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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
160/221

武想郷

 ――この男、正気か? 隻眼で礼次郎と斬り合うだと? すぐに斬られるぞ。



 統十郎は、政宗の頭がおかしいのではないかと疑った。

 礼次郎は幾多の修羅場を潜り抜けて成長し、今や一流の達人である。並の武士では到底かなわない。

 だが、政宗は隻眼と言う不利を抱えながらも、そんな礼次郎と一対一で斬り合うと言う。


 礼次郎と政宗、両者はまず互いの間合いを測りつつ気で攻め合った。


 その後、政宗が夜気を切り裂く気合いを発して踏み込んだ。

 稲妻のような鋭い袈裟斬りが飛んだ。


 だが、礼次郎は軽く下がりながらそれを打ち払う。

 そして礼次郎から水平に斬りつけたが、政宗もまた容易くこれを跳ね飛ばした。

 隻眼であることを感じさせない洗練された動きであった。


 意外なことに、政宗もまた、一級の戦闘能力を持っていた。

 礼次郎とほぼ互角に打ち合った。

 

 その場にいた全員、息を飲んで斬り合いの行方を見守った。

 幻狼衆の者どもや、その頭領の風魔玄介も、睨むように両者の剣先を見つめていた。

 騒ぎを聞きつけた浅田源太郎ら雲峰衆と菜々、そして食事を取っていた伊達家の侍たちも見に来た。


 闇の中に音を響かせて乱れ飛ぶ二本の剣光。

 二人は激しく剣花を散らして打ち合うこと二十数号に及んだが、その間、互いに一度たりとも相手の身体を掠めることがなかった。


 ふと、礼次郎の剣を外した政宗が弾かれたように後方に飛び退いた。

 そして、


「もういい。やめだ。剣を納めろ」


 と大声で言って、まず自らが先に手を下して納刀した。

 それを聞いて礼次郎もまた、鞘を拾って納刀した。

 そして政宗は、伴の一人から、持たせていた天哮丸を受け取ると、礼次郎の前まで歩いて行き、


「これは返す。受け取れ」


 と言って、天哮丸を礼次郎の前に突き出した。

 礼次郎は天哮丸を掴むと、


「気まぐれにもほどがある。どういうつもりだ?」

「別に……勘違いするなよ。俺は天哮丸が欲しくてお前を捕えたわけじゃねえ」

「今更何を言ってやがる」


 政宗はふふっと笑うと、


「俺はな……片目を失ったせいだろうな。その分、人の心が見えるのよ。物の心もな。」

「心?」

「俺はさっき幕舎で一人、天哮丸の声を聞いた。天哮丸と会話をした。その剣は……俺が持っていていいものじゃねえ。お前の下に戻りたがっている」

「…………」

「そして今、お前と斬り合いながら、お前の心を覗いた。城戸礼次郎と言う男の真実を見た。そうしたら、もう天哮丸を持つ気が失せた。これはやはりお前の手に返すべきものだ」


