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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
城戸動乱編
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城戸館攻防戦

 城戸軍の必死の防戦の前に、徳川軍の犠牲者が少しずつ増えて行く。


 東門の状況を見に行っていた仁井田統十郎が家康の側まで戻って来た。

 仁井田統十郎は顔をしかめ、低い声で家康に言った。


「あまり良い旗色ではありませんな」


 すると家康はふふっと笑い、焦るような表情も無く言った。


「まあこんなものよ。城攻めともなれば攻め手の犠牲はもっと多い。それ故に城を落とす時は力攻めは下策とされる」

「下策……では何か良い策がおありですか?」

「ふふふ……当然であろう。こんな館とは言えあれだけの防衛設備。ここの構造を聞いた昨年より手は打ってあるわ」


 家康は軍配を叩き、大きな目を怪しく光らせた。


 すでに陽は完全に落ち、辺りは夜闇となっていた。

 しかしこの城戸の館の周りだけは、両軍が灯す篝火、松明で昼のように明るい。


「意外と大したことないな、この調子では持ちこたえられましょう」


 順八は物見櫓の上から戦況を見て満足気に言った。

 しかし、隣の宗龍は首を横に振る。


「そう見えるか? わしにはそうは思えん、百戦錬磨の徳川軍がこれだけの攻撃で終わるとは到底思えぬ」

「そうでしょうか」


 その時、宗龍が気付いた。


「見い、あれを」


 そう宗龍が指差した方向、また新たな一軍が土煙を上げてやって来るのが見えた。


 徳川軍の新手である。


「まだあれだけの兵がいたのか」


 順八の顔が愕然とした。


「やはりか……二百、三百、いや、五百近くはおる。隠しておったか」


 宗龍が唇を噛んだ。


 そして、戦況が逆転した。


「見よ、我らの兵が塀を越え始めたわ」


 家康が軍配を塀の方へ向ける。

 徳川軍の兵士らが、増した数にものを言わせ、ついに塁壁を越えて中に降り立つ者が現れ始めた。

 また、一部の者らが塁壁を破壊し始め、大門の攻撃にも取り掛かった。


「よし、次の手じゃ、虎之進、例の合図を出せい」

「はっ」


 家康が指示を出すと、倉本虎之進は部下の一人に何やら言って鏑矢を城戸の館の中に向けて放たさせた。

 大きな音が戦場の上空に響く。

 続けざま二度鏑矢が撃たれた。

 そしてその部下は兵の一部を連れて密かにどこかへ向かって行った。


 するとその時、突然後方でわあっと騒ぎが起こった。


「どうした?」


 家康が振り返ると、


「民が襲って来ています」


 武器を持った町の男達が徳川軍の背後を襲っていた。



「よし、茂吉がやったようだ」


 宗龍が手を叩いた。

 こういう事態に備え、城戸では町の普通の男達に防戦時の戦闘訓練を行っていた。

 逃げる民を装い、四方八方から不意を突いて襲いかかったのだった。

 男達はそれぞれ槍や刀などで襲いかかっては逃げ、また取って返して切りかかり、再び逃げ隠れるなど、波状攻撃をしかけた。


「うろたえるでない! 背後を突かれようと所詮大した数ではない」


 家康が叱咤すると、


「しかし普通の格好の男どもが攻めて来ては逃げるの繰り返しで、逃げると一般の民に交じってしまい、どれが敵なのかわかりませぬ!」


 悲痛な声が上がる。


 家康は舌打ちして爪を噛んだ。

 徳川家康は苛立つと爪を噛む癖がある。

 眼を少し血走らせ、考え込んだ。


 倉本虎之進は家康のその様子を見て言った。


「殿、今ここで背後を攪乱されては今しがた指示した我々の策が無駄になるかもしれない上、下手をするとあの館を落とせぬどころか撤退となるやもしれませぬ。」


「わかっておるわ」


 家康は吐き捨てた。


「殿は何の罪もない民を気遣っておられるが、その民を装って我らの背後を攻撃しているのならば、民への情は捨てねばなりませぬ」


 そう虎之進が言うと、家康は顔色を変えて虎之進を見た。


「その方、まさか……」


 虎之進は冷たい目の色を微塵も変えずに続ける。


「非は、殿が平和的に交渉しに来たにも関わらず、嫡男礼次郎に殿のお命を狙わせた城戸家側にあるのです。その城戸家が卑怯にも民を使って攻撃して来るならば、その民を攻撃しても世の者どもは非難はいたしますまい」


 恐るべき悪魔の進言であった。

 倉本虎之進の非情冷酷な性格には、主君である家康自身も時に恐ろしくなることがある。


「非情に徹しねばなりませぬ」

「…………」


 家康は血走った眼で虎之進を見据えた。

 虎之進は頷くと、前方へ歩き、刀を振り上げて号令した。


「民に化けている以上仕方ない、城戸の者は全て皆殺しにせよ!」


 そして、悪鬼と化した徳川軍の兵が城戸の民に刃を向けた。

 槍を持って走り出す徳川兵たち。

 一斉に放たれた矢の雨。

 悲鳴と絶叫があちこちで上がった。

 城戸の人々は、城戸から脱出しようと必死に逃げ惑った。


 その中にふじの姿もあった。


 その時、城戸の館の中からどっと声が上がった。

 秘密とされている北門の方からだった。


「何事じゃ!?」


 宗龍が振り返る。


「北門の方ですな」

「順八、見て参れ!」


 宗龍が命じたが、その必要は無かった。

 報告の兵が必死の形相で物見櫓を駆け登って来た。


 宗龍の脳裏に、確信に近い嫌な予感が湧き上がった。


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