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第二話 「奴隷制度」

 鉄童子とフィーナが町へと到着したのは、会話をしてかた三時間あまり。正午を少し過ぎた頃。

 彼女の探していた薬草というのが思いの外見つからず、最初は一人で探していたがあまりにも集まらないが故にフィーナが涙目になり始めたため、見かねた鉄童子が一緒になって探してやることでようやくそこそこの量の薬草を採取することが出来たのだ。フィーナは頻りに「お手を煩わせてしまってごめんなさい! ありがとうございます!」と連呼している。

 ――やはりこの子とのやり取りは面倒くさいな。

 鉄童子は自分の横をひょこひょこ歩く十歳そこらの少女を横目に、そんなことを思っていた。


「こ、ここです。ここが私のご主人様であるグリア様が住んでいる町――フロストエイジです」


 案内された先に見えた町を見て鉄童子は言葉を失った。異国の文化の下で作られたものなのだから日本の家屋とは似ても似つかない、全く別のもののように映ることは半ば必然のようなもの。彼自身もそれは分かっていたことなのだが……それでも、驚きを隠すことは出来ない。


「何だい、こりゃあ……」


 ようやく口から出てきたのは、そんな言葉。

 城とまでは言わないが、大きな屋敷くらいの建物が沢山見える。逆に、鉄童子が町や村でよく見かけていた一軒家のような小さな建物はほぼ見当たらない。

 そして彼を驚かせたのは建物だけではない。

 町を行き交う人々の服装も全く見慣れないものばかりだ。フィーナはみすぼらしい布切れのような服を着ていただけだからこれといった大きな違和感は感じなかった。しかし町に着いてから見かける人々は大人子供問わずに奇妙な格好をしていた――奇妙と言っても、それは鉄童子にとっては、の話だが。

 町の人々が着ているものは当然洋服だ。だがそれも和服しか見たことなかった鉄童子からすれば奇妙な衣服のように映る。

 魔法使いらしいローブを(まと)った者から、動きやすさを重視した服装の者など様々な人々が行き交っていたが、何もかも初めて見たに等しい鉄童子にはどれがどれだかイマイチ見分けがつかないでいた。


「驚きましたか? フロストエイジはこの地域で一番大きな町ですので、初めて訪れる方々にはよく人や建物の多さに驚かれます。私も最初は驚きました」

「ああ……こりゃ確かに度肝を抜かれたわ」

「クロガネ様は此処に至るまでのことがお望みだったようですが、この後は如何なさいますか?」

「ん? そうだな……これといって何も考えてはなかった」


 元々鉄童子はあまり物事を深く考える質ではなく、どちらかというとその場のノリで決めてしまうタイプだった。

 なのでフロストエイジに着いた後、寝床や食事を含め何処で何をするかを決めていない。まったくの、ノープランである。


「必要でしたら町を案内する者などもつけることが出来ますが」


 願ってもない申し出に、鉄童子は二つ返事でそれを了承。


「ああ。じゃあ頼む」

「分かりました。ではこちらに――」


 そう言ってフィーナが先導しようとした直後。


「おいクソガキ!!」


 どこからともなく響き渡る怒号にも似た声。井戸端会議をしていた婦人たちも、辺りで遊んでいたであろう少年少女たちも、揃って声の主の方向へと視線を動かす。鉄童子もその中の一人だった。服装などでの見分けがつかない鉄童子でも、皆の視線が集中してるだけあってその人物を見つけるのは早かった。

 フード付きの黒いローブを来た金髪の青年。年齢は二十歳かそこらだろう。つり上がった眉や睨みつける眼光から、仮に先程の怒号がなかったとしても、青年が怒っていることは誰が見ても一目瞭然。その矛先は――。


「役立たずめ、正午までに帰って来いって言ってあっただろうが! ああ!?」


 周りの目も気にせずフィーナに向かって行き、そのまま流れるように彼女に蹴りをかます。あまりに突然過ぎて、鉄童子は対応出来なかった。


「あぐっ――!」


 相当強く蹴ったのか、フィーナは数メートル程吹き飛んだ。


「いつもいつもお前は……一度くらい言ったことを忠実に守れ! この! 奴隷風情が!」


 追撃するように、何度も何度も執拗にフィーナ腹部を蹴り続ける青年。彼は先程フィーナが名前を出した彼女の主人――グリア・フェイリオその人である。奴隷に対して情というものを持ち合わせていない彼は、フィーナがどんなに泣こうが痛がろうが、気の済むまで暴行を止めない――いわゆる暴君のような性質の人間だった。

