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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
164/221

天哮丸の真実

 その日の夕方、如月斎と小六の天哮丸の作業が、最後の一工程を残して終わった。

 天哮丸は、本来の美しく光り輝く刀身を取り戻した。

 後は、丸一日天舞堂の奥に設えた祭壇に安置することによって天哮丸に霊気を取り戻させれば、それで完了だと言う。


 日が暮れた後、礼次郎らは如月斎の屋敷で簡単な酒肴と夕食をいただき、その後客間の座敷を貸し与えられ、その晩はそこで就寝した。


 そして翌日。

 澄み渡った瑠璃色の空には、一つの雲も無い。そして、今日も変わらず春のように暖かい。


 天哮丸が完全に蘇る夕方までにはまだまだ時間がある。

 礼次郎らは、鍛冶場を見学したり、珍しい産物を見せてもらったり、はたまた村の中にある温泉に浸かったりと、各人思い思いに自由に過ごした。


 礼次郎は、一人ぶらぶらと武想郷の中を見て歩いていた。


 昨日、伊達政宗がいた鍛冶小屋を覗くと、政宗がまたも職人らと何か話し込んでいた。


 ――熱心だな。わけのわからない男だけど、流石に若くして名を馳せるだけある。


 礼次郎は感心した。


 外界には無い様々な薬を作っていると言う家を通りかかると、中からゆりと咲の声が聞こえた。

 その声からすると、何やら変な会話をしているようである。礼次郎は窓からそっと覗いた。


「噂で聞いたことあるのよ。絶対ここならあるはずだわ」


 と、式台に座り込み、迫るように言うのは美濃島咲。


「あるにはありますが……あまりにも強すぎて身体には負担が大きい。使うと翌日は丸一日何もできないぐらいにぼーっとしてしまうんです。お止めになった方がよろしいかと」


 中年の薬師は困ったような様子であった。


「いいじゃない。少しでいいのよ。一回だけ試しに使ってみるだけよ。代金なら沢山出すから。さあ、出してよ」

「試しにって……本当ですか? ちょっとだけですよ」


 薬師は渋々奥へ行くと、小さな紙包みを持って来た。

 中を開いて見せると、白い粉末がほんの少し乗っていた。


「夜蕩散と言います。白いので、酒か何かに混ぜてしまえばまずわかりません。そしてそこにあなたの唾液を入れて相手に飲ませます。すると、ほんの少し飲んだだけで、相手はもうあなたのことしか考えられなくなります。」


