表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
上田城風雲編
45/221

ゆりの機転

 この離れの屋敷はこの一室だけがある小さな建物。

 ぽつんとこの場所に存在しており、近くには別の建物は無い。


 ゆりは急いで入り口の反対側に回った。

 そして壁から長めに離れると、縄が巻かれた黒い球を取り出し、火打石で縄の先に火をつけた。


 ジリジリと音を立てて火花が縄を上って行く。


 緊張でゆりの胸の鼓動が一層早くなる。


「うまく行ってね、特製の焙烙玉……!」


 と、祈るように呟くと、ゆりはその黒い球を壁に向かって思いっきり投げつけた。


 壁にぶつかった黒い球はガチャンッと音を立てると、次には耳を突く轟音を上げて爆発した。

 爆風がゆりの髪を吹き上げた。


 そして白い壁がガラガラと音を立てて崩れ、大きな穴が開いた。


「やった!」


 ゆりは軽く飛び上がって喜ぶと、穴に駆け寄った。


「礼次郎、大丈夫? 穴が開いたよ、こっちに来て!」


 中に向かって声をかける。


 すでに意識が遠のき始めていた礼次郎であったが、その声を聞くとハッと意識を呼び戻した。

 そして両手で頬を叩くと、力を奮い起こして立ち上がり、声のする方を見た。

 白い煙の向こうに、確かに穴らしきものが霞んで見えた。


 礼次郎はふらつきながらも呼吸を止めて穴へ向かって走り、そして穴から外へ飛び出した。


「はあっ、はあっ……うっ……」


 外には出られたものの、残り漂う白壁の粉塵にごほっ、ごほっとむせ返った。

 ゆりは駆け寄って来て、


「良かった! あ、大丈夫? あれ、血が出てるよ」


 見ると、腕や脚などに擦り傷がある。


「この崩れた壁の欠片が飛んで来たみたいだが、一体何をしたんだ?」

「私の作った爆薬で爆破したのよ、ちょっと強すぎたみたいだけど」


 ゆりはちらっと礼次郎の擦り傷を見た。


「爆薬で? 例のか? 凄いな」


 礼次郎は両手で舞う粉塵を振り払いながらも感心してゆりを見た。


「そう、焙烙玉を私が独自に改良してもっと威力を強くしたものよ」


 焙烙玉とは、この時代に使われた簡易な手投げ式爆弾である。

 しかしゆりは、その爆発力を更に強化した物を作り出していたのであった。


「蔵の壁を吹き飛ばしたってのはそれか」

「そうよ、あの時は強すぎて失敗って思ったけど、まさかあの失敗がこんな時に役に立つとは思わなかったわ」


 ゆりが満足げに自画自賛した。

 そこへ、頭を手で押さえた礼次郎が、


「ははっ、でもおかげで出られた、ありがとう。……だけど本番はこれからだ」


 と、キッと睨んだその視線の先には、屋根の上から飛び降りて来た二人の忍者が刀を抜いたところであった。

 二人はじりじりとその距離を詰め寄って来る。


「ゆり、オレの後ろに隠れてろ」


 礼次郎が言うが、ゆりはその前に進み出て、二人の忍者に言った。


「待って、何で礼次郎を狙うの!?客人よ!」


 すると礼次郎は手でゆりを自分の後ろに押しやり、


「真田にしてはわかりやすいことだ。ゆりを娶らないなら、徳川と和議を進めている真田にとって徳川が命を狙う城戸礼次郎は邪魔になるってことだ。だが流石は真田昌幸、こうも動きが早いとは思わなかったぜ」


「え……」


「ゆり、巻き込まれたら危ない。あっちに行ってろ」

「……」


 ゆりは戸惑いながらもそこから離れた。

 固唾を飲んで事の行く末を見守る。


 礼次郎は左手でトントンと頭を叩いた。

 意識はもうほとんど元に戻っている。


 礼次郎は素早く右手を刀の柄にかけたかと思うと、次の瞬間には白刃を月光に煌めかせ、


「宴の続きだな!」


 と言って飛び掛かって行った。


 同時に、二人の真田忍者も刀を振り上げて襲いかかって来る。


 礼次郎は左から飛びかかってくる者の更に左に飛んで斬撃をかわすと、すれ違いざまに右脚でその者に蹴りを入れた。


 その男は呻き声を上げて地に倒れ込んだが、すぐに忍び独特の体術でその身を回転させるとパッと身を浮かせて起き上がろうとした。


 だが、そうはさせずと、礼次郎はその背に素早い一閃を浴びせた。

 血飛沫が飛び、男が悲鳴を上げて突っ伏した。


「野郎っ!」


 もう一人の男が激昂して斬りかかって来た。

 礼次郎は数合打ち合うと、完全に動きを読み切り、相手が攻撃して来る隙をつき、一撃で相手を地に沈めた。


「うわ……」


 一連の様を見ていたゆりは、思わず感嘆の声を漏らした。


 目の前に起きたのは斬り合い。


 芝居などではない、血飛沫が飛び交う本物の残酷な殺し合いである。


 十七歳のゆりにとっては本来見るに耐えない光景である。

 だが、礼次郎の鮮やかな手並みに、ゆりは思わず見とれてしまった。

 そのあまりの鮮やかさに、目の前に死人が出たと言う事実がどこかに飛んでしまっていた。


「凄い」


 今のは夢なのかと、少し信じられない気持ちであった。


 ゆりは刀を振って血を払う礼次郎の横顔を見た。

 それは、とても今しがたこれだけの立ち回りをやってのけた男とは思えない、どこかにまだ少年の面差しを残した顔であった。


 一方の礼次郎は、



 ――オレは少し腕を上げたか?



 と、まだ血に濡れる刀を見つめた。


 明らかに以前よりも相手の動きを読む力が鋭くなり、また身のこなしも素早くなり、更には太刀筋も鋭くなった気がする。

 それは事実であった。

 礼次郎は城戸での戦から美濃島衆との戦い、そして処刑場での戦いなど、度重なる戦闘を経て、その腕を確実に上げていた。

 真剣での激戦に揉まれ、礼次郎の剣の腕は一段上の壁を乗り越えていた。



 ――強くなった気がする。



 と、礼次郎が感じていたところ、突然花火のような物が上空に飛んでパンッと弾けた。


「しまった……!」


 礼次郎が倒れている忍び二人を見た。

 それはまだ息のあった忍び一人が緊急事態を知らせるべく最後の力を振り絞って仲間たちに出した合図の狼煙であった。

 その者は狼煙が上がったのを見届けるとガクッと顎を落とした。


 礼次郎はゆりに向かって、


「ぼーっとしてる場合じゃない、すぐに追手が来るだろう。オレは順五郎、壮之介と合流しここから逃げる」

「うん、そうね」

「ゆり、ありがとう。君のおかげでこの離れから脱出できた。この礼は……いつか必ずする!」


 と、言って駆け出そうとしたが、ゆりが慌てて、


「待って、私も行くから!」


 と、呼び止めるが、礼次郎は振り返って、


「何言ってるんだ、巻き込まれたら危ないぞ。奴らの狙いはオレだけなんだからゆりは部屋に戻ってな」

「礼次郎が心配だし……」

「悪いが足手まといになるかもしれない」

「この上田城は籠城で徳川軍を退けたほど複雑よ、道がわからないでしょ! 案内するから!」


 ゆりがニコッと笑って言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