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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
最終章
215/221

七天山総攻撃

 順五郎、千蔵、龍之丞の三人は、陣に戻ると早速礼次郎に委細を報告した。

 そして、すぐに七天山潜入及び総攻撃の作戦が立てられた。


 翌々日、再び曇天の夜となった。厚く重い雲が夜空に広がっている。

 今宵、風魔軍の三度目の夜襲がある、と龍之丞は読み、城戸軍は行動を開始した。


 風魔の地下道の入り口から城戸軍野営地まで最短の道筋を辿って来ると、途中の小川の脇に、葦が生い茂る一帯がある。

 季節はちょうど夏で、葦が最も背が高くなる時である。葦の間に身を伏せれば、容易にその身を隠すことができる。

 龍之丞は、壮之介と千蔵にそれぞれ二百人ずつを率いてそのあちこちに身を伏せさせた。更に、美濃島咲に騎馬二百を率いさせ、そこから離れた雑木林に潜ませた。


 そして子の正刻(午前0時頃)頃、龍之丞の読み通り、風魔軍の夜襲部隊が現れた。軽装の騎馬部隊である。

 夜襲部隊は何も知らず、軽快に馬を飛ばして来る。

 彼らが葦原に入り、その中ほどを過ぎた時、


「かかれっ!」


 と、壮之介と千蔵の命令が夜の静寂に響いた。

 同時に、伏せていた城戸軍の兵士らが一斉に鬨の声を上げて葦の下から飛び出し、風魔の夜襲部隊に襲いかかった。

 風魔の騎馬兵らは仰天し、すぐに逃げようとしたが、その時はすでに城戸軍の伏兵らに囲まれてしまっていた。


「一人も残らず討ち漏らすな!」


 壮之介が大声で吼えながら、葦を刈り取るように豪槍を振り回して風魔兵らを薙ぎ倒して行く。

 それに続き、城戸軍の兵士らが四方八方から風魔の騎馬武者たちに襲いかかる。

 待ち伏せされていた上に、完全包囲されてしまっては成す術が無い。人数の上でも圧倒的に不利であり、風魔の夜襲部隊はあっと言う間に壊滅した。

 それでも、中には城戸軍の包囲を突き破って逃げる猛者も十人ほどいた。だが、潜んでいた美濃島騎馬隊が夜風をついて殺到して来て、彼らも一人残さず討ち取ってしまった。


「よし、うまく行ったな。あとは手筈通りに地下道へ向かおう」

「うむ」

「私は戻るから、頼んだよ」


 咲は騎馬隊を率いて野営地に戻り、壮之介と千蔵の二人が、それぞれの部隊を率いて、地下道の入り口へと走った。


 千蔵が持前の記憶力で地下道までの道を正確に覚えていた為、夜闇の中であっても彼らはすぐに辿り着くことができた。

 入口である洞穴の前には、先日と同じように、見張りの兵士が四人ほどいた。

 千蔵は、数人の部下の忍びと共に気配を殺して彼らに近付くと、七天山へ一切の連絡を取らせぬように無言で襲いかかり、あっと言う間に始末した。


 そして、二人とその配下の兵士らは、松明を灯して、洞穴から中へと入って行った。


 中は完全なる闇であったが、松明を増やせば先へ歩いて行けるだけの明るさは確保でき、しばらく進んで行くと、一定間隔ごとに掛け行燈もあって、次第に慣れて来てよく見えるようになって来た。また、確かに小太郎が言った通り、中は段々と広くなって来た。高さも三間ほどと高く、幅も人間四人ぐらいは並んで進める。


「なるほど、これならたやすく七天山から出て来られるわけだ」


 壮之介が感心したように言った。


 やがて、四半刻ほども進んで行くと、道は登り坂となり、その先に微かな明りが見えた。

 恐らく、そこが七天山の内部なのであろう。


「あの先が七天山の城だ。よいか、今一度確認しておく。侵入したら一気に敵に襲いかかる。それまでは極力静かにここを歩いて行くのだ。そして、城では決して火をかけてはならんぞ。天哮丸を取り返すまでは、火を使うのは一切禁ずる」