 魔術師である自分は何の能もない奴隷に対して何をしても良い。そんな思考の持ち主。

 なのでこうして人目も憚らずフィーナを痛めつけることも平気でやってのけてしまう。


「聞いているのか! このクズ!」


 最後に容赦なくフィーナの腹部を踏みつけた。

 ついに彼女の口から赤いものが吐き出され、地面を僅かながらに染めていく。


「フィーナッ!!」


 鉄童子は慌ててグリアを押しのけてフィーナに駆け寄る。腹部を押さえたままだが立ち上がろうとしているところから骨を折るなどの大きな怪我はしていない様子。そのことにホッとしつつも、今度は鉄童子が青年に怒りを(あらわ)にする。


手前(てめえ)……華奢なガキに対して本気で蹴り入れるとか、頭おかしいんじゃねえのか!?」

「はあ? 誰だよあんた。身形からすると魔術師か何かのようだけど」


 青年の発言に鉄童子はまた溜め息を吐いた。

 またそれか、と。


「魔術師だ魔術師様だとお前ら揃いも揃って……新手の念仏か何かか?」

「何を言っているのか解りかねるね。このヒーナ(、、、)とかいうクズは僕の所有物なんだから、僕がどうしようと勝手のはずだよ。華奢とかそんなの関係ないね。死んだら新しい奴隷を買うだけだし、そろそろコイツにも飽きてきたからこのまま殺すのもアリかなーなんて考えてるんだから」

「なっ――!?」


 驚きを隠せずにいる鉄童子に、青年は心底不思議そうな表情をした。


「どうしたというんだい、そんなに驚いた顔をして」

「どうしたもこうしたもねえだろ! 手前、同じ人間だってのによくそんな扱いが出来るな!?」

「同じ人間? おいおい、冗談はよしてくれよ」


 何をどうしたらこれが冗談に聞こえるのか。

 鉄童子には、この青年の理屈が全く理解出来ない。


「魔法も使えないような奴は男だろうが女だろうが、子供も大人も老人も関係ないよ。みんな等しく僕たち魔道師の奴隷だろうが! 奴隷とはすなわち家畜、道具、玩具――まあその辺の捉え方は人それぞれだが、要は人間以下のゴミって言いたいわけさ。魔法を使えるか、使えないか。分かりやすい図式だろ?」

「くだらねえ」

「……これに同意しないってことは、お前は実力がそこそこある程度の無知な底辺魔術師……といったところか。なら身の程を弁えろ。僕は名門であるフェイリオ一家の次期当主、グリア・フェイリオだ。君が何処の誰なのかは分からないが、少なくとも僕が知らない以上何処かの名門の出ということはないだろう」


 ――言ってることはよく分からないが、兎に角一々鼻につく言い方をする野郎だ。

 鉄童子はそのことを口にこそ出さなかったが、心の中はドス黒いものが渦巻いていた。どんな人にも人生の中で一人や二人は絶対に相容れない相手というのがいるものだろう。それは妖怪であっても当てはまることで、鉄童子にとってはグリアがまさにそれだった。


「人間がよぉ……同じ人間を勝手に区別して道具扱いしてっていうのは、おかしいと思わないのか」

「はあ? 何がおかしい? 能無しの屑を僕ら魔術師が有効活用してやろうってんだ。それの何がおかしいんだい?」

「……とんだ腐れ野郎だな。もういい。お前とこれ以上話していても埒が明かない」


 グリアに背を向けて、フィーナを介抱し始める鉄童子。

 そんな彼の態度が気に入らなかったのか、グリアは再び怒りを露にして鉄童子に食ってかかる。


「おい待てよ。言いたい放題言っておいて、一方的に切り上げるってのはどういう了見だい?」


 しかし、鉄童子はグリアの方を見向きすらしない。

 構わずフィーナに言葉をかける。


「大丈夫か。蹴られたところはまだ痛むか?」

「クロガネ……さん。こんなことは……日常茶飯事ですので……。お気遣い……ありがとうございます……」

「うん。大丈夫そうには見えないな」

「大丈夫です……。このくらいのことは、慣れっこですから……」

「この……ッ! おい、無視するのもいい加減にしろ!」


 痺れを切らしたグリアが鉄童子の肩に掴みかかる。肩に手を置いた、その瞬間。


「――え?」


 グリアの身体が宙を舞った(、、、、)

