除夜の鐘がなる前に
この小説はそこまで長く続く予定ではありません。
一度恋愛ではない愛情モノを書いてみたかったので書いてみました。
これを読んで少しでも喜んでもらえたら嬉しいです。
あまり笑えるシーンやネタ要素は入れないようにしています。その分ヒロインのあどけなさや可愛さが出ていたら嬉しいです。
それでは、楽しんでください。
除夜の鐘が鳴る前に
クリスマスイルミネーションが街を彩り、人々の足取りも財布の紐も軽くなるこの季節。サンタがやって来るという夢から覚めた大人達も、あれこれ理由をつけてこの日を心待ちにしている。
かく言う私もその中の一人だ。恐らく今年もサンタはやって来ない。それどころか誰とも会わずに過ぎていきそうだ。それでも、サンタとトナカイのクッキーがのったケーキに目を輝かせたり、何を白髭の老人におねだりするのか考えている街角の子供達を見ていると、あの時に帰りたいと思えてくる。辛いことなんて何も知らずに、この時期だけ思い出したように働く子供達のヒーローとその使いを待ち続けていたい。あの時ついぞ出来なかった夜更かしも、今じゃ当たり前だ。
都会暮らしに疲れ、数年前についに地元に帰ってきた。上京する時には、向こうで一花咲かせようと思っていたが、花が咲くどころか根も枯れかけて帰ってきてしまった。学生時代は田舎臭くて大嫌いだったこの空気も、今はどこか落ち着く。今は実家で親の手伝いを細々としている。
今日は買い物の為に鉄道に揺られて一月ぶりに地方都市まで出てきた。過疎化の嵐吹き荒れるここにも、クリスマスというものは都会と変わらずやって来る仕組みらしい。
一通り買い物を終えた私は、財布にまだ少し余裕があることを確認してから小さなケーキ屋さんに立ち寄ってからかえることにした。
ローカル線の無人駅で下車する。ここはもし「日本の田舎百選」なるものがあれば確実に候補に入るであろう、ザ・日本の田舎である。観光地らしきものも特になく、家の裏山に寂れた神社があるくらいだ。
普段なら少し山道を歩いて家へ向かうところだが、ふとした気まぐれで久しぶりに神社にお参りしに行くことにした。クリスマスイルミネーションを見て、子供時代を思い出したからかもしれない。あの頃は近所の友達達とあそこでよく遊んだものだ。彼らは今、何をしているだろう。都会でサラリーマン戦士として奮闘しているのだろう……、あっさり敗走してきた私とは違って。
遊び相手をなくした神社は、どこか寂しそうに佇んでいた。ここに帰ってきてから来るのは初めてだろう。だから、上京する前日に友人とともにお参りに来て以来になる。あの時、なんて拝んだっけ?確か当たり障りのないことだったはずだ。まだ見ぬ都会への期待感で、それどころではなかったからな。こんな事になるのだったら、もっとちゃんとお祈りしておくのだった。
何を祀っているか分からないが取り敢えず手を合わせる。この独特の木の匂いや、独特の雰囲気、都会ではついぞ見つけることができなかったものだ。
「ただいま」
思わず声に出てしまった。
「おかえり」
……え?
