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天哮丸戦記  作者: Samidare Teru
聖地武想郷編
138/221

小雲山潜入

 小雲山――

 十数日前に幻狼衆の攻撃によって半壊したこの城は、現在その幻狼衆によって急ぎ修築が進められている。


 ほんの十数日ほど前までは美濃島衆の家臣団が座っていた広間だが、今は風魔玄介率いる幻狼衆の面々がひしめき合っていた。

 そして、かつて美濃島咲が座っていた上段の間の中央には、今、幻狼衆頭領、風魔玄介が座っている。


「なかなか悪くない眺めだ」


 玄介は上段から広間を見回して言うと、


「だが、この城自体はみすぼらしいもんだな。所詮美濃島衆も田舎国人よ」


 と、一見優しげな白い顔に薄笑いを浮かべて言った。

 すると、下座の幻狼衆の男たちはどっと低い笑い声を上げた。


「さて、いきなり集まってもらったのは他でもない。天哮丸についてだ。城戸から奪ったがぼろぼろのままであった天哮丸、宗太夫らの調べで、これを元の姿に戻す方法がついにわかった」


 下座に、おおっと歓声が広がった。


「そして、やはり私の読み通り、天哮丸と言うのはこのぼろぼろの状態では力を発揮できず、元の姿に戻してこそ天下を手に出来ると言う力を得られるらしい。ならばやはり、天哮丸を元の姿に戻すしかあるまい。そして、天哮丸の力で天下を我らの手にし、忍びの者の為の国を作るのだ」


 玄介が言うと、下座は再びおおっと沸いた。

 だが、彼らの頭上で、その言葉に驚いていた者がある。

 天井裏に潜み、天井板の隙間から広間の様子を窺っていた笹川千蔵である。


 七天山は、元々風魔忍者衆を母体とする幻狼衆の本拠地だけあって、他国の忍びが容易に忍び込めないような造りと防御体制になっていた。


 だがこの小雲山の城は元々美濃島家の居城であることに加え、攻め落としてまだ日が浅く、城も隙だらけの半壊状態である。

 しかも運の良いことに、幻狼衆の幹部及び中枢の上忍どもは、その大半が他の場所にいるらしく、この小雲山の城に現在詰めているのは、雑兵足軽の類がほとんどであった。


 それ故、千蔵は比較的容易にこの城に忍び込むことができたのである。


 潜入後、千蔵は、まず第一に天哮丸の奪還を狙い隙を窺った。

 だが、天哮丸は風魔玄介が肌身離さず持っており、とても奪えそうにはなかった。

 そうこうしているうちに、大広間で軍議が開かれることとなり、千蔵は天哮丸奪還は諦めて天井裏に上がったのであった。



 ――忍びの為の国だと?



 千蔵は耳を疑った。



 ――風魔玄介、何を考えている?



 その玄介は、下で言葉を続ける。


「で、天哮丸を元の姿に戻すその方法だが……奥州に武想郷と言う場所があるらしい。一部の者の間で源氏の聖地とされている場所だが、実はここは、天哮丸が作られた場所だそうだ。それ故に源氏の聖地とされている。そして今も、その天哮丸を作った者の子孫たちがそこにおり、城戸家は数年に一度、天哮丸をここに持って行って手入れをするとのことだ」


 玄介は一拍置いてにやりと笑った。


「つまり、その武想郷に行けば、天哮丸を元の姿に戻すことが可能であり、我らの天下取りがぐっと早まると言うことだ」


 下座の間から歓声が沸き起こる。

 それが静まるのを待って、玄介は更に言った。


「明日、急ぎ武想郷へ向かう。だが奥州はかなり離れた他国だ、少人数で向かうしかない。そこで私が人を選ぶ。誰を連れて行くかは今夜中に決める。選ばれた者は十分に休息を取り、準備をせよ」