 視界に捉えていたはずの鉄童子は消え、青い大空のみが広がる。背中にちょっとした衝撃を受けたところで、彼はようやく事態を理解出来た。自分は今、鉄童子に投げ飛ばされたのだと。


「…………あんた、僕に何をした」


 十数メートルはあろうかという距離まで離された。

 名門であることを謳っているだけあってグリアも相応に位の高い魔術師である。そんな自分が、魔法を使われたかどうかすら分からない、なんてことは決して有り得ない。今のは確かに魔法を使っていなかった。それだけはハッキリと分かる。しかしそれなら、鉄童子はどうやってグリアを投げ飛ばしたというのか。

 魔法を使わずに人を(、、、、、、、、、)飛ばすことなど人間に(、、、、、、、、、、)は不可能だというのに(、、、、、、、、、、)


「この僕に一体何をした」

「…………」

「答えろ! 不届き者がッ!」

「……あのさ」


 ここに来てようやく鉄童子はグリアの方けと顔を向ける。


「ピーピー五月蝿えんだよ。何したも何も、ただ掴んで投げ飛ばしただけだろ。んなことも分からないのか? だとしたら事態の認識能力が欠けていると言わざるを得ないな」


 それを聞いても尚信じられないグリア。周囲の人々もざわざわと今し方起きた出来事についてあれこれ話している。


「い、今確かにグリアさんを持ち上げてたよな……」

「バカ。あんなの物を浮遊させる魔法を応用してやったに決まってる」

「だよな。普通に考えて人一人持ち上げるとか不可能だもんな」

「でも物体浮遊の魔法って人にも効いたっけ」

「何か特殊なトリックでも使ってんだろ。そうじゃなきゃ出来るわけない」


 人々の会話を聞いていて、鉄童子は落胆していた。目で見たことが真実だろうに。フィーナも含めて、此処の者たちは魔法というものを過信しているし、純粋な筋力――魔法や妖術を使わない物理的な力というものを蔑ろにし過ぎている。正直言って、面倒くさいことこの上ない。


「面白い。どんな魔法を使ったのか知らないが興味が湧いた。掴んで投げ飛ばしたなどという嘘をついてまで隠しているその魔法の全容――見せてもらうぞ」

「……だからもうお前の相手はしてやらんと何度言えば」

「打ち貫け稲妻 何よりも疾く走れ――三叉の(トルギミノス)雷槍(ダナーシュピーア)!」


 予備動作はなく、何かを投げるような動きをしただけだった――が、初めからそれがあったかのように電撃を纏った槍が一瞬の内に現れ、投げる動作と共に打ち出される。最早完全なる不意打ち。並大抵の者ならその一発を諸に喰らっていたであろうが、そこは仮にも鬼神。反射的に妖力を腕に集中させ、槍目掛けて拳を突き出す。


「鬼神の(かいな)!」


 槍と拳が交わり、轟音が鳴り響く。鉄童子が強引に拳を振り抜くと槍は弾け飛び、空中で霧散するように消えていった。


「電撃か……。流石に、ちょっと手が痺れるな」


 正面から雷の槍を殴りつけておいて「痺れた」で済んでいるあたり、妖怪としてもかなり出鱈目な頑丈さである。

 実際鉄童子の拳のは一切傷などついていない。


「で? 気は済んだかよ」

「……まだだ」


 今度は空に向けて手を翳すグリア。――また、何かしらの魔法を鉄童子に放とうというらしい。

 周囲にいた人々が散り散りにその場から逃げていく。当然だ。先の不意打ちとは違い明確な攻撃のための動作を見せているのだ。巻き添えを喰うのは御免だと、鉄童子とグリアを残して住民たちは離れた場所に皆避難していた。

 ただ一人を除いて。


「ク、クロガネ様……」


 未だに鉄童子の足元で動けずにいるフィーナが、助けを請うように彼の名を呼ぶ。


「フィーナ? お前まさか……」

「すみません……動こうとすると激痛が走ってしまい……どうしても動くことが出来ません」

「…………おいおい」


 いっそフィーナを連れ出そうかとさえ鉄童子は考えたが、グリアは既に詠唱に入ろうとしている。何が飛んで来るかも分からない以上、無闇に背を向けてしまうのは好ましくない。

