第一話 「鉄童子とフィーナ」
鉄童子という鬼がいた。
一言に鬼とは言っても、よく御話などに出てくる人間を優に超える大きさの、身体が赤だとか青一色に染められた金棒を持つ筋骨粒々の化け物――などではない。背丈こそ確かに高いが、常軌を逸した大きさとは程遠い。知らぬ者が見ればただの長身の男性としか映らないだろう。
しかし彼は岩盤を砕き、地を割る強大な力を持つ鬼の血を持つ――紛れもない、妖怪だった。
彼を知る者たちからすれば、曰く、この大陸でも鉄童子に勝てるような妖怪自体ほとんどいないだろうとのこと。事実鉄童子は幾度となく様々な妖怪たちと力比べの勝負事をしてきたが一度たりとも負けたことはない。それ故に、彼はいつしか鬼神と呼ばれるようになっていった。
だが周囲の気持ちとは裏腹に、鉄童子は鬼神と呼ばれ、持て囃されることに嘆いていたのだ。
自分はもっと楽しめる勝負をしたい。
一方的に、ただ相手を蹂躙するだけの戦いなどもううんざりだ、と。
鬼として最高峰の強さを手に入れた代わりに得た代償。その退屈な日常に嫌気が差していることを感じつつも、無闇矢鱈と暴れまわったり退屈さを掻き消すための無為な殺戮を行わない辺り、彼も善良な妖怪と言える。そんな鉄童子を心配してか、少しでも日常を楽しめるようにと周りの妖怪たちや友好的な人間たちから宴等に誘われることも多いが、戦いの欲求を満たす糧にはならない。
いつしか鉄童子は、強者を求めて全国各地を巡り歩くようになっていく。
「俺は自分の力の限界っつーか更に上の強さっつーか、そういうものを見てみたいんだよ。俺に戦い以外の楽しみを見つけさせてくれようっていう皆の気持ちは本当にありがたいんだが、やっぱり結局のところ、最終的な望みはそれになっちまうからさ。いずれ目的を果たして戻ってきたら、その時改めて宴にでも誘ってくれ」
そう言う鉄童子に、仲間の女鬼は心配そうに尋ねる。
「本当にあたいらが居なくても大丈夫なのかい?」
「別に問題はない。というか、お前みたいに強いくせに俺の傘下なんかに下る奴がいるからこうなってんだろ」
「そりゃどう頑張ったってあたいらじゃ鉄童子には勝てないからね」
「お前はそうでもないだろ」
「そうかい? ま、三千回くらい挑めば一度くらい勝てるかもね」
その前にあたいの身体がもたないだろうけど、と女鬼はからからと笑った。
心配したところで、鉄童子が止まらないのは彼女自身よく分かっている。
「ま、そう遠くない内に帰っておいでよ。じゃないとあたいらが心配のあまり探しに行っちまうかもしれない」
「けっ。心配される程やわじゃねえよ」
何でもないことだと言うように、鉄童子は一人各地を巡る旅に出て行った。
その姿が見えなくなるまで見送っていた女鬼は、ぽつりと。誰に言うでもなく呟く。
「……鉄童子。九尾の狐を倒しちまった時点でもう、あんたを満足させられるような強さを持った妖怪はいないんだよ。強過ぎる力は畏怖の対象でしかない。あんたが求める強さは、残念ながらもうないのさ。少なくとも……この世界には」
……それから間もなくして、鉄童子の行方は一切不明となった。
旅に出て一週間と経たない内に。
鉄童子はそのまま日本という国から――地球上から、忽然と姿を消したのだ。
◇ ◇
「さて――これは弱ったな」
木々に囲まれ、鬱蒼とした場所で鉄童子は一人立ち尽くしていた。
自分は今……何故こんなところにいるのだろうか。そもそも此処は何処なのだろうか。
その答えが全く分からない。
否。
何もかも分からない、というわけではない。
「壊れかけた祠を見て気紛れに直してやろうと手を掛けたところまでは覚えているんだがなあ」
まず気紛れに祠に手をかけるなよ、と言われそうな事だが。
別段何かを弄くり回したというわけでもなく、その祠にちょんと指先が触れたなと脳が認識したかと思えば。気が付いた時には見ず知らずの森の中にいたという始末。云百年生きていた中で一度もしたことのなかった経験に、鉄童子は少し困ったように首を捻った。こういう場合は一体どういう行動に出るべきなのか。
