのだろうか――呻きながら額を手で押さえる姿が覗けた。この場で見る限り、両者とも目立って大きな負傷を負った様子はないようだ。

 遠巻きに当事者たちを眺めるだけの非常識な大人を他所に、私は猫を抱きかかえながら放心状態の彼に歩み寄る。この時、肩に掛けた鞄はそこら辺へ投げ捨てた。お互い通う学校は同じといえど、見知らぬ他人同士に変わりはない。しかし微かながらも繋がりを持って近寄る私に対し、彼が何らかのリアクションを取ってくれると期待していたのだけれど、それは、結果からいえば、酷というものだったのだろう。

「……猫、は……?」

 私自身も、何となく本能で察していた筈だった。それでも、訊かずにはいられなかったというのは、果たして言い訳になるのかどうか。後悔先に立たずとはよくいったものだ、必ずしも最良の選択肢を選び取ることができるとは限らない人の世で、これほどまでに失敗を皮肉る言葉があろうか。

「ショックで心臓が止まってる。よくあることだ、実際に轢かれていなくても、轢かれる前に死んじまうことは」

 彼は私に目を合わせず呟いた。その胸中は如何ほどか、私には推し量ることなどできはしない。唯一できることがあるとすれば、それは、彼と一緒に死を悼むことくらいだった。


 乗用車から運転手が降りてくる。彼とて、何故このような事故が起きてしまったのか、理解ができないほど冷静さを欠いてはいなかった。たとえ納得はできなくとも、それは確かなことだ。

 だから彼は一言も発することなく、黙祷する男女学生の後に続いて目を瞑り、そして数秒、冥福を祈り、捧げたのだった。


のっけからダウン系な展開に作者の心臓が止まりそうです。

次話はアホな感じでいかなくてはと思っておりますので、よろしくお願い致します。


意識が途絶える夜中の3時すぎ  遠藤御園

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