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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
144/221

政宗の陰謀

 政宗の家臣たち、小姓たち、そしてどこに潜んでいたのか十人ばかりの甲冑姿の武者が現れ、あっと言う間に礼次郎らを縛り上げてしまった。

 礼次郎は武器を預けていたのもあるが、抵抗らしい抵抗を見せなかった。政宗の顔をじっと見据えていた。


「お待ちください」


 と進み出たのは片倉景綱。


「殿。先程は確か、伊之助を斬った男に褒美をやる、できれば武士に取り立てたい、と仰せではございませんでしたか?」

「そんなこと言ったか?」


 政宗は左眼をぎろりと向けた。


「ええ、伊之助の正体を知っても悪行を許せずに立ち向かうその豪胆さを褒められました」

「俺がそんなこと言ったと言う証拠はあるのか?」

「それは……ございませんが……」

「であろう。俺は言ってない」


 政宗はにやりとすると、礼次郎らを中庭に出すよう命じた。


(そうか、殿は礼次郎殿が伊之助を斬ったことを体の言い理由として、礼次郎殿を斬って堂々と天哮丸を奪うつもりか)


 景綱の顔が青くなった。


(先程は伊之助が斬られたことに怒りながらも、斬った男を褒め称えていた。しかし今はもう、伊之助が斬られたことを自らの野望実現の為の言いがかりにしようとしている。我が主君ながら恐ろしい器だ)


 景綱は心の底を戦慄が通り過ぎて行くのを感じた。



 ――礼次が……槇様を斬った?



 流石の凜乃も呆然としていた。

 永谷時房は血の気が引いた顔となっていた。


 中庭に引きずり出された礼次郎たち。


「ちょっと礼次郎、これどうするのよ」


 咲が溜息をついて文句を言った。


「だから短気やせっかちは駄目なのよ」


 ゆりもそれに乗っかった。


「最初に手を出そうとしたのはお前らだぞ」


 礼次郎は呆れた後、すぐに縁上に立つ政宗の顔を見据えた。


「藤次郎殿。私は確かに、あの伊之助と言う男が貴方の寵愛する者と知りながら斬り捨てました。他の三人の者たちもです。しかし、彼らは貴方の威光を盾にして、一人の何の罪も無い女子をかどかわそうとしていたのです。誠に卑怯千万、到底許せるものではございません。それ故に斬り捨てました。民と国を治める者としてお考えください。何か間違っていましょうか?」

「理由はどうでもいい。問題は俺の家臣を斬ったと言うことだ。これだけで十分死罪に値する」


 政宗は残忍な薄笑いを見せた。


「こいつらを斬れ」


 政宗が礼次郎らを見下ろしたまま命令した。

 数人の武者どもが金属音を立てながら動く。


 その時、我に返った凜乃が動いた。


「お待ちくださりませ!」


 凜乃は中庭に飛び降りると、礼次郎を隠すようにその前に座って平伏した。


「殿のご家臣を斬ったと言う点では、確かに我が弟の罪は許されるものではござりませぬ。ですが、恐れながら……恐れながら、聞けば元々は槇様の方に大きな非があると存じます。弟はこの通り、馬鹿でございますが悪を許せぬ性格でございます。槇様の悪行を憎むあまり、つい殿のご家臣だと言うことを忘れてしまったのでしょう。お願いでござります。どうか、ここはお許しくださりませ」


 凜乃は下を向きながら涙ぐんでいた。

 昨日は烈火の如く怒り、礼次郎に腹を斬れと迫った彼女だが、今は必死の助命嘆願に額を地にこすり付けていた。

 続けて永谷時房も庭に飛び降り、震えながら平伏した。


「殿、私からもお願いでございます。どうか義弟をお許し願えませぬか?」


 しかし政宗は即答した。


「ならん。許すことはできん。礼次郎はここで斬る」



 礼次郎は政宗の真の目論みを悟った。


 ――ああ、そうか。この男、これを理由に俺を斬り、天哮丸を我が物にするつもりか。


 心中にかっと怒りが沸いた。声を荒げようとしたその時だった。それより早く凜乃が大声を上げた。


「では私もお斬りくださいませ」

「何?」


 政宗の左眉がピクリと動いた。


「弟を斬ると言うのなら、私も一緒にお斬りください。礼次郎は早くに母を失くし、その後数年間は、ある意味私が母親代わりとなって育てました。その弟が罪を犯したと言うならば、そう育ててしまった私にも罪があります。但し……」


 凜乃は、大胆にも下から政宗を睨み上げた。


「弟は、殿の威を笠に着て女子をかどかわすような卑怯な悪人を斬ったのです。殿はお怒りかもしれませぬが、領内の民は皆、弟の行いを褒め称えましょう。であるにも関わらず、天哮丸欲しさ故に理不尽にも私と弟を斬ったならば、天下万民は貴方様を非難しましょう。名門伊達家の若き名君、伊達政宗の名は地に墜ちますぞ!」


 彼女もまた、政宗の狙いを見抜いていた。女性ながらドスの効いた雷のような大声が響き渡った。

 眸は爛々と殺気に燃えて政宗を睨みつけている。

 その様は礼次郎にそっくりであった。いや、むしろ礼次郎が姉の凜乃に似たと言える。


 場が静まり返った。

 一人一人の呼吸の音が聞こえるかのようであった。


 ――姉上……。


 礼次郎は眼前の凜乃の背中を見つめていた。


(そう言えば、姉上はいつも恐かったけど、俺が何か悪さをして父上に怒られた時は、必ずこうやって必死にとりなしてくれたっけ……)


