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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
出会い邂逅編
42/221

想い

 信幸の自室――


 宴席の賑わいを遠くに聞きながら、この部屋は静寂に沈んでいる。


 礼次郎と信幸が二人で向かい合って座っていた。


 信幸は湯呑に茶を注ぎ、礼次郎の前にすっと差し出した。

 そして自らも茶を啜った。


「此度のこと、誠に申し訳ございませぬ」


 礼次郎は両手をつき、頭を地につけて謝った。


 信幸はその様に驚き、慌てて礼次郎の両手を取ると、


「いやいや、もうそんなに謝られるな」

「しかし……」

「お互いの勘違いだ、わしも悪かったであろう」

「あの場もすっかり白けさせてしまいました」

「気にするな、今も残った者たちで楽しく飲んでいるようだ」


「ゆり……殿にも恥をかかせてしまった」

「大丈夫、ゆり様なら三日もすれば忘れてけろっと機嫌は直っているはずだ」


 信幸が空気の重さを吹き飛ばすかのように大きく笑った。


 しかし、



 ――三年経ったって直らないわよ!



 ゆりは眼を怒らせた。


 彼女は、信幸の部屋の前でその会話を聞いていた。

 たまたま廊下を歩いていて信幸の部屋を通りがかった時に、会話が漏れ聞こえて来たのだ。



 ――彼ならいいと思ったのに!



 ゆりは先ほどの艶やかな装いは解き、普段の姿になっていた。



「しかし、ゆり様には不満はないであろう?」

「はい、私などにはもったいないぐらいの女性です」

「では、城戸が滅んだばかりで婚儀は心苦しいと言うのはわかるが、婚約ぐらいはしてもよいと思うのだが……そもそも何故そんなに頑なに縁談を拒んでいたのだ?」


 すると礼次郎は黙り込み、しばし何やら考え込んだ後、


「実は私にはずっと好いていた女子がいました」


 ぽつりと言った。



 ――え……


 立ち去ろうとしていたゆりの脚が止まった。



「ほう」


 信幸の目が見開いた。


「源三郎様も会ったことがあります。昔ここに遊び来た時に一緒に来ました」

「おお、確か……」

「ふじと言う女子です」

「ああ、覚えている」

「はい。実は元々ここ真田家に使いに来て、城戸に帰った後にはそのふじを娶ろうと密かに決めておりました。父には言っておりませんでしたが、帰ったら全て言うつもりでした」

「ほお」

「しかしご存知の通り、城戸は徳川に攻められあのようなことになってしまい……ふじも私の目の前で殺されました」

「何っ」



 ――えっ?



 ゆりが口に左手を当てた。



「目の前で!?」

「ふじは最後に私の妻になると言い、笑顔で息絶えました。あの時の顔が未だに私の瞼から離れません」

「何と……」

「ゆり殿は本当に素晴らしい方です。……しかしこんなに早く婚約を決めてしまったら、私の先日までのふじへの想いは何だったのかと……私の妻になると言い笑顔で死んだふじの存在は何だったのかと……」



 ――……


 ゆりは右手で胸元に提げている観音菩薩の木像を握った。



「すでにいなくなってしまった者への想いに囚われるのは良くないのは十分にわかっています。彼女の実兄である順五郎にも言われました。無理に忘れようとしなくてもいいけど考え過ぎるのも駄目だと。しかし……あの時のふじの笑顔、言葉が、手の温もりが……寝ても覚めても……この脳裏から離れないのです。ふじが未だに私の中にいるのです」



 ――礼次郎……


 ゆりは観音菩薩像を握っていた右手を左にずらし、心臓のあたりに当て、苦しそうに目を閉じた。



「そのような状態で婚約などとてもできません」


 礼次郎は俯いた。


「そうであったか」


 信幸は溜息をつくと、


「そのようなことがあったとはつゆ知らず、申し訳ないことをした、すまぬ」

「いえ、私の勝手な事情です」



 ゆりは目を開くと、静かにその場から立ち去った。

 廊下の角を曲がる時、振り返って礼次郎がいる信幸の部屋の方を見た。



 その頃、順五郎と壮之介は真田の家臣達に引き留められ、大部屋に残って彼らと宴の続きをしていた。

 場は先程の出来事によって一時白けてしまったが、真田昌幸の対処で急遽普通の宴席になり、再び盛り上がりを取り戻していた。


「さあさあ、遠慮はいらぬ、もっと飲んでくれ」


 真田家重臣の鈴木主水が徳利を向ける。

 だが、壮之介は手を振って、


「いや、もうこれ以上は結構でござる」

「何を言っておるか、どうやらお二人ともお強い様子。顔色も変わっておらん。まだまだ飲めるであろう」

「ではあと少しだけ」


 壮之介は杯を差し出す。


「大鳥殿もさあさあ」


 別の真田家家臣、北浦重直が順五郎に徳利を向ける。


「じゃあ俺も少しだけで」


 順五郎も杯を出した。


「うむ、せっかくの宴だ。城戸殿とゆり様はああなってしまったが、残った我々は楽しく飲まなければ折角用意した馳走と酒がもったいない。お、酒が無くなった。持って来よう」


 鈴木主水は立ち上がって酒を取りに行った。北浦重直も続いて酒を取りに行った。


 順五郎は小声で、


「何故下の者に命じず自ら酒を取りに行く」


 と呟いた。


 壮之介は同じく小声で順五郎に、


「うむ、順五殿。あまり飲まない方がよい」


 と、囁いた。


「ああ、わかってる」

「しきりに酒を勧めてくる割には自分たちはあまり飲んでおらん。どうもおかしい」


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