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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
礼次郎流転編
20/221

道全の庵

「よく眠られたかな?」


 入って来た男は武骨な笑顔で言った。


 礼次郎は咄嗟に身体を起こして身構えたが、


「痛っ・・・」


 痛みに顔を歪めた。


 左肩、腕、脚など、戦いで負った傷痕が痛んだ。


「これ、まだ傷は癒えておらん、そんなに動くものではない」


 男が言った。低く、野太い声である。


 その男は頭髪が無く丸坊主である。丸坊主のせいで老けて見えるが、良く見るとまだ30前後と言った年頃である。順五郎よりも背が高く、筋骨隆々と言った逞しい体格をしていた。

 そして脇に野菜やら山菜やらが入った籠を抱えていた。


 礼次郎は刀に手をかけようと右手を左腰にかけたが、そこに刀は無かった。

 それどころか着ている服も自分の物ではないことに気が付いた。


「ふ・・・お主の刀ならそこだ」


 男が指差した部屋の隅に、礼次郎の刀があった。


「着物はびしょ濡れであったからな、外で乾かしておる」


 男は外を指差し、


「案ずることはない、わしはお主に危害を加える者ではない」


 礼次郎はじっとその男を見た。

 大柄で屈強な体格と顔つきだが、その目つきはどこか優しく穏やかである。

 無闇に人を傷つけるような人物には見えなかった。


「むしろ、わしは川岸に倒れていたお主を見つけ、ここまで連れて来て寝かせたのだ」


 そう言うと、男は山菜の入った籠を台所に置いた。


「そうでしたか・・・かたじけない。そうとは知らず大変失礼いたしました、お許しくだされ」


 礼次郎は背を正して言った。


「ふ・・・よいよい」


「ここは一体・・・?」


「ここは木山村近くのわしの新しい庵だ」

「木山村・・・庵?」

「しばらくはここに居を構えようと思ってな。わしは京の建光寺での修行を終えて来たばかりの僧侶で今は道全と号している。つい先月ここに来たばかりで、この庵もつい三日ほど前にやっとできたのだ。お主が最初のお客さんじゃ」


 そう言って道全は野太い声で笑った。


「そうでしたか」


 礼次郎は部屋を見回した。

 確かにまだ木の香りが残っており、新しさを感じた。


 ふと、礼次郎の腹がぐーっと鳴った。


「ははは、腹が減っているであろう。もうすぐ飯ができるので外にでも出て待っていなされ」


 道全は豪快に笑った。


「え?いやしかし、助けてもらった上に朝餉までいただくなどとは」


 礼次郎は恐縮する。


「構わん、構わん、せっかくお主を助けたのに空腹で外に出して、また倒れられては無駄になる。それにわしも朝餉を取るところだ、一人で食べるよりも誰かと共に食べる方が美味い」


「しかし・・・」


 礼次郎は尚も躊躇すると、礼次郎の腹がまたも鳴った。


「はっはっはっ、腹は正直だ。さあ、飯ができるまで外の空気でも吸って来られるがよい」


 道全はそう言うと、戸を開けた。

 鮮やかな朝の光が部屋に満ちる。


「では・・・かたじけない」


 礼次郎は恐縮しつつも言われるがままに外に出た。


 そこは山間の広い草原であった。

 なだらかな丘陵上になっていて、少し離れたところに清流が流れている。


 礼次郎は天を見上げた。

 雲一つ無い秋晴れの空であった。

 時折心地良いそよ風が吹き、草の匂いを運んで来た。

 昨日から戦いに次ぐ戦いを繰り返していた同じ空の下とは思えない、爽やかな秋の朝であった。


 礼次郎は深呼吸をした。


 ――ああ、空気が美味いな・・・


 そして礼次郎はぐっと背伸びをした。


「痛っ」


 筋肉痛と傷の痛みで身体のあちこちに痛みを感じた。


 そしてふと、先ほどまで見ていた夢を思い出した。



 ――あの時の状況・・・あの後やはり城戸は壊滅したのだろうな・・・恐らく父上ももうすでに・・・



 礼次郎は俯いた。


 城戸から逃げたあの時、すでに館の門は開いていた。

 あちこちで火の手も上がっていた。

 したくはない想像であるが、あのまま行けば確実に城戸は壊滅するのは簡単に想像できた。


 夢の中で宗龍が言った言葉が脳裏に響いた。



 ――よいな、礼次郎、必ず生き延びよ。天哮丸を頼んだぞ。そして城戸家を再興してくれ――



 礼次郎は拳を握りしめた。


「天哮丸・・・」


 そして再び天を仰いだ。


「城戸家の・・・再興・・・!」


 礼次郎は目を閉じ、しばらくして再び目を開いた。

 激戦で疲れていたその瞳に強い光が宿っていた。



 ――そう言えば本当に順五郎はどうしたかな?徳川に捕まってなければいいが。



「食べたら探しに行くか・・・」


 そう呟いた時、庵の中から野太い声が聞こえた。


「用意ができた、さあ、中に入られよ!」


 庵の中に入ると、炊き立ての飯、焼き立ての魚の良い香りが立ち込めていた。


 部屋の中央、火鉢を挟んで二つの膳が置かれていた。


「さあ、そちらに座わられい」


 道全が笑顔で言う。


 礼次郎は言われた側の膳の前に座った。


「こんな山の中ゆえ大したもてなしはできないが、今のわしにできる最高の馳走だ」


 そう満足げに言うと、道全はもう一方の膳の前に座った。

 

