七話 道程
七話です。日常パート? になるのかな? 殆どが日常パートな気がしますが本当の意味での日常パートは初めてかも?
馬車に揺られること数時間。やっと痺れ薬の効果が抜けてきて体もある程度動くようになってきた。とはいえ、未だに手足が縛られている現状は変わらない。
目の前にいる少女はこの数時間ずっと俺のことを見て笑みを浮かべていた。なにが楽しいのか全く分からないし正直ずっと見られていて気持ちのいいものではない。その趣旨を説明したがこの聖女様は気にしないでくださいの一点張りでどうしようもない。気にしないでとは言うが、ずっと見られている状況で気にしないようにすることなんて当然できるはずもない。
「で、お前はなにか俺に話でもあるのか?」
縛られた状態でなんとか起き上がって座り、未だにその場から動く気配のない少女へ問いかける。
「そうですね。あなたがどのようなお方なのか知りたいです」
「どのようなって……、ただの盗賊以外なにも言えることはねえぞ」
色々とあるにはあるが、まさかこの体が別人のものだとか言ったところで信じられるはずもないし、この聖女のことをよく知らないうちにそこまでの話をしたくはない。
「そういうものではなく、あなたの人柄というものを知りたいんです」
「それこそ見りゃわかんだろ。こんな顔した奴が品行方正だと思うか?」
「私から見れば、当たらずと雖も遠からずといった風に見えますね」
「んだそりゃ……お前の目は節穴か?」
「なにを言っているんですか。私は人を見る目はあるつもりですよ!」
珍しく強めの口調で返してきた。どうやらそこら辺に関してはだいぶ自信を持っているらしい。しかし眉を軽く吊り上げ、頬を膨らませていかにも怒っていますよといった表情はどうにも迫力がなく、可愛いという感想しか出てこない。
「あっ! そういえばあなたのお名前を聞いていませんでしたね。今更ですけど、お名前を教えてもらってもいいですか?」
「あぁ、そういや名乗ってなかったな。俺の名前はグリードだ。姓はない」
「ありがとうございます。グリードさんは既に知っていると思いますけど、私の名前はシーナといいます。これから長い間よろしくお願いしますね」
「いや、聖女であることは知っていたが名前は初めて聞いたな」
だいぶ遅い自己紹介となったが、この聖女の名前がシーナというのは本当に初めて知った。というよりも、俺は聖女という肩書以外のことを全く知らない。ただこの国で重要な立ち位置にいるという情報しか持っていない。
「そうですか……。しかし、これから知っていけばいいんです。時間はいっぱいありますからね」
俺が知らないと聞いて項垂れるが、すぐに気を取り直して元気よく言い放つこの少女は見た目や話し方から大人しめの性格かとも思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
そのあとも適当な話を続け、今は街道近くにある広場で野営の準備に入っている。聖女と一緒に捕まっていた少女たちは、どうやら馬に乗って移動していたようで、馬車の近くには馬が木に繋がれていた。
未だに手足は縛られたままだが、馬車の外に出ることはできた。体育座りの状態でなんとか進めはするが馬車を降りるときは途端に難易度が上がる。本当にくだらないことだとは思うが、手足を縛られている状態というのは思った以上に体を自由に動かせない。
今は俺の近くに聖女はおらず、あのとき一緒に捕まっていた少女のうちの一人が立っている。俺が不審な動きをしないように見張っているのだとは思うが、この状態で何かができるとは思えない。もしも俺が魔法を使えたらと思ったところで、そういえばこの縄だけで縛るのは不用心すぎないかといった考えが頭をよぎる。
その考えがよぎった瞬間に、鑑定でスキルを見られているのだったと気が付いてしまったが。
それにしてもこの少女たちの手際はいい。それぞれ役割分担をしっかりしていてそこまで時間が掛からず終わってしまった。
野営の準備が終わったところですぐに食事の用意をするようだ。俺の見張りをしている少女以外、聖女含め全員で用意をしている。あの聖女は野営の準備も手伝っていたが、見た感じでは普段からやっているらしくほかの少女たちと同じように動けている。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「んあ? どうしたよ。暇ならあっちを手伝ってきていいんだぞ」
