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タイトルコール-Well,let's play-

多少のエログロを含みます

 乾きかけた血が靴にはりつき、歩を進める度に糊付けされた紙を剥すような音が響く。静かな、昼下がり。

小鳥の囀りも、あの雑踏も、子供たちの笑い声も無い血塗れの大通りを男は歩いた。瓦礫を、子供の亡骸を踏み締めて。

 

「実に、盛大にやったもんですねぇ…」


 男は唇を僅かにつり上げ笑った。足下に転がる女性の死体をけり飛ばすと骨の砕ける音が体に響いた。

辺り一面赤黒い街で、男は大きく息を吸い込んだ。鉄臭い味が口を浸食する。


「これこそが、です。これこそが…」


 男は空を見上げた。灰色の雲が空を覆っている。今にも雨が降りそうだ。

さながら世界は無言に鎮魂歌を奏でているかのように口を噤んだ。頭を垂れた。

笑わずにいられない。愉快だ。ユカイユカイ。

小さな笑いが零れた。同時に空から墜ちた一雫が頬を濡らした。微笑らって、嘲笑って、笑い抜いた。

それに呼応するかのように、雨脚が強くなっていく。


「嗚呼、興醒め、ですねぇ」


 ふと、笑いを止め天を仰ぎ見た。雨粒が血を洗い流す。血の匂いは舞い上がる。

空が泣いているのか?

なんと滑稽な、なんと無粋な。


「喧しい事、この上ありません」


 雷鳴が轟き、風が歌う。静寂は消え去った。


「おーい、レウ゛ィオー!置いてくよーっ」


 遠くから声が聞こえる。少年特有の高い声。

やはり、静寂も平和も一刹那でしかないか。

男は深い溜め息を付き、声のする方へ歩み始めた。


「さぁ」


小さな小さな


「始めましょうか」


言葉を残して。

 


 日の光が僅かに差し込むカビ臭い部屋で、青年は寝返りをうった。床に敷かれた白いまだ新しい布にしわが寄る。微かに小鳥の歌声が耳に心地よく響き、意識を夢の世界に引き込む。


「む………」


 声が漏れる。木造の扉がヒステリックな悲鳴を上げそっと開かれた。


「やっぱり此所に居たぜよ…」


 扉を開けて入って来たのは寝転がって居る青年と同じ年くらいの色黒な青年だった。色黒青年は寝転がって居る黒いボサボサ頭を軽く蹴り付けた。


「おきるぜよ、イクト。教官殿が御立腹ぜよ」


「……ねむ」


 イクトは眠そうに金の瞳を瞬かせ、起き上がり大きく伸びた。


「毎回毎回、サボってばかりじゃまた進級出来なくなるぜよ…」


「わーってる」


 イクトは立上がり制服のしわを整え、外していたボタンを留めた。風一つ吹かない地下資料室は些か暑い。

色黒は不満そうに溜め息を付いた。


「真面目にしてりゃ十分合格出来るのに、勿体ないぜよ」


「別に軍人になりたくて居るわけじゃないよ。やむを得なかっただけさ」


 大きな欠伸をしてイクトは色黒に向き直った。


「ぜよぜよ五月蠅い。わざとらしいよ」


 つまらなそうにイクトは笑い、再び欠伸をした。今度は小さな。


「……別に良いけど。そういえば誰に言われて来たんだ?」


 色黒が口を開こうとした瞬間だった。短い破裂音が響く。そして、誰かの叫び声。何かの咆哮。


「何が起っ――」


 イクトの言葉が爆音と建物自体の振動でかき消された。イクトは舌打ちし、開けっ放しの戸から飛び出した。


「待つぜよっ」

 

