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リレー小説 ・秋 『エトワール』

作者: あべせつ

甲姫 →タカノケイ →観月 →あべせつ (起承転結)の順 


観月企画【リレー小説・秋】参加作品集

参加者

<a href="http://mypage.syosetu.com/477553/">あべせつ</a>・<a href="http://mypage.syosetu.com/341105/">甲姫</a>・<a href="http://mypage.syosetu.com/513620/">タカノケイ</a>・<a href="http://mypage.syosetu.com/444249/">観月</a> (五十音順敬称略)


作品を読まれてご興味のあります方は、各々の作品もどうぞご覧くださいませ


 鳩の写真を撮っていた。

 鳩と言えば、純白の翼を広げる姿を平和の象徴とする世界的文化もある。しかし今、少なくともファインダーの向こうで跳ねているこの公園の肥えた鳩は、そんな崇高な存在では決してなかった。

 綾島あやしま和希は何も考えずにシャッターを押した。鳩が可愛いとか好きとか、そういう類の感情は無い。あるのはあの呑気さに対する羨望のようなものかもしれない。

 

カメラを支える両手を一旦休めて、和希は短くため息をついた。焦げ茶色に染めている髪が、春ののどかな風に撫でられて鼻の下をくすぐる。

 大学卒業が間近になり、就職先も決まっている。普通なら心が軽くなるはずの時期だと言うのに、和希を苛む悩み事は二つあった。

 一つ目は言うなれば深刻な悩みではなかった――心に留めていた同級生が数年来の恋人との婚約を先週発表した、という。

 ふと、鳩たちが一斉に右に向かってトコトコ歩き出した。急いで和希は再びカメラを構え、被写体を追う。長方形の視界の中では黒や白や灰を多様に組み合わせた色の鳩が五羽、我先にと競い合うように前に出た。五羽が十羽に、やがて物凄い数に、視界の中では鳥の総数が増えた。

 

若そうな一羽が翼を広げて飛び上がった。面白そうだったのでその横姿を追うと、白いブラウスを身に着けた女性に鳩が大胆にも襲い掛かった。サンドイッチを食んでいたところ、パンくずが胸ポケットの辺りに落ちたのだ。

 そこまで撮ってから、「しまった」と思った。食糧源、人間が近くのベンチに腰を下ろしたから鳩が動いたのである。その人間を断りなく撮ってしまったことを、すぐに詫びねばならない。

 しゃがんだ姿勢をスッと正し、カメラを顔前から下ろすと――急に両手から重みが消え去った。目をぱちくりさせている間に、フィルムが抜き取られていた。

「……ちょ、何すんだよ!」

 怒鳴っても時既に遅し。ビーッと空しい音を立てた後、フィルムはぐちゃぐちゃに地面に投げ捨てられていた。

「許可したプロ以外は撮影禁止よ。勝手な真似はやめてもらいたいわね」

 優しげなメイクの印象とは似合わないキツイ口調の美女は、長い薄茶色の髪をたなびかせて踵を返した。彼女の去り行く先には、なるほど何かの大きなイベントが開催されているらしかった。さしずめ、休憩で持ち場を離れた主役と言ったところか。

「あの顔どこかで……」


「おお、『世界のサヤ嬢』じゃん!? 祖父がビジネスで大成してつくった金を慈善事業に注ぎ込むことで有名な、慈母みたいなお嬢様!」

 突如隣に現れた友人、秀仁ひでとが嬉々として言う。テレビでは猫被っていたみたいだけど、と和希は苦笑する。

「でも本城沙綾か。実物も超キレイだな。後姿に見とれてたのか? お前、ああいう凛とした美女よりちっちゃくて癒し系なのが好みかと思ってたけど」

「いや、この際おれの好みは関係ない。問題はそこじゃなくてだな」

「問題?」

「実は、父さんの遺言状でその人と結婚するように命じられてるんだ」

「お、おぉう。そういえばお前わりかし自由にやってるけど、元は古い家の坊ちゃんだったな」

「はは……」


 綾島和希の二つ目の悩み――それは、先代から傾きかけた実家の財政を立て直すために、成り上がった富豪の家への婿入りが決まっていることだった。家督を継いだ優秀な弟との、長男としての約束であった。