ぼんやりと準備している様子を眺めていると、突然俺の監視をしている少女が話しかけてきた。まさか話しかけてくるとは思わず変な声が出てしまった。
「私はあなたの監視を頼まれています。それを放り出してあちらの手伝いをするつもりはありません」
変な声を上げたのを誤魔化すための方便に、律儀にも返してくる。どうにも真面目過ぎるが、御者をしていた少女もやたらと真面目な雰囲気だった。もしかしなくても聖女以外はみな真面目なのだろう。
とはいえ俺も暇をしていたので、この少女から話しかけてくれたのは都合が良かった。監視をしている少女はあの返答以降俺の返事を待つかのように黙って俺のことを見つめている。このまま黙っていればいつまでも話し始めないのかがきになるが、そこまで意地悪をする必要もないしこれ以上印象が悪くなっても、これから数ヶ月の間が面倒なことになりそうだ。
「冗談だ冗談。んで? 俺になにか聞きたいことがあるんだろ?」
「はい。なぜあなたは私たちを助けたのですか? 私たちを助けたとして、あなたに利があるとは思えません」
「なにを聞くのかと思ったが、そんなことか。簡単に言や気まぐれだ。特に理由はねえし、利云々も考えちゃいねえよ」
合ってるとは言えないが、間違っているとも言えない。俺が助けようと思ったのは、ただこの少女たちがあいつらに犯されるのを見たくなかったから。言い方を変えれば気まぐれだとも言えるし、利に関しても同じことだ。そこまではこの少女に言うつもりはない。
「気まぐれ……ですか。ですが助けられたのは事実です。遅れましたがお礼を言わせて下さい」
「いやいやいや、そもそもの原因は俺なんだぞ。あの聖女といい、お前らは馬鹿しかいないのか?」
「馬鹿とは心外です。原因があなただとしても、私たちは結果的に助けられた。それにたいしてお礼を言うのは当然です」
なにか間違っているかと言わんばかりに返されてはなにも言い返せない。やはり真面目だ。しかしこの少女は御者をしていた少女とは違って、俺に対してそこまで嫌悪感を抱いているようには見えない。
「まぁ礼を言われて悪い気はしねえが、なんか釈然としねえな」
「私が勝手に感謝しているだけです。気に入らないのであれば聞かなかったということにしてくださってもかまいません」
「いや、まぁそこまでじゃねえがよ……」
どうにもこの少女たちには調子を狂わされてばかりな気がする。というよりも、この世界に来てから本調子だったころがあっただろうか。
「食事の準備終わりましたよー!」
監視の少女とそんなやりとりをしていると、どうやら食事ができたようで監視の少女と同じ装備を身につけた少女が、声を上げ呼びかけてきた。
「それじゃあ私たちもあちらへ向かいましょうか」
「俺も食っていいってのは嬉しいんだがよ、このままあそこまで行くのはちょっと辛いぜ?」
ここからみなが集まっている場所まではある程度の距離がある。普通に歩けるならばそこまでの距離ではないが、流石にこの状態であそこまで辿り着くのは難しいし、あの動きを見られるのが多少恥ずかしいという気持ちもある。
「あー……、それもそうですね。ですがその縄を外すかどうかの判断は聖女様に聞いてみなければできませんので、少々お待ちください」
「おう。助かる」
俺の返事を聞いてすぐ監視の少女は聖女のところへと向かう。あちらからこちらを見ている聖女は、なぜ俺が来ないのかと疑問の表情を浮かべていたが監視の少女からの問いを聞き、得心がいったかのように頷きなにやら返事をする。こちらからではよく聞き取れないが、監視の少女は返事を聞きすぐにこちらへと戻ってくる。
「どうやら縄を外しても大丈夫なようです」
「おお、思っていたより簡単に外してくれんだな」
「聖女様の人を見る目は確かですから。では少々失礼します」
そう言って俺の後ろに周り縄を解いてくれる。足の縄もついでに解こうとする少女を流石に止め、自分で解く。やはり自分で自由に手足を動かせるというのはいい。たった数時間ではあったが手足を動かせないのは相当辛いものだった。
「それでは気を取り直して向かいましょう」
「そうだな。てかよ、結局監視の意味はあったのかこれ?」
「少しお話をして判断しましたが、私としては必要なかったことだとは思います。ですが、エレナ様はあなたに対して相当以上に警戒しています」
