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天哮丸戦記  作者: 五月雨輝
城戸動乱編
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ふじとの別れ

「徳川め。町の人間まで襲ってやがるぞ!」


 礼次郎と順五郎が、凄惨な戦場となってしまった城戸の街に入った。


 あちこちで剣戟の音に混じって悲鳴が上がっている。


「何て奴らだ!!」


 順五郎が悔しさに顔を歪めた。


「ふじは逃げただろうか……? まずは館へ行くべきか……?」


 礼次郎は、馬上焦りながら自問自答した。

 だが、すぐに気付いた。


「ふじ……!!」


 礼次郎の顔色が一変した。

 視界の隅に、よく見慣れた着物を着た女性がうつ伏せに倒れていた。


「えっ? どこに?」


 順五郎が見回した。


 礼次郎は馬を止めて飛び降りた。

 そしてすぐ様駆け出そうとしたが、気が急いたせいかつまづいて転んだ。

 立ち上がり、全力で走った。


「ふじ!!」


 礼次郎が駆け寄って、急いでその身体を起こした。

 間違いなくふじだった。

 目が閉じられていた。

 背中に三本の矢が刺さったままで、血が流れている。


「ふじ! しっかりしろ!」


 順五郎も駆け寄って来た。


「すぐに矢を……」


 順五郎が矢を抜こうとすると、礼次郎が制した。


「駄目だ! 出血が酷くなる! まだ生きている、おい、ふじ!! 聞こえるか!!」


 礼次郎がふじの頬を叩いた。まだ息はある。


「あっ、あっちに母上と……おえいも!」


 順五郎は、母と侍女が倒れているのにも気付き、そちらへ駆け寄った。


「ふじ、聞こえるか? しっかりしろ! オレだ、礼次郎だ!」


 礼次郎は数回頬を叩いた。


 その両目から涙がこぼれ落ちた。


「れ……い……じ?」


 ふじがうっすらと目を開けた。


「気付いたか!」

「礼次……。よ、よかった」

「心配するな、今すぐ手当てしてやる!」


 すると、ふじがかすかに微笑んだ。


「あ……り……がとう。礼次……」


 ふじは、わずかに力をよみがえらせたようだった。


「聞かせて……」


 空気に溶けそうなふじの声。


「何だ?」

「何……? わたしに……い、言いたい事。か、かえって……来たら言うって」


 うっすらと開けたふじの瞳は、いつもの優しい色で礼次郎の瞳を見つめている。

 礼次郎は青ざめた顔で身体を震わせていた。


「いいから……喋るな!」


 礼次郎の目からこぼれた涙がふじの頬に落ちた。


「言って……」


 ふじが微笑んだ。

 礼次郎は血色を失った唇を震わせていた。

 そこから、壊れそうな感情が自然と言葉となって出た。


「ふじ。ずっと……オレの側にいてくれ」


 この言葉を聞いて、ふじがふっと微笑んだ。


「あ、ありがとう……やっと……言ってくれた……嬉しい……」

「だから頑張れ……夫婦になるんだから」


 ふじの頬に、礼次郎の止まらない涙がポタポタと落ちていた。


 ふじは幸せそうに微笑み、礼次郎を愛おしそうに見つめた。


「礼次、ありがとう……。私、礼次のお嫁さんになるよ……大好きよ……」


 一瞬、ふじの声に力が蘇った。

 ふじが震えながら両手を伸ばし、礼次郎の顔を触った。

 最後の力だった。


 そしてふじが微笑んだかと思うと、その両目が静かに閉じた。


 礼次郎の顔を触っていたふじの両手が落ちる。


「ふじ……」


 礼次郎は俯いて両目を閉じた。

 号泣した。

 全身が震えていた。


 順五郎が気付いて駆け寄って来た。


 順五郎の母、妙と、侍女のおえいもすでに息絶えていた。


 彼も肩を震わせて泣いた。


 一時の後、背後から甲冑具足の擦れる音がした。


「まだいたぞ! あそこだ!」


 礼次郎はその声に振り返った。

 

 そこにいたのは五、六人の徳川軍の兵士達であった。


 涙を流していた礼次郎の瞳の色が激変する。


「てめえら……」


 順五郎が目をぎらつかせて立ち上がった。


 徳川軍の兵士達は礼次郎らを見ると、


「若い男二人だ」

「女子供は抵抗あったが、男なら遠慮なく斬れるな」


 かなり舐めているようであった。

 兵士達は無造作に武器を身構えた。


 礼次郎が袖で涙を拭って立ち上がった。


 そして兵士達を見回す。


 ――心の皮を剥け……!


 その爛々と燃える瞳が、見る見るうちに色を変えた。


 全身の皮膚が一枚剥かれたかのような感覚を覚えた。


 そしていつの間にか、周囲を圧するかのような剣気を全身より放っていた。


「う、こいつ……」


 兵士達が、その異様な気にたじろいた。

 礼次郎はその動揺を見逃さなかった。

 傾けた刀の鯉口に左手をかけた。

 かと思うと次の刹那、礼次郎の身体が低く飛んで右手から銀光が横に閃いた。


 瞬時に一人の徳川兵が血飛沫を上げて倒れた。


 徳川兵は礼次郎の動きが見えていたが、まるで反応できなかったようであった。


「何だ?」

「そんなに速いとは思えないが一瞬で……」


 残りの兵達が驚くと、礼次郎が身を低く静め、正眼に構えて言った。


「来い……」


 礼次郎が眼光鋭く睨み回した。


「来いよ」


 再び礼次郎が言うと、


「ええぃ、怯むな、やっちまえ!」


 一人が飛びかかって行った。

 だがその兵が斬りかかったかと思った瞬間、その兵は倒れていた。


「何っ?」


 そして礼次郎はその兵の背後に回り込んでいた。


 順五郎も刀を抜いて斬りかかって行った。

 一人は槍を持っており、気合いと共に突き出して来たが、順五郎は突進しながらも大きくかわすと、横なぎに斬りつけた。

 兵士は一撃で倒れた。


「くそっ、かかれ!」


 その血飛沫を合図に、残りの兵達と礼次郎、順五郎との戦闘が始まった。


 順五郎はその持ち前の強力で徳川兵達に重い斬撃を浴びせ、礼次郎は軽やかな動きで敵の攻撃を紙一重でかわすと同時に刀を一閃、一撃の下に相手を斬り伏せて行った。


 剣光煌く嵐が巻き起こった。

 次々と倒れて行く徳川軍の兵士達。


「おい、なんだあそこ、やられてるぞ!」


 騒ぎになり、何人かが加勢に駆けつけて来た。


 しかしそれらもまた、全て礼次郎らに斬り倒されて行った。


 礼次郎らにとって幸いだったのが、徳川軍はすでに長時間の戦いで矢を使い果たしていたことだった。

 さもなくば遠巻きに矢を射かけられこのように戦うことはできなかったであろう。

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