 膳の上には、麦と玄米を混ぜた飯、山菜の味噌汁、焼いた川魚、それと大根の漬物があった。


 確かに質素ではあるが、今の空腹の礼次郎にはとても美味しそうに見えた。


「頂戴いたします」


 そう言うと、礼次郎は箸を取った。


 麦と玄米を混ぜた飯は艶やかに光り、炊き立ての白い湯気を登らせている。

 箸で一塊を口に運ぶ。

 噛みしめると旨味がふわっと口中に広がった。


「・・・美味い」


 腹の底から言葉がこぼれた。


 続けて、同様に湯気漂う味噌汁をすすった。


「熱っ・・・」


「はっはっはっ、もう少し冷ましてからの方が良いだろう、ゆっくり食べなされ」


「はい・・・それにしても美味いです」


 礼次郎がそう言うと、道全はにっこり微笑んだ。


 礼次郎は川魚に箸をつけた。

 身の肥えた魚はよく焼かれており、少し焦げ目のついた皮の上には粗めの塩がふられている。


「腹を壊さぬようよく焼いてあるが、脂が乗っていて美味いぞ。これを獲りに今朝川に行ったらお主を見つけたのだ」

「そうでしたか・・・誠に何と言ってよいやら、この御恩は忘れませぬ」


 礼次郎は深々と頭を下げた。


「よいよい、さあ食べられよ」


 礼次郎は川魚の皮を裂き、中から見えた白い身を、塩がふられてある皮と共に口に運んだ。

 魚の脂と塩気が舌の上に広がり、何とも言えず美味であった。


「これは美味い・・・」


 礼次郎はその味に感動した。


 そして大根の漬物をつまんだ。

 簡素な塩漬けだが、大根の辛みと相まって口の中がさっぱりとする。


 山菜の味噌汁を再びすする。

 山菜は程よく煮込まれており歯ごたえが心地よい。

 少々味噌が濃いが、昨日の戦いで汗を多量に流した身体にはちょうど良かった。


 空腹の礼次郎は夢中で箸を動かし、一気に食べ終えた。


「とても美味かったです、ご馳走様です」


 礼次郎が箸を置いた。


「それは良かった、飯のお代わりは如何かな?」

「いえ、もう結構で」

「さようか・・・ところで、若者よ、お主、名は何と申す?」


 道全がそう聞くが、礼次郎は、


「えーっと・・・その・・・」


 躊躇った。


「どうしたかな?」

「・・・・・・」


 礼次郎は困った表情で黙り込んだ。


 この道全を疑っているわけではない。確実に善人であると礼次郎は感じている。

 しかし昨日から追われている礼次郎は少々神経質になっていた。


「ふむ・・・言いたくないか、まあ良かろう。人にはそれぞれ事情がある」

「申し訳ない・・・いずれこのご恩は必ず返すゆえ、名はその時に」

「何、構わぬ。それに恩と言うが、大したことはしておらぬ。いつかどこかでまた会った時に声でもかけてくださればそれで結構」

「・・・・・・」


「それよりもう一つ聞かせてくれぬか?何故貴殿はあんな川岸に倒れていたのか?何故そんなに着物も破れるほどボロボロなのか?」


 道全がそう聞くと、またも礼次郎は躊躇った。

 道全が信用できそうな人物とは言え、今出会ったばかりの人間に昨日起こったあれだけのことを明かしていいものか。


「それは・・・」


 礼次郎は再び答えに窮した。


「これも言えぬか」

「申し訳ござらぬ・・・」


 礼次郎が俯くと、


「はっはっはっ、よいよい。どうしても言えぬ事情があるのであろう。わしも好奇心から聞いてみたまでのこと、言わずとも結構」


 道全は豪快に笑う。


 そして膳を片付けようとした時、道全は思い出したかのように再び聞いた。


「そうだ、これだけは言えるでござろうか?貴殿はこの辺の土地の者か?」


 礼次郎は顔を上げて、


「はい、上州生まれでこの辺りの育ちです」

「そうか、では一つ聞きたいが、城戸の地はここから近いかね?」

「城戸・・・?」


 礼次郎の身体がビクッと動いた。


「うむ、城戸家が治める城戸の地だ」

「一日歩かずとも着く距離だと思いますが」

「そうか、わかった」


 道全は嬉しそうに言った。

 彼ははまだ城戸で起こったことを知らないらしい。


 礼次郎は聞いた。


「城戸に・・・何か用でも?」

「うむ・・・まあちょっとな。時間ができたら一度行ってみたいと思っていた」

「そうですか・・・」


 その時だった。


 外が急に騒がしくなったと思ったら、ガラッと戸を開けて物々しく武装した兵士たちが入って来た。


 礼次郎はハッと気が付いて身構えた。


「何者だ!ここはわしの庵ぞ!」


 道全が大きな声で怒った。


「いたぞ、こいつに違いあるまい!」


 武装した兵たちはそう言うと、刀を抜いた。


 礼次郎は部屋の隅の刀を取った。


 礼次郎にはすぐにわかった、彼らは徳川軍の兵士たちであった。


戦いが続いたので、ちょっと箸休め的な話を入れたくて書きました。

朝食のシーンは完全に私の趣味で書きました。

あー腹減って来た。


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