 薬師が説明すると、咲の隣にいたゆりがぎょっとした。


「ちょっと咲さん、そんな薬を求めて何に使うんですか?」

「決まってるじゃない。礼次郎に使うのよ。なかなか私に落ちないからさ」


 咲がさらっと言うと、ゆりは目を丸くした。


「咲さん、やっぱり……駄目ですよ、そんなの絶対に駄目!」

「ふふ、冗談よ、冗談」


 咲は妖艶に笑った。


「信じられません。冗談に聞こえませんよ」

「うふふ……本当はね。ゆりちゃん、あなたに使うのよ」


 咲はゆりを見てにこっと笑みを見せた。


「そ、そんなのもっと駄目ですよ! もう!」


 ゆりは慌てて紙包みを取り上げた。

 それを見て咲はおかしそうに笑った。


 ――何やってるんだ、あいつら。


 礼次郎は呆れたように苦笑いを浮かべた。


 だがともかく、ゆりと咲の二人は仲は良いようである。

 会話の内容はえぐいが、傍から見ていると姉妹のようで微笑ましかった。


「ごめん」


 ふと、低い大声が響いた。

 ゆりと咲が振り返ると、仁井田統十郎が暖簾をくぐって入って来ていた。


「あら」

「いたのか」

「珍しい薬があるって聞いたから色々見せてもらってたのよ。あんたも同じ?」

「俺ははっきりと目的がある。ここには外には無い凄い薬を作っていると聞いたんでな」


 すると、ゆりの表情が深刻そうな色を帯びた。


「奥様の病?」

「そうだ」


 統十郎は土間を進み、式台の前まで来ると、薬師に妻の千代の病状を詳しく説明し、何か良い薬はないか尋ねた。

 薬師は頷きながら聞いていたが、聞き終えると難しそうな顔で呻いた。

 そして何やら思案した後、奥へ行って小さな木箱を持って来た。


「その症状だけではどんな病なのかはっきりとはわかりません。そして、申し上げにくいのですが……もう難しいかも知れません。ですが、これを試してみてください」

「ほう」


 統十郎は木箱を受け取り、中を開けた。黒い丸薬がいくつか入っていた。


「効くかどうかはわかりませんが、もし効けばかなり良くなるはずです。試してみてください」

「そうか、すまんな。恩に着る」


 統十郎は満面の笑みで喜んだ。


 そのやり取りを窓の外から聞いていた礼次郎は、思わず沈鬱な表情となった。

 仁井田統十郎とは、図らずも共闘することとなり、終った今もまだ再戦せずに会話などしているが、決して仲間になったわけではない。

 四百年に渡る両家の因縁があり、統十郎に言わせれば宿敵の間柄である。それは礼次郎も認識している。

 仁井田統十郎は、今でもはっきりと敵なのである。

 だが、その宿敵の切ない事情。愛する妻への想い。


 ――もし俺だったら……。


 天を仰いだ。

 言いようの無い、複雑な感情が胸を往来した。


 礼次郎はそっとその場を離れた。


 更にぶらぶらと歩くと、村の南東に小さな温泉場があった。

 そこに、浅田源太郎ら雲峰衆がいて、足湯を浸かっていた。

 礼次郎は浅田源太郎のところに行って、今回の礼を言った。


「此度のこと、誠にありがとうございます。浅田殿らの助けがなくば、天哮丸は取り戻せず、ここにも来られませんでした」


 源太郎は手を横に振って笑った。


「いやいや、大したことはしておりません。ただの道案内でござる」

「そんなことは……」


 その時、頭上より怪異な獣の咆哮が聞こえた。

 礼次郎が驚いて見上げると、一際大きな鷹が天空よりこちらへ舞い降りて来ている。雲峰衆の大鷹、雷風であった。


「雷風? 呼んでもいないのに来るとは珍しい」


 見上げた源太郎は訝しんだ。

 その肩へ、雷風は降りて来るかと思ったが、違った。

 雷風は礼次郎の側の岩場に降り立った。

 そして、礼次郎を見て何かしきりにうなっている。


「うん? どうした雷風?」


 源太郎が足湯から上がって、雷風の顔を覗き込んだ。

 雷風は、礼次郎を見てうなり続けている。

 しかし、その声は威嚇しているような響きではない。どこか甘えているように感じられた。心なしか鋭い目つきも優しく見える。

 源太郎は礼次郎の顔を見て、「そうか」と頷くと、


「礼次郎殿、甲を上にして左手を突き出してくだされ」

「え? ……こうですか?」


 礼次郎は言われた通りに左手を出した。

 すると、雷風が腕と手の上に飛び乗った。

 礼次郎はその重みに驚いたが、源太郎、そして他の雲峰衆の者らは、別の意味で驚いた。


「やはりか。しかしこれは驚いた……この雷風は我々以外には決して懐こうとせんのです」

「え、そうなのですか?」

「ええ。今まで、外の者がどんなに手なづけようとしても、決して懐くことはなく、攻撃しようと威嚇してばかりでした。それがほぼ初対面の礼次郎殿の手に乗るとは……」

「へえ~、そうか」


 礼次郎は嬉しくなった。その大きな身体、獰猛で鋭い眼光、正に怪鳥と言っていい雷風であるが、何だかとても可愛く思えて来た。


「もしかすると……雷風は八幡太郎義家公が連れて来ていた鷹の子孫。それ故に、遠く義家公の血を引く礼次郎殿に何か感じるものがあるのかも知れませんな」

「なるほど……」

「如何でござろう。宜しければ、この雷風を連れて帰られませぬか?」

「え? 私が?」


 礼次郎は源太郎を振り返った。

 源太郎は優しく雷風の頭を撫でながら、


「ええ。初見でこのように雷風が懐くのは珍しい。雷風自身も喜んでついて行くでしょう。この雷風、並外れて賢く人の言葉をかなり理解しております。きっと様々な場面でお役に立ってくれることでしょう」

