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天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
城戸休日編
133/221

淫魔の誘惑、再び

 ゆりを追おうと、廊下に飛び出した礼次郎。だが、そこへ、ちょうど千蔵が礼次郎を探しにやって来た。


「ご主君、ちょっとよろしいですか?」

「お、おう千蔵、どうした?」


 千蔵はその場に跪いて、


「荷ほどきも落ち着きました。先日も申し上げました通り、早速幻狼衆の様子を探りに参りたいと思いますがよろしいですか?」

「何? もう行くのか?」

「早い方がよろしい。それに美濃島殿の話では、今、風魔玄介らは占拠した小雲山にいるだろうとのこと。小雲山であれば、七天山と違って潜り込むのは容易いはずです。玄介らが小雲山にいる今のうちに、探れるだけ情報を探って参りたいと思います」

「そうか、わかった。だが行くなら明日にしろ。今夜は新しい城戸家の始まりを祝う宴だ。それに参加してから行け」

「承知いたしました」


 千蔵は頭を下げると、また元来た廊下の奥へ消えて行った。

 礼次郎はその背を見送ると、またゆりを探しに行こうとした。だが今度は、廊下の奥から龍之丞がやって来た。


「礼次郎殿、ちょっと大事なお話が。よろしいですか?」

「またか」

「また? とは?」

「いや、なんでもない、どうした?」


 答えた礼次郎の、どこか落ち着かない様子を見て取った龍之丞は、


「何かお忙しいですか? ならば後でも構いませんが」

「いや……大丈夫。大事なんだろ? 今聞こう」


 先程起こったゆりとのことはとても言えない。

 礼次郎はひきつった顔で答える。


 二人は礼次郎の部屋へ移動した。



「と言うことで、町の復興と同時に、この館を取り壊し、新たに城を築くのです」


 龍之丞は、まだ構想段階であるが、その一端を話して聞かせた。

 彼は、半壊した城戸の館はいっそのこと取り壊してしまい、新たにしっかりとした防衛能力のある城を築くべし、と進言した。


「城戸はすでに、これまでのように中立的立場で平和を保って行くことはできなくなりました。我が上杉家が後ろ盾になってはくれましたが、それでも自分たちの身は自分たちで守って行かなければなりません。先日北条軍が襲って来た時は、葛西清雲斎殿の策と武勇で撃退に成功しましたが、あのようなことは何度もできるものではございません。となると、ちゃんとした城が必要でしょう」


 龍之丞の言葉に、礼次郎は大きく頷いた。


「そうだな。実は俺もそれは考えていた」

「おお、流石ですな」


 龍之丞は膝を打った。だが礼次郎は眉間に皺を寄せた。


「だけど、俺たちを含めて、生き残った城戸の人間の中には城造りに通じている者がいないんだ」

「それは心配無用です」


 龍之丞は笑って、


「実は、そう言う人間も必要だろうと思い、城造りの名人を連れて来ております」

「本当か」

「はい。そして私もある程度の知識はございます。私達にお任せください」

「それは頼もしいな。じゃあ早速頼む」

「承知仕りました」


 龍之丞は快く応えると、今度は急に表情を変え、咳払いをした。


「それともう一つあるのですが」

「何だ?」

「あの……その……やはり遊郭を作りませぬか?」


 龍之丞は少し言いづらそうに、伏し目がちに言った。


「遊郭?」

「ええ。連れて来た越後兵たちにも、息抜きできるような遊び場が必要かと」


 礼次郎は苦笑した。


「本当はお前自身が欲しがっているんだろう?」


 龍之丞は慌てて手を振り、


「いえいえ、兵達は遠く故郷の越後を離れて来ております。本当にこういう癒しの場所が必要でございます。まあ……その……私自身も行きたいのは確かですが」

「やっぱりな」

「はは……ここには若い女子がほとんどおりませぬので……百合殿は礼次郎殿の許嫁ですし」


 龍之丞は気まずそうに頭をかく。


「咲がいるじゃないか」


 礼次郎は冗談めかして言うと、


「いえいえ。美濃島殿は確かに稀に見る美女。身体も申し分なく、色気も溢れんばかりです。しかし、いささかトウが立っておりますし、気が強すぎます。また、私はあのように自分から男を求めるような好き者の女は好かんのです。私は遊女でも、恥じらいを持ったしとやかな女子が好みでしてな」


