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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
151/221

口づけ

 声には切ない響きがあった。


「好きに……?」


 ゆりは大きな目を見開き、半ば呆然としたように礼次郎の顔を見つめた。

 礼次郎はそのまま言葉を続けた。


「だけど……確かに減ったとは言え、まだふじのことを思い出すことがある。それは後悔かも知れないけど、もしかしたらまだ好きだと言う気持ちかもしれない。なのに、ゆりのことを好きになるのか? それに……一度は心を通わせたふじがあんな風にいなくなってしまったのに……俺だけが新しく他の女を好きになって……ふじを完全に忘れてしまっていいのか……って……どんどん苦しくなって行ったんだ」


 礼次郎の目は潤んで光っていた。


「礼次……」


 礼次郎を見つめるゆりの大きくぱっちりとした目から涙が伝い落ちた。


「だけど……それでも俺は……わかったんだ……」


 そこで礼次郎はまた言葉を止めた。次の言葉を探すように。


 静寂――


 外に遠く鳥の鳴く声が聞こえるだけで、どこまでも続くかと思うような静けさが流れた。


 その果てに、礼次郎はゆりの顔を見つめて言った。


「ゆりが好きだ」


 その声はとても澄んでいた。迷いや澱みの無い響きであった。


 一筋であったゆりの涙が、溢れるように零れ落ちた。


 それを見て、礼次郎は我に返ったかのように慌てた。


「あ、ごめん……何言ってるんだ、俺は。こんな時なのに」


 ゆりは大きく首を横に振って、


「ううん、いいの。最初にこんなこと言い出したのは私だから」


 と言うと、口元を微笑ませて言った。


「ありがとう」


 そして一瞬目を伏せると、また上げて、礼次郎の胸元に視線をやりながら言った。


「礼次郎は真面目ね……。でもそんなに苦しまなくていいよ。もう悩まないで。礼次郎のようなことがあったら、苦しむのは当然よ。でも……そうやってお藤さんのことで苦しんでたら、天に行ったお藤さんも苦しいんじゃないかな? 私は会ったことないけど……話に聞いたお藤さんの人柄だと、礼次郎には自分のことで苦しんでほしくないと思ってると思うな」

「……………」

「もし、私がお藤さんだったらね……忘れられちゃうのはちょっと寂しいけど、起きてしまったことはもうどうしようもないんだから、早く礼次郎には毎日笑顔で過ごして欲しいって思う。それに……そんなに苦しむほど想ってくれたら、もう十分に幸せだよ」


