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7.ドラゴ・ガーネット

「聞こえなかったのか? 俺の()は、――ちょっとばかり熱いぞ?」


 ラウルが全部言い終わるよりも早く、すでにキディの燃える右手が振るわれていた。

 今までずっと手を出さなかった『黒猫』が、たまらず動く。

『白兎』を抱いて飛ぶと、次の瞬間ドラゴ・フォームへとフォームチェンジ。キディの向けた鋭い視線に本能が敏感に反応した。

 加減をすればやられる、と。無意識で作り出した風の刃は、彼の最大出力の一撃だった。


「――しまっ……!」

「………きゃ…」


 脊髄反射で繰り出した風の刃は、キディだけでなくその背後のシェリルにまで届くほどの一撃だった。


「きゃああああああああ!」


 机や聖壇を吹き飛ばし、だが。

 ラウルと、ラウルの周囲で風の刃は威力を殺がれ、かき消された。

 碧い円陣が光り輝く。『黒猫』は安堵と驚愕を同時に声に乗せて息を飲んだ。


「そんな……!?」


 風の刃をかき消しきれなかったラウルの身体に、いくつかの小さな傷が刻み込まれる。

 片腕の袖が破れ、肩から肌が露出する。その中に、少なくとも今し方こしらえたわけではなさそうな、ひときわ大きな傷痕が露わになった。

 それは傷というよりは何かの部品の一部のようで、それは『白兎』の胸にあるそれと瓜二つだった。


 切り刻まれた服の隙間から、青白い光が漏れる。

 血の契約の証。

 狂気の根源。


「ゲイン・コア――。やっぱりあなた、ドラゴンライダーだったのね……!」

「……昨日はよくもやってくれたな」


 ラウルの代わりに、そう言ったのはキディ。

 不敵に嗤い、その腕にまた炎が宿る。

 炎がゆらりと動いた。即座に『黒猫』は理解する。その炎こそ、キディの能力だと。


「三倍にして返してやるよ、キザ野郎!」


 八重歯を剥き出しにしてキディが叫ぶと、炎は次の瞬間『黒猫』に向かって放たれた。

 質量を持った炎。その正体を見極めるために、『黒猫』は回避行動をとらずに迎撃態勢に入った。

 風を引き起こし、空気の壁で炎の塊を受け止める。


「くっ、この……!」


 翼を駆使し、眼前に捉えたそれは、幻覚でも虚構でもない、紛れもなく実体を持った『炎』そのものだった。夢か幻かと思っていたそれは圧倒的な現実感を身に纏って『黒猫』の風に抗い、やがて息絶え消える。