「それは嬉しいですが……雷風はあなた方にとっても色々と大切な鷹ではありませんか。いなくなれば困るでしょう」

「ええ。ですが心配ご無用。雷風には他に数羽、兄弟がおるのです。安心してお連れ帰りください」

「そうなのですか。では喜んで」


 礼次郎は、子猫をもらった子供のように顔を輝かせた。



 そして夕方。

 礼次郎たちは如月斎に呼ばれて天舞堂に行った。

 聖炎池の前に座っていた如月斎は、やって来た礼次郎を見るなり、天哮丸を取り上げて差し出した。


「抜いてみよ」

「はい」


 礼次郎は受け取ると、ゆっくりと天哮丸を鞘から抜いた。

 徐々に露わになるその刀身は、思わず息を呑むような美しい白銀色で、薄暗い空間にきらきらと眩い輝きを放っていた。

 それでいて厳かで、ただあるだけで周囲を圧するかのような気を纏っていた。


「何という……」


 壮之介は思わず呻いた。


「凄いわ」


 咲も感嘆の声を漏らし、


「これを巡って争いが起きるわけだ」


 仁井田統十郎も驚いた。


 持っている礼次郎自身も呼吸が止まるかのようであった。

 幼少の頃に天哮丸を見たことはあるが、これほどの凄美ではなかった。


 ――本来の天哮丸とはこれほどのものか。


 礼次郎は刀身の美しさに見入った。いや、魅せられていた。


「振ってみい」


 如月斎の言葉に我に返った。


「はい」


 礼次郎は天哮丸を正眼に構えた。心地良い握り、そして身体に馴染むような重みを感じた。

 上段から一振りした。小気味良く、かつ鋭い刃風がした。

 二度、三度と振る。

 その度に不思議な快感が脳に伝わった。


「礼次郎」


 如月斎は、作業場に転がっていた太い薪を礼次郎に投げた。

 礼次郎は振り返りざまに天哮丸を水平に一閃させた。

 軽快な音と共に、薪は上下真っ二つに割れて飛んだ。


 見ていた一同は驚愕した。

 実は乾いた木は、刀で斬るのはとても難しい。刃筋をしっかりと立てても最後まで斬り抜けない。

 ところが、いとも簡単に一刀両断してしまった。


 続けて、如月斎は五寸四方ほどの小岩と言ってもいい石を投げた。

 礼次郎が天哮丸を振ると、またしてもその石は真っ二つに斬り飛ばされた。それでいて、天哮丸自身は大した刃こぼれもしていないのである。

 一同、唖然として言葉も出ない。


 礼次郎自身も驚きのあまり半ば呆然として天哮丸の刀身を見つめた。


 ――これほどか……しかし……。


 礼次郎は、再び数回素振りをした。

 不思議な程に心地よい刃風が響く。

 だが、やがて礼次郎は、突然天哮丸を放り投げた。


「え、どうしたの?」


 驚いたゆりが聞いた。

 礼次郎は、たかが素振りであるにも関わらず、息を乱していた。そして青ざめた顔で地面に転がった天哮丸を見つめていた。


「恐ろしい」


 礼次郎は唇を震わせて呟いた。


「恐ろしい?」

「ああ……よくわからないが……このあまりの斬れ味故に無性に人を斬りたくなる。誰でもいいから斬りたくなった」

「え?」


 一同、不思議そうに礼次郎を見た。


「それこそが天哮丸の持つ魔性」


 如月斎が言った。


「天哮丸を持つと、その凄まじい斬れ味故に人を斬ってみたくなる。そして斬ってみると、甲冑ごと骨まで斬ってしまうような強さ故に、誰と戦っても負けないと思うようになる。事実、まず負けることはない。天哮丸には、更に物つ者の実力を上げてしまうような不思議な力まであり、たとえ一対多数でも難なく勝ってしまう。そうなると、次に野心を抱くようになる。これほどの強い剣があれば、誰にも負けることはない。何人でも従わせることができるだろう、いや、天下を取ることも夢ではないのではないか、と思うようになる。そして実際に行動すると、天哮丸による自信で思い切った大胆な行動を取れるようになり、しかも不思議とそれが上手く行き、やがて天下の覇権を握れるようになってしまうのじゃ」


 如月斎は淡々と、しかし熱を帯びたような声色で語る。


「しかし……一方で、天哮丸の強さによる自信で言動は傲慢になってしまい、また、人を斬りすぎて来てしまったことにより、過剰に敵も増やしてしまう。そしてやがては、天下の覇権を握りながらも、自らが増やし過ぎた敵たちに攻められ、あえなく自身の滅亡へと至ってしまうのじゃ……」

「なるほど」


 礼次郎が天哮丸を見つめたまま呟いた。


「一度それを握れば天下を統べる力を得るが、その強過ぎる力ゆえに持つ者自身をも滅ぼしてしまう、と言うのはそう言うことか」

「うむ。だが、お主は流石じゃのう。すぐに自ら天哮丸を手放しおった。これまで、天哮丸を握ったほとんどの者たちは、その魔性に抗いきれず、すぐに人を斬りに走ったと聞く。中には、側にいた友人を斬ってしまった者もいたとか」

「そこまで……」

「お主の場合、長きに渡って天哮丸を守って来た城戸家の血が成せるものかのう。お主ならば、天哮丸の魔力に呑み込まれずに、正しく使えるかも知れんな」


 礼次郎は、再び天哮丸を取り上げた。柄をしっかりと握りしめる。

 今度は、無性に人を斬りたくなるさっきの感覚には襲われなかった。

 眼の高さまで掲げ、眩い白銀の煌めきを放つ刀身を見つめた。


「ところで礼次郎よ、お主らはいつ帰る?」

「いや、特に決めてはおりませんが、城戸が気になるのでできるだけ早くとは思っております。それでもここは珍しいので、明日一日またゆっくりとこの武想郷を見て、明後日には帰ろうかと」

「そうか。では、少しでも霊気を損なわぬよう、明後日まではここに保管しておこう」


 こうして、再び、天哮丸は祭壇に安置された。



 その頃、風魔玄介は薄暗い牢の中で壁にもたれて座っていた。

 瞑想しているかのように目を閉じていたが、おもむろに目を開けた。

 虚空の一点をじっと見つめる。

 やがて、にやりと薄笑いをした。

悪い癖ですね、この章もまた長くなってしまいました(汗)

色々と書きたくなってしまうんですよね。

でも、これでも考えて色々と削っているんですよ(;´∀`)

とにかく、この武想郷編は次回で最後です。

そしてその次は、いよいよ完結の最終章となります!(一旦の)

皆様もう少しおつきあいのほど宜しくお願いいたします!

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