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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
上田城風雲編
46/221

上田城に吹く嵐

 一方、少し前の順五郎と壮之介。


「さあ、酒を持って参った」


 真田家重臣鈴木主水重則と北浦重直が、自ら酒を持って戻って来た。


「まだ夜はこれから。どんどん飲んでくだされ」


 と、言って座った二人の腰に、それぞれ刀が差されていたのを壮之介は見逃さなかった。


「いや、もう本当に結構」


 壮之介は両手を振って断る。


「そうは言わずに、さあさあ」


 しかし、鈴木主水が徳利を差し出す。


「大鳥殿もさあ」


 北浦も膝をつめて勧める。


「いや、私ももう結構」


 順五郎が断るが、


「何を言っておられる、まだ顔色も変わっておらん、夜はこれからじゃ」


 北浦が笑って言うと、順五郎が強引にその徳利を奪って逆に北浦に差し出した。


「では北浦殿から先に」

「え・・・」


 北浦は明らかに戸惑いの色を見せた。


「さあ、北浦殿が飲めば私も飲み申す」


 順五郎が言うが、北浦は杯を出さない。

 それを見て、壮之介が、


「飲めないのであろう」


 眼光鋭く睨んで言った。


「毒が入ってるからな」


 順五郎がにやりと笑って言う。


「な・・・」


 北浦、鈴木の両者が動揺した。


「俺たちがいくら飲んでも酔わないし、これ以上は断るから自ら酒に毒を入れて持って来たんだろう?」


 順五郎が周りを睨み回して言うと、壮之介も、


「折角刀も持って来たことだ。はっきり言ったらどうだ?」


 すると、それまで賑やかに飲んでいたかに見えるその場の面々の顔色ががらりと変わった。

 そしてそれぞれ立ち上がると、順五郎と壮之介を見て殺気に目をぎらつかせた。

 彼らもいつの間にか腰に刀を差していた。


「ふふ・・・流石と言うべきか」


 鈴木主水は不気味に笑って杯を投げ捨てた。


「それだよ、ようやくその顔を見せたな」


 順五郎がにやっと笑うと、


「真田昌幸の指示か?」


 壮之介が聞く。


「そんなことはお前たちには関係の無い事だ」

「では礼次郎様はどうした?」

「城戸礼次郎なら今頃は我らが草の者ども(忍者の意味)の計にかかって気を失っているが死んでいるかのどちらかであろう」

「何っ」


 順五郎が眼を怒らせた。


「聞き捨てならんな。では急ぎ礼次郎様のところへ参らせていただこう」


「ははは、ではあの世で会わせてやろう」


 鈴木主水が笑うと、


「自ら挑発するとは馬鹿な奴だ。死が早まるだけだと言うのに」


 北浦が嘲り笑った。


「そううまくいくかね?」


 壮之介が笑う。


「何を馬鹿な。こちらの十数人は皆刀を持っているがお前らは丸腰だ、一体どうやって・・・」


 との北浦の言葉と同時だった。


「だからどうした?」


 と、言うが早いか腰を浮かせた順五郎が、剛力の拳を北浦の腹に突いた。


「ぐふっ」


 北浦が苦悶に顔を歪めて身体が折れると、その隙に順五郎はさっと北浦の刀を抜いた。そして素早く立ち上がると下を向いていた北浦の背に斬りつけた。

 ぎゃっと悲鳴を上げて北浦が突っ伏した。


「おのれ!」


 鈴木主水が刀を抜こうと右手を柄にかけたが、そこへ壮之介が目にも止まらぬ速さで手刀を振り下ろし、その右手を払った。そしてもう一方の手が動いたかと思うと、もうその手には鈴木主水の刀が握られていた。