 龍之丞の悪い癖が出た。いつもの調子で笑いながら言った。

 そのせいであろうか、礼次郎の顔色がみるみる変わって行ったのに気がつかなかった。


「龍之丞、忘れてるのか? 襖開いてるんだぞ」


 礼次郎は青い顔でちらりと横目を使った。

 龍之丞は、はっと顔色を変えて、恐る恐る横を見上げた。


 襖の前に、冷ややかな顔をした美濃島咲が立っていた。


「美濃島殿……」


 龍之丞は言葉を失った。青ざめた顔で咲を見上げていた。


「トウが立っていて……好き者ねえ……」


 咲の見下ろす顔が鬼のような形相に変わって行く。


「鬼走りを持って来れば良かったかねえ……二度とそんな口きけないようにしてやろうかしら」


 咲は、色香が匂い立つような薄紫の小袖着流し姿であった。

 だが、懐には合口を隠し持っていた。咲はさっとそれを取り出した。


「咲、落ち着け」


 礼次郎は唾をごくりと飲み込んで言う。

 龍之丞も同調し、


「そ、そうです、どうか落ち着いてくだされ。ほんの冗談です」


 と言いながらも、膝を軽く立てる。


「うるさいよ!」


 咲は、怒鳴りながら合口の鞘を払った。

 礼次郎は慌てて立ち上がり、その身体を押さえた。

 その隙に、龍之丞はだっと咲の横を潜り抜け、逃走した。


「待ちな!」

「やめろ、ただの冗談だろ」


 礼次郎は必死にその身体を制止する。

 咲は舌打ちして合口を鞘に納めた。


 礼次郎はほっと安堵すると手を放し、座り込んだ。


「お前……血の気多すぎるぞ」

「あいつがふざけたことを言うからよ。全く……あんた、何であんなロクでもない男を連れて来たのよ」


 咲は不満そうな顔で礼次郎を見下ろして言う。


「そう言うなよ。口と態度は確かにあの通りだが、根はとても真面目で筋が通っている男だ。それに何より、あの上杉謙信公譲りの戦の才を持ってる」

「ふうん……あんな浮ついた男がねえ」

「で、どうした?」

「別に……ちょっと暇だからさ。私は大した荷物も無いし」


 咲はそう言うと、"わざわざ自分で襖を閉めて"から礼次郎の隣に座った。

 礼次郎は、そんな咲を不審そうに横目で見て、膝で一歩離れた。


「いい男もいないしねえ」

「……龍之丞と同じこと言ってるじゃないか。お似合いじゃねえか、二人で仲良くやってろよ」

「やめてよ。私はああいう浮ついた軽い男は嫌いなのよ」


 咲は憎々しげに言うと、今度は一転して急に妖艶に笑い、


「ふふ……ねえ、あのお姫様とはもうしたの?」

「はあ? 何言ってやがる」


 礼次郎は呆れたように言ったが、そこに心の乱れが走ったのを咲は見逃さなかった。

 膝で礼次郎の隣に寄った。


「ねえ……」


 咲は下から覗き込むように礼次郎の顔を見た。

 そして左手で胸元を緩めた。豊かな乳房の谷間が露わになる。


「何してるんだよ」


 礼次郎は思わず目を逸らした。


「いいじゃない」


 咲は膝でにじり寄る。


「おい」


 手で後ろに下がる礼次郎。

 咲は追って右手を伸ばし、礼次郎の鎖骨に指を這わせた。


「ちょっとするだけよ。いいでしょう? お姫様には内緒にしておくから」


 咲は、蕩けるような濡れた目で、礼次郎を見つめる。

 甘い香りが鼻につき、温い吐息が首筋をくすぐった。


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