 壮之介は、後続の兵士達に伝言で命令を伝えた。

 そして明りが眼前に近付いて来ると、壮之介らは一気に走ってその外に躍り出た。


 飛び出したそこは、どうやら小さな曲輪の一角であるらしかった。四方に土塁が見え、土蔵や長屋がいくつか経っている。

 そして、十数人ほどの甲冑姿の兵士らが屯していた。

 その中の一人が、壮之介と千蔵、その後から出て来た城戸軍兵士らを見て、


「おお、遠藤様、お早いお帰りで……」


 と、言ったが、すぐにそれが味方でないことに気付いて飛び上がって驚いた。


「き、貴様らは……! て、敵だ! 城戸……」


 と言い終わる前に言葉が切れた。躍りかかって行った壮之介の槍が、粗末な小札ごとその腹を貫いていた。


「かかれ、かかれっ!」


 壮之介、千蔵の二人が、大声で兵士らを煽りながら敵兵に襲いかかって行った。

 後から次々に飛び出して来る城戸兵らもそれに続き、そこにいた風魔の兵士らに襲いかかる。

 そして電撃的な攻撃であっと言う間にその曲輪を制圧すると、


「よし、次だ!」

「壮之介どの、某は各所を攪乱し、更に大手門を開いて参る」

「おう」


 千蔵は、手下の忍びたちを引き連れて別の方へ飛び、壮之介は残りの兵士らを引き連れて土塁の門を破壊し、次の曲輪へと雪崩れ込んだ。



 その時には、風魔軍側もすでに異変を察知し、あちこちからけたたましく鐘の音や太鼓の音が鳴り響いていた。


「何事だ?」


 風魔玄介は、本丸の御殿内の自室で眠っていたが、にわかに騒がしくなった物音と、ただならぬ緊張感を感じ取って跳ね起きた。


「申し上げます。敵が城に侵入して参りました」


 部屋の外に控えていた下忍が早口で報告した。その言葉が震えているところに、事態の大きさが現れている。


「何だと?」


 玄介の顔色が変わった。


「どうやら、城戸軍は地下道の存在を知り、そこから逆に入り込んできたようです」

「何、どうやってあの地下道を知ったのだ」


 玄介は、信じられぬと言った顔で愕然としたが、ますます大きくなって来る外の騒音と響き合う刃鳴りの音に、信じざるを得ない。

 下忍に手伝わせて甲冑を着込むと、天哮丸を掴んで御殿の外に飛び出した。



 そして、七天山の外、城戸軍の本陣――


「殿、壮之介どのらが侵入に成功したようですぞ。我らも急ぎ動きましょう」


 龍之丞が、陣幕を払って本陣に入って来た。


「やったか。兵らの準備は?」

「いつでも行けまする」

「よし、行くぞ」


 礼次郎が床几から立ち上がった。


 そして、野営地で待機していた城戸軍が動いた。

 礼次郎と龍之丞が二百の兵と共に陣に残り、他の全軍を順五郎と咲、喜多、真田信繁が率いて出陣、小船や筏で川に漕ぎ出した。

 七天山側では、地下道から侵入した壮之介たちへの応戦に精一杯の為か、こちらへの攻撃は無かった。順五郎らは易々と七天山に辿り着き、上陸と登攀を開始した。


 こうして、内外からの総攻撃が開始された。

 周囲を川と言う天然の堀に囲まれた七天山は、元来そこに辿り着くことさえ不可能なほどの防御力を誇っている。

 だが、内部に大挙侵入された上に、外からも攻撃を受けてしまうと、その鉄壁の防御力も無力化されてしまった。


 また、元々、この天然の堅城である七天山の中で、敵の姿を見ることなどありえないと思っていた風魔幻狼衆である。夜半に突然、城戸軍の侵入と攻撃を受けて、彼らは皆動揺していた。 三上周蔵ら幹部連が必死に兵士達をまとめ、防戦態勢を整えようとしていたが、壮之介たちの猛攻、それに千蔵とその配下の忍びの者達の攪乱奇襲行動に動揺は静まるどころか深まる一方であった。