「はあっ……」


 消えてなお熱気の余韻を残す火炎。

 だが、そこには燃えかす一つ残ってはいない。

『黒猫』は確信する。彼女もまた人智を越えた力をその身に宿していることを。


「いいのかい、そんなに力を使っちまって。……『孵化』が早まるぜ」


『黒猫』の身体がほんの一瞬、硬直する。その隙を、キディは見逃さなかった。

 上段蹴りが『黒猫』の顔面を襲う。とっさに両手のガードを上げる。が。


 ――間に合わない。


 次の瞬間、『黒猫』の頭部を襲うはずだったキディの足は、だが空を切った。

 そうさせたのは、三発のマグナム弾。示し合わせたようにキディの動きの軌道上に打ち込まれ、辛うじて一発を避けるのが限界だった。


 まただ。

 また、『動きを読まれた』。キディの戦闘本能は、その膨大な戦闘経験から一つの答えをはじき出す。

 この銃撃の主は、恐ろしく人の動きを読むことに長けているか、もしくは、――ほんの少し先の未来が見えている。

 忌々しくはあるが、ティフェルヴァルトの言葉を信じざるを得まい。振り返ると、銀色の円陣を前に立つ『白兎』の姿がそこにはあった。


「また避けた。……素敵ね、あなた。どうやったら殺せるのかしら」

「………それが、てめぇの能力か」

「『予知陣』――私たちはそう呼んでる。私と彼の、愛の結晶」

「そんなに愛されたら、あたしなら重過ぎて自殺しちまいそうだ」

「駄目よ、あなたは――私が殺すんだから!」


『白兎』は弾を込め終わったマグナム銃を乱射する。

 適当に撃っているように見えて、それはキディの動きを先読みしてその行動を制限していた。さすがに分が悪いか、と、その時『白兎』は膝をついた。

 大きく咳き込み、喀血する。同時に『予知陣』も力を失い霧消する。

 その隙を見逃すほど、キディはお人好しではなかった。


 翼を開くと強く地を蹴り間合いを詰める。『白兎』もまた、懸命に起き上がり、銃を突きつける。

『白兎』の銃口がキディの左目に突きつけられて、止まった。

 一刹那の狂いもなく同時に、キディの爪もまた『白兎』の喉元で同じく止まっていた。


 時が止まる。

 彼女たちの戦いに横やりを入れる者はもうすでに誰一人としていなかった。

 私兵隊も、聖騎士部隊も、皆ほぼ全滅して臥し、立っている者の方が少ない。


「――人間の命なんて儚いものよ。特にヒューマンは。……そう思わない?」


 先に口を開いたのは『白兎』だった。


「知ってる? この国じゃ一分に一人、人が死ぬ。()()()()()()()()()

「この世界が糞だって話ならよそでやれ。そんな糞の足しにもならん話なら間に合ってる」


 興味も無さげにキディは吐き捨てた。

 だが、構うことなく『白兎』は空に酔ったような瞳でキディを見つめ、つぶやく。


「あなたの愛する人も、あなたの親しい人も、あなたを産んだ両親も、死の前には平等にちっぽけな存在。それでもあなたは、愛せるかしら?」

「さぁな、あたしに愛は必要ない。弾頭に弾薬さえありゃ十分、撃鉄がありゃあ文句はないね」


 あまり『白兎』の目を見続けると、同じ目をしたラウルの表情を思い出してしまって、それが厭でたまらなくてキディはぶっきらぼうに答える。

『白兎』は、笑った。


「かわいそうな子。あなたは私が、愛してあげる」

「ノーサンキューだ、キチガイガール。あたしが途中まで送ってやるから、てめえは地獄でゆっくり愛を語ってな」

「あなたにできるかしら」

「心配するな」


 無論、キディも笑う。

 腹の底で渦巻く全ての感情を隠すように、汚れた笑みで塗り消した。


「お前を殺すのに、()()()()()()()


