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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
154/221

大激突

「ふふ……わかるぞ、武想郷はもう近いな」


 菜々の後ろを歩きながら、風魔玄介は白い歯を見せてにやりと笑った。


「え? わかるのですか?」


 玄介の後ろを歩く部下の一人が驚いた。


「ふふ、お前たちにはわからないだろうね。私だからわかるのさ。辺りの気がこれまでとは明らかに違う。そして、今まで感じたことのないような気が段々と強くなって来ている。これは武想郷が近い証拠だろう」

「また、お頭の"気を読む”と言う術ですか。我々にはさっぱりですが、流石はお頭です」


 部下たちが驚嘆すると、先頭を歩いていた菜々が振り返り、恐る恐る言った。


「あの、すみません。歩きっぱなしのせいか足がとても痛くて……少し休ませていただけませんか?」


 玄介はじろりと菜々を睨んだ。


「それは駄目だ」

「でも……本当にとても痛くて……少し休まないとこれ以上は歩けません」

「武想郷まではあどれぐらいだ?」

「あと四半刻(約三十分)かかるかかからないぐらいです。もう見えていますし」

「何? どこだ?」

「あそこに」


 と、菜々が指差す方向を見ると、木々の梢の間のずっと向こうに、吊り橋のようなものが見えた。


「あの橋を渡れば、もうそこは武想郷です」


 玄介は目を凝らしてそれを確認すると、再びにやりとして言った。


「ならば尚更休むわけにはいかん。一気に武想郷まで行くぞ」

「そんな……」


 玄介はじろりと菜々を睨むと、素早く抜刀して切先を突きつけた。


「歩け。あと少しだろう」


 菜々は青い顔で頷くしかなかった。


 実を言うと、足が痛いのは本当であるが、歩けないほどではない。

 こう言って休ませてもらい、生きていると信じている城戸礼次郎らが来るまでの時間稼ぎをしようと思ったのだ。

 だが、その算段は虚しく潰えた。


 ――礼次郎様、きっとご無事よね? 早く来て……もう武想郷に着いちゃう。


 菜々は潰されそうな不安の中、必死に祈った。


(このままこの人たちが武想郷に入ってしまったら天哮丸が……それに武想郷も何をされるかわからない)


 しかし、礼次郎らが来ることもなく、時間は無情にも刻一刻と過ぎて行き、武想郷へは一歩一歩近づいて行った。


 そして、ついに武想郷へ通じる吊り橋まであともう少しと言う地点まで来てしまった。

 辺りは傾斜が無い平坦な場所である。まばらな木立であり、木々の向こうに小さく吊り橋が見えた。


「あの橋の向こうが武想郷なのだな?」


 玄介が尋ねると、菜々は泣き出しそうな顔で首を縦に振った。


「そうか……もう真っ直ぐに歩いて行けば着くわけだな」


 玄介は薄笑いを浮かべると、


「よし、ここまでの道案内ご苦労だった」

「…………」

「もうお前に用は無いが……このまま俺達が武想郷に行き、天哮丸を元の姿に戻せと言っても聞いてはくれないだろう。ちょいと脅しが必要になる。悪いがその脅しの為にお前の首を頂くぞ」

