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ウルトラ・ガーネット ――花嫁の翼――  作者: 佐倉 いつき
第4章 そしてセント・エルモの火は灯る
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1.月下の白兎

最終章です。

 砂塵は荒野。

 風は強く黄砂を巻き上げ、旋回し、舞い降りる。下へ、下へ。山がすっぽり一つは入ろうかという巨大なくぼみに滑り込み、地を這い、囚われ、そして風は知る。


 その地は空に見放された場所。


 巨人の手により抉り取られたような大穴は長く尾を引き溝を作り、そしてその先には無骨なオブジェがそびえ立っていた。自然界には存在し得ない鋭角的なフォルムはその半分を地下に埋めてなお、どんな建物よりも大きな影を赤土の上に落とす。

 かつてその一部であったのだろう鉄骨が数本、周りを取り囲むように地面に突き刺さり、赤茶色に錆び付いたその一本の影、少女は座っていた。


 眩しいほどの白銀の髪が汚れた風になびく。

 どうやら先ほどの戦闘で打ち負かされたのだろう、ということを除けば、戦いの顛末も、酷く痛む身体の状態も、ここがどこなのかさえ、目覚めたばかりの彼女には分からなかった。けれどそのどれも、彼女の関心事にはなり得なかった。

 ただ一つ、血の契約を交したバディの安否を除いては。


「メル――」


 この地から逃れられずに渦を巻く風にそっと、ルクスはつぶやいた。


 昔、レドリード全土を巻き込む戦争があった。

 国境の街は戦場になり、家族は家を失い、男は職を失い、女は夫と息子を失った。子供もまた、親を失う。それはルクスの暮らす街でも変わらなかった。

 何もかもを失い、生きるために法を犯した。ものを盗り、人を傷つけた。

 そして、殺した。

 そうしなければ、生きてゆけなかったから。


 そんな彼女を拾ったのが()()――今ではFANTOMと呼ばれている――だった。

 組織は彼女を訓練し、殺し屋に育て上げた。戦後の混乱の中、国を一つの方向に進めるには荒事も必要らしく、そのためにルクスは組織の刃となった。


 だが、彼女に施されたのはその訓練だけではなかった。


 ドラゴンライダーの人為的生産。

 アンジェロイドの軍隊化と同時に影で進められていた一大プロジェクトの一環である。そのために、()()()ハイランダーであったルクスは利用された。

 薬物漬けにされ、身体を切り刻まれ、だがそうしてできあがったのはドラゴノイドなしには生きてゆけない人造兵器。

 それをどうやら『失敗作』と、研究者は呼ぶらしかった。


 実験に失敗はつきもので、要らなくなった失敗作は捨てればいい。

 白衣を着た大人たちは、使えなくなった玩具を燃えないゴミに出すみたいに彼女を手放して、彼女もまたそれを拒みはしなかった。

 死ぬことなど怖くはない。誰に愛されることもなくこの世に生きながらえるくらいなら、壊れた人形のように廃棄されてしまえばいい。


 そんな彼女の前に、彼は現れた。

 メル・カントリー。

 新しくFANTOMに迎え入れられた彼は、ドラゴノイドだった。


 誰からも必要とされなくなった少女は、ただ一人の相棒(バディ)を手に入れた。

 不完全なドラゴンライダーである彼女は、能力も未完成である上に、メルが力を解放するたびごとに苦痛を身に受ける。

 だがその痛みこそ、彼女の求めていたものであり、そして。


 その存在こそが彼女に生を実感させた。


 ふらり、とルクスは立ち上がる。

 半身を砂に埋めて屹立する鉄骨はどれも五年前に墜落した飛行船の一部だったものだ。その場所はかつて死者百余人を出した飛行船墜落事故現場。

 もう誰も近付くことのない忌まわしき場所。


「――考えたものだ」


 重く、低い声が聞こえるより早く、その声の主に気付いていた。

 ルクスはのろのろと顔を上げ、面倒臭そうに開いた瞳を向ける。

 聖騎士部隊第十七分隊隊長、ユーリ・ケルクハートはその手に拳銃を携えてルクスを見下ろしていた。


「ここなら誰にも見つからない。こんな場所に立ち入る隊員などいないからな。――そう、私みたいな人間を除けば」


 ユーリはつぶやくようにそう言った。

 ルクスは本能的に銃把を握る。だがさっきの戦闘でどこかを痛めたのか、ズキリと鋭い痛みが襲い握りかけた拳銃を地面に落とした。それを見送った上で、ユーリはゆっくりと銃口をルクスに向ける。


「変な真似はよせ。お前に武器を教えたのは私だ」

「作戦は――」

「失敗だ。迷惑な奴らだよ、『セント・エルモ』といったか。――悪い夢だ。派手にやられた。……『黒猫』でも敵わないとはな」

「そんな……。嘘だ! メルが負けるわけ――」


 と、そこまで言いかけて、ルクスは胸騒ぎに負けて言いよどんだ。


「――メルは、どこ……?」

「『黒猫』はお前を助け出すのが精一杯だったようだ。お前を連れ出して、そして、姿を消した。お前を組織に連れ帰らずに、だ。……そのわけが分かるか?」


 ルクスの瞳に驚愕と困惑の色が混じり合う。


「お前が死ねば、自分も死ぬからだ。……お前を守ったんだ、組織(わたしたち)からな」

「……そんな、まさか………」

「だがその奴もお前を置いてどこかへ行ってしまったようだ。もっと大事なものがあったということだろう」


 ユーリは銃の撃鉄を起こす。


「奴は組織を裏切った。組織は裏切り者を許さない。いかなる手を使ってでも奴を殺す。……そう、いかなる手を使っても、だ」

「メルが……、裏切った――私を――置いて――?」


 上の空で反芻するルクスに、ユーリは構わず続ける。


「お前をここにかくまい、どこかへ向かったようだ。どこへ向かったか……、見当ならついているが」

「メルが……。私を、置いて――」


 うつむくと、薄い胸の真ん中で(ゲイン・コア)が銀色に輝いた。ルクスの髪の毛と同じ銀色。

 ()()の時は近い。ルクス色に染まりかけた(ゲイン・コア)は、ルクスがこの世にいられる時間の残り少ないことを物語っている。

 だがそれは同時に、メルと本当の意味で一緒になる日が近付いていることでもあった。


 ――なのに。


『よせ、撃つな! ルクス!!』


 あの時、予感は確信に変わった。


「………分水嶺だ、『白兎』。――選べ。ここで死ぬか、」


 ユーリは有無を言わせぬ口調でルクスに迫る。


「シェリル・シャーロットを殺して、相棒(バディ)と組織に戻るか」

「シェリル……、シャーロット………」


 ――あの女だ。

 メルとの間にどんな関係があるのか、ルクスには分からない。

 だけどこれだけは分かる。あの女がメルを狂わせた。そして今度はルクスからメルを奪おうとしている。

 ルクスは決意した。

 あの女を殺す、と。


「いいか。必ず仕留めろ。――必ずだ」

「………女一人相手に、私はしくじらない」

「相手は女だけじゃない。……気を付けろ。()()は、嵐の夜に現れる」


 隊長は銃をしまい、灰色の雲を見上げる。

 ルクスの髪の色によく似た銀色の月が、黄昏の雲間から顔を出す。

 嵐は、すぐそこまで来ていた。

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