天舞堂での再会
天舞堂と言う場所へ行く前に、政宗は、小六に牢の有無を訪ね、あると聞いた牢に風魔玄介を入れた。
玄介の配下の幻狼衆の者達は、前夜、政宗の命で全て処刑されていたが、風魔玄介本人だけは、
「こいつは北条の忍び集団、風魔衆の頭領の息子だそうだな。俺は北条と交渉をするつもりだった。その道具に使うのでこいつは生かしておく」
とのことで、一人だけ生かされていた。
天舞堂と言う場所は、堂と言うより、洞窟であった。
菜々の屋敷の裏に、小高い岩場がある。その中央がぽっかりと空いておりその先に洞窟が広がっていた。
菜々を先頭に、礼次郎と統十郎らの主従、そして伊達政宗が中へ入って行った。片倉景綱と、引き連れて来ている伊達家の侍たちは外で待った。
そこは神秘的な空間であった。
中は意外なほどに広く、白い霧が薄く漂っている。
上下左右の岸壁は、不思議なことにきらきらと小さく光っている。そしてその岸壁のところどころより、滝のように水が流れ落ち、隅に小川のような水の流れを作っていた。
また、どこかに隙間でもあるのか、高い天井から数本の淡い光が射し込み、光の柱を作っていた。
「似ている」
礼次郎は呟いた。
「何に?」
ゆりが聞くと、
「龍牙湖の、天哮丸を納めてある洞窟にだ」
しかし、一つ違うことがあった。
龍牙湖のあの洞窟の中はひんやりとしていたが、ここは熱いのである。
歩いていると、じんわりと汗ばんで来るぐらいだ。
やがて、広々とした空間に出た。
きらきら光る岩壁に沿って篝火が炊かれており、昼間の如く明るい。
そして中央前方――
「何だあれは?」
政宗が思わず声を上げた。他の者らも一様に驚いた顔を見せた
そこには、一段盛り上がった小岩で囲まれた中に、炎がまるで池のように溜まっており、沸々と沸き立っていたのである。
そして、その前に、烏帽子を被り、白衣を来た老人がこちらに背を向けて座っていた。
「ついに来たか、城戸礼次郎」
老人は背を向けたまま、呟くように言った。
その声は、礼次郎には聞き覚えがあった。
「やはりあなたでしたか」
礼次郎は白衣の背を見つめて言った。
老人は立ち上がり、ゆっくりとこちらを振り返った。
長い白髯、皺の多い顔だが、それに似合わぬ強く鋭い眼の光。
礼次郎は頭を下げた。
「如月斎殿、お久しゅうございます」
その老人は、以前龍牙湖のほとりで会った、如月斎であった。
「待っておったぞ。お主は必ず天哮丸を取り戻してここに来ると思っておった」
如月斎は枯れたような顔に笑みを見せた。
そしてまず、菜々に向かって、
「菜々、お前が礼次郎殿をここにお連れしたのであろう。ご苦労であった」
「きっかけは偶然ですけど」
「ふふ……お前の下界へ遊びに行きたがる悪い癖もたまには役に立つものじゃ」
如月斎がにやっと笑うと、菜々はきまり悪そうに苦笑いをした。
「菜々殿には助けられました。色々な意味で、菜々殿に出会わなければここに来られなかったでしょう」
礼次郎が横合いから言ったが、
「菜々に出会わなくとも、お主はいずれここに来たじゃろう」
如月斎は言った。
「……あの時、あなたはおっしゃられた。『いずれお主が天哮丸を取り戻せば必ず再びわしに出会うことになるであろう』と。こうなることを予知していたのですか?」
「まさか……流石のわしでもそこまでは読めぬ……。きっと今の天哮丸はボロボロのはず。ならば、天哮丸をどうにかしようとあれこれ探れば、いずれここに辿り着くことは必定じゃろうからな。まあ、お主が天哮丸を巡る争いに勝ち、生きてここまで来れば、の話じゃが」
「…………」
「しかし、お主は勝ち抜き、見事天哮丸を取り戻し、この天哮丸誕生の場所に辿り着いた」
如月斎の鋭い目が、優しげに細くなって礼次郎を見た。
「よくぞやったな、礼次郎……城戸家は一旦は滅ぼされ、不届き者どもが天哮丸を外界に持ち出したが、お主は天哮丸を守護する城戸家の当主として、見事に天哮丸を守り抜いたのだ。八幡太郎義家公、城戸家の祖、七郎義龍公もお喜びであろう」
天井のどこかより注ぎ込む淡い光が、心なしか強くなったように見えた。
「さて、天哮丸をこちらへ。早速蘇らせよう」
如月斎は手を出した。
「あ、はい……」
礼次郎は天哮丸を渡そうとしたが、その動作が少し鈍い。どこか躊躇いが見えた。
そこに、礼次郎の心の動きを読み取った如月斎が目を光らせて言った。
「お主、別に天哮丸はこのボロボロのままでいいのではないか? と思っているであろう。蘇らせて本来の力を取り戻した後に、また不埒者どもに盗み出されたら大変なことになってしまう、と思っているであろう?」
図星であった。