 それにしてもタイミングが悪すぎる。和希は成人式以来のスーツに身を包み、慣れない高級料亭の座敷で深いため息を付いた。

 和希は今、本城沙綾を待っている。本城家の財力が必要な綾島家と、綾島家のネームブランドが欲しい本城家としては「変な虫がつく前に、とっととくっつけておきたい」と言ったところなのだろう。急な顔合わせの申し出だったが、大学に通いながら傾いた実家の事業を切り回している弟のことを考えれば断ることも出来ない。

 

問題は……初顔合わせということになっているのに、一週間前に会ってしまっていることだ。しかもお互いの第一印象は最悪である。胃が痛くなってきて、和希は本日何十回目かのため息を付いた。

 一週間前の公園で、沙綾は和希を婚約者だとは気がついていないようだった。でも今日は隠し撮りしていた男だと気が付くだろうし、その誤解を解ける気もしない。しかも家業を継ぐ能力もなく、イケメンでもない。がっかりするんだろうな……和希はとうとうキリキリと痛んできた胃をスーツの上からさすった。


「お連れ様がお見えです」

 障子の向こうから声が聞こえて、目をやると二つの影が映っている。どきん、と跳ね上がった和希の心臓が落ち着く間もなく障子が開いた。

「料理を運んでください」

 素っ気無く伝える声が聞こえて、本城沙綾が現れた。座敷に座っている和希との高低差もあるのだろうが、見下しているような顔に見える。それでも沙綾は充分に美しかった。何の躊躇もなく和希の向かいに座り、沙綾は口を開いた。

「私はあなたと結婚する気はありません」

 和希が何を言われたのか理解する時間すら与えずに沙綾は続けた。

「あなたの家の事情も、父の夢も知ってる。でもそれは私には関係ない。婚約破棄するんだから、それなりの慰謝料は父から出ると思う。あなたも父の息のかかった会社に就職する必要はないから、好きなことをしてください」

 最後だけ敬語で言って沙綾は頭を下げた。沙綾のいったことが目まぐるしく和希の頭の中で回転する。弟と母の顔が目に浮かんだ。それに……

「今更……」

 和希の口からぽとりと言葉が落ちた。長年思いを寄せた同級生が他の男と付き合いだす前なら、就職活動をする前なら、カメラマンになるという夢を捨てる前なら――

「カメラマンになりたいんですよね」

 呆然として俯く和希の頭の上から、沙綾の言葉が落ちてきた。

「はい」

「応援しています。では食べていってくださいね」

 沙綾はすっと立ち上がり、入ってきたときと同じように颯爽と去っていった。カメラマンになりたかったことを何で知ってるんだ? 和希が疑問に思ったとき、二人分の前菜が運ばれてきた。


 「ふざけんじゃねーぞ! まてこら!」

 料理を前にして、和希の中で今まで抑えていたものがパチンとはじけた。立ち上がると沙綾さやを追った。障子に手をかけて身を乗り出すと、その向こうに銀縁メガネをかけた長身の男が立っていた。沙綾は廊下の少し先でこちらを振り返っている。

「えっと……あなたは?」

 和希は目の前の男に聞いた。

「申し訳ありません。私、沙綾のマネージャーをしております榊と申します」

 榊は丁寧に一礼すると、カバンから名刺を取り出して和希に差し出した。

「ああ……どーも」

 和希は名刺にチラリと視線を這わせると、すぐに榊に向き直った。どうやら、沙綾と話をするより榊と話をした方が早いと判断する。

「ねえ榊さん、俺一人で二人分の料理とか、無理だと思いません?」

「え? ええ、それは……」

 榊は予想だにしない問いだったらしく、戸惑ったように答えた。

「ってわけで、料理はあなたたち二人で食べて行ってください。それから、俺のこと調べたようだけど……」

 和希はわざと沙綾に聞こえるように少し声を張って言った。

「すいません、私が調べさせていただきました」

 榊が深々と頭を下げて謝ると、何故か沙綾が地団太を踏んだ。

「榊! なんで謝るのよ。私が調べてって言ったんだから、あんたは悪くないわ!」

 沙綾はつかつかと戻ってくると、榊の腕をとる。

 和希はそんな二人を見ているとなんだか急にこの状況がばからしく思えてきた。綾島の家のためとそれまでは考えてきた。今日だってついさっきまでは、何とか沙綾に気に入られる方法はないかなんて、心のどこかで思っていたのだ。

