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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
出会い邂逅編
35/221

許嫁

 礼次郎は一礼をし、刀を鞘に納めた。

 真剣での勝負をした後とは思えないほど、汗もかいていない涼やかな顔をしていた。

 しかし、精神は消耗している。

 ふーっと息を吐いた。


 昌幸が声をかけた。


「誠に素晴らしい技であった、見事」

「ありがとうございます」


「先程は師と言っておったが、師匠は誰か?」

「葛西清雲斎と言うお人です」

「清雲斎? 聞いたことがない……いや待て、葛西? ……もしや葛西清信殿か?」

「はい、確かそれが本名でした。ご存知でしたか」

「そうか、うむ……」


 昌幸が呻くと、信幸が首を傾げて聞いた。


「わしは聞いたことがありませんが、高名な方ですか?」

「うむ、知らぬのも仕方ない。葛西清信は偏屈で有名で、名声に興味が無く、名を出すのを嫌う。しかしその剣の腕は天下無双とも噂されておる。昔、葛西清信が若い頃には、時の足利将軍の前でその技を披露し、一人で七十人を同時に相手にして勝ったと言われておる」


「一対七十で? それは凄まじい」


「そうか……葛西清信は真円流の使い手であったのか」


 昌幸は一人納得した。


「師匠は真円流のみならず、元々は他の流派も修めていた達人でありましたが」


 礼次郎が言った。


「そうであろうのう。元々の強さに加え、その真円流とやらで更に強さを増したのだろう。しかし葛西清信は人に剣を教えることがないと聞くが……何故教えを受けることができた?」


「私が子供の頃、師匠は城戸に滞在していたことがあり、どういうわけか師匠の方から稽古をつけてくれました」

「ほう、なるほど……では順五郎殿も真円流を使うのか?」


 順五郎は頭をかいて、


「いえ、私もちょっと習おうとしたのですが、私には何が何だかさっぱりで、すぐに教えてくれなくなりました」

「そうか」


 と、言うと、昌幸は立ち上がり、


「いや誠に見事、ご苦労であった」


 礼次郎らをねぎらい、


「ではここ上田でゆっくりして行かれるがよい。婚儀のこともあるしな。では源三郎、あとは任せたぞ」


 稽古場から立ち去って行った。

 礼次郎らは一礼した。


「では礼次郎殿、部屋にご案内いたす」


 礼次郎ら三人は信幸に連れられ、二の丸の中の来客用の離れの屋敷に向かった。


 その途中、礼次郎は上田城の構造が少し複雑になっていることに気付いた。


 蔵や屋敷、櫓などが整然と並んでおらず、道が入り組んだようになっている。


 これは上田の城下町もそうであった。


「四年前に来た時には気に留めませんでしたが、この屋敷や蔵の配置などは少し特殊ですね」


 礼次郎が信幸の背へ聞くと、


「うむ、流石に気付かれたか。これは侵入して来た敵を迷わせる為、防衛用にわざとこうしてあるのだ。昨年徳川家康が攻めて来た時も、この構造を活かして大勝をおさめた」

「なるほど、確かにこれでは敵は迷いますな、味方でさえ迷いそうだ」



 ――もしこの城にいる間に命を狙われるようなことになれば、逃げるのは簡単じゃないな。



 信幸は心から礼次郎を歓迎しているようだが、



 ――どうも安房守様(昌幸)の心の内がわからない、信用していいものか……。



 礼次郎の胸に一抹の不安が生じた。



 そうこうしているうちに来客用の離れに着いた。


「ここでござる。後ほど共に夕餉を。それまでごゆるりと」


 信幸が中に案内して言った。


「ありがとうございます」


 礼次郎ら三人は礼を言って中に入った。


「お、中々広いじゃないか」


 順五郎が見回して言った。

 十五畳ぐらいはある空間であった。

 窓は無く、外に通じているのは入口の障子だけであるが、南向きで光が入りやすく明るい。


「うん、これは快適だ」


 礼次郎も満足げに部屋の中を見回した。


 そしてしばらくして呼ばれ、信幸、昌幸らと共に夕餉を共にし、その後は早目に就寝した。



 翌日、朝餉を取った後、礼次郎らは城内を見て回ろうと散策していた。


「断崖の上に位置し、その下は千曲川……西には曲輪があり、唯一攻め入ることができる東側にも川と湿地。そして城内に侵入できたとしてもこの複雑な構造。これは確かに徳川の大軍に勝つわけだ」


 礼次郎が言った。


「うん、話には聞いていたが確かにすげえ。安房守様は築城にも長けてて確かに名将だ」


 順五郎が相槌を打つ。


「それ故に少々気をつけねばなりません。某には安房守殿は完全に我々を受け入れているようには思えませぬ」


 壮之介が言った。


「やっぱりそう思うか?」


 礼次郎が振り返って聞く。


「はい、昨日のあの稽古場での試合、真剣を使用したのは隙あらば礼次郎様を斬るつもりだったのでしょう」

「だろうな」


 そこへ、信幸が慌ただしくやって来た。


「礼次郎殿! ここにいたか、探したぞ」


 信幸は少し息を切らしている。


「やあ、源三郎様、どうしましたか?」

「いや、お主の婚儀の相手の女子が帰って来たのだ! どうだ、早速顔を合わせてみぬか?」


 信幸が声を弾ませて言った。



 城内の一室。


 まだ新しい畳の匂いが心地良い一室に、礼次郎と信幸が向き合って座り、婚儀の相手の女の到着を待っていた。


 礼次郎の後ろに壮之介と順五郎が座る。


「もうそろそろ来るかな」


 信幸がどこかそわそわしている。


 礼次郎は少し面倒に感じていた。

 未だ胸の内に大きく残るふじへの想いが、礼次郎に居心地の悪さを感じさせた。



(まあ、ちょっと会うだけだ、はっきり決めたわけじゃない……しかし源三郎様はオレが了承していると勘違いしているような……変だな)



「あの、源三郎様……」


 礼次郎が言いかけた時、障子の向こうで声が聞こえた。


「失礼いたします」


 澄んだ若い女の声だった。

 そして障子が空き、一人の年若い女が入って来た。


「あっ?」


 その女を見て、礼次郎は声を上げた。


「あれ?」


 その女もまた、礼次郎を見て高い声を上げた。


「ゆり殿」

「栄次郎さん?」


 その若い女は、上田に来る途上の温泉で出会ったゆりであった。

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