 まさに万事休す。


「――――」


 小さく、何かが聞こえた。


「集え雷と光の精霊 魔を貫き、闇を打ち払う その理逃れる術無し……」


 前方からはグリアの詠唱。先程の雷の槍でのことを考えると、唱え終わるまでそう時間もかからないだろう。

 時間が無い。

 両手に妖力を集中させようと力を込める鉄童子。


「――で」


 しかし、また小さく何かが聞こえた。

 どうやら声のようだ。

 一体誰が――と疑問に思ったところで、足元へと視線を移す。

 鉄童子に声が届く範囲にはグリアとフィーナしかいない。だがグリアは詠唱中。となれば、残るは一人。


「何で……やだよ……」

「……フィーナ?」


 どうにか声を聞き取ろうと少しだけ腰を落とし、顔をフィーナの方に近づける。


「痛いの……もう嫌…………何で……私だけ……」


 蚊の鳴くような、本当に小さな声だったが、確かに聞こえた。


「やだ……こんなのはもう……誰か…………助けてよぉ……っ」


 誰に言うでもなく、フィーナは小さな声で心の内に仕舞い込んでいた思いを吐き出す。。

 よく見ると、目尻には涙まで浮かべていた。

 奴隷であることは運命だと、仕方ないことだと口では言っているけれど。


「……なんだ」


 ――やっぱり辛いんじゃないか。

 異世界に来て以来驚いたり困惑してばかりだったが、ここに来て鉄童子は少し安堵していた。

 人間だろうと妖怪だろうと、奴隷扱いされることを良しとする者などいるはずもない。どんなに取り繕ってもどんなに我慢してても、いずれ理不尽な暴力に対する限界が来るだろう。その時素直に助けてと言えるか否かがその後を大きく左右する分岐点となる――独り言ちるのではなく、ちゃんと正面からそのことを伝えられるかは、フィーナ次第だ。


「喰らえッ! 白雷の(ヴァイスダナー)突貫神槍コーリジョンシュピーア!!」


 しかし、今まで従順な奴隷として生きていた人間にいきなりその選択を迫るのは少々酷なことかもしれない。

 ……仕方ない。少しだけ助け舟でも出してやるか、と、鉄童子は


「そいえば俺、道案内してくれる礼にって道中護衛してやってたけど、町のことや魔法のこととか、色々と教えてもらった礼はまだしてなかったなー」


 フィーナにも聞こえるようにわざと大きな声でそんなことを言う。

 放たれたのは電撃を纏いつつ、光り輝く大きな槍。先程グリアが放ったものよりスピードも威力も桁違いの魔法なのだが、それを軽々と裏拳で弾き飛ばす鉄童子。驚愕の色を隠せないグリアには目もくれず、続ける。


「右も左も分からなかった俺にとってそういう情報は何よりも大事なことだ。……お前にとっては何でもないことだろうけどな。だから俺も、俺にとっては何でもないことでその恩を返そうと思うんだよ」

「……ぇ……ク、クロガネ様? それはどういう……」

「魔術師だか何だか知らないけど、一人ぶっ飛ばすくらい俺にはどうってことないって意味だ」

「――っ!」


 理由なんて、所詮後付けだけれど。


「どうする? フィーナ。お前はどうにかしたいことが何か――あるんじゃないのか?」


 こういう人間は放っておけない。


「私は……」


 自分の中に殻を作って、そこに閉じ籠もって一生を終えるなんて。


「私は……ッ!」


 ――そりゃ勿体なさ過ぎるぜ。


「奴隷なんてもう嫌……! 私を……助けて下さい! クロガネ様!」

「――委細承知ッ!」


 フィーナがハッキリと、自らの願いを口にした後は速かった。

 鉄童子は一切躊躇うことなくグリアに向かって突進していく。グリアはハッとして魔法詠唱に入ろうとしたが、一瞬出遅れたのが痛手だった。既に鉄童子はすぐそこにまで迫ってきている。先のような長い詠唱をしている余裕は、無い。


「っ! それなら!」


 グリアも頭の回転は悪くない。咄嗟に機転を利かせ、一番最初に使用した詠唱の短い魔法の使用へと切り替えた。


「打ち貫け稲妻の束 何よりも疾く走れ! 三叉の(トルギミノス)雷槍(ダナーシュピーア)五連投擲(フンフウォルフ)!!」


 グリフの周囲を囲むように五本の槍が現れる。

 威力やスピードが並み程度な分、状況に応じて数を変えられるというのはこの魔法の最大の特徴でもある。正しく現段階における最良の手と言えただろう。――相手が(、、、)鉄童子でなければ(、、、、、、、、)