 だが政宗は、凜乃の凄まじい一喝と視線に臆することなく、一歩前に踏み出した。


「この俺に向かってよく言った。大したものよ。しかしそれで考えを改める俺ではないぞ。望むと言うならば、この俺自ら姉弟共に成敗してくれる」


 政宗が小姓から刀を受け取り、抜き払った。


 礼次郎が歯を噛んだ。


 その時であった。

 ゴキッと言う何か異様な音が聞こえた。

 次の瞬間、礼次郎の横を何かが走り抜けて行ったかと思うと、白煙が巻き起こり、政宗を包んでしまった。


「うっ、目が……」


 続けて爆発音が響き、四方八方に同様に白煙が沸き起こった。


「目にしみる……」

「曲者だ!」


 伊達家の者たちは皆白煙に包まれて視界を奪われ、右往左往した。


 その様に驚いていた礼次郎の眼の前に千蔵が現れ、合口で素早く縄を切った。


「そうか、お前か!」

「ご主君、これで皆の縄を。私は武器を取り返します」


 千蔵は風となって縁側に飛び上がった。


 千蔵は、先程関節を外して縄をすり抜け、再び素早く関節を戻すや、懐や髷の中に隠していた煙玉を四方に放ったのであった。


 伊達家の家臣たちが白煙に包まれて動けないでいる間に、礼次郎は壮之介、咲、ゆりの縄を次々に切って行った。

 そして、千蔵は政宗の小姓が預かっていた礼次郎らの武器を奪い返して戻って来た。


「ここは戦うよりも今のうちに逃げましょう」

「そうだな」


 礼次郎は桜霞長光を帯に差すと、


「姉上、申し訳ございませんでした」


 と、呆気に取られている姉へ言い、逃げ口の方へ向かって駆けた。

 壮之介、咲、ゆりもそれへ続き、千蔵は撒き菱をばらまいてから走った。


「おのれ……逃がすな!」


 政宗は左眼を押さえながら叫んだ。


 礼次郎らは米沢城から脱出するべく、本丸から二の丸へ、そして三の丸へと走った。

 途中、変事を知った伊達家の者どもが次々と行く手を立ち塞いだが、礼次郎らの前では敵ではない。

 桜霞の剣が閃き、錫杖が唸りを上げ、咲の鬼走り一文字が舞い、礼次郎らが走った後は血で赤く染まって行った。


 だが、どこを走り間違えたのか、細い路地を走って行って突当りを曲がった時、高い塀による行き止まりにぶつかってしまった。


「防御用の迷路ね」


 咲が舌打ちした。


 礼次郎らは引き返そうとしたが、元来た道の奥の方から伊達家の人間たちの声が聞こえて来る。


「まずいな、閉じ込められた」


 そして、向こう側に十人ほどの武者が姿を現した。

 彼らを打ち倒すのはたやすいであろう。だが、ここにすでに十人が来ていると言うことは、彼らを全て斬り伏せてもまたすぐに続々と討手が現れるに違いない。


「千蔵、何とかならないか?」


 礼次郎が振り返ると、千蔵はすでに塀の上を見上げていたが、険しい顔で、


「実はこんなことになるとは思わず、鉤縄は持って来ていないのです。あれはかさばりますゆえ……」

「本当かよ……」

「仕方ない。ここを突破して行くしかなさそうですな」


 壮之介は錫杖をしごいた。


 しかしその時だった。


「こっちよ」


 と言う声が頭上より響いた。


 礼次郎らがその方を見上げると、そこには塀の上に立って太い縄をこちらに垂らしている一人の少女。


「あ……」


 礼次郎らは驚いた。

 その少女は、昨日伊之助らから助けたあの少女であった。


 少女は微笑していたが、すぐに緊張した顔となり、


「早くこれに掴まって」


 と催促した。


「すまない、助かる」


 礼次郎は喜んだ。

 まず、咲、ゆりから縄を掴んで上って行き、その後咲が少女と交代して縄を持った。

 そして、礼次郎、壮之介、千蔵の順番に上って行き、伊達家の武者どもが追い付いて来る前に全員塀を乗り越えた。


 こうして礼次郎らは米沢城を脱出した。

 手引きをしてくれた少女と共に城下町を駆け抜け、追手を撒いて郊外の丘陵の上の雑木林に入った。

 適当な開けた場所を見つけ、腰を下ろした。


「あーあ、どうなることかと思ったけど助かったわね」

「こんなに走ったのは甲州以来かな」


 咲が大きく息を吐き、ゆりが自分の脚をさすっていた。


「ありがとう、おかげで助かったよ」


 礼次郎もほっと一息ついて少女に礼を言った。


「いえ、当然のことです」


 少女は笑顔で答えた。


「昨日もそれらしい動きを見せていたが、お主は忍びの者か?」


 千蔵がまだ幼さの残る少女の顔を観察するように見つめた。


「いえ、忍びではございません。忍びに憧れて小さな頃より術を練習しておりますが」


 少女は照れた顔を見せた。


「何で俺達が危ないところだったのがわかった?」

「あなたを探していたんです。それでお城に行ったってことを聞いて、あの男を斬ったあなたですから、もしかしたら危ない目に合うかもと思って様子を探っていました」

「俺を探していた? 昨日の礼か?」

「それもありますけど、もう一つ。あなたを武想郷へ案内しようと思って。武想郷に行くつもりなんでしょう?」


 その言葉に、礼次郎ら全員が驚いて少女の顔を見た。


「え? 何でそれを知ってる?」

「だって貴方は城戸家の嫡男、城戸礼次郎様でしょう?」


 少女は目を輝かせて言った。

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