 色黒はイクトを追いかけ、肩を掴み無理矢理に止めた。破裂音や悲鳴、怒声、咆哮が断続的に響く。


「なんだ?」


「何をしてるぜよ。何かあったら教官の指示を待つのが――」


 色黒の言葉を遮るように、イクトは肩に置かれた手を振り払った。


「こんな状況下でそれは期待出来ない」


 苦々しい表情で色黒は、口を噤んだ。下唇を強く噛み、血を滲ませる。


「わかった…ぜよ」


「分かってもらう必要ないけどな」


 吐き捨てるように言い階段を一段飛ばしに駆け上がる。色黒も黙ってそれを追う。

 狭い廊下を見渡す。遮蔽物が少なく見通しが良い。これは有利にも不利にもなる。丸腰の今では地の利に関わらず圧倒的に不利、そう考えイクトは再び舌打ちした。


「これからどうするぜよ?」 

「丸腰じゃ話にならないだろ?」


 振り向き色黒に答えた。同時に、近くで切迫した短い悲鳴に似た声が上がった。


「今、なにか…」


「あっちぜよっ」


 イクトが言葉を紡ぐより早く、色黒は走り出した。言葉を遮られた事に僅かながらに苛立ちを覚えつつ、イクトは色黒を追いかけた。


「ここぜよっ」


 色黒は急停止し、教室の扉を開いた。

 

