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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
152/221

恩讐を越えて

「仕方ない。ゆり、できるだけ俺の後ろから離れるな」


 そう言って、礼次郎が下段に構えを取った時であった。


「我が主君に何をするつもりか!」


 雷の如き大喝が轟き渡った。

 礼次郎とゆりには聞き覚えのある声である。瞬時に反応してその声のする方を見た。

 男たちも振り返る。


 そこには、男たちの後方約八間ほどに、壮之介、千蔵、咲の三人がいた。

 大喝は、壮之介が発したものであった。

 壮之介は眼を怒らせ、再び怒鳴った。


「そこまでにいたせ、我が主君に手出しをすればただではすまさぬぞ」


 そして歩いて来ながら錫杖を一振りし、豪風を空に唸らせた。

 千蔵も忍び刀を抜き、咲も鬼走り一文字を右手に提げている。


「来てくれたか……」


 礼次郎は安堵の溜息を漏らした。


「二人とも無事で良かったわ。私としたことが結構心配しちゃったわよ」


 美濃島咲はにやりと笑った。


 だが、男たちは小馬鹿にしたような笑いを見せる。


「無事なものか。これから地獄に送ってやると言うのに。お前たちもまとめてだ」


 しかし、その言葉は憐れな皮肉となった。


「同数であれば負けはせん」


 一流の達人である壮之介たちは、一度彼らと戦ったことで、すでに彼らの戦闘方法を大方把握し、どう戦えば良いのか大体掴めて来ていた。

 人数で劣るのならば難しいかも知れないが、互角の数であるならば負ける気はしなかった。


 事実、その通りであった。

 三人は冷静に幻狼衆の男たちの攻撃を見切り、躱し、防いだ。

 そして壮之介の錫杖は左右に唸りを上げて敵を叩き飛ばし、蝶が舞うが如く軽やかに飛び回る咲の剣は鋭く敵の懐を斬り、千蔵は幻狼衆に劣らぬ変幻自在な忍びの戦闘術の冴えを見せる。

 そこに礼次郎の桜霞長光の青白い刃光が閃き、ゆりの短筒が轟音を響かせると、短い戦闘時間の後、幻狼衆の男たち四人は地に無残な姿を転がせていた。


「良かった、ご無事で安心しましたぞ。先程は危ういところでございましたが」


 壮之介はようやく武骨な表情を緩めた。


「俺もだ。お前たちが無事で良かったよ。しかもちょうど俺達が危ないところに来てくれるなんてな」


 礼次郎も笑みを見せた。

 そして、壮之介たちとはぐれてから、斜面の下に落ちて洞穴の中にいたことなど、ここまでのことを話した。だが、洞穴の中でのゆりとのことは当然話さなかった。

 壮之介たちもまた、ここまでのことを話したのだが、最後に一つ、顔を曇らせて言った。


「どうやら菜々殿が幻狼衆の者どもに連れ去られてしまったらしいのです」


 礼次郎とゆりの顔が青ざめた。


「それはまずいわ。風魔玄介たちは、菜々さんが武想郷の人間と知ればきっと脅して道案内をさせるわ」


 ゆりが言うと、咲が頷いた。


「知っててさらったのよ。武想郷の人間か? なんて言ってたからねえ」


 礼次郎は即座に四人を見回して言った。


「すぐに玄介らを追おう。この山は複雑だが、全員で知恵を振り絞って何とか道を探すんだ」


 四人は異口同音に頷いた。

 だが、次に千蔵がぼそっと言った。


「しかし奴らの人数は我らよりも一桁多い。我ら五人だけでどう戦えばいいのか」


 礼次郎は険しい顔となった。


「それだ。何か策を考える必要がある。だが、策を用いるにしても、俺たちの人数は少なすぎる」


 彼らはそれぞれ難しい顔で考え込んだ。


 その時であった。

 野太い声が響き渡った。


「あの気持ち悪い優男をやるなら俺も手を貸すぜ。いや、むしろてめえらに加わらせろ」


 礼次郎らは一斉にその声の方向を振り返った。


「仁井田統十郎……」


 その方向、山道の奥より現れたのは、総髪を結わずに垂らしている派手な朱色の着物の男――すなわち仁井田統十郎であった。

 だが、全身返り血で染まり、彼自身も身体のところどころに小さな手傷を負っていると言う異様さ。

 また、引き連れている部下も右近と小四郎、それともう一人の男だけであり、その三人もそれぞれ返り血と傷に塗れていた。


「その姿は?」


 礼次郎は驚きの目を向けた。

 統十郎は忌々しげに眦を吊り上げると、吐き捨てるように言った。


「恥ずかしいが、奴らにやられた。俺は一度は奴らと戦い、天哮丸を奪うことに成功した。だが、その後奴らの逆襲に遭い、天哮丸を奪い返されたばかりか部下達も悉くやられてしまった。何とかこうして俺達だけでも逃れて来たわけだ」