「エレナっていうとあの御者をしていた少女か」
思い返してみると、洞窟内でも御者をしているときでも俺にたいして色々と言ってきていた。俺からするとそちらの方が当然の反応だと思うのだが。
「エレナ様は聖女様の妹ですからね。あなたにお、おか……犯され、そうになって……その、やっぱり肉親がそういうことをされそうになっていて、収まりつかないのでしょう。それにエレナ様は私たち以上に聖女様を尊敬していますから」
「なるほどな。髪の色はちょっとばかし違うが、確かに顔つきは似ているな。あと、恥ずかしいならそこは無理して言わなくてもよかったんだぞ」
金髪をおさげにして前に垂らすこの監視の少女は、恥ずかしさのあまり顔が茹でダコのようになってしまっている。当然歩きながら話しているわけで、顔が真っ赤になっている少女と俺が来て、聖女は訝しげに。エレナと呼ばれている少女は睨みつけてきた。というよりもエレナは俺が視界にいるときは常に睨んできているような気さえする。
「グリードさん」
「おう? どうしたよ」
「エミリーが顔を赤くしていますが、なにかあったんですか?」
「監視の理由を聞いてたらな」
「なにもなかったのでしたらよかったです。さぁ座って下さい食事にしましょう」
特に疑ってはいなかったのだろう、俺のわかりにくい返事を聞いても詳細を聞かず普通に食事を勧めてくる。座った位置は正面に聖女がいて、その右隣にはエレナが座っている。俺の隣には未だに頬から赤みが抜けていないエミリーと、名前のわからない少女。
「どうぞ」
「お、すまねえな」
食事はなにかのスープにパンのようだ。こういう小説でよく見る黒パンではあるが、そこまで固くはなくスープに浸して食べなくてもよさそうなほどだ。スープには野菜と肉が適度に入っており味もしっかりしていて普通にうまい。少女たちも楽しげに会話していて、それも美味しく感じる理由だろう。
見た目がいい少女たちを見ているだけで目の保養にもなるし、この世界に来て初めて肩の力が抜けた気がする。
食事も食べ終わり片付けをする。俺も一応手伝おうかとも思ったが、流石に自身が使うものを触らせるのは嫌らしく拒否されてしまった。
片付けも終わりみな就寝のため天幕へと入っていく。俺は革袋を取られてしまっているので、自分の天幕がなく、どこで寝ればいいのかがわからない。
「なあ」
「あ、グリードさん。どうしました?」
「いや、寝る場所がねえんだがどうすりゃいいんだ。お前らの天幕で一緒に寝るわけにもいかねえだろ」
「あっ! そうでしたね、今から準備するのは遅すぎますし、グリードさんさえよければ私の天幕で一緒に寝ますか?」
「聖女様!? いくらなんでもそれを容認することはできません! 一日程度であれば外で眠ろうと問題はありません。ですから、聖女様がそこまでする必要なんてないです!」
丁度目の前を通った聖女に聞いてみるとまさかの返しをされ、それを近くで聞いていたエレナが物凄い勢いで食って掛かってきた。天幕は三つで、そのうちの一つは聖女専用らしい。ということは俺と聖女が二人きりになるということで、不安になるのもしょうがないだろう。ここまで来るとこの聖女がなにを考えているのか本当にわからない。
「大丈夫よエレナ。そうだ、それならエレナも私と一緒に眠らない? そうすれば安心でしょ?」
「なっ! しかし……いや、でも……。おいお前。少しでも不審な動きをしてみろすぐにその首を狩りとってやる」
だいぶ迷っていたが、どうやら俺が外で眠る必要はなくなったらしい。しかしあの迷いかたを見ていると、尊敬というよりは敬愛に近いのではないだろうか。エレナが聖女に向ける視線は恋する乙女のそれに近い。
「それじゃあここで立っているのもなんですし、早く天幕に入りましょう」
聖女は言葉とともに天幕へ入り、エレナと俺もそれに続く。
聖女専用の天幕とはいえ中はそこまで狭いというわけではなく、三人がある程度の距離を保ちつつ寝られるほどの広さはあった。寝る位置は端に俺と聖女、中央にエレナということになった。とはいえ俺は手を出す気はない。さっさと寝てしまおう。
シーナとエミリーの話し方は柔らかめの話し方と硬めの話し方で分けましたが、多分わかりにくかったと思われます。一緒に出したら多分見分けつかない感じが……