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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
美濃島咲戦争編
66/221

生か死か

 半之助が驚いてその後を追った。


「咲様、行けません、ここは退かねば! 皆の者、追えっ! 咲様をお守りするのだ、急げ!」


 しかし、咲の闘志に煽られて火の玉の如くと化した美濃島軍本隊は、すでに咲の後を追って駆け出していた。


 戦場へ向かって真っ直ぐに馬を駆る咲は、振り上げた刀を一旦鞘に収め、半弓を手に取った。

 そして騎乗のまま矢をつがえると、狙いを定めて素早く放射した。

 幻狼衆兵士の背に突き刺さり、倒れた。

 そしてもう一本、二本とまさに矢継ぎ早、次々と矢を打ち放っては、幻狼衆兵士たちを沈めて行った。


 やがてすぐに、血の匂いがむせ返る中、狂乱の悲鳴が飛び交う地獄に到着した。


 咲は弓を捨てて馬から飛び降りるや、抜刀して眼前の敵兵に素早く斬りかかった。

 幼少の頃より父に武芸を仕込まれていた咲は、一人、二人、三人と次々と斬り伏せて行く。とても女性とは思えぬ強さであった。


 だが、その背へ半之助が声をかけた。


「咲様、ここは一旦退きましょう! このままでは我ら全員打ち取られますぞ! そうなる前に退くのです!」

「ここが正念場だ、ここで退くことはできん!」

「しかし、見てくだされ。味方は次々と倒れて行き、最早どうにもなりません!」

「黙れ! そんなことを言う暇があったらお前も戦え!」



 その頃、仁井田統十郎も大混乱の中にあって必死に撃燕(げきえん)兼光を振るっていた。

 美濃島軍の兵達が倒れて行く中、統十郎は一人獅子奮迅の働きを見せ、彼一人の周りだけ幻狼衆の屍が積みあがって行った。


「皆、踏ん張れ、ここがこらえ時だ! 皆で力を合わせて血路を開くぞ!」


 そう必死の形相で叫ぶ統十郎、一兵卒としてこの戦に参加したのだが、まるで美濃島軍の将のように周りを鼓舞していた。

 だが、それも虚しく、美濃島軍は積み木を崩すかのように次々と倒れて行く。



 ――最早これまでか。このままでは俺とて危うい。



 統十郎は剣を振るいながら周囲を見回す。



 ――仕方ない、ここは逃げよう。



 そう決断した統十郎は囲みを突破するべく、目の前を塞ぐ敵兵を次々と斬り伏せ進んで行った。


 だが、もうすぐに囲みを突破できようとなったその時だった。


 背後より突然の斬撃を受けた。


「がぁ……っ!」


 脱出目前で油断したのか、それとも彼自身の強さへの過信からか、統十郎らしくなく彼の背後に迫った刃の気配を察することができなかった。

 刃は、統十郎の甲冑の隙間から背の肉を抉った。

 たまらず統十郎は腰を落としかけたが、気力で堪えて反撃するべく振り返った。だがその背に、再び別の者の一撃を浴びた。


「がはっ」


 統十郎は顔から地面に崩れ落ちた。


 ――しまった……!


 更に、倒れた統十郎の背の上を、戦っている何者かが踏んだ。

 統十郎は口から鮮血を吐いた。


 ――こんなところで死んでたまるか。や、病の千代が待っているんだ。


 だが、傷の痛みで統十郎の身体が動かない。


 ――千代……新九郎……!




 美濃島軍が総崩れとなり、戦はいよいよ終わろうとしていた。

 だがその中でも美濃島咲は、美しい顔を返り血に染めながら剣を振るっていた。

 しかしそんな咲へ、半之助が叫んだ。


「咲様、いよいよこれまででございます、退きましょう!」

「何を言っている、ここで私だけが退けるか!」

「いいえ。皆を見捨てることができぬと言うのなら、皆が咲様の為に戦ったその思いも見捨てては行けませぬ!」

「何?」

「皆が慕った美濃島衆と言う場所、お父上、そして咲様、皆それらの為に戦ったのです。今ここで咲様が死ねばそんな彼らの思いは無駄になります!今ここで咲様が皆と一緒に討死にするより、咲様が生き延びて再び美濃島衆がかつての姿を取り戻す方が死んで行った者どもは喜ぶのではないですか?」

「…………!」


 咲は言葉が出なかった。


「お父上がその名を高めた美濃島衆、その名を汚したくないと言うお気持ちはわかります。しかし美濃島の名を再び世に高める方がお父上は喜ぶのではないですか!?」


 咲は呻くと、周りを見回した。

 美濃島軍の全滅は間近であった。

 かろうじてわずかな人数と本隊の者らが奮戦しているのみである。


「くっ……」


 咲が初めて目に涙を浮かべた。


「みんな、私を許してくれ」 


 涙で視界が霞む前に、咲は背を翻した。




 咲始め、美濃島軍本隊は、数少ない囲みを突破した者達と共に退却して行った。


「追えっ! 倒した敵の首を取ることは考えるな! 討ち捨てよ! 退いて行った奴らを追うのだ!」


 幻狼衆軍は追撃にかかった。


 後に残ったのは多数の美濃島軍の屍。

 凄惨な戦場となった牛追平のあちこちに血に塗れて転がっていた。

 戦は終わったが、時折ビュービューと吹く突風が生々しい血の匂いをまき散らす。


 そこへ、どこからか、全員上下黒い服に黒の胴当てと言う姿の一隊がゆっくりと現れた。

 その数およそ三十人。馬には乗っておらず徒歩であるが、唯一真ん中に一人だけ騎乗の者がいた。

 その男の隣の者が言った。


「玄介様、ご覧ください。これらはほとんどが美濃島軍。我らの圧勝でございます」

「うむ」


 玄介と呼ばれたその騎乗の者は、薄ら笑いで辺りを見回した。

 彼らは幻狼衆の本隊であった。


「まず、上出来だね」


 玄介は満足げに笑みを浮かべた。

 玄介は他の者たちと同様、兜をかぶっていない。

 落ち着いた喋り方、そして白い肌に茶色い髪、茶色い瞳と、少し色素の薄いその姿はどことなく不気味でどことなく浮世離れしている。

 だが時折見せるその薄ら笑いの瞳は底冷えのするような冷たさを感じさせた。


「しかし美濃島騎馬隊、流石に噂通りの見事な強さでしたが」


 隣を歩く部下らしき男が言うと、


「ふっ、お前はそう思うか? 大したことはなかったぞ。何が美濃島騎馬隊は天下無敵だ。あんな程度では所詮我々の敵ではない」


 玄介が鼻で笑った。


「我らの情報力と、玄介様の采配にはかないませんな」


 部下の男も笑った。

 その時だった。


「むっ、あれは?」


 少し離れた場所、転がっている美濃島兵達の屍の山の中から、身体を震わせながら起き上がろうとしている者があった。

 その者は左手を地につき、右手に握った刀を地に刺した。

 そして全身を震わせながら咆哮した。


「おおおおおっ!」


 男は、刀をてこにして、気合いと共に立ち上がった。

 垂れた総髪とその顔面は返り血に塗れているが、ぎらついた目つきには強い光がある。


 仁井田統十郎であった。

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