 乱暴に戸が開けられ、微かに金具が悲鳴をあげた。


「なッ…」


 その音に中に居た少女と何かの視線が移る。僅かな、僅かな瞬間。

考えるより先に体が動く。


「喰らえッ」


イクトは手近にあったイスを何かに投げ付けた。それを直に受けた何かは叫び声をあげ床に叩き付けられる。


「このっ」


 少女がイスを何かに叩き付けた。悲痛な叫びと、肉が潰される音。


「…大丈夫……ぜよ?」


 色黒が少女に近寄る。良く見ればその少女に見覚えがある。イクトもまた、ゆっくりと近付いた。


「助かりました。お陰様でなんとか無事です」


「それは良かった。ところで、何があった?」


 少女は窓の外を一瞬見、手に付いた何かの体液を制服のズボンで拭き取った。


「コイツはアレぜよ。召喚獣ってヤツぜよ」


 頭をイスでたたきつぶされた腐りかけた人型の狼をつついた。嫌な臭いが鼻に付く。


「恐らくは、襲撃かと」


「……馬鹿言うなよ。確かに国境スレスレだが…いくら何でも警戒網に引っ掛かるだろ?」


 少女は利発そうな藍の瞳をイクトに投げ掛けた。そして、ゆっくりと口を開く。


「理由は分かりません。しかし、アレがあると言う事は十分証拠になるかと」


 その言葉に弾かれた様に、イクトと色黒は窓の外を見た。黒い煙を上げ、燃え盛る市街地。空には、無粋な鉄の塊。


「飛、行……船?」


「あんなデカい奴がなんでこんなとこに居るぜよっ」


 少女が半ば硬直状態の二人の肩を叩いた。油の足りないゼンマイ仕掛けの玩具の様にぎこちなく首だけを少女に向ける。


「此処に居ても仕方がありません。行きましょう」


「行くって、何処にぜよっ」


 少女は軽く左手を上げて見せた。手首辺りに、真っ白な腕輪が見えた。


「此を解除してしまいたいので、教官室へです」


 少女は表情を変えずに続ける。


「付いて来てくださるのでしょう?」


「まぁ、そうなるな」


 イクトは近くにあるイスを無造作に持ち上げた。落書きや、ナイフで付けられた傷が目立つ。


「でも、その腕輪外して何になるぜよ?」


「無知ですね。これは私の魔力を完全に封じているんです。生徒同士の諍いが起きない様に付けて居るのですが…」 

 非難するかの様な視線を少女は投げ掛けた。色黒はわざとらしく溜め息を吐く。


「急ぐぞ。長居は無用だ」


 イクトはイスを何度か床にたたき付けた。不思議な事に音が聞こえない。


「…そうですね、急ぎましょう」


 扉を開き、イクトが先行する形で廊下を警戒しつつ進む。


「………そういえば」


「…何でしょう?」


 破裂音や足音、怒声、奇声、悲鳴が響く。


「自己紹介して無いぜよ」


「馬鹿か、お前は」


 イクトはイスを前に思い切り投げた。イスは途中で何かにはね飛ばされたように加速する。


「なっ…」


 二階から降りて来たのであろう武装した男にイスは激突した。イクトは倒れた男に駆け寄り、体制を立て直す前に、手を全力で踏み付けた。


「……」


 苦痛にゆがむ男を無言で見つめ、武器を奪い取る。そして、奪い取ったソレを男に向けた。


「……イクトっ」


 色黒が何か言う前に、イクトは引き金を引いた。

手に重い反動が伝わる。骨に響く振動。火薬の香が鼻腔を抜ける。赤い粘着質な液体がジワジワと広がる。


「イクトっ、何をやってるぜよッ」


「わからないか?」


 イクトは自分が余りに冷たく無機質な声を発した事に驚いた。色黒は唇をかみ締める。


「此所は、戦場なんですよ?」


 優しく、だが無慈悲に少女は告げた。イクトは色黒に背を向ける。


「急ぐぞ」


 振り返ること無く走る。二人の足音を後ろに感じた。自嘲気味にイクトは唇の端を吊り上げた。


「ここ、だな」


 暫く走り、ようやく目的の教官室に辿り着いた。途中、幾らか武装した兵士を撃ち弾を使ってしまったが。


「えぇ、多分ですけど」


「多分? 随分いいかげんな話ぜよ」


 少女は溜め息を吐き、目でイクトに戸を開くように促した。ゆっくりと、戸を横にずらす。

 教官室に人の姿は無く、大きめの机が規則的に並び、壁に数本の片手剣が立て掛けて在る。争ったような形跡は無く、綺麗なまますべてが残っていた。


「………レクト、使え」


 イクトは壁に立て掛けてある剣の一つを色黒に投げ渡した。色黒は一度それを落しそうになったがなんとか受け取った。


「イクト、こんなもん投げたらいかんぜよ」


「悪い。オイ、見つかったか?」