 部下達は、ははっと平伏した。

 その後、部下達の一人が進み出て言った。


「武想郷は奥州のどこにあるのですか?」


 玄介は頷き、


「それも宗太夫らの働きによってすでにわかっている。奥州と言っても磐城に近い。伊達領だ。詳しい場所はこの地図に」


 と言って、傍らに置いてある地図を掲げた。


 天井裏の千蔵の目が光った。


 ――武想郷の地図か。手に入れねば。


 心の中で決意した時だった。


 眼下に座っている部下達の中の、末席に座っている一人の男が、ゆっくりとこちらを見上げて来た。


 千蔵と目が合った――気がした。


 気がした、と言うのは、そんなことはまずありえないからである。


 千蔵が広間を覗き下している天井板の隙間は、ほんのわずかな細い紐ほどの隙間である。常人はもちろん、普通の忍びの者でもまずそこから向こう側を見通すことなどできない。千蔵と言う一流の忍びであるからこそ見通せるのであった。


 ましてや、それを下から見上げてこちらを確かめることなど、ありえないことであった。

 だが、その豊かな口髭を蓄えた壮年の男は、こちらをじっと見上げたままである。


 ――まさか、こっちが見えているのか?


 千蔵は息を殺した。


 ――いや、ありえん。


 千蔵が自分に言い聞かせるように心を静めた時、その壮年の男は再びゆっくりと顔を下した。


 ――やはり何でもなかったか……?