 そこへ、順五郎らも外から侵入して来て更なる攻撃が開始されたのだ。


 七天山は、本丸の周囲を囲むように二の丸があり、その二の丸の東側に広大な三の丸があると言う輪郭式と連郭式が複合した構造の城郭で、更にその周囲に、地形や尾根に沿って七つの曲輪を配置している。この、曲輪が七つであることから、七天山と言う名称になったとも言われている。

 その七つの曲輪が、順五郎ら、壮之介らによって次々と制圧されて行った。

 そして、ついに城戸軍は三の丸へ雪崩れ込んだ。


「城戸の連中め、頭に乗りやがって!」


 風魔玄介は、三の丸にまで出向いて、自ら防戦に加わった。

 猛りながら押し寄せて来る城戸軍の中に突入し、天哮丸を稲妻の如く閃かせながら眼前の城戸兵を斬り伏せて行く。


 玄介は体格は並であるが、その武技の力量は並外れている。そこに天哮丸の攻撃力が加わると、まさに鬼に金棒。恐ろしいほどの業の冴えで縦横無尽に城戸軍を屠って行く。

 右から飛び掛かって来れば左から刃を振るって一刀で斬り落とし、正面から槍を突いてくればその穂先を掴んで胴に斬撃を浴びせ、背後に回り込まれれば身を回転させて斬り伏せる。その凄まじさに圧倒され、玄介の前に立つ城戸兵らはついに恐れをなし、後ずさりする者まで出る始末であった。


 こうして城戸軍の勢いを挫き、同時に自軍を鼓舞して勢いを盛り返させると、玄介自身は素早く二の丸まで退き、今度は二の丸内の兵士達の射撃の指揮を取った。

 二の丸は三の丸よりも一段高い位置にある。それを活かして、高い位置の挟間から一斉に弓矢や鉄砲が放たれ、また本丸の五層五階の天守からも射撃が行われて、たちまち城戸軍の間に動揺が広がった。


 こうして、城戸軍は三の丸にまで突入を果たしたものの、そこからは攻めあぐね、なかなか二の丸へ入ることができず、一進一退の攻防となったのである。


「むう……なんともどかしいことよ。玄介めを斬ってやろうと思ったが、その前に二の丸に退かれてしまった。火をかけるのも禁じられておるし……このままでは押し返されてしまう。致し方なし、本陣に援軍を求めよう」


 壮之介らは困りきって、喜多に本陣へ飛んでもらった。


「そうか、三の丸まで突入しておきながら、攻めあぐねているか」


 龍之丞が七天山を見上げながら吐息をついた。


「はっ。風魔玄介が現れてあちこちで暴れ回るや、それに励まされて風魔軍の士気が上がりましてございます。加えて七天山は流石に堅城、なかなか二の丸へ入れませぬ」


 喜多が切迫した表情で言う。

 龍之丞は軍配を叩きながら呻いた。


「ううむ、何か良い策がないものか……」


 すると、礼次郎が言った。


「よし、では俺が馬廻り組を率いて行こう」

「何ですと?」

「龍之丞、城攻めもここまで来たら、もう今から出せる策もないだろう。あとは戦場での采配、それと士気と勢いだ」

「しかし……では、それならば私が向かいましょう。殿が向かう必要はございませぬ」

「いや、俺が行く方がいい。風魔の奴らが、総大将の玄介自身が出て来たことで勢いを盛り返したのなら、こちらも総大将である俺自身が出て行けば士気は大いに上がるだろう」

「確かにそうですが……」


 理屈は納得できるが、龍之丞はまだ渋っていた。攻めあぐね始めているが、あと一息と言うところなのだ。何も総大将である礼次郎自身が行く必要はあるまい、と思っていた。

 そんな龍之丞を押し切るように、礼次郎はさっさと冑を被り、その緒を締め始めた。


「心配するな、俺が前線で自ら戦うわけじゃない。加勢の一軍を率いて向かい、兵達を鼓舞するだけだ。これだけでもかなり違うはずだ」


 そう言うと、礼次郎は百人の馬廻りの武者達を率いて、喜多と共に七天山へ向かった。

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