 反省している風も無く淡泊に答え、少女に声を掛ける。少女は忙しそうに机の引き出しを片っ端から開けていた。

「残念ですが」


 少女は独り言のように呟いた。引き出しを閉じ、二人の元へ歩み寄る。外から内から銃声と叫び声が止むことはない。


「全く分かりません」


「そうか」


 短く、冷たく答える。イクトはレクトを睨み付ける様に見た。


「此所に居る理由はもう無い。上へ行くぞ」


「なんでぜよ? こんな所とっとと…」


「あの地獄の如き戦場で、私たちが生き残れますか?」


 少女は視線を外に向けた。死体が通りを埋め尽くし、家屋が燃え盛り、血の海が広がる。レクトは忌々しげに舌打ちした。


「たとえ生き残ったとして、俺たちは学徒兵扱いになるんだ。敵前逃亡がどんな罰を受けるか知らないが、最終的な結果は変わらないさ」


 勢い良く、扉が開いた。視界に映ったのは鈍色の銃口。

言葉より先に体が動いた。二人の首元を掴み机に潜り込ませる様に投げ飛ばす。

破裂音と弾丸が鉄製の机を撃つ音が響く。


「ウゼェんだよッ」


 銃口だけを机から突き出し、遮二無二勘に頼りきって引き金を弾く。

響いたのは炸裂音と金属に弾丸が擦れる音。


「……外したか…」


 舌打ちし、手を引っ込める。弾倉は既に空。


「退いてください」


 少女がイクトを押し退ける様にして、机から飛び出した。動作音が聞こえる。恐らくは照準を向け直した。


「燃えろォォッ」


 高い声が響き渡り、辺りが赤く染まる。鮮やかな紅、肌を焼く熱。

一瞬何が起こったのか、理解が出来なかった

 だが、直ぐにそれを理解する事になる。人が焼け焦げる匂いが、辺りに広がる。飛散した脂肪が唇をべたつかせる。

イクトは机から顔を覗かせた。悲鳴とも、もはや声と言えそうにない音を上げて人間が燃えている。金属の防御板が溶けかかっている。


「お前、どうやって?」


 少女の方へ視線を這わせた。少女は無表情に、事も無げに語る。


「砕きました。都合良く石があったので」


「無茶苦茶ぜよ…」


 絞り出すように、レクトは声を発した。それは当然の意見だ。少女は手首に取り付けられたリングを、恐らくは薬学の授業に使う予定だった鉱石で砕いたのだ。骨もろとも。


「応急処置だ」


 イクトは立て掛けられている剣を抜き、二本の鞘を持って来た。


「おねがい、します」


 痛むのか、少女は顔をしかめた。いや、痛まない筈は無い。相当に無理矢理やったのだ。綺麗に折れたならまだましだが。


「その辺りに紐か何かあるだろ? 持って来てくれ」


「……わかったぜよ」


 レクトは頷き、机の引き出しを漁り始めた。


「冷やせば痛みは引くんだろうが…」


「無理、でしょうね」


 相変わらず淡々と少女は話す。痛みは相当なものである筈なのに、言葉にそれを感じさせない。表情を盗み見れば、また仮面でも張り付けたような無表情に戻っていた。

「あったぜよ」


 レクトに渡された平均身長より少し長い紐を落ちていたハサミで三つに切り分けた。


「……しかし、何故このような事に」


 鞘で腕と手首を固定するように挟み、紐でキツめに縛る。


「随分前から話自体はあった。不思議な事じゃない」


 持っていた剣をベルトのソレ用の止め金に差し込み固定する。なんとなく心細い気がして、もう一本帯びる事にした。


「確かに、そうですね」


「でも、誰にも気付かれずにあんな鉄の塊が来れるわけないぜよ」


 わけが分からない、と言いたげにレクトは頭を抱えた。冷たい少女の視線が触れる。


「そういう能力があるんだろうな、推測の域は出ないが」


「そんなことより、どうします?」


 イクトは兵士の死体の懐から代えの弾倉を奪い取った。

安全装置を入れ、弾倉を外し新しいものと入れ替える。


「と、とにかく逃げれないなら上ぜよ。上へ行くぜよ」


「間違いじゃないと言えばないがな」


「相手が降下して来ている今の状況では効果は薄いかと」


 死体を蹴り飛ばし、戸に手を掛けた。少女は何を考えているか分からない表情で外を流し見た。


「まぁ、喋っていても仕方ないだろう。上に行こうか」


「わかったぜよ」

「使ってください」


 少女が投げた何かをイクトは掴んだ。それは良く手入れされた手鏡、大きさはポケットに何とか入る程度。


「助かる」


 手鏡を戸から突き出し、廊下の様子を反射して見える虚像から伺う。人影は、ない。


「居ない、見たいぜよ」


「だからと言って直ぐに飛び出すのは危険です」


