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天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
礼次郎流転編
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雷鳴

 無情にも礼次郎の刀が礼次郎自身の首を落とすか。


 と思われたその瞬間、


「その言葉、お見事」


 と言う声が聞こえたのと同時に処刑役の兵士がギャッと悲鳴を上げて崩れ落ちた。


 礼次郎の首は落ちず、刀が音を立てて地に転がった。


「何事だっ!?」


 辺りがどよめいた。

 家康、虎之進も目を見張った。


 そこには、礼次郎の後ろで経を唱えていた僧が戒刀で兵士の脚を刺していた。

 僧の脇に横たえていた杖の上方が無かった。杖は隠し刀になっていたのだった。

 僧は戒刀を抜くと素早く礼次郎の縄を切った。

 そして倒れた兵士から礼次郎の刀を奪うと、礼次郎に持たせた。


「…………?」


 困惑している礼次郎に対し、僧は笠を脱いで顔を見せた。


「あ……道全殿?」


 袈裟に包まれているが、よく見ると僧はとても大柄な身体である。それは道全であった。


 その時、後方で悲鳴が上がった。

 入口で見張っていた二人の兵士が血飛沫を上げて倒れた。


「若! 大丈夫だったか!」


 見張りの兵士を斬り倒して飛び込んで来たこれまた大柄な男、それは順五郎であった。

 順五郎は携えて来た鉄の錫杖を道全の方に放り投げると、自身は見張りの兵士が持っていた槍を奪った。


 道全は錫杖を拾うと、周りを見回して兵士達が武器を構えているのを確認し、


「道全と言うべきかな? 礼次郎殿、今こそ四年前に貴殿に拾われたこの命、お返しするべき時でござる」


「…………?」


「覚えておられぬか?5年前、あの川岸で死にかけていた某を助けてくれたのを?」


「あ……」


 礼次郎は三日前の順五郎との会話を思い出した。



   そう言えば昔……この下の川の川岸で死にかけてた武士を助けたことがありましたな

   そんなことあったか?

   まだガキの頃、5年ぐらい前だったかな。ほら、野兎狩りに行った帰りですよ

   ああ、そう言えばそんなこともあったかな。って何だこんな時に!そんなこと言ってる場合か

   あの時の侍は負け戦で逃げて、一か八か川に飛び込んだとか後から聞いたっけ……よくこんな川に飛び込んだもんだ



「あの時の?」


 礼次郎は心底驚いた。


「そう、あの時はまだ本名の軍司壮之介と名乗っておりました。ってこんな話をしている場合ではない、急ぎここから逃げますぞ!」


 と、道全が言って錫杖を構えた。


 雨が強くなって来ており、錫杖から水が滴る。


「逃がすな! 坊主共々やってしまえ! それと他の兵たちに急ぎこちらへ来るよう伝えよ!」


 眼を吊り上げた倉本虎之進が命令した。


 陣幕沿いにいた兵士たちが槍先を並べて襲いかかって来た。

 道全は音を轟かせて鉄の錫杖を一振りすると、それらの槍はことごとく頭上に跳ね上げられた。

 驚くべき怪力であった。


「俺はやっぱり刀より槍だな」


 と、順五郎も槍風を宙にうならせた。

 たちまち数人が叩き伏せられて行った。


 徳川家康は突如として起きたこの出来事に、とても信じられぬと言った面持ちでいたが、


「殿、急ぎこちらへ!」


 と言う側近の言葉に我に返り、陣幕を払って逃げようとした。


 それを見逃さなかった城戸礼次郎の目、握った城戸家の名刀を煌めかせるや、


「逃がすか!」


 全身から力を呼び起こして家康に駆け寄ろうとした。


 だが、一日経って少しは回復したとは言え、激しい拷問で疲弊しきった身体はうまく動かない。

 礼次郎はよろめいてつまづいた。


 そしてその礼次郎の前に立ちはだかった者がいる。


「そんなボロボロの身体で何をしようと言うのだ?」


 倉本虎之進であった。


「すんでのところでやり損ねたがちょうどいい、この俺が処刑の続きをしてやる」


 そう言うと、虎之進は刀を抜いて斬りかかって来た。


 礼次郎は右に転がってよけると、さっと立ち上がった。

 刀を構えるものの、ずっと縄で縛られていたせいか、腕にうまく力が入らない。


 虎之進は残忍な笑みを浮かべると、右上段から振りかぶって来た。

 受け止めきれない、と判断した礼次郎は後ろに飛び退いた。

 虎之進は追って二の太刀を突く。

 と、それを読んでいた礼次郎は左に飛ぶや、渾身の力を呼び起こして刀を振った。

 だが、虎之進はいとも簡単に振り払う。


「礼次郎殿!その身体では危のうござる!」


 道全が錫杖を振り回して加勢に来た。


「ちっ」


 虎之進は真正面から道全の錫杖を受け止めたが、その威力を受け止めきれず、刀は大きく押された。


 ――こいつ、ただの坊主ではない、何者だ?


 道全のその強力に虎之進は舌を巻いた。


「うん?」


 虎之進ははっと気付いた。

 その時、その場にいた兵士達はほとんどが道全と順五郎に倒されていた。

 

 順五郎が最後の一人を槍で突き伏せ、こちらに走って来るのが目に入った。



 ――弱っている城戸礼次郎はともかく、この怪力の坊主と、更にあの男を同時に相手にするのは流石に厳しい。それにまだ加勢も来ていない。



 そう咄嗟に判断した虎之進は、刀を構えたままじりじりと後退すると、


「城戸……運が良かったな。だがいずれその首取ってやる」


 と言うと、パッと走り出して陣幕を払った向こうにその姿を消した。


「待てっ!」


 礼次郎は追おうとしたが、道全に制された。


「あの時あやつは加勢を呼んでいた、ここは今のうちに逃げる方がようございます」

「そうだ、ほら陣太鼓の音が聞こえる、急ごう」


 順五郎も言った。


 礼次郎は歯噛みすると、


「確かに今は逃げる方が良さそうだ」


 鞘を拾って納刀した。


「徳川家康、倉本虎之進、いつか必ず討ってくれるぞ」


 礼次郎は呟くと、道全、順五郎と共に雨の中を走り出した。


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