思わず後ろを振り向く、が誰もいない。一瞬、凍りつく。気のせいだろうか?それにしてはやけにはっきり聞こえたような。
物は試しともう一度「ただいま」と言ってみる。
すると、今度はきき間違えようもないはっきりした声が聞こえてきた。
「おかえりって言っているでしょ!何回言わせるのよ」
今度はゆっくり振り返ってみる。誰もいない。どうやらこの神社、寂れすぎて、祟り神が住み着きだしたらしい。君子危うき近寄らずの格言通り私は逃げ出すように帰路に着こうとした。
が、足が動かない。先刻までのセンチメンタルな気分はどこかへ飛んでいき、私の心の中には危機を知らせるBGMが流れ出す。ついに取り憑かれてしまったのか?そう言えば婆ちゃんが一人で神社に行くなって言ってたような気がする。いや、それはこの神社だったけ?どうでもいい事まで頭の中で流れ出して、私の脳内は鳴門の渦潮のようにぐるぐると意味もなく回転しだした。冷や汗が出る。
「人を無視して帰ろうとするのはいけないんだぞ!」
今度はなんだかすごく頭に来る言い方だった。 流石に少し落ち着いてきて冷静に周りを見渡してみる。 やはり誰もいない。ここまで来て私はほぼ確信に近い自信を持つことができた。耳を通さず直接脳内に響いてくるような声、突然動かなくなった足、どこを探しても現れない声の主。恐らくこれは人間の仕業じゃない。こんなことができるのは……
「見つけられなかったかあ。僕の勝ちだね」
再び声。もう完全に慣れてしまった私は返事をする。
「何のつもりなんですか、神様」
「えへへ、上を見てごらん」
指示通り上を見上げる。少し曇った空を背景に、神社の本殿から少女がニカっとした笑みをこちらに向けていた。
「久し振りだね、 子供の頃よく遊んだの覚えてる?」
年齢は8歳から10歳くらい、なかなか将来が楽しみな顔立ちである。服装はいわゆる巫女服で、足をぷらぷらさせながらこちらを見下ろしている。
「そんな所にいたら危ないですよ、普通の人間なら」
少女は、再び無邪気に笑うと、まるで宇宙ステーションにいるような動きで本殿の屋根から降りてきた。
「君の推測通り、僕は君たちの世界で言う神様、と呼ばれるものに属するものだよ」
その容姿からはとても神の威厳と呼ばれるものは感じられないが彼女は神様らしい。正直な所、私は困惑していた。先程までの一連の現象を鑑みるに、彼女の言うことは正しいが今私の目の前にいる少女はただの何処にでもいる少女にしか見えない。私の中の神様のイメージはそれこそサンタクロースのような髭の生えた老人か筋骨隆々の大男、または琴が似合う月か竜宮のどちらかからやって来たかのような姫様である。断じて一人称が僕の幼女ではない。先ほどまで確信を持って神様と断言していたが今はそうもいかない。
私が返答に窮していると、彼女が見かねたように口を開く。
「やっぱり信じてないな。君に警戒心を持たれないように少女の姿で出てきてあげたのに」
どうやらこの姿は親しみやすさを優先させた結果らしい。では、他の姿にも化けれる、ということらしい。
私は彼女の力を確かめるため、あるお願いをしてみることにした。
「信じない、というわけではないのですが、確信を持ちたいので、神様と分かる具体的な証拠を見せてください。まあ要するに、違うものに化けてください、と言うことです」
彼女はしばし考え込むような仕草を見せた後、こちらを見てこう言った。
「嫌だ」
一瞬で断られてしまった。
「だって、疲れるんですよ、他の姿に変化するのって。あまり力も使いすぎてはいけませんし、第一変化する瞬間を人間に見せてはならない神の掟があるんです」もっともらしいことを言っているが要するに面倒臭いからであろう。まあ、別にいい。彼女が神であろうが何であろうがあまり私には 関係ないのだ。問題は彼女が私にどういう用があるかという事である。
「あ、僕が神様だって信じてないな」
気がつくと、彼女はむーっと膨れていた。まさに子供みたいだ。余計神様と信じられなくなってしまった。
私は仕方なく答える。
「神様と信じていますよ。」