 レクトと少女が後ろから鏡をのぞき込む。イクトが二人に目を向けた瞬間、手鏡が砕けて散った。


「なっ……」


 反射的に銃身を突き出し、弾が飛んで来た辺りに発砲する。手鏡の柄が床に落ちて跳ねた。


「イクト、闇雲に撃っても弾の無駄遣いぜよッ」


「喧しいっ」


 肩に重い反動が伝わる。指先まで痺れるような感覚。

ハンマーが空の弾倉を叩いた。


「――ッ」


 永遠にも等しい一刹那に息を飲んだ。焦りが全てを支配し、代えの弾倉を込めるのが一瞬遅れた。


「退けッ」


 珍しく切迫したレクトの声と共に首に負荷がかかる。

目の前に少女が飛び出した。

鼠色の小さな丸いものが廊下から投げ込まれる。


「展開、秩序の盾」


 澄んだ、しかし抑揚のない声が響く。視界が大きく揺れる。赤い炎が立ち上ぼる。耳の奥が痛い。


「爆だ、ん?」


 口の中が乾き切って居る。煙が晴れた。イスや机が焼け焦げ、鉄片が辺りに突き刺さっている。

 視界が、開けた。 


「何とかなりましたね」


 何ごともなかった様に、少女は服に付いた埃を払いながらつぶやく様に言う。体が、上手く動かない。


「死ぬかと思った……」


 溜め息と共にレクトが呟く。体中から力が抜けた、気がした。頭の中が冷静になる。


「……」


 荒い息遣いと、足音が聞こえる。できる限り消して居るつもりなのだろう。


「くたばれェェッ」



「な、にィィ!」


 兵士は驚いて居る様だった。無理もないが。

兵士が慌てて銃口を向ける。


「遅い、な」


 銃身を蹴り上げる。弾丸は天井にめり込んだ。体制が崩れる。


「くっ」


 腹を蹴り飛ばし、倒す。銃口を頭に突き付け、ためらう事無く、引く。


「上から、だな。やはり」


「ですね」


 気がつくと少女が後ろに居た。案外、存在感が無いかもしれない。


「そんな事は始めから分かってるぜよ」


「……そうか」


 死体からまた、銃と代えの弾倉を奪い取り、レクトに押しつける。


「一番後ろから付いて来い」


 それだけ告げ、走り出す。長くとどまって居るのは危険だ。とにかく、上を目指そう。



 「さすがに多いな」


「やはり、これ以上は無茶かと」


 三階まで来ると随分と死体や生きて居る敵の数も目に見えて多くなった。


「弾が足りないぜよっ」


 半身を柱の影から出し、撃つ。火薬の香りが脳を刺激する。快感を覚えて、いる。


「知るか。死にたくなけりゃ撃て、拾え」


 体を柱に隠す。弾丸が柱を擦り後ろへ飛ぶ。緊張で胃が痛む。息を吸い近くにある死体の内ポケットからねずみ色の塊を奪い取る。


「火、頼む」


 導火線を少女の前に突き出す。小さく頷き、彼女はソレに火をつけた。指輪のについた赤い石が砕ける。


「伏せろッ」


 叫び、ねずみ色の塊を投げ付ける。腹の底に響く大音量。ガラスが飛び散る。


「随分静かになりましたね」


「一体、どれだけの兵力を注ぎ込んで…」


「知るか、一個大隊位だろ」


 唇がべたつく。焦臭いにおいが廊下に満ちる。イクトは前髪を掻き揚げた。


「大隊を学徒兵と警備隊程度で押さえられますか?」


「無理ではない。無茶ではあるが」


 学校に侵入した兵はあらかた片付いたようだ。もう、悲鳴も銃声も聞こえない。


「此所には一中隊、くらい?」


 レクトが視線を階段下へ向けた。

「……何か、来るぜよ」


「………何か、とは?」


 微かに、聞き覚えの無い音が聞こえる。金属が軋むような、不快な音。


「何だ?」


 何かが階段をゆっくり上がって来る。足音が聞こえる。近付いて来ることがハッキリと分かる。


「……っ」


 ねっとりとした絡み付くような、不快な空気。冷たい汗が背中を伝う。


「あ、れは…何?」


 少女からも戸惑いの色が伺える。視線の先には、異様なモノが有った。甲冑の化け物みたいな物体。


「止まれっ」


 弾丸のほとんど残って居ない銃を向ける。甲冑の化け物は止まろうとせず、階段を上り続けた。


「あんな鉄人形に言ってもムダぜよっ」


 レクトの銃口が火を吹く。厚い鉄の扉にでも当てたような音が響く。


「甲冑にそんなモンが効くかッ」


 イクトは階段を一段飛ばしで駆け下り、渾身の蹴りを甲冑に叩き込んだ。鈍い痛みが足から伝わる。


「避けろ、イクトォォッ」


 レクトの叫び声に、頭より先に体が反応した。体を左に反らす。と、同時に引き裂くような爆音が響く。


「きゃぁぁっ」


 少女の、声が聞こえた。「大丈夫ぜよ?」