 礼次郎は目を伏せた。肩が少し震えていた。

 伏せた目尻からゆっくりと涙が伝い落ちた。


「私は……さっきも皆と一緒に戦えなかったように無力で何もできないけど……あなたの心だけは私が守るから」


 礼次郎は目を上げた。

 ゆりの瞳が、潤みながらも力強く礼次郎を見ていた。


「お藤さんはもう礼次郎の一部だから……あなたの中のお藤さんと一緒に……あなたの苦しさや辛さも、私は全てを好きになるよ」

「ゆり……」


 礼次郎は、射し込んで来る西日に白く照らされるゆりの顔を見つめた。


「ありがとう」


 礼次郎は、両手をゆりの背に回し、壊れそうな物を抱えるように優しく抱き寄せた。

 ゆりは微笑みながら目を閉じた。

 一時の後、礼次郎はゆりの身体をそっと離した。

 ゆりの瞳を見つめる。

 一瞬躊躇いの表情を見せた。だがすぐに微笑み直すと、ゆっくりと顔をゆりに近づけた。


「え? 駄目。風邪うつっちゃうよ」


 ゆりは顔を赤くしながら後ろにのけぞろうとした。

 しかし礼次郎は、


「元々俺のだ」


 と言うと、ゆりの頭を左手で抱き寄せ、そのまま唇を重ねた。


 ゆりは瞳を閉じた。

 ゆっくりと、両腕を礼次郎の首の後ろに回した。


 外から射し込んでいた西陽の光が強く大きくなり、洞穴いっぱいを明るくした。

 抱き合いながら唇を重ねる二人。

 黄金色のひかりが優しく包み込んだ。


 やがて、どちらからともなく唇を離した。

 ゆりの顔は、熱病にかかったかのように赤くなっていた。

 礼次郎は、ゆりの額に自分の額をつけて、ふふっと笑った。


「どうしたの?」

「いや……俺はずっとこうしたかったんだろうな、って思って」

「私はもっと前からよ」


 二人は額をつけたまま笑い合った。


 だがその時――


 カランと言う音がして、二人は洞穴の外を見た。

 石ころが転がっていた。

 続けて、二、三個の石が上から降って来た。


「誰かが上から……? もしかしたら壮之介たちが気付いて合図を送ってるのかも?」


 礼次郎は立ち上がると、急いで洞穴の外に出た。ゆりも続いて出る。


「おおーい」


 上から声が落ちて来た。


「壮之介か? 俺はここだ」


 礼次郎は斜面の上に向かって大声で呼びかけた。

 すると、上から大きな声で返事が返って来た。


「誰かそこにいなっさるのか?」


 それは壮之介の声ではなかった。

 のんびりした声は、付近の民と思われる。

 だが、助けてくれるならば構わない。礼次郎は声を張り上げた。


「いる。ここに落ちてしまったんだ。助けてくれないか?」

「それは大変じゃ。よし、お待ちなされ」


 上には数人いるらしい。何人かの声がした。

 しばらくして後、やがて太い縄はしごが垂れ下がって来た。

 礼次郎は小躍りした。


「やった、助かった」


 ゆりもぱっと笑顔が輝いた。

 まず、ゆりから先に縄はしごを登らせた。

 続いて、礼次郎が登る。

 こうして登ってみると、あの急斜面から崖は大した高さはないように思えた。

 せいぜい八間ほどと思われた。


 礼次郎とゆり、二人が長い縄はしごを登り終えて上の斜面に辿り着くと、そこには四人の男がいた。

 どれも百姓のような出で立ちであった。


「ほっ、ご無事で良かった」


 一人がニコニコと笑顔で言った。

 礼次郎は頭を下げた。


「かたじけのうございます。皆様方が気付いてくださらなかったから我々はどうなっていたことか」

「いえいえ、わしらも気付いて良かったです。この道は細いですからのう。ここは危ない。さあ、こちらへ」


 男たちは縄梯子を畳むと、礼次郎とゆりの前後を囲んで山道を進んで行った。


「皆さま方はこの付近の方でしょうか?」


 礼次郎が尋ねると、


「ええ。そんなところです」


 と、男たちは曖昧な返事をした。


「複雑な山ですが、よく来られるのですか?」


 今度はゆりが問うと、男たちは何も答えなかった。


 礼次郎の直感がざわついた。


 ――待てよ。いくらこの山がこのように複雑とは言え、この男たちは何故縄梯子なんか持っている……?


 礼次郎は不審の目を前方の男の背に向けた。


 程なくして崖沿いの山道を抜け、まばらに雑木が生える一帯に入った。


 すると、男たちの一人が、くくっと笑った。


「ここならよかろう。先程の道では我らも転落するかも知れぬからな」


 男たちは足を止め、冷酷な薄笑いで礼次郎とゆりを振り返った。


 礼次郎の顔色が変わる。


 ――そうだ、縄梯子は忍びの道具だ。こいつらまさか……?


 礼次郎は咄嗟にゆりを抱えて弾けるように右へ数歩飛んだ。


「おっと、流石に素早いな……ふふっ、と言うことはやはりお前は城戸礼次郎であろう。運が良かったわ、偶然お前があそこに落ちており、それを偶然我らが見つけられたとはな」


 男たちの一人がにやりと笑うと、彼ら四人、急激に忍者の殺気を纏い始めた。


「やっぱり幻狼衆か」


 礼次郎は睨み回すや素早く鯉口を切り、抜刀した。


「ここでお前を斬ればお頭もお喜びだろう。覚悟せい」


 男たちはどこに持っていたのか、一斉に隠し持っていた武器を取り出して構えた。


 礼次郎は男たちを睨み回したまま、後ろに隠したゆりに言った。


「ゆり、走って逃げろ」


 だが、ゆりは緊張しながらも首を横に振った。


「嫌よ、私も戦う」


 ゆりは短筒を取り出した。


「歯が立つわけないだろ」

「どのみちこの人たち相手じゃ逃げられないわよ」


 男たちはまたもくくくっと笑った。


「賢い娘だ。その通り、逃げようったって俺達からは逃げられるわけがない」


 礼次郎は苦々しげに舌打ちした。

今回のシーン、書くのがちょっと気恥ずかしかったです。

その為、ちょっと描写がぎこちないかもしれません、すみません。何度も推敲はしたんですけどね(;´∀`)

ラブシーン、と言うか恋愛を描くのは難しいですね。

サブタイトルはシンプルに「口づけ」としています。キスですね。

ですが、ご存知の方もいると思いますが、当時はキスのことは口づけとは言いません。「口吸い」と言っていました。

しかし、「口吸い」は響きのイメージ的にちょっとなあ……と思ったので、サブタイトルは「口づけ」にしました。

まあ、本格的時代小説ではなく、「ライト時代小説」を標榜していますので、お許しください。

でも、本文の中では口づけもキスと言う言葉も出していませんよ。

と言うことで武想郷編もいよいよクライマックスへ。

引き続き宜しくお願いいたします。

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