「沙綾さんが俺と結婚したくないというなら、もちろん破談にしてもらって構わない。二人の間で何が始まっていたわけでもない。慰謝料もへったくれもないだろう? だが、勝手に俺の人生を決めてもらいたくはない」

 

きっぱりと言い切ると、沙綾が下唇をかみしめて和希を見上げた。

「俺は、別に写真をあきらめるわけじゃないし、就職もするつもりでいる。それとも何か? お前と結婚しない俺は会社にいらないってことか?」

 沙綾の顔が真っ赤に染まる。

「誰もそんなこと言ってないわ!」

 今にもかみつきそうな勢いで一歩踏み出す沙綾を榊が体を張って押しとどめている。

「沙綾さん!」

 榊が沙綾の肩をゆすった。大きな声ではなかったが、今までの声とは違う。短く低い声に有無を言わせない響きが込められる。

 ひゅっと沙綾が息を呑み一瞬体をこわばらせると、うかがうように榊を見上げた。

 和希はそんな二人を見て、片手で顔を抑えると「はいはいはい、んじゃ、俺はここで失礼」と言い捨てて、足早に料亭を後にした。



「和希、来月のコンテストに応募するんだって? だったら今日はお前も撮らせてもらいな」

「えっ、いいんですか?!」

「ああ、外国人のモデルはなかなか契約外には撮らせんけど、今日のは日本人だ。同郷のよしみで話が早いだろ」

「師匠~、ありがとうございます。恩に着ます」

 俺はいそいそと自分のカメラをバッグから取り出して三脚にセットし始めた。 


 

 あの日、早々に帰宅した俺から破談になったことを知らされると、母と弟は蒼白になった。その後も二人は俺を責めはしなかったが、俺自身が自分を役立たずだと思えて家に居たたまれなかった。そこで俺はすべてを捨てて一からやり直すことにした。沙綾の父絡みの会社の内定を辞退し、大学も中退した。 

《今に見てろ! 絶対プロのカメラマンになってやる!》


 俺は有り金はたいてパリに飛ぶと、亡父の親友・工藤信吾の元に愛機の一眼レフだけを持って転がり込んだ。工藤はフランスでもっとも発行部数をほこるモード雑誌『エトワール』の専属カメラマンだ。彼は快く俺を住込みで弟子入りさせてくれた。

 アシスタントをして三年。新進気鋭のカメラマンとして一本立ちするにはやはり有名なコンテストでの受賞が欠かせない。年齢的にも二十五歳が山場と言われているこの業界で、俺も正念場を迎えていた。 



「モデルさん、入ります。工藤先生、よろしくお願いします」 

スタッフが工藤に声をかけると同時にスタジオのドアが開いて東洋系のモデルが颯爽と入ってきた。

「え?本城沙綾?」 

愕然とする俺を尻目にステージに立つと沙綾は様々にポースをつけ始めた。工藤もにこやかに指示を出しながらシャッターを切りまくっている。俺もあわてて三脚にかけよると夢中で撮影を始めた。



 十五分間の休憩になった。この間に機材のチェックをしようとかがんだ俺の前にコーラの缶が差し出された。見上げると沙綾だった。

「あんた、モデルになったのか」

「そうよ。夢を叶えたの。あなたもカメラマンになったのね」

「ああ」

「じゃあ、あの時のこと、謝らないわよ。むしろ私のお陰と感謝してもらってもいいぐらいなんじゃない?」

「相変わらず傲慢だな」

「ま、せいぜい綺麗に撮ってよね」

「撮らせてもらってもいいのか?」

「もうさんざん撮ってるんでしょ?それにね」

「それに?」

「応援するって言ったでしょ」

 そう言い残してステージへと戻る沙綾を、俺は初めて心の底から撮りたいと思った。

 。           完




リレー小説・秋

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