しかし彼女はまだ疑っているようで、
「いーや、絶対信じてない。僕にはわかるんだよ、だって神様だもん」
なるほど、ひょっとしたら本当に神様なのかもしれない。私 が信じていないことを見抜いたのだから。
「信じているんなら証拠見せて」
本当に面倒臭い。
「証拠って、何をすれば良いのです?」
彼女はしばし考え込むと、
「じゃあ、神様なんだから、崇めて」
「わー、神様やー、ありがたやー」
そう言って膝を地面につけ、手を合わせた。
「うむ、わかればよろしい」
非常に単純な神様だった。まさに見た目通りの言動である。私は親戚の姪の相手をする気分でこの神様(自称)と接していた。
「で、本題は何なんですか、神様?」
私はそろそろ気になっていたことを尋ねることにする。
「えーとね、まだ自己紹介してなかったね。僕はシナ。まあ八百万の神の一人で、この神社に昔から住んでいたこの地域の氏神みたいなものだね。」
八百万の神とか、氏神とか、小学生が知らなさそうな単語をポンポン使って説明していく姿を見て、本当に神様なのだな、と変なところで納得してしまった。
「普通にシナって呼んでいいよ。敬語も使わなくてもいいし、もっとフランクな感じでいこう。」
部活のノリのいい先輩みたいな言い方だ。まあその方が私もありがたい。見た目がどう見ても小学生な彼女相手に敬語というのは違和感がかなりあったからだ。
「じゃ、じゃあ……、シナ、これでいいか?」
とりあえず言われた通り呼び捨てで呼んでみる。するとシナはニコッと本日最大級の笑顔を私にプレゼントしてくれた。そして手を差し出し、握手を求めながら、「うん、よろしい。これで君と僕は友達だね」
会って5分も経ってない上にほとんどまともな意思疎通も出来ていない状態で果たして我々は友達と呼べるのか、という疑問はあったが、私は彼女の手を握り、「じゃあ、よろしく」と言った。
彼女は待ってましたと言わんばかりに私の手を強く握り返してきた。
神様と友達、というのもかなりおかしい事態ではあるが、事ここに至ってはそんな些細なことはどうでもいい。家族以外で久し振りに心を通わせることができそうな相手が見つかったことを喜んでいるのかもしれないし、あるいは純粋に彼女の笑みに癒されているのかもしれない。どちらにしろ私は今この時間にある種の幸福を感じていた。
「で、さっそくなんだけど、お願いがあるんだ」
神様のお願いとははてさてどういうものなのか皆目検討もつかない。
「何ですか?」
「うん、あのね、今から大晦日までの一週間、私のお世話をして欲しいんだ。」「え?」と思わす聞き返してしまった。シナはニコニコと幸福そうな笑みを浮かべながら、こちらの出方を伺っている。
「えっと、お世話って具体時に何をすればいいの?」
神様のお世話が私のような普遍的な一般市民に務まるとは到底思えない。神秘的な儀式の相手や、厳しい修行に同伴なんてことは御免被る。だいたい私は家事すらロクに出来ないのである。
そんな私の気持ちを察したのか、彼女は不安を取り除くような優しい笑みを浮かべ、
「そんな難しいことを要求するつもりはないよ。ただこの世界のことをもっと教えて欲しいんだよ」
とお願いするように言った。神様とは全知全能の存在なはずだ。少なくても私よりかは優秀であろう。そんな彼女が私に教えを乞う、とはどういうことだろう。彼女が神でもなんでもない可能性を捨て去ると、これは結構奇妙なことだ。つまりやはり彼女は神様ではないのだろうか?
私がこの疑問をぶつけると、彼女は相変わらずの愛くるしいスマイルを浮かべながら答えてくれた。
「まだ僕を神様じゃないって疑っているんだね。僕は悲しいなあ。でも確かにこの世界の神の定義と我々の中には結構な誤差が生じているのも事実だし。」
そこで彼女はスマイルを封印し真剣な表情を浮かべる。真面目モードの彼女は独特のオーラのようなものがあり、確かに只者ではないな、と理解することができた。
「じゃ、ちょっと長くなるけど、ちゃんと聞いてください」
と、前置きし、彼女は語り始め……なかった。
「でもその前に、お腹空いたからご飯食べよ?」