 あっと言う間の一連の早業に鈴木主水は呆気に取られたが、その間も一瞬。壮之介は立ち上がりざまにその腹に強烈な蹴りを入れた。

 悲鳴を上げて鈴木主水の身体が引っくり返り、身体を痙攣させた。


「おお、気をつけろ、かなりやるぞ」


 後方の一人がたじろいだが、


「怯むな、こっちの方が多いんだ、かかれ!」


 と、一人が激を飛ばすと、数人が気勢を上げて襲い掛かってきた。


 順五郎は、


「舐めるなよ!」


 と、言うと、足元の膳を左手で掴んで彼らへ投げつけた。


「うわっ!」


 相手が体勢を崩したところへ、順五郎は身を低くして飛び込み太刀を突いた。


 その突きを受けて一人が倒れると、続けざまに刀を左右に振り、二人を斬り伏せた。


 壮之介は足元に倒れてうずくまっている鈴木主水の両脚を掴んで持ち上げると、そのまま主水の身体をぐるぐると振り回し、真田家臣たちの方へ放り投げた。


「わっ・・・!」


 真田家臣たちが後ろに飛び退くと、


「順五殿!今のうちに廊下へ!」


 壮之介が叫び、


「おう!」


 と、順五郎も応じて、二人は襖を破って廊下へ飛び出した。


 一刻も早く礼次郎を探して共に上田城から脱出する為でもあるが、狭い廊下だと相手はせいぜい二人同時に攻撃するのが精一杯で、相手方の数の優位が消えるからである。


「逃がすな!」


 真田家臣たちもそれを追って行く。



「何やら城内が騒がしゅうございますな」


 信幸が言った。


「うむ、宴の後片付けで忙しいのであろう」


 昌幸は意味深な笑みを浮かべて言った。


 彼ら親子は、極秘の話をする時にだけ入る狭い部屋にいた。

 中央には火鉢があり、その上に網を置いて餅を焼いていた。


「しかし・・・そのようなことがあったとはのう。それでは礼次郎殿もさすがに妻を娶る気にはなれまい」


 昌幸は餅をひっくり返して言った。


「はい。知らなかったとは言え、礼次郎殿には少々申し訳ないことをしました。そしてゆり様にも」

「それは気にすることはない。むしろ良かったことじゃ」


「何を言いますか。父上もお認めでしょう、礼次郎殿は剣の腕が立ち、若年ながら人を統べる才覚があり、将来は名将となられること間違いなき素晴らしき人物。家柄も申し分無く、ゆり様に最も相応しい方です。ゆり様も礼次郎殿をお気に召していたようなのに、誠に残念です」


「うむ・・・確かに城戸礼次郎は将来が楽しみな若者。もったいないのう」

「そうでしょう」

「うむ、もったいない、早まったことをしたかもしれぬ」


 昌幸がにやりと笑った。

 信幸はその笑いを怪しみ、


「どういうことですか、父上?」

「いや・・・城戸礼次郎の命を奪うのは早まったことだったかもしれん」

「な・・・何ですと!?」

「もう死んでいるかもしれんな」

「なにっ・・・まさか父上は・・・!」


 信幸が顔色を変えると、


「うむ、お前も見たであろう、礼次郎の真円流を。あのように腕が立つのでは並の刺客を送っても捕らえることすらできまい。なので左近らに命じて草の者(忍者のこと)に行かせたのだ。礼次郎には気の毒ではあるが、まあ、我が真田家の為だ、仕方あるまい」


 昌幸は顔色も変えずに言う。


「この騒がしさは礼次郎殿の命を奪う為か・・・父上、何と言うことを!何と言う恥知らずな!」

「源三郎、我が真田家が今置かれている状況は知っているであろう。ゆり様と夫婦にならないと言うのであればこうする他は無い」


「しかし・・・礼次郎殿は旧知の仲である我らを信用し、頼って来たのです。その心を踏みにじるばかりか欺いて命を奪うと言うのですか!?逃げて来た窮鳥の首をしめるのですか!?」


 信幸は立ち上がって激昂した。


「源三郎!」


 昌幸も声を荒げて立ち上がると、


「徳川は城戸礼次郎の命を狙っておる。ゆり様を娶ると言うなら仕方ないので匿おうと思っておったが、ゆり様と夫婦にならないと言うのであれば、我が真田家に置いておくのは徳川と和議を結んだばかりの我らにとっては邪魔でしかないのだ!むしろその首を取って徳川に送るのが最上!」


「しかし・・・そのような義にもとるようなことができましょうか!父上には人の心がないのですか!」


 と、信幸が眼を怒らせて詰め寄ると、昌幸は冷静に努めて、


「わしはこのようにして戦国の世を生き抜いて来たのだ」


「くっ・・・」

 信幸は歯噛みをして昌幸を睨みつけた。


 火鉢の網の上の餅が焦げた匂いを発していた。


 その時、遠くでパンッと言う花火のようなものが弾けた音がした。


「あれは・・・」


 信幸はこの音が何を知らせるのか知っている。

 彼はくるっと身を返すと部屋の戸を開けた。


「どこへ行く、源三郎!」


 その背へ昌幸が叫ぶ。


「知れたこと!」

「今、真田の嫡男が礼次郎を助けたと言うことが徳川に知れれば我が真田はどうなるかわからんぞ!」


 すると、信幸は眦を吊り上げて唇を噛んだ。

 そして振り返って言った。


「わしが直接助けねば良いのでしょう」


 信幸は部屋を出て走り出した。


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