 言うが早いか、燃える拳を握ってキディは地面を強く蹴る。

 ルクスも応戦するようにまた銀色の円陣を具現化した。

 その時、


「きゃあ!」という短い悲鳴がラウルの耳に届いた。


 戦闘中の二人には届いていない。

 しまった、とラウルは慌てて振り返った。シェリルの手を引き、無理矢理に立たせる『黒猫』の姿がそこにはあった。

 周囲の聖騎士部隊は、彼の手によりあっという間に制圧されており、敵味方の入り乱れるこの戦況において、彼はただ独りであった。


「シェ――」

「シェリル!」


 ラウルよりも先に叫んだのはクラウス・シュミットだった。

 痛みに顔をゆがめながらも、必死に立ち上がり『黒猫』を見据える。決して逃げず、退かず、それは『黒猫』の知る貴族の姿ではなかった。

 弱く、脆く、それでも抗う。大切なものを守るために。

 それは――、まるでかつての自分を見ているようで、彼をいらつかせた。


「――彼女を離せ!」


 クラウスは毅然と言い放ったが、『黒猫』は、返事の代わりに左腕をふるった。

 目に見えない風の刃がクラウスを襲う。凶刃がクラウスに直撃する一瞬前、青い円陣がそれをかき消した。

 傷だらけの右手を『黒猫』へ向け、ラウルもまた『黒猫』を見据えた。


「ドラゴノイドの能力を打ち消す――。それがお前の力か、ドラゴンライダー」

「ドラゴンライダー……?」


 驚きと畏れの混じり合った表情で、クラウスは声を漏らした。

『黒猫』はラウルに向き直り、落ち着いた声で。


「『セント・エルモ』といったな?」

「そう呼ぶのは物好きな連中だけさ。俺たちはただの運び屋だよ。『生モノから巨大コンテナまで、何でも運びます。愛と信頼のミレニア運送。ご用命の際は――』」


 ――銃声。

 ラウルの耳元をかすめ、ポニーテールを結っていた髪紐がはじけ飛ぶ。


「……せっかちなやつだな」

「銃弾は防げない。そうだな?」


 風を起こす左腕を銃に持ち替え、『黒猫』は言った。

 ラウルもまた不敵に笑い、


「俺を殺すか? 俺の相棒がお前の相棒を殺すのとどっちが早いかな?」


 彼の相棒を親指で指し示す。

 ちょうどその時、ようやく向こうの()()()()も終結したようだった。途端に静寂が訪れ、ゆらりと炎が揺れる。それはまるで、人の形をしたドラゴンだった。

 ()()は、横たわるルクスの頭を踏みつけ、カストルの銃口をその頭へ向けていた。


 ルクスは不完全なドラゴンライダーだと、ティフェルヴァルトは言っていた。

 もとより彼女は生身のヒューマンだ。ドラゴノイドのキディには、どだい太刀打ちできるものではなったのだ。

 まだ息をしているのかも分からないほどに痛めつけられているが、メルが生きているということは、キディが手加減をしたということだろう。


『黒猫』はシェリルとラウルを一度見比べ、そして残った聖騎士部隊を率いるユーリを視界に捕らえた。

 ユーリは静かに状況を静観し、敢えて動こうとしない。規律に疎いならず者の集まりである部隊員たちも、このときばかりは誰に敵対し誰に味方すれば良いのか困惑しているようであった。


「俺たちは運び屋(ポストマン)だ」という声が『黒猫』の視線をもう一度ラウルの元へと戻した。


「必ず送り届ける。どんな銃弾の飛び交う鉄火場からでもな」


 真意を推し量るようにラウルの瞳をじっと見つめていた『黒猫』は、そっとシェリルの腕から手を離し、銃を下ろす。

 ゆっくりとルクスの元へ歩み寄る。

 キディとは目もあわさずに横を素通りし、ルクスを抱え上げると、静寂が包み込む教会を無言で飛び立った。その間誰も、身じろぎ一つできなかった。


「………シェリルを、どこへ連れて行くつもりなんだ?」


 ほっと一息つくラウルに力なく声をかけたのは、クラウスだった。

『黒猫』の代わりにシェリルの手を取ったラウルはゆっくりと振り返り、丁寧に頭を下げる。


「これはこれはクラウス・シュミット卿、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。この度はご成婚、誠にお慶び申し上げます」


 つい先ほどまで銃弾飛び交う鉄火場と化していたこの場には到底そぐわぬ言葉と口調で、ラウルは臆することなくそうのたまった。


「あなたのような方がこんな小さな教会で細々と式を挙げられるとは思いもしませんでした。それどころか、まさかあなたが……、本当に彼女を愛しているとは思わなかった」


 その言葉に、シェリルは少しばつが悪そうに俯く。

 貴族同士の結婚など、政略結婚が当たり前だ。それはこの世界では太陽が東から昇るのと同じくらい自然なことで、そこに愛があることは珍しかった。

 だが、クラウス・シュミットは真面目な顔でラウルを睨んだ。


「ここは龍の降りた聖なる場所だ。そして今日は龍の降りた聖なる日。選んだのは私自身だ。例え誰に反対されようと、私はここで式を挙げ、今日、愛する人を妻に迎えるのだ」


 ラウルは笑わなかった。

 むしろ悔しそうに眉をひそめ、告げた。


「残念ながら卿、それは叶いません。本日はあなた方が式を挙げるのにふさわしい日ではなかった」

「……どうして、邪魔をする?」

「なぜって?」


 きょろきょろとラウルはあたりを見渡した。

 割れた窓、壊れたベンチ、荒れ果てた部屋の片隅には人質となった来賓たちが怯え固まっている。相変わらず兵士たちは立ち尽くしており、ラウルは気の利いた口実を思いついた。


「そうだな、(ドラゴン)が降りてきたから、っていうのはどうでしょう?」

「……君たちは、いったい何者なんだ?」

「ただの空賊ですよ」


 運び屋、と言いかけてラウルは慌てて言い直した。

 忘れるところだった。

 シェリルは空賊に襲われて、連れ去られるのだ。決して、自分で望んで逃げ出すわけじゃない。

 決まりが悪そうなシェリルが何か言い出さないよう、ラウルはさっさと彼女を抱きかかえ、クラウスには背を向ける。

 そして、何かを思い出したみたいに天を仰ぎ、振り返った。


「ああ、空賊は敬語なんて使わないか。こほん、ええと、……そうだな。これにしよう」


 やや手遅れな捨て台詞を吐き捨て、ラウルは手を振った。


「――『女はもらっていくぜ、能なしの貴族ども』」

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