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天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
天哮丸錯綜編
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謎の老人、如月斎

 天哮丸が収められているはずの鉄の箱の中には何も無かった。


「どうしてだ? 何で何も無いんだ!」


 礼次郎は激しく狼狽えた。

 箱の中を覗き込んだ順五郎らも、


「え? 本当だ、空っぽだ」

「これは一体どういうことでしょうか」

「………」


 それぞれ解せぬ顔をした。


「一体いつの間に……天哮丸の場所はまずわからないはずだ。仮にわかったとしてもあの場所には入ることもできないはず……何でだ……」


 礼次郎は唇を噛み、拳を握りしめた。


「畜生、徳川家康か?」


 順五郎が悔しげに言った。


「天哮丸を狙って動いていたのは家康だ、そうとしか思えん」


 壮之介が頷くと、礼次郎は少し落ち着きを取り戻した顔になり、


「いや、オレはずっと拷問を受けていたが、結局天哮丸の場所を言わなかったので家康はオレを殺そうとしたんだ。天哮丸の場所がわかったとは思えない」

「しかし、現に今、天哮丸は無いぜ」

「だから不思議だ。天哮丸の在り処は城戸家当主による一子相伝。城戸家の中でも他の者が知ることはない。決してその情報が外に漏れることはないんだ」


 礼次郎の握りしめた右拳が震えていた。


「凄腕の忍びならありえまする」


 千蔵がボソッと言った。


「忍び?」


 礼次郎が千蔵を見る。


「超一流の忍びであれば、たとえ一子相伝であっても天哮丸の場所を突きとめることは可能でしょう」

「うん? そう言えば徳川家には……」


 礼次郎が何かを思い出すと、千蔵は答えた。


「そうです。徳川家には伊賀者出身の服部半蔵正成と言う伊賀出身の者が率いる特殊忍者部隊がおります。彼らは伊賀者の中でも選りすぐりの精鋭中の精鋭。彼らならば不可能ではないかと」

「やはり家康か」


 礼次郎は眼を怒らせた。


「無念……やすやすと家康に持って行かれるとは」


 壮之介が悔しがった。


 そして、しばし皆無言になった。


 すると順五郎が沈黙を破った。


「しかし若……こうなるとさっきもオレが言った通り、天哮丸ってのは本当に存在するのかどうか今一つ信じられなくなるなぁ」

「何言ってるんだ?」


 礼次郎が睨んだ。


「いやぁ……天哮丸はすごい宝物だと言われて、俺達城戸の民は当たり前にありがたがってたけど、よく考えてみると城戸家当主しかそれを見たことないんだぜ。それを持てば天下をも得られるが使い方を間違えれば己を滅ぼすなんて言うそんなおとぎ話みてえな剣、本当にあるのかね? 今空っぽのこれを見たらどうも信じられなくてさ。そもそもどんな姿かたちなんだよ?」


 すると礼次郎は即座に、


「天哮丸はある」


 ときっぱり言い、


「オレは父上に連れられてこの龍牙湖で二回天哮丸を見せてもらった。天哮丸は見た目は普通の刀だ。だがその刀身の佇まい、刃紋の優美さ、何もかもが完璧で一度見たら忘れられない。それに、振ったこっちが恐ろしくなるようなあの斬れ味……とても平安の世に造られたとは思えない、まさに魔剣とも言える天下無双の名剣だ」


 こう言い切った時だった。


「それ故に外に出してはならぬのじゃ」


 と、背後より声がした。


 そこにいた礼次郎ら四人の声ではない。


 礼次郎らはその声の方を振り返った。

 そこには、ところどころ煤が付いている山吹色の着物を着た老人がいた。


「天哮丸は奪われてしまったか……やはりわしの予感が当たったのう」


 老人はこちらへ歩いて来ながら言った。


「誰だ!?」


 礼次郎らが身構えた。


「ははは……わしはお主らの敵ではない、安心せい」


 老人は笑って言った。

 白髪交じりの頭髪は薄く、同様に白髪の混じった髭は、かの三国演戯に出て来る関雲長のように長かった。

 そしてその目は一見優しげであるが、眼光は強い。

 一目でただの老人ではないとわかる。


「ご老人、あなたは? 天哮丸を知っているのですか?」


 礼次郎が問うと、老人は礼次郎の顔をじろじろと見て、


「ほう……お主、城戸善三郎宗龍の息子、城戸礼次郎か?」

「え? 何でわかって……?」


 礼次郎が驚く。


「はっはっはっ……やはりか……どことなく善三郎に似ておる。目元は母親そっくりだが。あの時の泣き虫だった洟垂れが立派になったもんじゃ」


 老人は笑った。


「え? ご老人、子供の頃の私を知っているのですか? それに父上や母上も」

「まだお主がよちよち歩きだった頃だがな」


 老人が笑うと、順五郎が、


「若はこの爺さん知ってるのか?」

「いや、初めてだ。ご老人あなたは一体何者ですか?」


 礼次郎が戸惑いながら聞くと、


「わしは如月斎と言う」


 老人が答えた。


「じょ……げつさい?」

「何じゃ、知らなかったか? 善三郎の奴、本当に息子に何も教えずに死んでしまったのか。呆れた奴じゃ」


 如月斎が顔をしかめる。


「何も? 父上とは何の関係が?」

「先日の満月の晩、善三郎が三年ぶりに天哮丸を持ってわしのところに来る日じゃった」


 如月斎の言う満月の晩は、礼次郎らが真田家上田城で必死の脱出劇を繰り広げた日であった。


「天哮丸を持って? 父上が? 何で?」


 礼次郎は何が何だかわからない。

 順五郎、壮之介、千蔵も同じだ。

 皆一様に、この不思議な老人如月斎の話に耳を傾けた。

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