「ええ?」


 菜々は仰天した。


「お前の首を見せれば武想郷の者どもも震え上がって言う事を聞くだろう」

「そんな……」

「悪く思うな。おい、誰かこの娘の首を掻き切れ。私は優しいからな、こんな小娘を斬りたくない」


 玄介が冗談めかして笑いながら言うと、配下の数人が口端を上げて抜刀した。

 菜々は青い顔で震えていたが、だっと駆け出した。


「はは……よしよし、兎狩りも悪くない」


 そう言って笑う玄介の両脇を、数人の男たちが手に手に刀を持って駆け抜けて行った。


 だが、そのうちの一人の男の右肩に、右手の方より棒手裏剣が飛んで来て突き刺さった。

 男は悲鳴を上げて前のめりに倒れた。


「何だ?」


 玄介が驚いている間に、再び数本の棒手裏剣が矢の如く飛んで来て、菜々を追いかける男たちの肩や背に次々とと突き刺さった。

 ざわつく幻狼衆の男たち。

 菜々も驚いて振り返った。


「やめろ」


 覇気のある声が響き渡った。


 驚いていた玄介であったが、その声を聞くとふふっと笑い、ゆっくりと棒手裏剣が飛んで来た方向を向いた。


 その方向の木立の間から、城戸礼次郎ら一党、そして仁井田統十郎たち、雲峰忍び衆の男たちが現れ出て来た。


「礼次郎様! 源太郎様も……」


 菜々の顔に血色が戻り、明るくなった。


「生きてたか」


 玄介はにやりと笑う。


「天哮丸を取り返すまでは死ぬつもりはない」


 礼次郎は歩きながら桜霞長光を抜いた。


「おや、仁井田統十郎も一緒か。ははあ……手を組んだってところかな?」

「一時のことだ」


 統十郎は落ち着いた声で言う。


「しかしお前たちもしつこいねえ」

「てめえを叩き斬るまでは、たとえ地獄に落ちても閻魔を斬って戻って来てやるよ」


 統十郎は撃燕兼光を抜き放った。

 全身から殺気混じりの闘気が燃えた。


「ふん……何だか得体の知れない連中まで連れて来やがって……いいだろう、武想郷はもうすぐそこだ。後顧の憂いを断つべく、ここで完全に息の根を止めてやるか」


 玄介の口調が変わり、柔和な顔が再び悪鬼の如く一変した。

 配下の幻狼衆の者達も静かに猛り立ってそれぞれの武器を取った。


 木立の間に深々と立ち込めている晩秋の冷気が、両陣営の闘気と殺気により、俄かに熱くなって行った。


「礼次郎、抜かるなよ」


 統十郎が語気強く言うと、


「お前こそな」


 と礼次郎は返し、雲峰忍び衆頭領浅田源太郎に言った。


「浅田殿、すまないが誰か一人をこの娘の護衛につけていただけないか?」


 礼次郎はゆりの方を見た。


「承知した」


 源太郎は頷き、一人の男にその役を命じた。


 そして風魔玄介は抜刀し、青白い刀身を虚空に煌めかせた。


「かかれっ!」


 玄介が大声で命令を下した。

 同時に統十郎が咆哮した。


「お前ら気合い入れろ!」


 統十郎は剣を構えたまま駆け出した。後に右近、小四郎、柘植五郎兵衛が続く。


「行くぞ!」


 礼次郎も大声で下知し、壮之介、千蔵、咲と共に幻狼衆に向かって駆け出した。

 浅田源太郎率いる雲峰忍び衆も飛び出す。


 ここに、武想郷を目前にして因縁の決戦の火蓋が切られた。


 真正面から激突した両陣営。


 仁井田統十郎らと手を組み、また雲峰忍び衆が加わったことで、礼次郎らの総数は約二十人。

 対する風魔玄介ら幻狼衆はざっと見て四十人はいるように見えた。

 だが、先程千蔵や右近が言った通り、


「統十郎様、城戸殿、やはり奴らは分身の術を使っております。しかしそれは所詮子供騙しに等しい! 実数は三十人に満たないかと!」


 こう、右近が叫んだのが実態であった。


「よし。お前ら、見せかけの数に怯むな! 臆することなく戦え!」


 統十郎が剣を振るいながら大声を張り上げた。

 それでも幻狼衆の方がやや数が多い。

 だが、礼次郎、統十郎らは全く互角の戦いを繰り広げた。


 統十郎は一際激しく撃燕兼光を左右に閃かせた。

 長身の彼が持ち前の剛力で鋭く剣を繰り出すと、幻狼衆の男たちはその斬撃こそ受け止めるものの、防ぐだけが精いっぱいであった。


 そして城戸礼次郎。

 彼はここに来るまでの間に、左肩の傷のことを知った浅田源太郎に、彼らの間に伝わる痛み止めの秘薬を処方してもらっていた。その痛み止めは即効性がある上に効果てきめんで、すぐに礼次郎に痛みを忘れさせた。とは言っても、傷自体が治ったわけではないので左肩の動きは完全ではない。だが、それでも痛みを感じないだけ剣を振りやすく、戦うには十分であった。


 礼次郎は空に解き放たれた鳥の如く、久々に身体が動くままに縦横に斬り結んだ。


「不埒者どもが、もうこれまでのようには行かんぞ!」


 壮之介の錫杖が左から右へと重い風を起こす。

 軽やかに飛んで避ける幻狼衆の男たち。そこへ仁井田統十郎配下の伊藤小四郎が、刃長四尺にも及ぶ剛刀を手に突進した。


 幻狼衆の男の一人が遠くから何かを投げつけた。


 ――煙玉だ!


 と見た芥川右近、横合いからさっと手裏剣を投げつけ、その煙玉がこちらに届く前に空中でそれを破壊した。

 虚しく宙で湧き上がる白煙。

 その下を疾風の如く駆け抜け、千蔵が左右に刃光の波を起こして行く。


 柘植五郎兵衛は手槍を振り回して奮戦していたが、気が付けば左右を三人に囲まれていた。

 一人の敵が五郎兵衛の背後から剣を振りかぶった。

 だがその瞬間、男の左肩に矢が刺さり、男は悲鳴を上げて真横に倒れた。

 少し離れたところに、咲がにやりとしながら愛用の半弓を構えていた。

 彼女は機を見てそっと混戦の中から抜け出したのであった。


 ――折角飛び道具があるんだから使わない手は無いわ。


 咲は続けて、味方に当たらぬように慎重に狙いを定め、次々と矢を放って行った。

 だが幻狼衆の者どもは流石であった。

 ほとんどが咲の方を振り返りもしないのに、難なく矢を躱し、打ち払って行く。


「悔しいけど流石ね……うん?」


 ちょうど数少ない手持ちの矢が尽きた頃だった。

 忌々しげに呟いた咲の視界の片隅に、自らは戦いに加わらず、後方にあって悠然と大乱戦を眺めている風魔玄介の姿が映った。

 咲の眼の色が変わる。

 心の中に、何かが青白く燃え上がった。


 咲は半弓を投げ捨てて駆け出した。

 乱戦の渦を大きく避けて玄介目がけて走った。だがその眼前を一人の男が飛び出して来て立ち塞いだ。

 咲は立ち止まるや素早く抜刀、男と数合打ち合った後に逆袈裟がけに仕留めるや、再び風となって走り、玄介の前へ飛び出した。


「おや、美濃島咲か」


 玄介は薄ら笑いを浮かべた。


「一人だけ戦わずにそんなところで眺めているなんて、余裕のつもり?」


 咲は静かに言ったが、その声は朗々としながらも殺気をくるみ、美しい顔は眦吊り上り般若の如き形相となっている。


「余裕さ。この俺が出て行くまでもないだろう」

「いつまで余裕でいられるか、試してみようかしら?」


 咲は鬼走り一文字を八相に構えた。

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