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天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
礼次郎流転編
12/221

闇夜の逃亡

 礼次郎と順五郎は、昼間、真田家への使いに行くのに通った山に駆け込んだ。

 しばらく山道を駆け、二人は路傍の茂みに潜んだ。

 先程の戦いで二人の体力はかなり失われている。

 今ここで一気に進むよりは少しでも休んで体力を回復させようと言う算段であった。

 しばらくすると徳川軍の兵士達も礼次郎らを追い、山に入って来たのがわかった。


「振り切れるかな」


 順五郎が声を潜めて言う。


「わからん。しかしこのあたりは子供の頃から知ってるオレたちが有利だ。今ここで行って疲れたところをやられるよりは、少しでも休んで疲れを取り、一気に行く方が逃げ切れるだろう」


 礼次郎も声を殺す。

 彼は、遠くにちらちらと見える松明を数えた。


「結構な数が追って来てるみたいだな。しかも意外と近い」


 礼次郎が舌打ちした。


「どうする?」

「奴らはまだこちらの道まで来ていない。今のうちだ、もう少し進もう」


 礼次郎と順五郎は茂みから出て、静かに小走りで駆けた。


 しばらく走ると、少し道幅が広くなったあたりに出た。

 月明かりがはっきり見える。

 しかし徳川軍の松明は見えない。


「もう大丈夫じゃねえかな」

「よし、この辺で一休みするか」


 と、二人は腰を下ろした。


「あー、腕が痛い」


 順五郎が右腕を伸ばし、自分で肩から揉み解した。


「オレもだ」


 礼次郎もまた右腕をさすった。


「若、これからどうする?」

「そうだなぁ……とりあえずどこかへ身を寄せないといけないわけだが……真田家を頼るか北条家を頼るか。それとも姉上のところへ……姉上がこの事を知ったら悲しむだろうな……」


 と、礼次郎が言った時、葉の擦れる音がした。


「!!」


 二人は咄嗟に腰を浮かし、音のする方向を見た。


 三人の武装した兵士が槍を構えて礼次郎らを凝視していた。


「もうこんなところに……徳川軍か!?」


 二人は立ち上がって鯉口に手をかけた。

 しかしよく見るとどうも徳川軍の兵士とは違うようだった。


「お前らはどこの兵だ?」


 礼次郎が問うと、


「北条家の川村備後守様の者だ」


 と、一人の兵が答えた。


「川村殿か!」


 礼次郎の顔が明るくなった。

 川村備後守の居城は城戸からそれほど遠くない場所にあり、城戸家ともつきあいがあった。当主備後守とは礼次郎も面識がある。


「ちょうどよいところで出会ったもんだ。私は城戸宗龍の嫡子城戸礼次郎、川村殿の下にご案内いただけないか?」


 礼次郎が言うと、川村配下の兵士達は互いに顔を見合わせた。

 その様子を見て、礼次郎ははっと気づいて一歩退いた。


「まさかお前ら……」


 礼次郎が言う間もなく、


「城戸礼次郎殿、御免!」


 と、兵士たちが槍先を並べて襲いかかって来た。


 刃風と共に突き出してくる槍をよけてかわすや、礼次郎は左手で槍をつかみ、右手で刀を突き出した。

 兵は胸を刺されて倒れた。


「くそっ、裏切ったか!」


 順五郎が一人に飛びかかった。

 武器を掴み、組み伏せて倒した。

 礼次郎も低く飛んでもう一人の脚を刀で払い、倒れたところを仕留めた。


 視界の隅にいくつかの松明の光が入った。

 と、思うや否や、キラリと光って矢が飛んで来る。


「うっ!」


 礼次郎は夜闇の暗さでよけきることができず、矢は左腕をかすめ血を流させた。


「あそこだ!」

「城戸礼次郎に違いない!」


 たちまち数人の声が聞こえて来る。

 同時に、数本の矢が飛んで来た。


「若、大丈夫か?」

「大丈夫、軽傷だ」


 礼次郎は左腕の傷口を確認して言った。


「まずいぞ、奴ら弓矢を持ってやがる」

「こんな暗さじゃまともに当たりはしないだろうが、不利だ、逃げよう!」


 礼次郎と順五郎は暗闇へ駆け出した。


 この道は子供の頃より使っているので良く知っている。

 しかし流石に暗いので、二人は持っていた松明に火をつけた。

 すでに二人の場所はばれているので今更松明の火を控える必要はない。

 それに明るさがあれば、より道を知っている礼次郎らが有利となる。


「北条が裏切ったか」


 順五郎が走りながら悔しそうに言った。


「元々徳川と北条は同盟関係にある。今回は徳川家康直々に出向いて来て攻撃までして来るぐらいだ、裏で北条に手を回していても不思議じゃない」


 礼次郎の顔は冷静だった。


「若、悔しくないのかよ?」


 順五郎が詰るように言うと、礼次郎は強い口調で言う。


「悔しいに決まってる。城戸を滅ぼされ、ふじを殺され……悔しさで頭がおかしくなりそうだ。だから北条が裏切ったことぐらいじゃもう驚かない」

「……」


 二人はしばらく無言で駆けた。

 矢も飛んで来なければ声も聞こえない、どうやら北条の追手は撒けたようだった。


 またしばらく走ると、道が二手に分かれていた。

 二人は脚を止めた。

 呼吸の乱れを整える。


「はぁ、はぁ……これ、どちらへ行ってもこの山を抜けられるよな?」


 礼次郎が手を膝について言う。


「はぁはぁ……そう……右は少しでこぼこした道で、左は少し細くなる道。右を行くと龍牙湖、左へ行くと大雲村に出る」


 順五郎が言うと、礼次郎は二手の道を見て考え込んだ。


「さっきの北条の兵は隠れて待っていたようだったな」

「ああ。じゃなきゃあんなところに北条の兵がいるわけない」

「またこの先どちらかに兵が潜んでいたら厄介だ。でこぼこした右手の道と細い左手の道、今のオレたちの体力ではどちらも戦うにも不便、逃げるのにも不便だ」

「じゃあ……」

「うん、二手に分かれてちょっと様子を見て来よう。順五郎は右手を見て来てくれ。オレは左手を見て来る。そして再びここで合流し、何もなさそうな方を行こう」


「よし」

「急ぐぞ!」


 礼次郎がそう言うと、二人はそれぞれ走り出した。


 礼次郎は左手の道を、辺りを慎重に伺いながら走った。

 確かに道は細い。

 そして木々は深い。


 ふと、礼次郎の脳裏にふじの顔がよぎった。

 息絶える前のふじの顔。

 礼次郎は自分の頬を触った。

 まだふじの手が触れた温もりが残っているかのようだった。


 ふじの声が耳の奥でこだまする。


 ――礼次……ありがとう……。私、礼次のお嫁さんになるよ……大好きよ……


 両目から涙がつーっと零れた。

 礼次郎は堪えきれずに立ち止まった。


 彼の胸に様々な思いが去来した。

 先程までの張り詰めていた心が少し緩んだのか、涙が一気に溢れて来た。


「くそっ、何だこんな時に……」


 礼次郎は袖で涙を拭った。

 そして気を落ち着かせようと空を見上げた。


 その時、


「あっ!」


 突然、網が降って来て礼次郎の身体を包んだ。


「何だ……!」


 礼次郎は逃れようともがいた。

 しかし、何人かが空より飛び降りて来て、礼次郎の身体をあっと言う間に縛り上げてしまった。

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