彼なりに考えに考え抜いた末一つの結論を導き出すことが出来た。
「まあ――その辺に歩いている妖怪たちか、最悪人間に訊けば分かるだろう」
その結論とは。
紛う事無き、完全なまでの思考放棄である。
「にしても……此処、本当に日本か? 何だか見たこともねえ植物ばかり生えてるように見えるが……ま、いいか」
とは言え今更不安はない。
元々これは一人旅。見ず知らずの土地に放り出されるというのは、むしろ願ったり叶ったりだ。
懸念点があるとするなら、祠に触れた何らかの作用によって遠くの場所まで飛ばされたと仮定した場合、元々居た土地に戻れるのは一体いつになるのかというところだ。あくまで旅なのだから、いずれは帰るつもりであることも計算に入れておかねばならない。それを考えただけで、鉄童子は面倒くささのあまり思わず溜め息を吐く。
せめて海の向こうとかではなく歩いて行ける範囲に飛ばされてますように――などとわずかな希望を抱えながら歩くこと数分。
前方から迫る不穏な気配に鉄童子は足を止めた。何かが、近づいて来る。
「この気配は人間じゃないな……妖怪?」
言ってからふと気付く。妖怪ならば少なからず妖気を発しているはずだ。だというのに、前方からは何者かの気配こそ感じるが妖気に関しては一切感じられない。人でもなければ妖怪でもない存在。それがあまりに不気味で、鉄童子は身構えざるを得なかった。
段々と地響きが聞こえてくる。
どうやら予想していたものより、遥かに大きい図体をしているらしい。
鉄童子は警戒しつつ、右腕に妖力を込めていく――妖怪たちの力の権化でもある妖力を右腕に集中させてそのまま殴りつけるという、至って単純だがそれ故に絶大な威力を誇る。鉄童子の得意技の一つ。いつでも来いと言わんばかりに力を込めたまま待つ彼の前に姿を見せたのは。
「オオオォォォォォォォォォォ!!」
凄まじい雄叫びをあげながら走り迫る――猪。
だが侮るなかれ。それは普通の猪などではない。
「――でっかいな!」
鉄童子も驚きのあまりつい大声を出してしまう程、目の前に現れた猪は異常な大きさをしていた。並みの成人男性より高く、その身長はおよそ七尺。人混みの中注視するまでもなく一発で見つけられるくらいにはに背が高い。だが現れた猪の全長はその鉄童子の二倍はあろうかという大きさ。
――まるで何処かの山の神のようだ。と、鉄童子は一人独り言ちる。
だが山の神のように話し合えるような余裕はない。敵意を完全に剥き出しにした猪の目が、それを物語っている。
野生の獣の目。
獲物を狩り殺さんとする、血走った目。
最早猶予はない。
「ま、悪く思わないでくれや」
世の中は謂わば弱肉強食。
野生というのであれば、尚更そうだ。
だから……恨まないでくれよ。
「奥義――鬼神の腕」
奥義と呼ぶには、あまりにお粗末な――ただの拳骨。
鉄童子が放った拳は突進してきた猪の鼻っ柱に見事直撃し、体格では遥かに上であるはずの巨大な猪を勢い良く吹っ飛ばす。何度か地面を撥ねながら最後はずううぅんと重々しい音を立てて仰向けに倒れた。足が地味にピクピク動いているところを見ると、まだ生きてはいる様子。
多少の加減をしたとはいえ、これまた、随分と丈夫な猪だことで。
鬼の力を諸に食らって原型を保っていられるのだ。それだけでも後世に語り継がれる程の偉業と言える。
しかしこの見たことも聞いたこともない大きさの猪は一体何者だったのか。何百年と生きてきたが、今更新種の妖怪が誕生するようなことも有り得まい――そもそも、妖気を感じさせない妖怪などいるわけもない。
何かが違う。
今まで当たり前だと思っていたことが覆されたような、そんな感覚。
何故自分でもそう思うのか、理由を探るために鉄童子は歩を進めようとした。