風魔玄介に盗み出された時に、もし天哮丸が本来の姿を保っていたら、世はどうなっていたかわからない。それを考えると恐ろしい。また、次いつ徳川家康や風魔玄介のような不埒者達に天哮丸を狙われるかわからない。ならば、ずっとこのボロボロの状態にしておく方がいいのではないか? と礼次郎は考えていた。
そもそも、礼次郎には元々武想郷に行って天哮丸を蘇らそうと言う考えは無かった。考えると言うより、その問題は今の思考の先にあった。礼次郎にとっては天哮丸を取り戻すことが第一で、またそれしか頭にはなく、天哮丸を取り戻した後に天哮丸をどうするか、などは取り戻した後に考えようと思っていたのだ。
この武想郷に来たのは、天哮丸を取り戻すべく風魔玄介を追って来ただけなのである。
だが、如月斎はこう言った。
「天哮丸は生きておる。人が物を食わねばどんどん弱って行くのと同じで、天哮丸も放っておけばどんどん劣化して行く。そしてその劣化を放置すれば、やがて天哮丸は死ぬ。朽ちて果てるのじゃ」
礼次郎は驚いた。
剣が生きている。あまりに不思議なことである。
統十郎もまた驚いた。天哮丸については、仁井田家でも代々色々と言い継がれて来ていたが、これは初耳であった。
「それ故、定期的に手入れをしなければならず、城戸家の歴代当主は数年に一度、天哮丸を持ってこの武想郷に来る慣習となっておるのだ」
「そうだったのですか」
礼次郎が頷いた。
すると、美濃島咲がぼそっと言った。
「でもさ……聞いてると天哮丸っていい事無いわよね。よく考えてみれば城戸家がやられたのだって天哮丸を持っていたからだし。そんな厄介な物、そのまま朽ち果てさせてしまえばいいんじゃない?」
だが如月斎はふふっと笑った。
「確かにそうかもしれんな。天下を取れる力を得られるが、その強さのあまりに自身をも滅ぼしてしまう恐れがある。そして、天哮丸が世に出ると、それを巡って大乱が起きる。こんな厄介な物は守るどころか無い方が良い、叩き壊してしまう方が良いかもしれんな。事実、源義経から天哮丸を取り上げた源頼朝もそう考えたことがあった」
「そうよ」
咲は笑った。
「だがの……天下を取れるほどの強い力と言うのは、天下の静謐を守れる力でもあるのじゃ。その為に、源頼朝は、平清盛と源義経が天哮丸によって滅ぶのを見ながらも、いつか日ノ本が危機にさらされた時の為に、天哮丸を壊さずに城戸七郎義龍に預けることを選んだのじゃ」
「へえ……でも、実際に天哮丸がこの日ノ本を守ったことがあるの?」
「ある。文永十一年、そして弘安四年」
如月斎の目が光った。
それを聞いてすぐに反応したのは壮之介であった。
「蒙古の襲来ですな」
「さよう」
如月斎は頷いた。
「話せば長くなるので詳しいことはまたいずれ話すが、かの蒙古襲来の折、時の鎌倉執権北条時宗は、城戸家より天哮丸を借り受け、その力をもって蒙古を撃退したのじゃ。だが、北条時宗はすでに天下の権力者、それ以上天哮丸を持つ必要が無い。それ故、蒙古を撃退した後には、さっさと天哮丸を城戸家に返し、元と同じように守護させた。これなどは、天哮丸の魔力に呑み込まれずにうまくその力を使った好例と言えよう」
「なるほど……」
礼次郎は頷いた。
「さて、この話はここまでにしようかのう。これで天哮丸を蘇らせねばならぬ理由はわかったであろう。さあ、こちらへ渡すがよい」
「はい」
礼次郎は、今度はためらいなく天哮丸を如月斎に渡した。
「もうすでに知っておろうが、わしは今、病に侵されておる。いつどうなるともわからん。恐らく今回が、わしが天哮丸を手入れする最後となるであろう」
そう言った如月斎の顔が、確かに青白く、死相が浮いていた。
「御爺様……」
菜々は泣き出しそうな顔で見つめた。
如月斎は天哮丸を黄金の鞘より抜き放つと、頭上に掲げ、燭の灯に照らして表裏を丹念に検め始めた。
「ふむ、これは……久々に焼き直す時が来たかのう……」
如月斎は呟くように言うと、
「では早速天哮丸を蘇らそう。だが、すまぬが当家の掟で、ここからは関係の無い者に見せるわけには行かぬ。城戸礼次郎以外は出て行ってもらいたい」
と、皆を見回した。
その言葉に従い、礼次郎以外は立ち去ろうとした。
だが、皆がぞろぞろ天舞堂を出て行こうとした時、如月斎は仁井田統十郎を呼び止めた。
「待て、そこの平家の者。お主は残ってよい」
統十郎は驚いて振り返った。
「何故俺が平家のだと……?」
彼は自身が平家の末裔と言うことどころか、名前さえ名乗っていない。
「ふふ……先々月だったか……上州の牛追平近くの川で死にかけていたお主を宿に運んだのはわしじゃからな」
如月斎はにやりと笑った。
この辺の天哮丸に関する話は、一気にファンタジー色が強くなります。天哮丸が生きているとか、元寇の話とか、まあ、この辺は笑って読んでくださいね(;´∀`)
でも真面目に書いていますよ!