 礼次郎は息を呑んだ。


「お前ほどの男がそんなになるのか」

「認めなければならん。奴らは強い。そこへ数で優られてはどうにもならん」

「数……奴らは何人いるんだ?」

「正直なところよくわからん。少ないように見えるが、斬っても斬っても次から次へとわいてきやがる。十五人ほどにも見えるが、四十人もいるようにも思える。だがな……」


 統十郎は真っ直ぐに礼次郎の瞳を見つめて言った。


「不思議なものだが、何人いようが俺とてめえが手を組めば負ける気はしねえ。どうだ? 俺達は一旦休戦として、ここは一つ手を組まねえか?」

「お前と?」


 礼次郎は驚いた顔でまじまじと統十郎の顔を見る。

 だが、その統十郎の顔は至って真剣である。


「ああ。天哮丸のことは後回しだ。俺はな……強い奴がいれば、てめえと戦ったように一対一で戦うことにこだわっている。だが、あの風魔玄介は違う。一対一の勝負なんぞどうでもいい。はらわたが煮えくり返って、とにかくどんな手を使ってでもあの盗人野郎を叩き切らなきゃ気がすまねえんだよ」


 統十郎の両の眸は激しい怒りに燃えていた。


「どうだ? 俺達四人が加わったところでまだ奴らよりは少ない。だが、俺とてめえが組めば必ずあの野郎に勝てると思う」


 統十郎は真っ直ぐに礼次郎の顔を見つめて言った。

 礼次郎は、無言で統十郎を見つめ返した。

 やがて、何か考え込んだ後に言った。


「お前が味方になるならこれほど頼もしいことはない。いいだろう、やろう」


 統十郎はにやりと笑った。

 礼次郎も不敵に笑った。


「勝つぞ」


 統十郎の顔に笑気は無い。鋭く燃えるような目つきで礼次郎の瞳を見つめた。


「ああ」


 礼次郎も闘志を漲らせた表情で応えた。


 その様子を見つめていた壮之介たち、統十郎の部下の右近たち、皆武者震いをした。


 源平四百年の恩讐を超えて、源義経、平清盛、それぞれの直系子孫が手を組んだのである。

 いつも何かと斜に構えている美濃島咲ですら、胸の底に小さく沸々と沸き上がるものを感じずにいられなかった。


 その頃、風魔玄介らは、菜々を先頭に道案内役をさせ、雲峰山中を進んでいた。

 だが、どれだけ歩いてもどこまでも同じような景色ばかりで、一向に武想郷に近づいているような様子はない。

 玄介は少し苛立って菜々の小さな背へ言った。


「どうも同じところをぐるぐる回ってるようにしか思えないが、一体いつ武想郷に着けるんだ?」


 菜々は振り返らずに答えた。


「ここは本当に複雑な山だから、下界の人にはそう感じられてしまうの。でも確実に武想郷へは近づいてるから」

「本当だろうな」


 玄介は不機嫌そうに舌打ちしたが、菜々がそう言う以上、仕方がなかった。

 だが、およそ四半刻の後――

 玄介は突然跳躍して菜々の頭上を飛び越え、菜々の前に軽々と降り立った。

 驚きを隠せないでいる菜々へ、玄介は目を怒らせながら抜刀し、切先を喉元へ突きつけた。


「誰かが助けに来てくれると思って時間稼ぎでもしているのか? 外の人間はこの山を知らないだろうと思って舐めるなよ。俺達は元々北条家お抱えの忍び衆、風魔だ。道はわからずともお前がわざと出鱈目に進んで一向に武想郷に近づいていないことぐらいはわかるんだよ」


 菜々の顔が硬くなった。

 そこへ、玄介が剣をさっと振った。


「痛……」


 菜々の左頬に一文字の赤い線が走り、そこから血が垂れた。

 玄介は、極薄く剣を掠り、傷をつけたのであった。


「いいか? 真っ直ぐに武想郷へ向かえ。次にこの俺を騙したらこの傷どころじゃすまん。首が飛ぶぞ」


 玄介は再び優男から悪鬼の如き顔となり、その両の瞳には冷たい炎が灯っていた。

 菜々は勇敢な質であるが、まだ少女と言っていい年齢である。その恐ろしさに思わず震え上がり、青ざめた顔で小さく頷いた。

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