「……あの」
と、声。
「うん?」
まさか人がいたとは思わず、驚きながらも振り返る。
いつからそこにいたのか――倒れている猪に程近い木の陰から小柄な少女が顔を覗かせていた。少し髪がボサボサで、みすぼらしいボロ布を纏っているのが気になるが、それでも見た目は今まで見てきた人間の子供と大して変わらない。そこに鉄童子は少し安心した。またそこの猪のような奇怪なものが出てきたらどうしようかと、本気で心配していたのだ。
しかし。
「いきなり声をお掛けしてしまい申し訳ありません。私はフィーナと申します。もしお急ぎでなければ、ほんの少しでいいので私に質問の機会を許して頂きたいのですが」
「ああ、俺は鉄童子っていう者だ」
「ありがとうございます。ご安心ください、必要以上にお時間を取らせたりは致しません」
……本当に子供だろうか。
いや、確かに礼儀正しい子供というのはいる。いるのだが、鉄童子の知る限りフィーナのはそういうのとは少し意味合いが違うというか。違和感。
「別に俺なんかに対してそんな恭しい言葉を使う必要はないぞ。訊きたいことがあるってんなら前置きせずパパッと訊いてしまえばいい。別段急いでるわけでもないしな」
「い、いえ! 私のような最底辺の人間が魔術師様に許しも得ずに質問などとても……」
面倒な性格の子供だと思いながら、聞き慣れない言葉に鉄童子は眉を顰めた。
「魔術? それって一体何だ?」
「……へ?」
今度は少女――フィーナの方が驚いた。魔術を知らない者がこの世にいるのか、と。いや、そんなはずがない。
「魔法ですよ?」
「魔法って何だ」
「魔法学校で学びましたよね……?」
「まほう……がっこ?」
「ご両親に基礎的な魔法を教えてもらったりなどは……?」
「親なら俺が物心ついた頃にバカやって死んだけど」
「……えーと」
ここまでの問答で、フィーナは一つの結論に辿り着く。。これは魔術師様が自分の魔術というものに対する知識がどれ程のものか試しているのではないか。奴隷だとしても最低限の教養は受けているのか。それを確かめようとしているのだ。そうだ。きっとそうに違いない。危ないところだったが、寸でのところで危機を察知出来たことに彼女は心から安堵した。
無論、鉄童子には欠片すらもそんな意図はないのだが。
一呼吸置いてから、フィーナは丁寧に説明し始める。
「魔術というものは体内に蓄積された魔力素を使って特殊な現象を起こす技術のことです。その応用の幅は広く、炎や電気、風や地震などの自然現象を引き起こせるのはもちろん、高位の魔術師ともなれば天候すらも変化させることが出来ます。他に重力や浮力を変化させたり土や水などの無機物的なものの形を自由自在に変化させることもお手の物です。日常生活から魔獣の討伐まで、魔術というものは常に必要とされており、この世界において無くてはならない非常に大切な力と言えます」
初歩的な説明を終えたフィーナは得意げだったが、鉄童子はぽかんとした表情を隠すことなく晒していた。
――何を言っているのかよく分からない。人間にそんな電気を起こしたり天候を変えるような力なんてあるわけがない。
しかし、フィーナの満足そうな表情を見ると、そんなこと人間が出来るわけない、などと一蹴する気にはなれなかった。
「……なるほど。まあ何となくだが、理解は出来た。要するにただの凡人には出来ない芸当をやってのける連中のことを指してるってわけか。魔術なんて言葉には聞き覚えはないが……まあ意味合いからして妖術の拡張版だとでも認識しておけば特に問題なかろう」
とりあえずこの辺りの人間はそういうことが出来るものなんだと。
そう認識しておくことにした。
「え……あれ、ちょ、ちょっと待って下さい魔術師様。あの……」
「待て、一つ訂正。俺は魔術師なんて者じゃない。俺は妖怪だ」
「……え? えええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