 千蔵は微かな緊張を解いた。


 眼下の広間は解散した。

 玄介がまず広間を出て行き、続いて部下達もぞろぞろと広間を出て行った。


 その後、誰もいなくなった広間の外の廊下を、一人の女中がしずしずと歩いて来た。

 女中は、広間の入り口の前で足を止めると、ちらっと千蔵のいる天井を見上げた。

 その女中は、変装した喜多であった。喜多は、そこに千蔵が潜んでいることを知っている。


 そして、その天井裏からそっと離れた千蔵は、四半刻の後、足軽に変装して城の修築工事の中に混じっていた。

 さもそれらしい必死の顔つきを作り、石材やら材木やらを運ぶ。

 組頭の男が、近くで隙の無い目を光らせつつ、足軽人足たちを叱咤している。


 だがしばらくして、千蔵は力無い声で言った。


「組頭、すみません。ちょっと風邪気味でのう。ちいと休ませてくれませんか」


 組頭は舌打ちした。


「急がねえとどやされるってのに何をしてるんだてめえは」

「最近の天気のせいかどうにも身体が怠くて……それに腹も減ったし」

「仕方ねえな。あっちの方で休んでろ」

「へえ、すみません」


 千蔵は、少し離れた木陰に歩いて行き、座り込んだ。


「しかし、これだけ急ぎの仕事だと、確かに皆も腹が減るであろうな」


 組頭が顔をしかめたちょうどその時であった。

 まるでその言葉を待っていたかのように、城の奥から数人の女中が盆に握り飯を乗せて持って来た。


「さあさ、差し入れですよ。これを食べてまた励んでくださいな」


 女中らは笑顔で握り飯を配り始めた。

 工事の男らは、わっとそれに群がる。

 一人の女中が、離れた木陰の下にいる千蔵のところに向かった。


「さあ、どうぞ」


 女中はにこやかな笑顔で握り飯を千蔵に差し出す。

 その女中はもちろん喜多であった。

 喜多は、握り飯を千蔵に渡しながら、声を発さずに唇のみを小さく動かした。

 忍びの読唇術である。


「地図は書見部屋だ」


 と、喜多の唇は言った。

 千蔵は目で頷く。


 このわずかな間の彼ら二人の動きを、周囲の者どもは誰も注視していない。

 もし仮に彼ら二人を見ていたとしても、それが何かを伝達していると気付く者はいないであろう。


 だが、千蔵と喜多ですら気づかなかったのだが、彼ら二人の動きを遥か遠くから見ていた者がいる。

 あの、広間で天井を見上げた、豊かな口髭の壮年の男であった。

 男は、二十間もの距離が離れた櫓の下から、千蔵と喜多をじっと見ていた。



 そして夜となった――


 千蔵は、小雲山城本丸内にある、書見部屋の天井裏にいた。

 昼間と同様、息を殺して部屋の中を窺う。

 書見部屋には誰もおらず、灯りもついていなかった。わずかに壁際の小窓から月明かりが漏れ入るのみである。


 だが、部屋の襖の前に、見張りの者が一人立っていた。

 天井板を外して、音も無く中に降り立つのは容易である。しかし、暗がりの中であの地図を探そうとすればどうしても物音が発生してしまう。

 千蔵は時を待った。


 やがて、廊下を一人の女中がやって来た。もちろん喜多である。


 喜多は書見部屋の前まで来ると、見張りの者に一言挨拶し、そのまま通り過ぎて行った。

 かと思ったその瞬間、喜多はさっと振り返り、見張りの者の口を手で塞いだ。同時に、喜多の左手が針を首筋に突き刺していた。

 見張りの者は、声を発することもなく気を失った。

 喜多は力の抜けた見張りの者の身体を抱え、襖を開けて中に入った。


 それを見た千蔵は天井板を外し、飛び降りて来た。


「急げ、私は外で見張る」

「頼む」


 二人は唇の動きで会話すると、喜多は見張りの者を畳の上に下ろし、外に出て襖を閉めた。


 千蔵は書棚から机の上まで、部屋中を探る。灯りの無い薄暗い部屋であったが、夜目を鍛えている千蔵には問題は無い。

 やがて、壁際に置かれている葛籠の中に、一枚の地図が巻いて収められているのを発見した。

 開いて見てみると、中にははっきりと"武想郷"の字が見えた。


 ――これだ。


 千蔵は地図を隅から隅まで凝視した後、再び丸めて懐に入れた。

 抜き足で襖まで移動し、襖ごしに喜多に囁いた。


「見つけた」

「よし」


 喜多は書見部屋に入った。


 そして千蔵は勢いよく跳躍して天井裏へ舞い上がり、喜多は先程の見張りの者を外に出して襖の前に寝かせると、そこからそっと歩き去って行った。


 わずかの後、千蔵はすでに城の外にいた。

 木々の間を縫って、小雲山の斜面を駆け下りる。

 遅れて、喜多も追いかけて来る手筈になっている。


 ――うまく行った。


 天哮丸は風魔玄介が肌身離さずに持っていた為、流石に奪うことはできなかった。


 だが、武想郷の事と明日からの玄介たちの動きを知れた上に、武想郷の地図も奪った。また、他にも色々な情報を探ることができた。かなりの成果である。千蔵は満足していた。


 しかし――


 突然、猛烈な突風が吹いたかと思うと、


 ――殺気。


 千蔵は大きく鋭い殺気が背後から迫るのを感じた。


 咄嗟に背後を振り返ったが、誰もいない。

 しかし頭上の木々の枝が次々に揺れたかと思うと、 突如として眼前に舞い降りて来た黒い影。


 ――気付かれたか!


 千蔵は咄嗟に飛び退いて刀を抜いた。


 だがその瞬間には、黒い人影は声も無く斬りつけて来ていた。

 千蔵は刀で払い上げ、再び後退する。

 だが敵は恐るべき速さで間を詰め、再び斬りかかって来る。

 その時、薄暗闇の中に相手の顔を見た。


 ――こいつは……!


 千蔵は上下に刀を振り、数合打ち合った後、ぱぱっと数歩飛び退いた。

 相手は追って来なかった。闇の中でにやついた笑みを浮かべている。


「やるじゃないか、千蔵。見事に地図を盗み出し、難なく脱出するとはね。流石だよ」


 相手は高い声を出した。


「風魔玄介か」


 千蔵は呟いた。

 幻狼衆頭領、風魔玄介がそこに立っていた。

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