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天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
城戸動乱編
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城戸炎上

「やったか!?」


 家康が膝を叩いた。

 館の中から歓声、悲鳴、武器を交える音が響く。


「谷内伊兵衛殿がかねてよりの約定通り北門を開けた模様!」


 報告の声が飛んだ。


「よくやった!!」


 家康はにんまりと笑った。


 城戸家の重臣、谷内伊兵衛が徳川に通じていたのだった。


「何だと!? 誠か!?」


 その報に、城戸宗龍は顔色を変えた。


「嘘ではないのか?」

 順八もまた驚いた。

 二人は到底信じることができなかった。


「誠でございます!北門を開けて徳川軍を招き入れたのは谷内伊兵衛殿!」

 報告に来た兵は悔しさの余り目に涙を浮かべていた。

「伊兵衛が……何故だ……」

 宗龍は茫然とした。


「そう言えば今回徳川が来てから、伊兵衛の様子はどことなくおかしゅうございました」


 と、順八も唇を噛んで言うと、報告に来た兵が早口で言った。


「殿、ここはもう危のうございます! 北門が開けられ徳川軍が侵入して来た以上、正門やその他の門も開けられてしまうは時間の問題、どうかお逃げくだされ!!」


「む……」


 宗龍は無念の余り唇をかみしめた。


「殿!」


 順八も逃げるよう促す。


「逃げるなど無駄じゃ……。北門は緊急の際に脱出する為の門。そこから敵が侵入しているとあれば最早逃げることはできん」


 宗龍は唸るように言った。


「我らが何としてでも血路を切り開きます。どうか我らについてお逃げくだされ!」


 宗龍は館中を見回した。


 塀の上では味方の兵が次々と倒れている。

 北門の方では侵入して来る徳川軍を防ごうと兵士たちが死闘を繰り広げているようだ。

 また、塀の向こう、街中から火の手が上がっているのが見えた。どうやら徳川軍が火を放ったようだった。


「無駄じゃ。周りは我らの倍以上の敵に取り囲まれておる。ここを脱出できたとしても外で捕らえられるであろう」

「しかし……」


 宗龍は、報告に来た兵に優しい顔を向けた。


「もう良い、その方、確か善兵衛と言ったな。ご苦労であった、よくぞこれまで我が城戸家に仕えてくれた。今すぐ皆のところに行って皆に何とかして逃げるように伝えよ」

「殿……」

 善兵衛と呼ばれた兵は袖で涙を拭った。

「早う行け!」


 しかし善兵衛は言った。


「殿は我々下々の者の名前も覚えてくれ、いつも目をかけてくださいました」

「当然じゃ、城戸は皆家族じゃ」

「であればこそ今ここで逃げることなどできませぬ!! 今こそこれまでのご恩に報いる時、最後まで戦って参りまする!!」


 善兵衛はそう言うや、すぐに櫓を降りて駆けて行った。


「皆に悪いことをしたのう……。順八、ついて参れ」


 と言うと、宗龍は急ぎ物見櫓を降りた。


「殿、どこへ?」

「わしの部屋じゃ。腹を切る、順八、介錯せい」


 そう短く言うと、宗龍は館の中へ駆け込んだ。



 礼次郎は山中の道を必死に馬を走らせていた。

 順五郎も後を追いかける。


 この道は幼少の頃より慣れており、多少暗くても騎乗に問題はない。


 段々と城戸の様子が大きく見えて来る。


 両軍の篝火と松明で城戸全体が燃えているように赤く見える。

 兵たちの声と剣と剣のぶつかり合う響きが熱い風に混じって聞こえて来る。


「やっぱり徳川が攻めて来てやがる!! くそっ。何でこんなことに!! ふじ……、父上!!」


 礼次郎と順五郎は熱い突風と化して山道を駆け下りて行った。



「ああっ、やっぱり徳川軍が町民まで襲っています! 奥様、おふじ様、早く逃げましょう!」


 妙、ふじ、侍女が大鳥家の屋敷を出たところだった。


 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図。

 皆殺しにせよ、と言う命令を受けた徳川軍の兵たちが無差別に城戸の民を襲っていた。

 徳川軍が放った火により燃えている民家まである。


「何と酷いことを」


 妙は青ざめた顔に涙を流していた。


「父上は……?」


 狼狽しながらも、ふじは城戸の館にいる父順八を心配していた。


「旦那様なら館にいるので大丈夫です!さあ早く逃げましょう」


 侍女がそう促した。


「そうね……」


 そう言って、三人は矢の飛び交う中、城戸を離れるべく駆け出した。


 大鳥家の三軒ほど隣の家を過ぎた時だった。

 ふじが何かに気付いて立ち止まって振り返った。

 その家の軒先に、まだ幼い男の子が座り込んで大声で泣いていた。

 泣きながら父と母を呼んでいた。どうやらはぐれてしまったらしい。

 たまらずふじはその男の子に駆け寄って行った。


「ちょっと、ふじ、何してるの?」


 妙が驚いて止めようとしたがふじはすでに男の子の側に行っていた。


「大丈夫!? お父は? お母は?」

「わかんない、いなくなっちゃった」

 男の子は泣きじゃくる。


 ふじは優しく男の子の頭を撫でた。


「よしよし、じゃあお姉ちゃんと一緒に行こう? お父とお母を探して上げる。もう怖くないよ」


 そう言って立ち上がろうとした時、妙が悲鳴交じりに叫んだ。


「ふじっ、後ろ!!」


 ふじが驚いて後ろを振り返った。


 数人の徳川兵達が矢をつがえた弓から手を放したところであった。

 鋭い光が飛んだ。

 ふじは咄嗟に屈み、男の子に覆いかぶさった。


 二本の矢がふじの背中を貫いた。


 そして間を開けず再び一本の矢が背中に刺さった。


 一瞬であった。


 ふじの身体から力が抜け、崩れ落ちた。


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