フィーナの絶叫が森の中に木霊する。
「そ、そんなはずありません! だって魔術師様は現にそこのダークラウンドボアを一撃で倒していたじゃないですか!」
「だ、堕亜苦阿吽……ぼあ? いや、ちょっと待ってくれ話が読めない」
「私共のようなただの人間にそんなこと出来るわけがありません。魔獣を倒すことが出来るということは、つまりあなた様は魔術師ということで……」
「おいおい、だからちょっと待てって」
このままでは誤解されたままあらぬ方向に話が進んで行きかねない。
フィーナの認識に任せてある程度流してもいいかと考えていた鉄童子だが、慌てて訂正する。
「俺は妖怪であって人間でも魔術師とやらでもないぞ。常人に出来ない諸行をやってのけたのは何故だと言うが、それは俺が鬼だから成せるのであって普通の人間に俺と同じことが出来るかと言えばそりゃ無理だ。お前の言う魔術師ってのがどれ程力の強い存在なのかは知らないにしても、純粋な力の強さじゃ鬼である俺に勝つのは不可能だろう。まあ実力的に上か下かはまだ判断出来ないけどな」
「人間ではない……? 純粋な力の強さ……? あの、その強さというのは魔力量のことを言っておられるのでしょうか?」
「いや。単なる腕力の話だ」
「……それは無理ですよ。ただの腕力なんかでは、魔獣を倒すどころか傷をつけることすら叶わないでしょう」
まるでさも当然のことのように。
フィーナは――鉄童子の力を否定した。
「……なんだそりゃ。どういう意味だよ」
今度は驚くでも慌てるでもなく、フィーナは淡々とこの世界の事実を述べた。
「今の世の中、魔法こそが最高にして最強の技術。魔力素を持つ者は未来を約束された魔術師になり、魔力素を持たない私たちのような人間は一生魔術師の奴隷――そう定められているではありませんか」
「……は!?」
「手甲も剣も弓も斧も槍も、武器の類は何もかもが魔法に劣るものとして廃棄されています。今はもう、昔のように勇者が剣を取る時代ではないのです。魔法こそが絶対。魔法を使えることが、人として全うに生きられる最低条件なのです。魔法を使わずに出来ることなどたかが知れています」
鉄童子は絶句していた。武器の類が魔法より格段に劣るという部分に対してもそうだが、何より衝撃を受けたのは、鬼としての自身の力すらも否定されたことだ。幾人もの大妖怪を打ち倒し、少なからず名を轟かせてきた鉄童子の力があっさり否定された。
素手での勝利。
それは有り得ないことだと。
無駄に大きな猪――ダークラウンドボアを一撃で倒した場面も目撃していたはずなのに。
「ダークラウンドボアを素手で倒したように見せてましたが、実は隠れて強力な衝撃波の魔法を使ったのでしょう? これでもフロストエイジで一番の魔術師であるグリア様の奴隷を長いこと勤めておりますので、多少上手く隠したとしても魔術を使ったことは見抜くことが出来ます。ご主人様にお褒め頂ける唯一の特技です」
全て、魔法のお陰だと思われている。
そんな未だかつて経験したことのない感覚に鉄童子は無言のまま頭を抱えた。この子は――この子の認識は、決定的に間違っている。鬼として、鬼神として。例え子供だろうと間違った認識をされたまま放っておくなど出来ない。
フィーナにはいずれ鬼の力が人間より遥かに上であることを見せ付けてやらねばならない。
「――とりあえず最後にもう一つ、訊いてもいいか」
とは言えそれはさて置き。
「はい。私に答えられることでしたら」
鉄童子が此処に来た時から疑問だったこと。猪だ魔術師だと新たな問題や知らない単語が飛び出してきて有耶無耶になりかけていたが、最も初歩的で一番最初に解決しておきたい問題を、今に至ってようやく口に出す。
「此処は一体――何処だ?」
物語が始まってからこの言葉が出るまで一体どれだけかかっていることやら。
鉄童子のその問いに、きょとんとした表情を見せたフィーナだったが。