 そして政宗は、神妙な声色になった。


「すまんな、槇伊之助の件は、お前は悪くねえよ。非は完全に伊之助にあり、そしてそれを招いたのは俺の責任だ」


 と、頭は下げないながらも謝ると、伴の者らに命じて、幻狼衆以外の礼次郎ら、統十郎らの縄を解かせた。


「今夜は俺達の幕舎でゆっくり寝て、明日武想郷に行ってくれ。だが折角ここまで来たんだ。俺も一緒に行く」


 政宗はそう言うと、背を返して立ち去って行こうとしたが、その際にまた急にちらっと振り返り、


「天哮丸など使わなくとも天下を取って見せるわ」


 と、にやりと笑った。そしてまた歩き去って行った。


「おかしな野郎だ」


 統十郎は、闇に消えて行く政宗の背中を見ながら呟いた。


「いや、なかなかに面白き御仁」


 壮之介は何かに感じ入ったように頷いた。


「そうかしら。人の心が見えるとか、天哮丸の声を聞いたとか、頭のやばいガキにしか思えないけど」


 咲はやれやれ、と言った風に背を伸ばした。


「まあ、わけのわからない男ではあるが……本当の心根は真っ直ぐなんだと思う。生い立ちは複雑らしいから、そのせいで少しひねくれてるんだろう」


 礼次郎は苦笑して政宗の消えて行った方を見た。



 その晩、礼次郎ら、統十郎らは政宗が用意した幕舎の中で眠った。


 そして翌朝、礼次郎らは、政宗らと共に、菜々を先頭に武想郷に向かった。

 久々に武想郷の者たちに挨拶をしたいと言うので、浅田源太郎たち雲峰衆も同行した。


 中空に揺れる吊り橋を越えた先、大きな鉄門があった。

 その門の先が武想郷である。

 門の前には見張りの者が二人いた。


 二人は菜々を見て安堵した顔を見せた。


「良かった、戻って来たか。皆で心配したぞ。一体何をしていたのだ」

「ごめんなさい。ちょっと色々あって……でも見て。城戸家の城戸礼次郎様をお連れしたわ」


 菜々は、後ろの礼次郎を振り返った。


「何? 城戸家のだと?」


 二人は驚いた様子で、目を見開いて礼次郎を見る。

 礼次郎は軽く頭を下げた。


「ふむ、では、天哮丸を持っておられますか?」


 礼次郎は持っていた天哮丸を見せた。


「ここに」

「ふむ……確かに天哮丸。城戸礼次郎様、よくぞお越しくださいました。さあ、お通りくだされ」


 二人は恭しく頭を下げた。

 そこへ、政宗がわざとらしく咳払いをした。


「うん? 後ろの甲冑姿の者たちは何者か?」


 政宗に気付いた見張りの二人は、怪しむような目を向けた。


「ご領主様よ。伊達のお殿様」


 菜々が答えると、


「ああ、これは国主様でござりましたか。失礼をいたしました」


 二人はまた頭を下げたが、先程の礼次郎に対するものと比べると、大して驚いた様子もなく、口ぶりもどこか雑であった。


「俺はここの領主だぞ。それなのに城戸礼次郎と態度が違いすぎないか?」


 政宗は額に青筋を立てたが、片倉景綱が苦笑しながらそれをなだめた。


 大門を抜ける時、見張りの二人が菜々に言った。


「早く長老様のところに行け。昨晩から容体が急変したのだ」

「え?」


 菜々の顔色が青くなった。


「医者の甚助殿によればいつどうなるかわからないとのことだ。皆心配している」

「わかった。ありがとう」


 菜々は泣きそうな顔で礼を言うと、


「急ぎましょう」


 と、先頭を急いで歩いた。


「菜々殿、長老とは? 容体って……」


 礼次郎が聞いた。


「長老はその名の通りよ。この武想郷の長で、唯一天哮丸を鍛える技を受け継いでいる人。そして私のお爺様」

「え? お爺様? お爺様って、武想郷の長だったのか」


 礼次郎は驚いて菜々を見る。

 だが菜々は礼次郎を振り返らずに言った。


「一月ほど前から体調を崩していて、ずっと床に臥せってるの。でも、折角礼次郎様が天哮丸を持ってここに来たと言うのに容体が急変したって……とにかく急ぎましょう」


 そして一行は武想郷の中に入った。


 入ってみて、礼次郎らはまず驚いた。

 まるで春のように暖かいのである。

 季節は十一月の晩秋だ。だが、その暖かさ故に、行き交う人々が皆、春の時分と同じような薄着であった。


「何だこの陽気は」


 礼次郎は毛皮の羽織を着ている。

 寒い時には最高の防寒具であるが、この暖かさでは暑くてたまらない。すぐに脱いだ。


「不思議な場所だな」


 仁井田統十郎は四方を見回した。


 一見、どこにでもある集落である。

 あちらこちらに家が立ち並び、鍛治村らしく、時折金属を鍛錬しているような小気味良い音が聞こえて来る。

 だが、この暖かさ故か、晩秋であると言うのに緑は瑞々しく、あちこちに色取り取りの花が咲き乱れ、蝶が軽やかに舞い、小鳥が楽しげにさえずっている。

 この集落の中央をうねりながら流れている小川があるが、それがまた美しく澄み切った穏やかな清流であり、女どもはそこで洗濯をし、子供らは浸かって水遊びをしていた。

 そんな彼らを、白い陽光は暖かく包み込んでいる。


「武想郷と言うよりは桃源郷ね」


 ゆりが微笑んで言うと、咲も頷いた。


「こんな山奥にこんな場所があるなんて思いもしなかったわ」

「ここが武想郷か……うん?」


 礼次郎は不思議なことに気が付いた。


 集落のところどころ、地面より蒸気が噴き上がり、煙のように高く立ち上っていた。


「あの煙のようなものは何?」

「うん、地下の熱がああやって噴き上がっているんです。熱いんですよ。この武想郷はあちこちからああいう蒸気が上っているんです」

「へえ……」


 不思議なこともあるものだと、礼次郎らは感心して頷いた。

 同時に、この暖かさはあれらの噴気の為かと合点が行った。


 すれ違う村民たちは、皆礼次郎らを見て少し驚いた様子で菜々に尋ねた。


「菜々、どうしたのじゃ? そのお方らは?」

「城戸家の城戸礼次郎頼龍様よ」

「ほう、このお方が城戸礼次郎様か」


 村民たちは目を瞠って礼次郎を見る。

 皆、礼次郎のことを知っているようであった。

 その視線が、何となく面映ゆかった。


 やがて、菜々の屋敷に辿り着いた。

 流石に長老の屋敷らしく、一際大きく、立派な造りであった。他の家と違い、塀と門まで備えている。


 門を潜り抜けると、玄関の前に一人の壮年の男が立っていた。

 男は菜々を見るなり怒鳴りつけた。


「菜々! また三日も帰らずに何をしておったのだ」

「申し訳ございません、父上。ちょっと色々あって」

「また下界か? それとも浅田殿のところか? まったく、お前はいつもそうだ。そんなに下界に行きたいならこの武想郷を追い出すぞ」


 男は眦を吊り上げて怒鳴った。

 この男は名を小六と言い、菜々の父親であった。


「申し訳ございません。でも父上、見てください。上州城戸家の城戸礼次郎様をお連れしました」


 菜々がきまり悪そうに、しかしどこか得意気に言うと、小六は「何?」と目を丸くした。


「ま、誠に城戸礼次郎様か?」

「はい」


 礼次郎は進み出た。


「城戸礼次郎頼龍です」

「おお、これはこれは……ようこそいらっしゃいました。ふむ、そうか。父上が言っていた大切な客人が来ると言うのは城戸家のお方のことであったか?」


 菜々は声を高くして、


「え? 御爺様が? そうだ、御爺さまは? 容体が急変したって聞いたけど」

「うむ。昨晩また突然倒れ、昏睡しておった。だが今朝方、急にむくりと起き出したかと思うと、今日はこれから大切な客人が訪ねて来るであろう、と言い、着替えて天舞堂に向かわれたのだ」

「じゃあ、今は天舞堂に?」

「そうだ。恐らく礼次郎殿を待っているのであろう。急ぎ行くがよい。わしも後から行こう」


 そして、一行は、その天舞堂と言う場所に向かった。

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