「な、なんとか」


 差し出されたレクトの手を取り、腰をさすりながら少女が立ち上がる。柱や天井に銃弾の後が残って居る。今までの銃器ではあり得なかった破壊力だ。


「イクト、ソレはヤバいぜ……よ…」


 レクトは自分の声がかすれていくのを感じた。ねっとりとした絡み付くような空気。心臓が跳ねる。嫌な汗が流れた。


「ブっ飛びやがれッ」


 イクトの拳が甲冑の腹部を捕らえた。


「何をバカな…」


 咎めるような少女の声を遮り金属の塊が吹き飛んだ。

塊は階段から踊り場に直接叩き付けられる。


「――っ、逃げるぞッ」


 甲冑に叩き付けた拳をさすりながら、イクトが叫ぶ。階段を駆け上がって来たイクトと一緒に逆方向の階段を目指し走った。


「どうするぜよ?」


「もう無理だ。逃げる」


「……しかし」


 階段を駆け降りる。甲冑が追いかけて来る気配は今のところ無い。


「銃口を向けられても、爆弾を目の前にしても、死ぬとは思わなかった」


 だが、あの甲冑は、違う。殺される、死ぬ、と本気で思った。レクトも少女もそれ以上何かいおうとはしなかった。



 「どうする?」


 校舎を飛び出し、正門を抜け市街地を走る。倒壊した家屋のせいで足場が悪い。


「上から見た様子では、西側が手薄でした」


 少女の足取りは少し危なっかしく感じる。何度か躓きそうになりながら付いて来て居た。


「…………」


 ふだん騒がしいレクトが、妙に静かだ。学校内でも、比べれば静かだったが、市街地に出てからはより一層押黙ってしまっている。


「……イクト」


 兵士の血と油で切れ味の落ちた片手剣を捨て、レクトは絞り出すように声を発した。


「無駄口なら…後にしろ」


 なんとなく、言いたい事は分かる。だから何だと言うのだ。


「イクトッ」


 レクトが声を荒げる。だから人間は面倒だ。倒れた敵兵の胸に剣を突き刺す。


「……生き残ってからにしましょう、全部」


 少女の抑揚の少ない声が、苛立ちを押さえ付ける。


「……わかった、ぜよ」


 敵を、切り倒し、ひたすら走る。息がきれる。心臓が激しく踊る。


「吹き飛べ」


 少女が手を翳す。突風が、西門を塞ぐバリケードを見張り役の兵士ごと吹き飛ばした。


「走れッ」


 躓きそうになりながら瓦礫の山を越えた。煉瓦を敷き詰めた舗装路が土に変わる。

振り返らずに走った。すぐ後ろに二つの荒い吐息。


「こちらに、行きましょう」



 少女が道を逸れた森を指差す。余り広くない、確か訓練用の森だったはずだ。


「追手は来ないみたいぜよ」



「そうか…。わかった」


 道を逸れ、木々の重なる暗い森に足を踏み入れた。




機械類が並ぶ狭い空間で、若い男は溜め息を吐いた。気が進まない、という言葉が頭の中で何度も繰り返される。


「シーア少尉、例の鉄人形からの通信が途切れました」


 よく分らない機械を耳につけた茶髪の女性が声を掛けて来た。シーアはあくび混じりの顔を向ける。


「了解、制圧の方は?」


「東地区以外は完全に制圧しています」


 エンジン音がヤケにうるさい。独特の籠った空気にシーアはウンザリしていた。


「折角、御空の散歩と洒落込むつもりが、胸糞悪い仕事仰せ使ってウンザリだっての」


「少尉殿、そのくらいにしてくださいな」


 後ろで蝶番が悲鳴をあげた。この船にそんな音を立てる扉はなかったはずだ。

シーアは弾かれたように振り返った。


「遊びに来たよ、シーアっ」


 嬉しそうに少年が笑う。その後ろには悪趣味な赤いマンとの男。


「随分と暇人何だなァ、レウ゛ィア中尉様は」


「はいはい、喧嘩はダメだよ」


 頭一つ半以上身長差のある少年が手でシーアの口を塞いだ。ムッとした顔でシーアはその手を払う。


「暇ではありませんが、マリウス殿の要望でして」


「マリウス殿の頭脳で鉄が空を飛び、鉄人形が戦場を闊歩する。迷惑な話だ」


 溜め息混じりにシーアはつぶやく。あまり大声で言えることではない。


「ね、ね、ちょっと降りてみよーよ。僕、最近動いてないんだよ」


 少年特有の高い声で頼みながら、シーアの服の袖を引く。迷惑そうな顔をしてはいたが、最終的には折れた。


「わかったよ。降下用意!」


「ハッ、降下します」


 振動が体に伝わる。プロペラ音が耳に響く。


「雨が、降りそうですね」


 誰の耳にも、届かぬ言葉がこぼれた。


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