「バイラル森林の東部……フロストエイジからで言うと二時間ほど歩いた場所です」
これまたあっさりと、何でもないことのように答えた。
また新たに出てきた知らない言葉。それを聞いて鉄童子は落胆する。
「……ば、ばいら? ふろすと……? 聞いたことない名前だな。少なくとも日本じゃないのか」
「ニホン? それは何処でしょうか? 地名ですか?」
「いや。地名というよりかは国の名前……だな」
「……すみません。私では存じ上げないです」
「そうか。ならまあ仕方ない」
フィーナは小さくニホン、ニホンと繰り返し呟いている。
そんな繰り返さなくてもたかが三文字。忘れたりはしないだろうに。
しかし、これでハッキリした。
此処はもう鉄童子の知る土地ではない。完全なる未知の場所――先程の猪も含めて、鉄童子を驚かすには十分な素質がある。もしかしたら、鉄童子の求めている強者とも会い見えることが叶うかもしれない。
「ふむ……少しは面白くなってくれそうだな」
「はい?」
「こっちの話だ」
「そうですか……ところで魔術師様」
「だから魔術師じゃねえっての」
何度目のやり取りだろうか。
鉄童子は一々訂正することすら面倒くさく感じてきていた。
「魔術師様はどうしてこんな僻地におられるのですか? 私はこの辺りに生えている薬草を取りに来た次第なのですが……」
「どうしてって言われても俺も詳しくは分からねえのさ。寂れた祠に触れた瞬間周りが光に包まれたと思ったら、光が消えた時には此処に立ってたって状況だ。何がどうなったのか俺にはもうさっぱり分からん」
「光に包まれて、気が付いたら此処にいた……ですか。それはまた何と言うか……」
「ああ。お前何か知ってるか」
「申し訳ありません。何も分からないです」
「……そっか」
なら今何故思わせぶりな言い方をしたのか。
何か知っていると思ってしまったではないか。紛らわしい。
鉄童子は密かに毒突いた。
「お前、その薬草とやらを取ったら町に戻るんだろ?」
「はい。正午までに帰ってくるように言われてますので」
「なら丁度いい。俺をお前の町まで案内してくれないか。その代わりと言っちゃなんだが、道中の安全は保障してやるよ」
「そ、そんな! 魔術師様のお手を煩わせるなどとても……!」
フィーナはわたわたと慌てているが、その隙に鉄童子はグイグイと押していく。
こういう場合は先に意見を押し通した方の勝ちなのだ。
「けどお前にはああいうの、手に負えないんだろう?」
「……は、はい」
「だったら丁度良いじゃねえか。それとも何か。俺とじゃ一緒にいたくねえってか?」
半ば卑怯な言い方だが、こう言えばフィーナのようなタイプは断ることなど出来ない。
そこまで言ってもまだフィーナは何か言いたそうだったが、開きかけた口を閉じて鉄童子に深々と頭を下げた。
「分かりました。ご同行して下さるのであれば、それ以上に嬉しいことは御座いません。ですがもしもの場合は私などを無理に助ける必要はありませんので、魔術師様はご自身の安全だけをお考え下さい」
「目の前でガキに死なれても寝覚めが悪いからな。その願いは聞けそうにない」
「……魔術師様は、少し意地悪な方で御座いますね」
「っはっはっは。よく言われるな、それ」
愉快そうに笑う鉄童子につられて、フィーナもクスッと笑みを零す。
自分のことを邪険に扱わない鉄童子に彼女は少なからず惹かれていた。
――もしかしたら、この人なら。
そう思いかけて。それは違うと幻想を振り払うかのように首を横に振った。いくら鉄童子が優しく接してくれるといっても、奴隷である私なんかのために命をかけるような真似は流石にしてくれないだろう。だから、変な期待をするのは止めよう。と、自分自身に言い聞かせた。
しかし、この鉄童子が奴隷たちの――フィーナの運命を大きく変えることの出来る唯一の存在であることを、彼女はまだ知らない。