絶装(ぜっそう)顕現(けんげん)――鬼神手甲」


 鉄童子が短く唱えたそれは当然魔法の類ではない。

 妖怪として、唯一編み出すことの出来た妖術。己の妖力を凝縮させて任意の武具を作り出すというなんとも鉄童子らしい発想の元生まれた技で、それ故に戦闘においてこの上なく応用出来る幅が広い。特に鬼神手甲はその名の通り手甲なのだが、防具であると同時に武器としても扱っている為、拳骨の出力が通常の何倍にも膨れ上がる。

 つまり早い話、パンチの威力が目に見えて飛躍的に上昇するのだ。


「くたばれえええぇぇ!」

「そりゃこっちの台詞だ魔法使いさんよぉ!」


 打ち出された槍を、鉄童子は手甲で全てを防ぎ、殴り、弾き飛ばした。


「そんな……」


 グリアの顔が絶望に染まる。

 今度こそ、打つ手が無い。


「何だっけ? 名門の出である僕は無様に気絶するなどという醜態は晒さない、だったな。確か」

「っ!?」

「今からそれを証明して見せろよ」

「ま……待て! 分かっているのか! そこのガキが僕の奴隷なのは正式な書類の元決まっていること! あんたが何をしたところでそれは変えられないし、僕が訴え出れば国の騎士団があんたのことを……!」

「ああ、構うことはねえ。串団だか騎士団だか知らないが、かかって来る連中まとめて相手してやるさ」


 グリアの胸倉を掴んだ鉄童子が、不敵に笑う。


「むしろかかって来てくれた方が退屈せずに済みそうだ」

「……狂人め……!」

「狂ってるのはお互い様だろ。ほら、歯ぁ食いしばれ!!」


 掴んでいた手を思い切り引き寄せると同時に、グリアの顔面に向けて放たれる――手甲を纏った拳。


「鬼神の腕! 命失わない程度の超絶手加減版ッ!」


 鈍い音が周囲に響き渡った。

 殴られたグリアは数メートル程吹き飛ばされた後、ぐったりと地面に横たわったまま動かない。念のため鉄童子が生死の確認をしたところ、殴られた箇所は赤く腫れ上がり、鼻血も相当量出ていたが命には別状はなさそうだった。少なくとも意識は完全に飛んでいるが。


「ま、こんなもんか」


 確認が済んだ時点で踵を返し、フィーナの元へと戻る。この一連の騒動の間に回復したのか、上体を起こして鉄童子が戻るのをただ静かに待っていた。


「クロガネ様……ありがとうございました」

「礼には及ばんさ。俺自身、あの魔術師にはムカついてたからな。これでお前も自由なんだろ?」

「はい……と、言いたいところですが」

「ん?」

「私が奴隷であるということは書類上決まってしまっていることらしいので、このままではまた元の生活に戻るか、別の新しいご主人様の元へ行かされるかのどちらかになると思います」

「はあ!? そうなの!?」


 素っ頓狂な声を上げる鉄童子。しかし国の決定云々ならまだしも、書類だ何だという文化はまだ日本にはなかったので彼が驚くのは仕方ないと言えば仕方がない。


「んだよ……じゃあ無駄骨だったってことか?」

「いえ、そうとも限りません。今言ったのはあくまで一つの可能性です。クロガネ様と一緒にいれば、私は再び捕まることも元の奴隷生活に戻ることもしないで済むかと」

「へえ、そうなのか。なら良かったじゃ…………ん?」


 安堵しかけて、ふと疑問が発生する。


「俺と一緒にいれば?」

「はい」

「……ついて来る気なのか?」

「はい。私、クロガネ様に一生ついて行く所存です」

「はああああああ!?」


 初めて見せる笑顔を振り撒きながら答える少女に、鉄童子は再び困惑していた。

 ――一体何を言い出すんだ。この子は。


「それにクロガネ様。ここまでしておいて後は好きにしなさいと放り出すのは少々無責任かと思います」

「うっ……そ、それは確かに」

「安心して下さい。雑用は全て私が引き受けますので」


 それでは奴隷生活と大して変わってないんじゃないか、という言葉をギリギリ飲み込んだ。こういう時に野暮ったいことは言うものではない。


「分かった。それなら早速だが……」

「はい。先ずは町を案内するところからでしたね」

「いや。先に医者の所までの道を教えてくれ」

「……はい?」


 フィーナは何故医者の所へ?と言いた気な表情を見せる。


「お前の怪我診てもらうんだよ」


 そう言われて、フィーナは目を丸くした。

 彼女が奴隷としての性分から抜け出るのは、まだまだ先の話になる。

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